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第12章 サロンの住人
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グラシアの王都アビレスに着いて7日ほど経った。テレサはカミーラを連れて孤児院に行き日々のルーティーンをこなすのに精一杯で、学問や生活の基本を学ぶことができそうもない状態にがっかりしていた。ただ孤児院の様子を見るにつけ、カミーラを連れて帰ることが最適なことだと改めて思った。そんなとき、叔母の公爵夫人から昼間のティーパーティーの招待を受けた。ドレスコードは素朴でシンプルな服装となっていて、テレサは困惑していた。
「スーラ、叔母様からのこの招待って何を着ればいいの?」
テレサは招待状をスーラに手渡して、クローゼットとにらめっこをしていた。アフタヌーンドレスなら、レースの襟のきれいなサテン地のがあり候補として出した。ツーピースの外出用の紳士のジャケットを模したコートとAラインのスカートのセットアップと、この前買ったグラシアの民族衣装風のセットアップもいいと思った。
「この招待状の形式でしたら、貴族の夫人のお茶会ではないようです。このグラシアの衣装をお召しになるのも面白いと思います」
「そうなの。だったらグラシアに敬意を込めて、これにしましょう」
キリアンヌ・クレセント公爵夫人からの招待状を手に、ロビンを従者としてテレサは馬車に乗った。
テレサはたっぷりとした襟のないシャツに色とりどりの花の刺繍を合わせのところに並べ、ペチコートに同じ生地で作られたスカートを被せた。このスカートにも裾の部分に美しい花柄の刺繍が施されていた。シャツの上にレースのつけ襟を掛けて、ひまわりをかたどったブローチで留めた。髪の毛はサイドを持ち上げてひまわりの髪留めをつけた。少し子どもみたいだと思いながらも、美しい刺繍に見とれていた。
ロビンのエスコートを受けて、馬車から降りた。そこに待ち受けていたクレセント家の従者の案内で、叔母の待つサロンへと向かった。
扉を開けられて、中へと誘われると、様々な人達がそこにいた。その人達の放つ熱に圧倒されて、なかなか入っていくことができないでいた。明らかに戸惑っているテレサの手を引いて、ロビンが奥の方へ公爵夫人の前に連れて行った。
「まぁ、テレサ。とても可愛らしい装いにしてくれたのね。しかもグラシアの民の服装で。結構お似合いです。その髪の毛がとてもね」
「ありがとうございます、叔母様。たまたま入った店で気に入りました。今日のドレスコードにちょうどよろしいかと思いましたので」
「あら、ここに入るとき何も感じなかったの。このサロンは身分や主義に関わりなく、素敵な方にお越しいただいているの。テレサもしっかりお話をなさい」
「はい。でも、叔母様。ご紹介をしていただけませんか」
テレサは淑女の笑みをたたえて、キリアンヌへお願いをしてみた。
「はぁ、仕方がないわね。あちらへ行きます」
キリアンヌはこちらも淑女の笑みで、テレサに圧力をかけていた。
このままではこの国は……
そう言われても我らには……
熱き議論を交わしている仕立ての良いコートを着ている金髪の青年と、栗色の髪の毛のあまり仕立ての良くない薄手のコートを着ている二人を、少し離れて時々話をする数人というグループのところに来ていた。
「あら、エルンストとグリードじゃない。あいも変わらず随分ご熱心ですね」
「これは夫人、今日はお招き……」
「そんな挨拶はいいのって言っているはず。こちらの女性から顔を繋いでほしいって頼まれたの。さぁご挨拶なさいな」
キリアンヌはさっきよりもつまらなさそうに、エルンストとグリードという青年に挨拶をするように促していた。テレサは状況を飲み込めないまま、ここにいる人達に聞こえるように挨拶をした。
「夫人から社会を学ぶようにお招きいただきました、テリィと言います。興味深いお話をされていたようなので、ぜひお聞かせいただきたいのですが。よろしくお願いします」
上から下まで値踏みをするように見られていたが、不快感を押し込んで議論をしていた金髪の男性に右手を差し出した。目の前の男性は右手を取って握手をした。
