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第4章:光彩の乙女
5.偽者騒動③
しおりを挟む「―――という流れになる。両家とも質問は?」
ファビウスがこのあとのパーティーの流れの説明を終えると、それぞれの顔を順に見た。納得のいかない顔をしているのはルーシャの父親だ。
「……娘が《光彩の乙女》だと披露するパーティーで、疑いの眼差しを向けられることになるとは……訴えたいくらいですな」
「全くですわ。真実が明らかになった暁には、相応の謝罪をいただきますからね」
母親も便乗して責めるような言葉をベレスフォード公爵家に投げかけているが、ルーシャはそれを何ともいえない気持ちで見ていた。まるで自分たちは娘を信頼して大切にしているとでも言いたげだ。
ベレスフォード公爵は冷めた目でルーシャの両親を見つめており、「何を馬鹿なことを」と低い声で呟いた。
「そちらこそ、全国民に謝罪していただきたい。ただの病弱なだけの娘を、《光彩の乙女》だと嘘をついて信じ込ませたのだからな」
「何だと?そちらの方が嘘をついているのでしょう!そのご令嬢が《光彩の乙女》だという証拠がどこにあるんです!?」
「ふん、証拠など……」
「どうやら質問はないようだな。話を進めよう」
パン、と笑顔で両手を叩いて話を遮ったファビウスに、ベレスフォード公爵は片眉をつり上げる。けれど心象を悪くすると不利だと思ったのか、それ以上口を開くことはなかった。
「このあとパーティー開始を告げる竜の咆哮が聞こえる。その後は先ほど伝えた通り、ルーシャとカリスタ嬢だけ残り、他の皆は会場へ移動してくれ」
「……発言をお許しください、ファビウス殿下」
静かに片手を挙げたのはクリフだった。ファビウスはその態度に満足気に微笑み、「構わない」と頷く。
「この場に残るのは、姉とラファティ公爵令嬢だけなのでしょうか。不正などを行わないためにも、見張りや護衛をつけるべきではないですか?」
クリフの提案に、ルーシャは心の中で大きく頷いた。カリスタと二人きりになりたくはなかったのだ。
ずっと獲物を狙う鷹のような目を向けられており、ルーシャの作り笑顔は限界を迎えていた。
「それに関しては問題ない。どちらとも接点のない護衛を用意しておいたからな」
ファビウスの言葉にルーシャは安心しつつ、カリスタの様子を伺った。特に慌てる様子もなく、細い指を髪に巻きつけて窓の外を眺め始めた。
(どうしてそんなに自信満々なの……?まさか、《光彩の乙女》は一人とは限らない、とかあったりするのかしら?)
あまりにカリスタの態度が堂々としているため、ルーシャの方が不安になってきてしまう。救いを求めるようにちらちらとファビウスに視線を送っていると、パーティーの開始を告げる竜の咆哮が響き渡った。
開け放たれていた窓から良く聞こえる咆哮は、ただの咆哮ではなかった。
『《光彩の乙女》はキアラだー!』
『違う違う、キアラ改めルーシャだ!』
『そうだそうだー!カリスタとかいう嘘つきは引っ込んでろー!!』
絶えず聞こえてくる光の竜たちの野次に、ルーシャは思わずくすりと笑ってしまった。同時に不安だった心がスッと落ち着く。
(そうだわ。私にはたくさんの仲間たちがいる。……何があっても、きっと大丈夫)
ファビウスは微笑みながらルーシャを見ていた。その笑みに違和感を覚えているうちに、次々と皆が立ち上がる。
両親はベレスフォード公爵夫妻と睨み合うようにして、ルーシャに一言も声を掛けないまま部屋を出て行った。クリフは少しだけ目配せしてくれてからそのあとに続く。
カリスタは絡みつくように掴んでいたイアンの腕を放し、猫撫で声を出した。
「イアンさま、わたくし頑張りますわ!」
「……ああ」
