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醒めない
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「俺と離婚してほしい」
窓枠に腰掛けて尉知は話を切り出した。鈴音と幸せになるために、まずこの女と別れなければいけないと思った。簡単に終わるはずだった。玲奈は逆らった事などないし、会ったばかりの何も知らない男に結婚してくれと言われた時も簡単に承諾したのだから。
部屋の隅に玲奈はぽつんと佇んでいた。聞こえていたのだろうが、返事はなかった。苛々したが、鈴音の望むようなちゃんとした男になるために辛抱して話を続けた。
「お前のことを愛していない」
それでも玲奈は何の反応も示さない。
「鈴音に復讐するために利用しただけなんだ。すまなかったと思ってる。俺はどうかしてたんだ。だからもうこんな生活終わりにしよう」
「嫌です」
尉知は耳を疑った。
「なんて言った?」
「嫌、と言ったんです」
何の表情もないまま、冷たい部屋の空気を震わせて彼女は言った。
「なに言ってるんだ? いいか、俺はお前を復讐の道具として使ったんだ。おとなしくて逆らう事もしないお前を。それはわかってただろ? だからもう自由にしてやると言ってるんだ」
何の動揺も見せない玲奈に対して、尉知はだんだん焦っていった。
「お前はきれいだしまだ若いんだから、すぐやり直せるよ。そのほうが絶対いいんだ、俺と一緒にいてもいいことなんかひとつもない」
こんなはずじゃない、と尉知は頭を混乱させていた。玲奈が反抗するなど考えてもいなかったのだ。鈴音とやっと幸せになれるというのに邪魔をするつもりなのか。握りしめた尉知のてのひらは汗ばんできた。
「お願いだ、俺は鈴音と結婚したいんだ。だから」
「離婚はしません」
事もなげにさらりと言って、玲奈は静かに歩き始めた。そしてふと立ち止まり尉知を振り返る。
「わたしはあなたの妻ですから」
彼女は目を細め、かすかに口の端を歪ませた。尉知はぎくっと体を震わせる。初めて目にした笑顔らしい表情に鳥肌が立つ。
「ずっとね」
初めて聞く感情のある生々しい声が尉知の頭の中で呪文のように繰り返される。ずっと、ずっと、ずっと。
話は終わったというように玲奈はキッチンに消えて行った。食事の支度を始めるのだ。
玲奈が怖くなり、次の日には尉知は鈴音を誘い出していた。
あれきりにしたほうがきっと良かった。また彼と会ってしまった事を鈴音は後悔していた。尉知よりも好きになれる人などいないこともわかっているが、でも許される事ではないのもわかっている。この何年間も自分を癒し救ってきてくれた涼太を裏切っているのだ。なんてひどい仕打ちをしているのだろう。
でもこうして尉知の腕に抱かれると、もうどうにもならなくなってしまう。どうしようもないほど愛してしまっている、常識も忘れるほど。こんなにも自分は弱い人間だったのかと深く落ち込んだ。
「鈴音」
彼女の頬が濡れているのに気がついて、驚いて尉知は体を起こした。彼にとって初めて目にする鈴音の涙だ。
「泣いてるの?」
わかりきった事をきいてしまう。
「どうしてわたし、こんなにあなたが好きなの」
「もう、離さないよ」
彼は鈴音の白い肌をしっかり抱く。涙の意味を尉知は誤解していた。
「今は隠れるようにしか会えないけど、もう少し待ってて。普通に一緒にいられるようになったら、またいろんな所へ行こう。手をつないでたくさん散歩をしよう。公園で鯉に餌をやろう。鈴音の好きな遊園地だっていい。約束してた海にも行こう」
夢見るように話す尉知に不安を感じて鈴音は顔を上げた。
「ごめん、実はちょっとてこずってるんだけど、でもちゃんと玲奈と離婚するよ。できるだけ早く」
玲奈の顔を思い出して尉知はぞっとした。きれいなだけの、何を考えているのかわからない不気味な女。あんな女と結婚してしまうなど、今考えれば何て迂闊なことをしたのだろう。本当にあの時の自分はどうかしていたのだ。それにしても人形のように言われた通りにしか動かないはずだったのに、なのになぜ急に逆らうのか。気味が悪いが、暴力で言う事をきかせたりなどして鈴音に悲しい思いをさせたくなかった。
「離婚」
すぐには言葉が出てこなかった。尉知は簡単に離婚できると思っている。すぐにでもふたりは元通りになれると思っている。自分たちの事しか考えていない。
「わたし、涼太さんを傷つけるようなことできないわ」
「大丈夫、彼には俺が話すよ。俺のほうを先に片付けてすぐに行く。全部俺に任せて。鈴音は何も心配しなくていいんだ」
尉知は笑顔をつくって鈴音の頬の涙に口づけをした。
「だからもう泣かないで」
何か言いかけて鈴音は言葉を飲み込んだ。そんな子供みたいなわがまま、簡単に許されるはずがない。どれだけの人に迷惑がかかるか、どれだけ涼太や玲奈を傷つけてしまうか、彼はわかっていない。そして自分たちだけ幸せになろうなんて、やっぱり無理だ。できそうもない。でもそう言ってしまったら、尉知はどうなってしまうだろう。
「尉知」
怖くて鈴音は何も言えず、尉知の胸に顔を埋めてまた泣いた。涙はなかなか止まってくれなかった。
