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第13章 仕組まれた想い
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第13章 理想と現実
クレセント家のサロンから2・3日経った頃、エルンストから手紙が届いた。エルンスト・ラウス・コスラーダ・グリーシアというのがフルネームらしく、由緒ありそうな紋章の封蝋がついていた。
「ねぇ、ロビン。グリーシア家について何かしらないかしら」
「あぁ、少し待ってください」
ロビンは何かひらめいたようで、2階の奥の資料室へ行ってくると言って、テレサの執務室を出ていった。
「ロビンは何が引っかかったのかしら」
「たぶん、グリーシアの部分では」
ロビンが資料室から貴族名鑑と文官・武官名簿を持ってきた。貴族名鑑をまず開いて、グリーシア家の部分をさがした。
「ここ、ここです。グリーシア侯爵家。辿っていくと、今の王朝の前にグリーシア家が王家だったのです。多分そのときに侯爵になったのかと」
「グリーシアでグラシアということね。そうすると、今の体制には……」
テレサはサロンでの会話を思い出していた。一人だからできることもあると言っていた。一人ならば裏切られることもないからだろうか。テレサは寂しそうに笑ったように思えた。なにか手助けができないかと自分は異邦人だと言う考えがぐるぐる回っていた。
「大丈夫。ご招待を受けることにした。返事を書くからロビン、お願いね」
テレサはその場でお招きをお受けしますと手紙を書いて、エルンストへ届けるようにした。
テレサの住む商会の別邸にエルンストからの迎えの馬車が来た。紋章などが外されて、裕福な商人のものにしか見えなかった。乗り込むテレサも濃紺のスーツコートとキュロットといった紳士者を来ていた。警護役のロビンも同じような服装にしていた。
王都の郊外の外れにあるグリーシア家の屋敷は、歴史を感じられる作りでこの街の大抵の建物よりも重厚だった。門から本館への距離もかなりあり馬車で5分ほどかかるくらいだった。出迎えたエルンストは屋敷の裏の林へとテレサを誘った。
「こんな格好でも驚かないのですね」
「私は嬉しいくらいですよ。令嬢の本当のお姿が見られて」
テレサの右手を取って、エルンストはその甲にキスをした。思いもがけないその行為にテレサは驚き、エルンストの顔を呆然と見つめた。
「こんなに美しく、聡明で魅力的な女性に婚約者がいらっしゃらないなんて」
「なぜ、婚約者がいないと?」
「親戚ですよ。クレセント家とはね。当家のほうが本家だろうぐらいの気持ちはありますが」
「エルンスト様は、どなたにでも好意を示されるのですか」
テレサは目をくりっとさせてから笑いかけた。そんなテレサを見て、エルンストは笑い転げていた。
「いや、失礼した。僕はこれでも氷点のエルンと二つ名をいただいているようなのですが」
「その至って健やかなお笑いでは、全く思いもよりませんでした」
「少し歩きましょう。テレジア・マルガレーテ・アインホルン嬢」
フルネームを呼ばれて、テレサは足が止まった。これでは自分の身分は丸裸にされたようなものだった。これには叔母が陰でかんでいるかと不安を振り切りたくなっていた。
「私の名前を、お教えしたことはありませんが。公爵夫人からですか」
「エルンストとお呼びください。もっとも楽に話しましょう。マリア嬢」
「エルンスト様、私は普通そのようには呼ばれませんが……」
「どうせならエルと。お互い親しくありたいと思っても難しい立場。僕らだけの呼び名が必要でしょう」
「叔母様からお聞きかと思いますが、こちらに滞在するのもあと20日くらいですよ。それなのに」
「僕がひと目で気に入った、と言ったら。こちらへ、どうぞ」
そう言って木立の奥へと誘い込んだ。
歩いた先に大きく開けた広場のような場所があり、30m程先に1m四方の的が置かれていた。
「ここは?」
「何だと思いますか」
「弓の練習場ですか。遠弓の」
「ちょっと違いますね。射撃場です。新しい銃を試す」