短くそう答えたイアンは、随分と素っ気ない少年に成長してしまったらしい。泣きながらアベルに竜のぬいぐるみを渡していた光景が、ルーシャにはまだ昨日のことのように思い出せた。
けれど、良く考えてみれば《光彩の乙女》は皇太子の婚約者となる。ないとは思いたいが、カリスタが《光彩の乙女》と認められればイアンは婚約者を取られてしまうことになるのだ。素直に応援できない気持ちもあるだろう。
ルーシャが二人の少年少女の心の内をぼんやりと考えていると、イアンと行き違うようにして一人の男性が入って来た。その服装と腰に下がる長剣から、ファビウスが言っていた護衛だとすぐに分かる。
灰色の長髪を頭の後ろで束ねた護衛は、ルーシャとカリスタを見てにこりと微笑み頭を下げた。男性だがとても綺麗な人だ。
「お時間まで私がお護り致します。よろしくお願いします」
「ええ、よろしくね」
護衛の挨拶にルーシャはそう返したが、カリスタは驚くことに無視だった。どこからか小さな鏡を取り出し、念入りに化粧のチェックを始めている。
開いた口が塞がらないルーシャに向かって、護衛は口元に人差し指を当て片目を瞑る。カリスタもカリスタだが、護衛も護衛でやたらと軽い。
竜として生きた分だけ、色々な性格の人間たちを見てきた。ここは黙って大人しく過ごすのが正解だと判断し、ルーシャは窓の外から聞こえてくる人々の賑わう声や、竜たちの声を楽しむことにした。
(……《光彩の乙女》としてみんなの前に出るとき、アベルはどこかで見てくれているかしら)
火の大陸で別れて以来、そんなに日が経っているわけではない。それでも、ルーシャは水の大陸から送った手紙の通り、早くアベルに会いたくて仕方なかった。
***
部屋で待機中は特に何事も起きず、時間だけが過ぎていった。一つだけ問題点を挙げるとすれば、ただひたすら息が詰まる空間だったということだ。
カリスタはずっと自分の顔やドレスに夢中で、時折ルーシャに睨むような視線を投げて来た。一方、護衛は不気味なほどにこにこと笑顔を絶やさず扉の前に立ってルーシャを見ていた。相反する二人分の視線から逃れるよう、ルーシャはずっと足元を見つめている。
時計の針がカチカチと動く音が大きく聞こえる部屋の中で、突然ルーシャに声が掛かった。
「ねぇ、あなた」
まさかカリスタから声を掛けられるとは思わず、ルーシャは顔を上げて目を丸くした。どこか気だるそうに目を細めるカリスタは、赤い唇から笑い声を漏らす。
「ふふっ、さすが『幽霊令嬢』ですわね。貴族としての気品の欠片もないですわ。お体は大丈夫?ベッドで休んで、このあとは欠席したらいかが?」
「……何が言いたいの?」
「あら嫌だ、そんなに怖い顔しないでちょうだい。わたくしはただ、《光彩の乙女》はあなたには重荷になるから諦めたら?と助言してあげているのよ」
カリスタは意地悪くそう言って笑うが、ルーシャは眉を寄せて反論する。
「《光彩の乙女》を諦めるって……その言葉はこの国を捨てなさいと言ってるようなものだわ。私が諦めたら、誰が闇の竜王と戦うの?」
「もう、このわたくしがいるでしょう?だからあなたも竜の言葉が分かるフリなんてしていないで、早くわたくしに《光彩の乙女》を譲ってちょうだい」
「フリなんて……、」
ちょうどそのとき扉がノックされ、ルーシャは言葉を止めた。カリスタは素知らぬ顔でまた身だしなみを整え始め、護衛が扉を開く。
そこにいた人物を見て、ルーシャはイライラの気持ちがどこかへ飛んでいった。
丁寧にセットされた紺の髪に、光の竜の鱗のような銀の瞳。いつもの竜騎士団長の服に身を包んだアベルは、ルーシャが今一番求めていた人物だ。
「―――待たせたな」
その言葉には色々な意味が込められている気がして、ルーシャは満面の笑みをアベルへと向けた。
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