それから二日間、鈴音に連絡するのも我慢して彼は玲奈に説得を続けていた。離婚届もちゃんと用意し、これが済んだら鈴音を迎えに行けるという思いを励みに頑張っていた。最初は玲奈が怖くなってすぐに鈴音に救いを求めたが、彼女に泣かれてしまった。自分がしっかりしなければ。玲奈を説き伏せるのが先なのだと反省した。
しかし話は一歩も進まない。尉知がどんな事を言っても玲奈はまるで聞こえてないように表情を崩さない。時々、嫌ですと短く返事をする。そして時間が来ると相変わらず機械のように動いて食事をつくる。彼はいっさい口にしないというのに。
鈴音のために穏便にと努力してきたが、だいぶ疲れが出てきた。いつまでも続けられるものでもない。
「何度言ったらわかるんだよ!」
怒鳴りつけて、尉知は玲奈を突き飛ばした。とうとう手を出してしまった。一向に埒があかない状態に、彼は怒りを抑えきれなかった。理解できなかった、玲奈との離婚がなぜこんなに大変なのか。
日付が変わった。こうしてもたもたしている間に時は流れるように過ぎてしまう。尉知は焦りを隠せない。
玲奈は壁に背中を打って崩れ落ちたが、ゆっくり上げたその顔は痛みを感じているようには見えなかった。それどころか尉知を見上げて笑ってきた。目を細め、口の端を歪ませて。
「何がおかしい!」
尉知は玲奈の黒い髪を掴み、頭を壁に叩きつけた。もう怒りはおさまらない。玲奈も薄ら笑いをやめない。
「おい、笑うのをやめろよ、聞こえないのか!」
苛立ちに恐怖も混じって、尉知は大声で叫んだ。恐ろしい玲奈の顔を殴りつける。それでも彼女の表情は変わらない。もう嫌だ、と逃げ出したくなった。
「何なんだ、お前」
また数回、玲奈を殴りつけた。彼女は鼻から血を流したが何も言わない。怯えて、心の中で鈴音に助けを求める。
空が白み始めたころ、尉知は疲れ果てて床に倒れた。冷たい床に顔を押しつけて、すっかり陽が昇ってしまうまでそこでぐったりしていた。この女の頭はおかしいのだ。
彼は玲奈が恐ろしくて堪らなくなった。力なく床に崩れ落ちてはいるが、血を流しているその顔は人形のように美しく、少しもこたえてはいない。
突然、ゼンマイが巻かれたように玲奈は立ち上がった。髪も乱れたまま歩き出す。倒れている尉知の顔の前を通ってキッチンに吸い込まれて行った。
時間なのだ、朝食の時間。そう思ったとき尉知の全身の毛が逆立った。
彼は重たい体を起こして、玲奈の後を追い恐る恐るキッチンを覗き込む。彼女は玉ねぎの皮を剥いていた。まな板を出し、いつも研いでいる包丁を取り出してストンと切った。あとはリズミカルに包丁が鳴る。
「何をしている?」
震える声で尉知はきいた。
「朝食を作っているんです」
手も休めず玲奈は当然のように答える。尉知の首筋を冷や汗が流れた。
「食べるわけないだろ? わかってるだろ? もうやめてくれ」
「わたし、料理だけは得意なのに」
玲奈は手を止めた。
「また食べないんですね」
包丁を握ったまま、怯えた尉知のほうに血のついた顔を向けた。目を細め、背筋が冷たくなるような陰気な笑みを浮かべる。
「こんなことずっと続けていたら、死んでしまうわね。わたしたち、一緒に。どうせわたしたちは死ぬまで夫婦なんだから別にそれでも構わないけど」
足がすくんで動けない尉知に、玲奈はゆっくり近づいてきた。
「それとも、面倒だからもう死んでしまいましょうか」
尉知が走ってくるのが見えた。涼太が仕事に行くのを見送って、ついでにごみの袋を集積所に持って行ったところだ。何気なく遠くに目をやり、鈴音は足を止めた。まだはっきり見えないが、彼に違いなかった。真っすぐな長い道を尉知が走って来ているのだ。他に人影はなく、鈴音は緊張して見守った。こんな時間にどうしたのだろう。連絡もせず、突然やって来るなんて。
どうしたらいいのか鈴音にはまだ決断が出来ずにいた。確かに尉知を愛しているし、彼なしではいられない。でもいつまでもこんな関係を続けるわけにはいかない。でも、尉知の言う通りにもできない。あんなに優しい涼太を傷つけることはできないし、尉知も玲奈に対して不誠実な人にしてしまう。でもばかりで結論が出ない。
怖くて何もできない。何も言い出せない。全部嫌だといっても、どれかひとつ選ばなくてはいけないのに。
走って来るのはやはり尉知だった。顔が確認できたと同時に、異変にも気づく。怯えた顔は汗と涙でびしょびしょだ。こんなに寒いのに彼はまたシャツ一枚で、それには血が飛び散っている。
出かかった悲鳴を鈴音は飲み込んだ。全身の血がひく。
すぐ近くまで来た尉知は走るのをやめ、よろよろと鈴音に近寄った。すがるような目を向け、救いを求めるように鈴音に手を伸ばす。
「鈴音」
差し出された両手は真っ赤に染まっていた。右手は包丁を握ったままだ。
「どうしよう、俺、怖くて、あいつが怖くて」
「玲奈さん?」
掠れた声で鈴音が確認すると、尉知はただがくがくと首を縦に振った。
「救急車を呼ばないと」
「もう駄目だ、もう動かなかった、もう死んだんだ」
鈴音はめまいがして体がふらついた。
「尉知」
「俺、怖かった、怖かったんだよ」
いつまでも溢れ出す尉知の涙を、鈴音は目が飛び出しそうなほど見つめた。
気がつくと鈴音は、自分の車に尉知を押し込んでいた。そうしておいて一旦家の中に入り、コートとマフラー、あとは尉知に着せられるような大きめの服を探して掴む。それから自分の持っている限りの現金を手にしてばたばたと走って車に戻った。
「鈴音」