「でも、銃は……」
「狩猟用ですよ」
そう言って、いかにも貼り付けたような笑顔を向けたエルンストに違和感を感じながら、テレサも淑女の笑みを返した。
「撃ってみますか」
流石にエルンストから差し出された銃を見ると、テレサは戸惑った。それでも、怖がる様子のないのを見て取ったらしく、銃を構えてみせた。
「ちょっと耳をふさいでください」
ダンという音がして、的に当たったらしく指を指した先に穴が空いていた。持ちての方から弾を込めて、また差し出してきた。
「反動もありますから、手だけでなく肩でも。脚は肩幅まで開いて的の方を見て。指を引き金にかけて」
テレサは銃を受け取り、言われたとおりに構えた。
「さあ、腰と足に力を入れて、上半身はリラックスで、指を弾いて」
音と少し遅れて反動を感じながら構えたままでいるのが難しく、体勢が崩れてしまった。的から外れたらしく、穴はあかなかった。
「これで、僕らは共犯者ですね」
始めての経験に驚きながら、興奮を隠しきれずにいたテレサに笑いかけていた。
火薬の匂いが立ち込める中、エルンストは銃を受け取りテレサを抱きしめた。胸がドキドキして、テレサはそのままエルンストの熱を感じていた。
「ずるいです。別に抱きしめられるために来たわけじゃないです」
「でも、興味があったから来たのでしょう。警護の騎士を木立の向こうに置いてしまって」
ハンスのときには、ずっと追いかけて追いつけないまま終わってしまった気のするテレサには、こんな風に思われるのも少し嬉しかった。
「だったら、キス、できますか」
テレサはエルンストの方を見上げて、笑いかけてみた。できるだけ大人の女性の表情で演じた。ぎゅっと力が入ったのを感じたところで、顔が近づき唇に温かいものを感じて、いつの間にか目をつぶってしまった。温かいものが離れると、テレサはエルンストの目を見つめていた。
「一番ずるいのはマリア、君だ。どこまで僕を翻弄するんだ」
どこか切なさそうに見つめるエルンストにテレサはしがみついた。そして離れると「帰ります」とだけ言って、ロビンの方へ歩き出した。
テレサの背中に向けてエルンストは「また会おう!」と声をかけた。テレサは振り向かなかった。
クレセント家のサロンから2・3日経った頃、エルンストから手紙が届いた。エルンスト・ラウス・コスラーダ・グリーシアというのがフルネームらしく、由緒ありそうな紋章の封蝋がついていた。
「ねぇ、ロビン。グリーシア家について何かしらないかしら」
「あぁ、少し待ってください」
ロビンは何かひらめいたようで、2階の奥の資料室へ行ってくると言って、テレサの執務室を出ていった。
「ロビンは何が引っかかったのかしら」
「たぶん、グリーシアの部分では」
ロビンが資料室から貴族名鑑と文官・武官名簿を持ってきた。貴族名鑑をまず開いて、グリーシア家の部分をさがした。
「ここ、ここです。グリーシア侯爵家。辿っていくと、今の王朝の前にグリーシア家が王家だったのです。多分そのときに侯爵になったのかと」
「グリーシアでグラシアということね。そうすると、今の体制には……」
テレサはサロンでの会話を思い出していた。一人だからできることもあると言っていた。一人ならば裏切られることもないからだろうか。テレサは寂しそうに笑ったように思えた。なにか手助けができないかと自分は異邦人だと言う考えがぐるぐる回っていた。
「大丈夫。ご招待を受けることにした。返事を書くからロビン、お願いね」
テレサはその場でお招きをお受けしますと手紙を書いて、エルンストへ届けるようにした。
テレサの住む商会の別邸にエルンストからの迎えの馬車が来た。紋章などが外されて、裕福な商人のものにしか見えなかった。乗り込むテレサも濃紺のスーツコートとキュロットといった紳士者を来ていた。警護役のロビンも同じような服装にしていた。
王都の郊外の外れにあるグリーシア家の屋敷は、歴史を感じられる作りでこの街の大抵の建物よりも重厚だった。門から本館への距離もかなりあり馬車で5分ほどかかるくらいだった。出迎えたエルンストは屋敷の裏の林へとテレサを誘った。