「テリィさん、ぼくはエルンストといいます。その発音はお隣の出身か。ぜひともそちらのお国の話を聞かせてくれたまえ」
「ローゼンバーグもグラシアも同じような王政の国では、ないのですか」
「そういう意味では同じだろう。でも、この国は少し違うんだ」
「それは、荒れた土地が多いのと関係がありますか」
訝しそうにテレサを見ているグリードを気にしながら、エルンストは少し考えながら誠実そうに考えてくれたようだった。
「なぜ荒れ地が多いと思う?」
「人手が足りないとか」
「人手が足りない原因は何かな」
テレサは少し考えていた。教会長の話とか国境の軍の噂とか色々考えると、グラシアのまちなかに庶民の男性が少ない理由が見えてきた。それはカミーラの生活にも影響していた。
「国境沿いの略奪行為とも関係があるのですね。こちらも警戒しているという話ですが。ローゼンバーグでは灌漑をすすめて、安定して農作物を作れるようにしているところです。でも、こちらは川からそのような堀が出ているのを見ていないようです」
「これは、お嬢ちゃんだと思っていたら、甘かったようだ。そう、このグラシアでは困ると近隣を軍事力で抑えて、搾り取るんだ。でも、何も施さないから、すぐにまた同じことをする。それで、軍と王家が結託して、軍の力でこの国を好き勝手にしている。庶民からも軍に強制的に入れているんだ。基本の農業も男手が足りなくて、荒れ地が増えている。それがまたと悪循環を招いている。その環を切りたいんだ」
「そのようなことですと、個人でできることとは思えないのですが」
「そう、個人ではできないけれど。個人でできることも有るよね」
エルンストが真っ直ぐな目でテレサを見つめていった後、グリードに笑いかけていた。その目を見たテレサは一つの答えを知らされたようで、息を呑んでいた。
「ぼくは、テリィとは、ローゼンバーグであったことがある。せっかくの御縁だ。これからもよろしくお願いしたいな」
テレサの目を見ながら笑いかけると、右手を取って甲に軽くキスをした。思いがけない紳士の仕草に、照れて顔を赤くしていた。エルンストは「素直がいいよ」と言って、立ち去った。グリードも慌てて後を追って立ち去った。
「テレサ、せっかくだから、お誘いがあったら断らないでよ」
キリアンヌは楽しそうにテレサに笑った。笑い続けるだけで、エルンストについて教えようとしないキリアンヌに、テレサは不満そうだった。爽やかな笑顔で立ち去ったエルンストにはテレサはなにか温かいものを感じていた。
「スーラ、叔母様からのこの招待って何を着ればいいの?」
テレサは招待状をスーラに手渡して、クローゼットとにらめっこをしていた。アフタヌーンドレスなら、レースの襟のきれいなサテン地のがあり候補として出した。ツーピースの外出用の紳士のジャケットを模したコートとAラインのスカートのセットアップと、この前買ったグラシアの民族衣装風のセットアップもいいと思った。
「この招待状の形式でしたら、貴族の夫人のお茶会ではないようです。このグラシアの衣装をお召しになるのも面白いと思います」
「そうなの。だったらグラシアに敬意を込めて、これにしましょう」
キリアンヌ・クレセント公爵夫人からの招待状を手に、ロビンを従者としてテレサは馬車に乗った。
テレサはたっぷりとした襟のないシャツに色とりどりの花の刺繍を合わせのところに並べ、ペチコートに同じ生地で作られたスカートを被せた。このスカートにも裾の部分に美しい花柄の刺繍が施されていた。シャツの上にレースのつけ襟を掛けて、ひまわりをかたどったブローチで留めた。髪の毛はサイドを持ち上げてひまわりの髪留めをつけた。少し子どもみたいだと思いながらも、美しい刺繍に見とれていた。
ロビンのエスコートを受けて、馬車から降りた。そこに待ち受けていたクレセント家の従者の案内で、叔母の待つサロンへと向かった。
扉を開けられて、中へと誘われると、様々な人達がそこにいた。その人達の放つ熱に圧倒されて、なかなか入っていくことができないでいた。明らかに戸惑っているテレサの手を引いて、ロビンが奥の方へ公爵夫人の前に連れて行った。
「まぁ、テレサ。とても可愛らしい装いにしてくれたのね。しかもグラシアの民の服装で。結構お似合いです。その髪の毛がとてもね」