助手席にうずくまっていた尉知はまだ頬を濡らして、鈴音を見上げた。
「俺を見捨てないで、鈴音と離れたくないよ」
鈴音は荷物を後部座席に放り投げ、包丁を掴んだままの尉知の手を取る。彼の指は固く握られていて、それを一本ずつ伸ばして包丁を引き離した。濡らしてきたタオルで尉知の顔や手に付いている血を手早く拭き、それに包丁をくるんで車のダッシュボードに放り込んだ。
蒼ざめた額に汗を浮かべて鈴音はエンジンをかけた。持ってきた上着を尉知に渡す。
「これを着て」
何も考えられなかった。とにかく彼をここから遠ざけなければと思った。一刻も早く彼を逃がさなければ。それ以外は何も考えていなかった。真っ白な鈴音の車は走り始めた。
電話が鳴ったのは夕方の五時前だった。午後から取りかかっていた仕事がひと段落し、都希子は座ったまま両腕を突き上げて背筋を伸ばした。そうやって後ろを歩いていた同僚を何度か殴ってしまった事があるので、途中から気をつけながら動きを小さくする。涼太からの着信とわかると少し表情を固くした。一応登録はしてあったがかかってきたことなど一度もないのだ。
「はい、村上です」
「お仕事中すみません、森野です」
都希子が言い終わらないうちに慌ただしく涼太は名乗った。
「鈴音がどこにいるかご存知ないですか」
「鈴音、いないんですか?」
涼太の緊迫した声に、都希子は鼓動を速める。
「会う約束とかは、してないですか? どこかに行くとかは」
「いいえ、何も」
「そうですか」
明らかに彼の声は力をなくした。
「何があったんですか?」
少しためらってから涼太は話し出した。
「ここ何日か元気がなかったんで、よく仕事中に電話を入れるようにしてたんです。でも今日は何度かけても電話に出ない。心配になって早退して家に戻ったんですが、鍵はかかってないし、鈴音の車もない。彼女の実家にもきいてみましたが戻って来てないと言われて」
「どうしてなんですか、鈴音と喧嘩でもしたんですか?」
「どうしてかなんて知らないよ。喧嘩もしてないし」
涼太は苛立って答えた。
「ごめんなさい」
いつになく乱暴な彼の話し方にたじろいで、都希子は慌てて謝った。
「いや、こちらこそ申し訳ない。心配で、つい」
「大丈夫です、わかります。あの、鈴音はまだ電話に出ないんですか?」
「鈴音の電話は家にあるんです。リビングにありました。さっき、倉橋さんからかかってきました。僕が出たらびっくりしていました」
「里香から?」
「毎日かけてくれているそうです。とにかくもう少し心当たりを捜してみます。突然すみませんでした」
都希子が返事をしないうちに唐突に電話は切れた。涼太の心配な気持ちはよくわかる。あんなに大事にしている鈴音と連絡が取れないのだ。
席を立ち、都希子はテレビが置いてある会社の休憩ルームに向かった。夕方のニュースで何かやるかも知れない。ニュースになるような事に巻き込まれていては嫌だが、そうじゃない事を確かめたかった。鈴音が電話を家に忘れて、家の鍵を掛けるのを忘れて、ただ気分転換にドライブを楽しんでいるだけだと思いたかった。まだ本格的に心配する時間でもない。それより里香が毎日鈴音に電話してることを聞いてなかったのが気に食わない。
テレビをつけると、今朝起きた殺人事件のニュースが報道されていた。マンションの廊下やエレベーターに血が付いているのを住人が通報し、前夜に隣の部屋で怒鳴り声や不審な物音を聞いたという住人の証言から女性の死体発見に至ったという。防犯カメラや近隣の目撃証言からこの部屋に住む女性の夫が容疑者だということだ。
「死亡した綾原玲奈さんには、致命傷となった刺し傷の他に顔に数か所打撲の跡がありました」
関係なさそうだなと腕組みをして見ていた都希子だが、飛び込んできた名前に思わずテレビに飛びついた。
「綾原?」
「手配中の綾原尉知容疑者はその後の足取りを消しており、まだ行方がつかめていません」
画面を見つめる都希子の顔は紙のように白くなり、音を立てて唾を飲み込むと電話をつかみ直した。
月も星も見えない寒くて暗い夜だった。
鈴音はベッドに腰をかけ、横たわる尉知の髪を撫でていた。何時間も夢中で車を走らせ、だいぶ遠くまで離れられたと思えたところでホテルの部屋をとった。尉知の体に付いた血をきれいに洗い流してしまいたかったし、ゆっくり休ませてあげたかった。今だけは、安心して眠らせてあげたかった。
尉知が寝息を立て始め、鈴音は手を止めた。ずっとがたがた震えて怯えていたけれど、彼はようやく眠りについた。
「わたしのせいね」
彼の寝顔を見守ったまま呟き、鈴音は最初の自分の罪を考えていた。まだ高校生だからいけないと彼の願いを拒んでしまったあの日。あの時素直に彼に身を任せていたら、尉知は琴美を傷つけてしまう事はなかった。今犯してしまった罪に比べたら、まだ高校生だからといってどんな悪いことだというのだろうか。
そのあとも、突き放すような事など言わずに許してあげていれば、尉知は逃げ出さずに済んだ。ずっと尉知を待っていてあげたら涼太を巻き込む事もなかった。彼が戻って来たときも、すぐにちゃんと会って話をしてあげていたら。過ちを犯す前に勇気を出して涼太に打ち明けていたら。嘆いてばかりいないで、恐れてばかりいないで、少しでも早く決断していれば。それは多くの人を、もしかすると尉知を悲しませる結果になったとしても、今よりはましなはずだった。尉知の手を汚さずに済んだのなら、そのほうが何倍も良かったのだ。
