三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで

狛犬

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第54話

茜音からの返事はなかった。

陸翔が送ったメッセージは、三日経っても未読のままだった。

何度も画面を開く。

既読がついていないことを確認しては、また閉じる。

仕事に集中しようとしても、意識はすぐそこへ戻ってしまう。

三日目の午後。

社長室の扉がノックされた。

「社長、お客様です」

「客?」

パソコンから目を離さずに尋ねる。

「はい。櫻井とおっしゃる弁護士です」

弁護士。

その言葉に、指先が止まった。

「入ってもらえ」

扉が開き、三十代半ばほどの女性が入室する。

黒のスーツに身を包み、落ち着いた視線を向けていた。

陸翔はソファーへ案内する。

櫻井は同席している田口を一瞥した。

「田口、席を外せ」

陸翔の言葉に、田口は一礼して部屋を出ていく。

入れ替わるように秘書がコーヒーを運び、二人の前に静かに置いた。

扉が閉まる音が、やけに重い。

目の前の女性が名刺を差し出す。

「櫻井法律事務所の櫻井と申します」

丁寧な挨拶のあと、静かに続けた。

「今回、牧田茜音様からのご依頼で、離婚の代理人を受けることとなりました」

離婚。

その言葉が、空気を変えた。

「……待ってくれ」

陸翔は思わず身を乗り出す。

「茜音は、本当にそう言っているのか?」

「はい。奥様は、牧田様とこのまま婚姻関係を続けることは難しい、とおっしゃっています」

言葉が、すぐには意味を結ばない。

離婚という現実が、まだ遠い。

「誤解なんだ」

喉の奥から、無理やり声を押し出す。

「俺は、あんなつもりじゃなかった。茜音は誤解している」

櫻井は静かに視線を向けた。

「牧田様。もし、あなたが茜音様の立場だったら――同じことが起きて、“誤解だから”と受け入れられるでしょうか」

返す言葉がない。

脳裏に浮かぶのは、逆の光景。

見知らぬ男といる茜音。

寄り添い、笑っている姿。

自宅に男を入れ、自分のパジャマを着せている光景。

胸が締めつけられる。

受け入れられるはずがない。

「私は結婚はしていません。ただ、離婚の案件は数多く扱ってきました」

櫻井は淡々と続ける。

「皆さん、おっしゃいます。“そんなつもりはなかった”と」

その言葉が、静かに刺さる。

「“そんなつもりではなかった”のであれば、では、どんなつもりだったのか――と、私は毎回考えます」

陸翔は視線を落とした。

「夫婦は距離ができれば誤解も広がります。しかし、その前に向き合えていれば、防げた誤解もあるはずです」

一拍置き、櫻井は言う。

「……奥様は、すでに深く傷ついておられます。こちらとしては、長引かせず、誠実にご対応いただきたいと考えております」

言葉を失う。

茜音の顔が浮かぶ。

真っ青な表情。

何も言わず、ただ見ていたあの目。

あの瞬間、自分は何もできなかった。

「……茜音の気持ちはわかる」

ようやく絞り出す。

「ただ、もう一度だけでいい。直接、話をさせてほしい」

顔を上げる。

「俺の口から伝えたい。それでも、茜音の気持ちが変わらないなら……受け入れる」

その先は、簡単には言えなかった。

櫻井はしばらく考えたのち、静かに頷いた。

「……茜音様にはお伝えします。ただし、会うかどうかは茜音様のお気持ち次第です」

それしかない。

櫻井が席を立ち、社長室を出ていく。

扉が閉まると、部屋は静まり返った。

陸翔は背もたれに体を預ける。

離婚。

その言葉が、ようやく現実として重みを持ち始める。

守ると言った。

別れないと、言い切った。

だがそれは、自分の意思だ。

茜音は、どう思っているのか。

選ぶのは――茜音だ。

陸翔は目を閉じた。

もう一度だけでいい。

話す機会がほしい。

それが最後になるとしても。

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