三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで

狛犬

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第31話 「隠していたこと」

その夜、弁護士の櫻井から電話が入った。

「牧田様。ご主人の件ですが……
 一度、二人で直接話をしないと、離婚には応じられないとおっしゃっています」

二人で、話す。

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がわずかに揺れた。

思えば、家を出てから――きちんと向き合って話をする機会はなかった。

言葉を交わす前に出来事ばかりが積み重なり、説明も弁解も、すれ違いのまま残っている。

それでも、もう分かっていた。

会って何を言われても、自分の結論が変わることはない。

「無理に行く必要はありませんよ」

櫻井の声は落ち着いていた。

「代理人がいる以上、直接会わずに進めることも可能です」

それでも――最後に一度だけ、話を聞くという選択が、間違いだとは思えなかった。

「……分かりました」

自分でも驚くほど、声は静かだった。

「明日の十九時でお願いします」

電話を切ったあと、しばらく動けなかった。

場所は、昨日訪れたホテルのレストランにした。

夕暮れから夜へと移ろう景色。

静かな音楽。

昨日、そこにいたとき――

自分の人生に、まだ別の選択肢があるかもしれないと、そう思えた場所。

だからこそ、終わらせる場所として、ふさわしいと思った。

翌日。

待ち合わせの少し前に、茜音はレストランに着いた。

すでに、陸翔は来ていた。

窓際の席に座り、夜景を見つめている。

茜音の気配に気づき、ゆっくりと振り向いた。

「茜音……」

呼ばれた名前。

久しぶりに見る陸翔は、少し痩せていた。

目の下には疲れが滲んでいる。

それでも、何も動かなかった。

茜音は視線を外し、向かいの席に腰を下ろす。

「何を食べる?」

メニューを差し出される。

「話をしに来ただけだから。食事はいらない」

きっぱりと告げると、陸翔は一度、深く息を吐いた。

「……かなり痩せたな。ちゃんと食べてるのか?」

伸ばされかけた手を、茜音は自然に避ける。

その仕草だけで、二人の距離がもう戻らないことを示していた。

「本当に……離婚したいのか?」

その問いに、迷いはなかった。

「……うん。きっと、その方がいい」

ウエイターが来て、コーヒーとオレンジジュースを注文する。

短い沈黙。

やがて、陸翔が口を開いた。

「茜音、聞いてほしい。
 全部、誤解なんだ。俺と奈菜は、本当に何もない」

茜音は、テーブルの上に置いた自分の手を見つめていた。

「……“何もない人”の腰に手を回して、
 私のパジャマを着せて、
 私たちの部屋に泊まらせて、
 写真まで捨てさせて……」

ゆっくりと顔を上げる。

「それでも、“何もない”って言えるの?」

声は、驚くほど穏やかだった。

陸翔は、言葉を失った。

そのとき、テーブルの上のスマートフォンが震えた。

画面に表示された名前――【奈菜】。

陸翔は一度、着信を切る。

だが、すぐにまた振動が続く。

「……出たほうがいいんじゃない?」

茜音は静かに言った。

「急ぎかもしれないから」

しばらく迷った末、陸翔はスマートフォンを手に取る。

「……ごめん」

席を立ち、窓際で電話に出た。

「……泣いてたら分からない。
 ……田口は?
 ……分かった。すぐ戻る」

短いやり取り。

戻ってきた陸翔は、申し訳なさそうに言った。

「……会社でトラブルがあった。
 今、戻らないといけない」

茜音は、彼を見なかった。

「うん。すぐ行った方がいい」

それだけで、十分だった。

「本当に……すまない」

陸翔は何度も頭を下げ、そのままレストランを出ていった。

茜音は、ガラス越しに遠ざかる背中を見送る。

――最後まで、同じだった。

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