玲奈の命を奪った。尉知を殺人犯にしてしまった。彼をこんな立場に追いやったのも、こんなに怯えさせているのも全部自分のせいなのだ。選択を全て誤った、愚かな女のせい。
「鈴音」
尉知の声に、鈴音は知らないうちに流れていた涙を拭った。けれどそれは寝言だった。彼は夢の中でも鈴音と一緒にいる。
「鈴音と離れたくない」
温かくなった尉知の手を握ると、彼は安心した顔で再び寝息を立てた。
十七歳だったあの日、彼を守るのだと誓った。それはできなかった。彼を守ることはできなかった。でも今でも尉知には彼女だけが頼りなのだ。そして残された道はもうひとつしかない。
思い詰めた鈴音の目に光が走った。彼を守らなければ。今度こそ必ず。
「里香、もうそろそろ帰ったほうがいいんじゃない?」
五杯目のコーヒーを飲み干して都希子は言った。ゆうべ警察署で涼太や鈴音の両親と別れてから、ふたりは都希子の家で夜を明かした。一睡もせず、ただ暗い顔を突き合わせていた。鈴音が戻ってきたという連絡はとうとうなかった。鈴音は綾原尉知と一緒にいるのだ。絶対に。
「ほら、もう朝になったよ。いくら会社が休みだからって、きっと家の人が心配してるよ」
都希子らしくない弱々しい声だが、自分がしっかりしていないといけないと感じていた。ゆうべも警察に事情を説明したのは彼女だった。鈴音の両親もだが、初めて聞く男の話に涼太はかなり動揺していた。里香は尉知のマンションでのやり取りを泣きながら打ち明け、そのせいで彼がこんな事件を起こしてしまったのだと言ってあとはずっと泣くばかりだった。
「だって、あたしのせいで」
自分の言葉が尉知を犯行に駆り立ててしまったと思っていた。復讐など無意味だと知り、邪魔な存在となった妻を殺して無理矢理鈴音を奪って行ったのだ。
「里香にも責任はあると思ってるよ。里香に言われたことがあいつの心を変えたとあたしも思うよ。しかもあたしにそれを黙ってるなんてひどいよ。あたしならその時点で森野さんに言うね。警備を強化するね。あんたの考えはいつも甘いのよ」
「だって、こんな事になるなんて」
頭を抱えて、里香はまた泣き始めた。
「だけど、今さらそんな事ここで言ってても仕方ないでしょ?」
ため息をついてから、励ますように都希子は里香の肩をたたく。
「だって、鈴音、あいつに一緒に死んでくれなんて言われてたらどうしよう」
「悪いことばかり考えるのはやめよう、里香」
「だって、何するかわからないよ、あいつ奥さんを殺したんだよ」
「だってって言うな。わかるけど、落ち着こう」
里香を慰めながら都希子は涙を堪えた。彼女にだって悔やむ事はたくさんある。初めからわかっていた事だ。真面目な性格の鈴音とあの男がうまく行くはずがなかった。鈴音に嫌われてでも最初に彼を諦めさせるべきだったのだ。
「鈴音のご両親や森野さんのほうがもっとつらいんだから、あたしたちはもっとしっかり気を持とうよ」
「うん」
鼻をかみながら里香は頷いた。
「さあ、あたしはひと寝入りして森野さんを元気付けに行くよ。里香も家に帰ってちゃんと休んできたら連れてってあげる」
次の日のニュースでは殺人事件に誘拐も加わっていた。そうとられても仕方がないが、動揺して鈴音は車を山道の路肩に止めた。無事にガソリンも入れられた。またどんどん遠くへ行き、今晩もどこかに泊まっても大丈夫だろうか。もうすでに鈴音には来た事もない遠く知らない土地まで逃げて来ていた。
「誘拐なんかじゃないのに」
「鈴音」
ハンドルをぎゅっと握りしめて不満そうに言う鈴音の手に、尉知は柔らかく手を重ねた。鈴音とずっと一緒にいられたお陰で見違えるほど落ち着きを取り戻している。
「どうでもいいよ、そんなこと」
「だって違うのに。いつも一方的に尉知だけが悪く言われる」
「昔からそうじゃないか、そんなの」
おかしそうに尉知は笑う。優等生と不良。今だってエリートの妻と殺人犯だ。どちらを悪く思うかなんて誰にでもわかる。けれど鈴音には笑い事ではないようだ。
「だけどみんなわかってない。尉知のこともわたしの気持ちも」
「わからなくていい。俺たちのことは誰も知る必要ないんだ」
思い詰めた表情の鈴音の肩を尉知は抱き寄せた。目を閉じて鈴音は頷く。
「そうね、ふたりで遠くに逃げるんだもの」
「そうだよ。どこか、遠くにね」
「ふたりでじっとしていれば、みんな忘れてくれるわね。わたしの事を知っているのは尉知だけで、尉知の事を知っているのはわたしだけになるの」
「それがいいね」
彼は嬉しそうに笑った。
「鈴音がいてくれたら何もいらない。鈴音だけが欲しかった、昔からずっと。もう離れたくないよ。もう一日だって離れるのは嫌だ」
彼女の肩を抱く腕に力がこもる。鈴音は尉知の胸に顔を寄せた。彼の鼓動、匂い、温もりが甘く伝わってくる。
「尉知をひとりにはしないわ。誰にも渡さない」
鈴音は彼の手を握りしめた。尉知はその手を握り返して鈴音の細い指を愛おしげに撫でていたが、その手を止めた。すぐにその意味に気づき、鈴音は薬指からまだ新しい銀色のリングを外した。
これはもう必要のない、持つ資格もないもの。小さな指輪がずしりと重かった。嫌になる程胸が痛んだが仕方ない。もう他のことを考える余裕などない。両親や友人たちのことも今までに犯したふたりの過ちも、過去のことは全て忘れて尉知を守ることだけを考えるのだ。