「こんな格好でも驚かないのですね」
「私は嬉しいくらいですよ。令嬢の本当のお姿が見られて」
テレサの右手を取って、エルンストはその甲にキスをした。思いもがけないその行為にテレサは驚き、エルンストの顔を呆然と見つめた。
「こんなに美しく、聡明で魅力的な女性に婚約者がいらっしゃらないなんて」
「なぜ、婚約者がいないと?」
「親戚ですよ。クレセント家とはね。当家のほうが本家だろうぐらいの気持ちはありますが」
「エルンスト様は、どなたにでも好意を示されるのですか」
テレサは目をくりっとさせてから笑いかけた。そんなテレサを見て、エルンストは笑い転げていた。
「いや、失礼した。僕はこれでも氷点のエルンと二つ名をいただいているようなのですが」
「その至って健やかなお笑いでは、全く思いもよりませんでした」
「少し歩きましょう。テレジア・マルガレーテ・アインホルン嬢」
フルネームを呼ばれて、テレサは足が止まった。これでは自分の身分は丸裸にされたようなものだった。これには叔母が陰でかんでいるかと不安を振り切りたくなっていた。
「私の名前を、お教えしたことはありませんが。公爵夫人からですか」
「エルンストとお呼びください。もっとも楽に話しましょう。マリア嬢」
「エルンスト様、私は普通そのようには呼ばれませんが……」
「どうせならエルと。お互い親しくありたいと思っても難しい立場。僕らだけの呼び名が必要でしょう」
「叔母様からお聞きかと思いますが、こちらに滞在するのもあと20日くらいですよ。それなのに」
「僕がひと目で気に入った、と言ったら。こちらへ、どうぞ」
そう言って木立の奥へと誘い込んだ。
歩いた先に大きく開けた広場のような場所があり、30m程先に1m四方の的が置かれていた。
「ここは?」
「何だと思いますか」
「弓の練習場ですか。遠弓の」
「ちょっと違いますね。射撃場です。新しい銃を試す」
「でも、銃は……」
「狩猟用ですよ」
そう言って、いかにも貼り付けたような笑顔を向けたエルンストに違和感を感じながら、テレサも淑女の笑みを返した。
「撃ってみますか」
流石にエルンストから差し出された銃を見ると、テレサは戸惑った。それでも、怖がる様子のないのを見て取ったらしく、銃を構えてみせた。
「ちょっと耳をふさいでください」
ダンという音がして、的に当たったらしく指を指した先に穴が空いていた。持ちての方から弾を込めて、また差し出してきた。
「反動もありますから、手だけでなく肩でも。脚は肩幅まで開いて的の方を見て。指を引き金にかけて」
テレサは銃を受け取り、言われたとおりに構えた。
「さあ、腰と足に力を入れて、上半身はリラックスで、指を弾いて」
音と少し遅れて反動を感じながら構えたままでいるのが難しく、体勢が崩れてしまった。的から外れたらしく、穴はあかなかった。
「これで、僕らは共犯者ですね」
始めての経験に驚きながら、興奮を隠しきれずにいたテレサに笑いかけていた。
火薬の匂いが立ち込める中、エルンストは銃を受け取りテレサを抱きしめた。胸がドキドキして、テレサはそのままエルンストの熱を感じていた。
「ずるいです。別に抱きしめられるために来たわけじゃないです」
「でも、興味があったから来たのでしょう。警護の騎士を木立の向こうに置いてしまって」
ハンスのときには、ずっと追いかけて追いつけないまま終わってしまった気のするテレサには、こんな風に思われるのも少し嬉しかった。
「だったら、キス、できますか」
テレサはエルンストの方を見上げて、笑いかけてみた。できるだけ大人の女性の表情で演じた。ぎゅっと力が入ったのを感じたところで、顔が近づき唇に温かいものを感じて、いつの間にか目をつぶってしまった。温かいものが離れると、テレサはエルンストの目を見つめていた。
「一番ずるいのはマリア、君だ。どこまで僕を翻弄するんだ」
どこか切なさそうに見つめるエルンストにテレサはしがみついた。そして離れると「帰ります」とだけ言って、ロビンの方へ歩き出した。
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