「ありがとうございます、叔母様。たまたま入った店で気に入りました。今日のドレスコードにちょうどよろしいかと思いましたので」
「あら、ここに入るとき何も感じなかったの。このサロンは身分や主義に関わりなく、素敵な方にお越しいただいているの。テレサもしっかりお話をなさい」
「はい。でも、叔母様。ご紹介をしていただけませんか」
テレサは淑女の笑みをたたえて、キリアンヌへお願いをしてみた。
「はぁ、仕方がないわね。あちらへ行きます」
キリアンヌはこちらも淑女の笑みで、テレサに圧力をかけていた。
このままではこの国は……
そう言われても我らには……
熱き議論を交わしている仕立ての良いコートを着ている金髪の青年と、栗色の髪の毛のあまり仕立ての良くない薄手のコートを着ている二人を、少し離れて時々話をする数人というグループのところに来ていた。
「あら、エルンストとグリードじゃない。あいも変わらず随分ご熱心ですね」
「これは夫人、今日はお招き……」
「そんな挨拶はいいのって言っているはず。こちらの女性から顔を繋いでほしいって頼まれたの。さぁご挨拶なさいな」
キリアンヌはさっきよりもつまらなさそうに、エルンストとグリードという青年に挨拶をするように促していた。テレサは状況を飲み込めないまま、ここにいる人達に聞こえるように挨拶をした。
「夫人から社会を学ぶようにお招きいただきました、テリィと言います。興味深いお話をされていたようなので、ぜひお聞かせいただきたいのですが。よろしくお願いします」
上から下まで値踏みをするように見られていたが、不快感を押し込んで議論をしていた金髪の男性に右手を差し出した。目の前の男性は右手を取って握手をした。
「テリィさん、ぼくはエルンストといいます。その発音はお隣の出身か。ぜひともそちらのお国の話を聞かせてくれたまえ」
「ローゼンバーグもグラシアも同じような王政の国では、ないのですか」
「そういう意味では同じだろう。でも、この国は少し違うんだ」
「それは、荒れた土地が多いのと関係がありますか」
訝しそうにテレサを見ているグリードを気にしながら、エルンストは少し考えながら誠実そうに考えてくれたようだった。
「なぜ荒れ地が多いと思う?」
「人手が足りないとか」
「人手が足りない原因は何かな」
テレサは少し考えていた。教会長の話とか国境の軍の噂とか色々考えると、グラシアのまちなかに庶民の男性が少ない理由が見えてきた。それはカミーラの生活にも影響していた。
「国境沿いの略奪行為とも関係があるのですね。こちらも警戒しているという話ですが。ローゼンバーグでは灌漑をすすめて、安定して農作物を作れるようにしているところです。でも、こちらは川からそのような堀が出ているのを見ていないようです」
「これは、お嬢ちゃんだと思っていたら、甘かったようだ。そう、このグラシアでは困ると近隣を軍事力で抑えて、搾り取るんだ。でも、何も施さないから、すぐにまた同じことをする。それで、軍と王家が結託して、軍の力でこの国を好き勝手にしている。庶民からも軍に強制的に入れているんだ。基本の農業も男手が足りなくて、荒れ地が増えている。それがまたと悪循環を招いている。その環を切りたいんだ」
「そのようなことですと、個人でできることとは思えないのですが」
「そう、個人ではできないけれど。個人でできることも有るよね」
エルンストが真っ直ぐな目でテレサを見つめていった後、グリードに笑いかけていた。その目を見たテレサは一つの答えを知らされたようで、息を呑んでいた。
「ぼくは、テリィとは、ローゼンバーグであったことがある。せっかくの御縁だ。これからもよろしくお願いしたいな」
テレサの目を見ながら笑いかけると、右手を取って甲に軽くキスをした。思いがけない紳士の仕草に、照れて顔を赤くしていた。エルンストは「素直がいいよ」と言って、立ち去った。グリードも慌てて後を追って立ち去った。
「テレサ、せっかくだから、お誘いがあったら断らないでよ」
キリアンヌは楽しそうにテレサに笑った。笑い続けるだけで、エルンストについて教えようとしないキリアンヌに、テレサは不満そうだった。爽やかな笑顔で立ち去ったエルンストにはテレサはなにか温かいものを感じていた。
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