車の窓を開けると、山の冷たい風が待ち構えていたように吹き込んできた。腕を伸ばし、わざと見ないように窓の外に指輪を落とす。
さようなら。心の中で別れを告げた。
都希子たちの証言だけでなく、路上で鈴音を助けた近所の学生の話や、事件の朝鈴音の家の方向に走る尉知の目撃証言などが出て、鈴音が連れ去られたことは確実になっていた。森野家をふたりが訪ねたときには警察が引きあげるところだった。鈴音の電話に何日か前、登録してない番号から一度だけかけられていたのが残っていて、それが綾原尉知の番号だという。ここと鈴音の実家には見張りをつけてくれるということだ。
鈴音の母親は、自分が知らずに娘の新居を教えてしまったことに心を痛めている。そう教えてくれた涼太の疲労と苦悩に満ちた顔に、都希子はつらくなって目を逸らした。里香はさっそくまた泣き始める。まだ鈴音がどこにいるのかわからない。無事なのかさえ。
「ふたりとも、鈴音みたいに料理が上手じゃないので」
そう言って、都希子はコンビニで買ってきた食料をテーブルに取り出す。里香は散らかった服などを片付け始めた。
「ごめんなさい、あまり役には立たないけど」
「ありがとう、充分ですよ。僕などここでじっと待つことしかできない」
涼太は自分のセーターの裾をくしゃっと掴んだ。
「待っていてあげてください。鈴音を、待っていてあげて」
里香は鼻を真っ赤にして泣きながら訴えた。
「もちろん待っていますよ。僕は鈴音を待つのは慣れてます」
いつも苦手に感じていた彼女たちは別人のようで、どれだけ鈴音のことを大事にしているのかを涼太は実感した。
「あの男の事があったから、最初のころ僕にあんなに厳しかったんですね」
「そうです。信用できる人かどうかわかるまで。二度と変な男を近寄らせたくなかった」
「忘れられないようなことがあるんじゃないかとは思っていました。鈴音は長いこと僕を見てくれなかったから」
「彼を不幸にしたのに自分だけ幸せになっていいんだろうかって、そんな馬鹿な心配してました。鈴音は何も悪くないのに。でも森野さんは鈴音が忘れるまでちゃんと待っていてくれた」
本当に忘れてくれたのだろうかと、涼太は少し心配になる。なぜなら鈴音が大事にしているというあの箱を、彼は今朝開けてしまった。あの時の様子を思い出してどうしても気になり、探し出してしまったのだ。中には彼女の趣味ではないハンカチと、くしゃくしゃの紙袋とりぼん、それから写真が一枚。まだあどけない顔の鈴音と少年がぎこちなく肩を寄せ合っている。この少年が綾原尉知で、ハンカチは彼からの贈り物だろうと想像がついた。
それは気にしない。誰にだってこんな思い出くらいあるのだ。問題は写真の中の鈴音の笑顔だった。自分には向けられたことのない幸せいっぱいの嬉しそうな顔。見たこともないその笑顔に、惨めな敗北感を感じた。広がりつつある胸の奥の疑惑を、彼は頭を振って払い退けた。
「綾原より先に、森野さんが鈴音に会っていたら良かったのに」
残念そうに里香は言う。都希子は肘で軽く突いた。
「馬鹿だね、同じ高校だったんだから仕方ないじゃない、こういう順番は」
「どうして僕が先じゃなかったんだろう。そしたらこんな事にならなかったのに」
意外にも涼太は里香の考えに同意し、女々しい弱音を吐いた。
「悔しいよ」
「八年前のクリスマスイブ」
急に思い出して都希子は言った。
「え?」
「八年前のクリスマスイブより前なら間に合いました。あの日、何してたんですか」
「雪が降ったイブの日です。あの日、森野さんに現れて欲しかった」
ふたりの真剣な顔に涼太は戸惑っていた。急にそんな事思い出せない。
「ごめんなさい、つまんないこと言いましたね」
都希子はちょっと恥ずかしそうに笑って、もうそろそろ帰ろうかと里香に声をかけた。ふたりに礼を言って見送ってから、まだ彼は遠い記憶を辿っていた。八年前の、雪が降った、クリスマスイブ。
曖昧ながら、記憶は急に蘇った。あの日は当時付き合っていた彼女と過ごしたのだ。そういえば雪が降り始めたのは、鈴音と初めて会ったあの駅の近くだった。一緒にいた彼女の顔も、それからどこに行ったのかもろくに覚えていないが、それは不思議に思い出せた。
そうだ、あの雪にみんな歓声をあげていた。女子高生たちが浮かれて歌い出したのを覚えている。すれ違いながら彼女とくすくす笑ったのを。
鈴音の結婚指輪が警察に届けられたいきさつはこうだ。五歳の娘をお風呂に入れるから準備をしておけと、帰宅後すぐにお湯をため始めた妻に男は命じられていた。朝早くから家族でドライブに出かけ、ずっと運転をしていた男はくたくただったが素直にしたがう。上着やマフラーをしまい、さっそくおもちゃで遊ぼうとする娘を捕まえる。
「さあ、なっちゃん。お風呂に入ろうね」
木の実と一緒に娘のズボンのポケットから出てきた時は、ナットとかそういう工具だと思っていた。パラパラと床に散らばり、もう、と言いながら拾う。
「今日、楽しかった。またどんぐり拾いに行きたい」
「そうだね、また行こう。こんな物は拾っちゃ駄目だよ」
拾った木の実を袋に入れ、銀色のリングをどこに捨てようとじっと見て男は指輪であることに気がつく。内側に「RYO & SUZU」と彫ってある。日付は先月のものだ。
「わっ。なっちゃん、なんでこんな物持ってるのー」
途中少し山道に入り込んでしまい、雪が積もっていたら困ると思い引き返そうとした時だ。ちょうど停まっていた白い車が走り去って行ったので、入れ違いに男はその路肩に車を停めた。気分転換に車を降り、そこで娘はしゃがみ込んで何かを拾っていたのだ。指輪はあの白い車の人の物かも知れない。
変な物を拾ったと後悔したが、結婚指輪と知ったからには捨てるわけにいかなくなった。妻と娘が風呂からあがるのを待って、男はまた車を走らせる事となったのだ。
逃走方面が絞られた。その車が見つかるのはもう時間の問題だ。
ラジオをつけると、クリスマスソングが流れはじめた。大きく膨らんだ鈴音の不安と同じように、今日は朝から分厚い雲が空を覆っている。ずっと同じような田園風景の道を車は走っていた。
「少し休もう、鈴音、疲れただろ」
疲れなど感じなかったが、言われたとおりに道幅が広いところを見つけて鈴音は車を停めた。尉知がペットボトルの水をひとくち飲んだところでそのニュースは始まり、ふたりは追い詰められたことを知る。黙ってラジオから聞こえる声を聞いていた。その事実は受け入れられたが、非現実的な日が続き鈴音には少しピンと来なくなっている。
車種もナンバーも知られている車でずっと逃げているのだ、当たり前だった。車を捨てて山の中に逃げ込もう。雪が積もる山の中に隠れていたら、捜し出せないのではないかと鈴音は思った。特に具体的な策があるわけでもない。ただこの手を離さずにいれば、捕まらずに逃げ切れるという漠然とした考えだ。救いを求めて差し出されたこの手を二度と離してはいけない。
「鈴音、海に行こうよ」
しばらく黙っていた尉知が、窓の外を見ながら口を開いた。
「約束してたんだから、いいだろう? 行こう」
すぐにでも車を手放そうと思っていた鈴音だが、結局彼の望みを叶えるためにまた車を走らせた。さっきの道路に海岸の表示があったのを思い出す。誰もいない小さな砂浜に着くまで、ラジオはずっとクリスマスソングを流していた。
「今日はクリスマスイブだね」
尉知は鈴音の横顔を見つめて微笑んだ。
「ちょうど八年経ったね、初めて会ってから」
「そうね」
複雑な気持ちで鈴音は頷いた。八年と言えば長い年月のようだが、実際に共に過ごした時間は短い。一緒にいられたのはほんのわずかだ。八年間、互いにいちばん大切な存在だったはずなのに。
先に鈴音が車を降りると冷たい潮風が出迎えた。波の音にひかれて浜辺に辿り着く。振り返ると尉知は車の中でごそごそしていたが、やがて上着を羽織り身をかがめて走ってきた。約束していた夏の海ではなかったが、季節などどうでも良かった。嬉しそうに暗い色の海を見つめて、ふたりは砂の上に身を寄せ合って座る。冷たい風も、こうしていれば大丈夫だ。
「覚えてる? 鈴音、初めて会った時のこと」
「うん、雪が降っていて。わたしは雪が嬉しくて仕方なかった」
あの日から全て始まってしまった。たおやかに舞う真っ白な雪の中、ふたりはひと目見ただけで恋に落ちてしまったのだ。雪の精の魔法にかかって。
「俺も全部覚えてるよ」
澄んだ瞳で真っ直ぐ見つめて、優しく手を差し伸べた鈴音。清らかで美しい天使のよう。
「鈴音はあの時と少しも変わらない」
「そんな事ないわ」
いくら彼がそう思ってくれるとしても、自分がもう昔のとおりではないと鈴音は知っている。清く正しくと生きていた自分は、今ではただの弱くて愚かな女だ。
「最初のころ、声をかけていたのはずっとわたしだったわね」
「俺は勇気がなかったから」
傷つくことが何より怖くて、ずっと逃げていた。
「俺は何もできなくて、鈴音に甘えてばかりいて、困らせてばかりで、鈴音のために何もしてあげられなかったな。いつも鈴音に守られていた」
「わたしはあなたを守れなかったわ。本当は何からも守ってあげられなかったのよ」
鈴音は悔しさに頭を振った。彼の冷たい左手を握る。
「でももう、絶対この手を離さないわ。ずっとそばにいる」
「うん。もう心配してない。昔はいつか鈴音に嫌われるんじゃないか、すてられるんじゃないかって心配だった。でも今ならわかるよ、鈴音は決して俺のことを見捨てたりしないんだって」
「そうよ、そんなことしないわ」
「鈴音を怒らせて街から逃げたときも、すぐに戻っていればよかったんだ。鈴音にいっぱい謝って、許してもらえるまで何度も何度も謝って。こんなひどい俺でも鈴音はきっと許してくれたんだ。勇気を出してそうしていれば、会いたいって何年も苦しい思いをしなくてよかったんだから。俺は馬鹿だね」
「ごめんね、そうさせてしまったのはわたしだから」
「ひとりでずっとつらかったよ。離れ離れになるのは、もう絶対に嫌なんだ」
「今度はひとりになんかしないわ」
「うん、大丈夫だよ。もう、ずっと一緒にいられる」
彼のもう片方の手はゆっくりと、上着の中に隠していた茶色いしみのついたタオルを取り出した。砂浜に置いたそのタオルにくるまれていたのは包丁だ。
「嬉しかったんだ。鈴音は何もかも捨てて、俺を選んでくれた。数日の間だったけど、一日中俺のことだけを考えてくれたんだ。嫌われないようにビクビクする必要ももうない、鈴音は俺の為だけに何でもしてくれた。昔みたいに、夜が来たって俺を置いて帰ったりしない。孤独な夜は来ない。いつだって近くにいて、俺のためだけに笑ってくれる。海に行く約束も果たせた。俺はもう満足なんだ」
尉知の右手に握られた包丁を見て、鈴音は息を飲む。彼の静かな笑顔に全身を凍りつかせた。彼は逃避行に終止符を打つつもりなのだ。しばらく声が出せなかった。
「このまま、幸せなままでいたい」
「そうよ、ふたりで、このまま幸せでいるのよ」
声と一緒に涙が溢れた。
「ずっと鈴音の中にいたい」
「どういう意味? 何するの? わたしも一緒に」
「鈴音が血を流す必要はない」
彼はひとりで行ってしまうつもりだ。鈴音は取り乱して頭を振った。
「嫌、行かないで。わたしを置いて行かないで」
「どこにも行かないよ。俺は今日から鈴音の中にいるんだ」
「やめて、お願いだからそんな物もう離して」
包丁を取り上げようと鈴音が伸ばした手を逃れ、尉知は顔を近づけた。
「俺にキスして、鈴音」
泣きながら首を振る鈴音を愛おしげに見つめた。
「恥ずかしいの? 大丈夫、誰もいないよ」
くすっと笑って、尉知は彼女を抱きしめ唇を重ねた。
少しだけ呻き声をあげたが、包丁は静かに尉知の胸に吸い込まれていった。離れる唇。ゆらりと揺れる体を鈴音は抱き止めた。彼の体から温かな赤い血が流れ出したのを信じられない思いで見つめた。
「これで大丈夫。これでもう誰も引き離せないんだ。俺は鈴音の中にずっといられる」
安心したように笑う彼の体を支えきれなくなり、ふたりは一緒に砂浜に倒れ込んだ。溢れ出る涙に邪魔されて、鈴音はもう何も話せない。ただひたすら尉知の顔をのぞき込む。
「俺が眠るまでずっと見ててくれよ」
雪の精がまた魔法をかけにやってきた。ふたりに永遠に醒めない魔法をかけに。
「ずっと一緒だよ、鈴音」
そして彼は目を閉じる。雪がひとひら舞い降りて尉知のまぶたですうっと溶けた。幸せそうな穏やかな寝顔だった。泣きながら、鈴音は彼の望み通りそれを見ているしかないのだ。
いつの間にかクリスマスソングが鈴音の頭の中でゆっくり流れ始めた。
動かなくなってしまった彼の体にしがみついたまま離れられず、鈴音の白いセーターも彼の血を吸い込んで赤く染まっていた。灰色の空から、冷たい海風に揺られて白く光りながら雪は降り続ける。八年前のあの日のように。
なんだかとても疲れてしまった。鈴音も目を閉じた。
「今日はクリスマスイブだよ」
彼の声が聞こえる。
「今夜は一緒にツリーを飾りたいな。大丈夫、もう何も心配することはないんだよ」
そうね、何も心配いらない。でも。
何が心配だったんだっけ?
サイレンの音が近付いてきていたが、波の音にかき消され夢の中にいる鈴音の耳には届かなかった。
窓枠に腰掛けて尉知は話を切り出した。鈴音と幸せになるために、まずこの女と別れなければいけないと思った。簡単に終わるはずだった。玲奈は逆らった事などないし、会ったばかりの何も知らない男に結婚してくれと言われた時も簡単に承諾したのだから。
部屋の隅に玲奈はぽつんと佇んでいた。聞こえていたのだろうが、返事はなかった。苛々したが、鈴音の望むようなちゃんとした男になるために辛抱して話を続けた。
「お前のことを愛していない」
それでも玲奈は何の反応も示さない。
「鈴音に復讐するために利用しただけなんだ。すまなかったと思ってる。俺はどうかしてたんだ。だからもうこんな生活終わりにしよう」
「嫌です」
尉知は耳を疑った。
「なんて言った?」
「嫌、と言ったんです」
何の表情もないまま、冷たい部屋の空気を震わせて彼女は言った。
「なに言ってるんだ? いいか、俺はお前を復讐の道具として使ったんだ。おとなしくて逆らう事もしないお前を。それはわかってただろ? だからもう自由にしてやると言ってるんだ」
何の動揺も見せない玲奈に対して、尉知はだんだん焦っていった。
「お前はきれいだしまだ若いんだから、すぐやり直せるよ。そのほうが絶対いいんだ、俺と一緒にいてもいいことなんかひとつもない」
こんなはずじゃない、と尉知は頭を混乱させていた。玲奈が反抗するなど考えてもいなかったのだ。鈴音とやっと幸せになれるというのに邪魔をするつもりなのか。握りしめた尉知のてのひらは汗ばんできた。
「お願いだ、俺は鈴音と結婚したいんだ。だから」
「離婚はしません」
事もなげにさらりと言って、玲奈は静かに歩き始めた。そしてふと立ち止まり尉知を振り返る。
「わたしはあなたの妻ですから」
彼女は目を細め、かすかに口の端を歪ませた。尉知はぎくっと体を震わせる。初めて目にした笑顔らしい表情に鳥肌が立つ。
「ずっとね」
初めて聞く感情のある生々しい声が尉知の頭の中で呪文のように繰り返される。ずっと、ずっと、ずっと。
話は終わったというように玲奈はキッチンに消えて行った。食事の支度を始めるのだ。
玲奈が怖くなり、次の日には尉知は鈴音を誘い出していた。
あれきりにしたほうがきっと良かった。また彼と会ってしまった事を鈴音は後悔していた。尉知よりも好きになれる人などいないこともわかっているが、でも許される事ではないのもわかっている。この何年間も自分を癒し救ってきてくれた涼太を裏切っているのだ。なんてひどい仕打ちをしているのだろう。
でもこうして尉知の腕に抱かれると、もうどうにもならなくなってしまう。どうしようもないほど愛してしまっている、常識も忘れるほど。こんなにも自分は弱い人間だったのかと深く落ち込んだ。
「鈴音」
彼女の頬が濡れているのに気がついて、驚いて尉知は体を起こした。彼にとって初めて目にする鈴音の涙だ。
「泣いてるの?」
わかりきった事をきいてしまう。
「どうしてわたし、こんなにあなたが好きなの」
「もう、離さないよ」
彼は鈴音の白い肌をしっかり抱く。涙の意味を尉知は誤解していた。
「今は隠れるようにしか会えないけど、もう少し待ってて。普通に一緒にいられるようになったら、またいろんな所へ行こう。手をつないでたくさん散歩をしよう。公園で鯉に餌をやろう。鈴音の好きな遊園地だっていい。約束してた海にも行こう」
夢見るように話す尉知に不安を感じて鈴音は顔を上げた。
「ごめん、実はちょっとてこずってるんだけど、でもちゃんと玲奈と離婚するよ。できるだけ早く」
玲奈の顔を思い出して尉知はぞっとした。きれいなだけの、何を考えているのかわからない不気味な女。あんな女と結婚してしまうなど、今考えれば何て迂闊なことをしたのだろう。本当にあの時の自分はどうかしていたのだ。それにしても人形のように言われた通りにしか動かないはずだったのに、なのになぜ急に逆らうのか。気味が悪いが、暴力で言う事をきかせたりなどして鈴音に悲しい思いをさせたくなかった。
「離婚」
すぐには言葉が出てこなかった。尉知は簡単に離婚できると思っている。すぐにでもふたりは元通りになれると思っている。自分たちの事しか考えていない。
「わたし、涼太さんを傷つけるようなことできないわ」
「大丈夫、彼には俺が話すよ。俺のほうを先に片付けてすぐに行く。全部俺に任せて。鈴音は何も心配しなくていいんだ」
尉知は笑顔をつくって鈴音の頬の涙に口づけをした。
「だからもう泣かないで」
何か言いかけて鈴音は言葉を飲み込んだ。そんな子供みたいなわがまま、簡単に許されるはずがない。どれだけの人に迷惑がかかるか、どれだけ涼太や玲奈を傷つけてしまうか、彼はわかっていない。そして自分たちだけ幸せになろうなんて、やっぱり無理だ。できそうもない。でもそう言ってしまったら、尉知はどうなってしまうだろう。
「尉知」
怖くて鈴音は何も言えず、尉知の胸に顔を埋めてまた泣いた。涙はなかなか止まってくれなかった。
それから二日間、鈴音に連絡するのも我慢して彼は玲奈に説得を続けていた。離婚届もちゃんと用意し、これが済んだら鈴音を迎えに行けるという思いを励みに頑張っていた。最初は玲奈が怖くなってすぐに鈴音に救いを求めたが、彼女に泣かれてしまった。自分がしっかりしなければ。玲奈を説き伏せるのが先なのだと反省した。
しかし話は一歩も進まない。尉知がどんな事を言っても玲奈はまるで聞こえてないように表情を崩さない。時々、嫌ですと短く返事をする。そして時間が来ると相変わらず機械のように動いて食事をつくる。彼はいっさい口にしないというのに。
鈴音のために穏便にと努力してきたが、だいぶ疲れが出てきた。いつまでも続けられるものでもない。
「何度言ったらわかるんだよ!」
怒鳴りつけて、尉知は玲奈を突き飛ばした。とうとう手を出してしまった。一向に埒があかない状態に、彼は怒りを抑えきれなかった。理解できなかった、玲奈との離婚がなぜこんなに大変なのか。
日付が変わった。こうしてもたもたしている間に時は流れるように過ぎてしまう。尉知は焦りを隠せない。
玲奈は壁に背中を打って崩れ落ちたが、ゆっくり上げたその顔は痛みを感じているようには見えなかった。それどころか尉知を見上げて笑ってきた。目を細め、口の端を歪ませて。
「何がおかしい!」
尉知は玲奈の黒い髪を掴み、頭を壁に叩きつけた。もう怒りはおさまらない。玲奈も薄ら笑いをやめない。
「おい、笑うのをやめろよ、聞こえないのか!」
苛立ちに恐怖も混じって、尉知は大声で叫んだ。恐ろしい玲奈の顔を殴りつける。それでも彼女の表情は変わらない。もう嫌だ、と逃げ出したくなった。
「何なんだ、お前」
また数回、玲奈を殴りつけた。彼女は鼻から血を流したが何も言わない。怯えて、心の中で鈴音に助けを求める。
空が白み始めたころ、尉知は疲れ果てて床に倒れた。冷たい床に顔を押しつけて、すっかり陽が昇ってしまうまでそこでぐったりしていた。この女の頭はおかしいのだ。
彼は玲奈が恐ろしくて堪らなくなった。力なく床に崩れ落ちてはいるが、血を流しているその顔は人形のように美しく、少しもこたえてはいない。
突然、ゼンマイが巻かれたように玲奈は立ち上がった。髪も乱れたまま歩き出す。倒れている尉知の顔の前を通ってキッチンに吸い込まれて行った。
時間なのだ、朝食の時間。そう思ったとき尉知の全身の毛が逆立った。
彼は重たい体を起こして、玲奈の後を追い恐る恐るキッチンを覗き込む。彼女は玉ねぎの皮を剥いていた。まな板を出し、いつも研いでいる包丁を取り出してストンと切った。あとはリズミカルに包丁が鳴る。
「何をしている?」
震える声で尉知はきいた。
「朝食を作っているんです」
手も休めず玲奈は当然のように答える。尉知の首筋を冷や汗が流れた。
「食べるわけないだろ? わかってるだろ? もうやめてくれ」
「わたし、料理だけは得意なのに」
玲奈は手を止めた。
「また食べないんですね」
包丁を握ったまま、怯えた尉知のほうに血のついた顔を向けた。目を細め、背筋が冷たくなるような陰気な笑みを浮かべる。
「こんなことずっと続けていたら、死んでしまうわね。わたしたち、一緒に。どうせわたしたちは死ぬまで夫婦なんだから別にそれでも構わないけど」
足がすくんで動けない尉知に、玲奈はゆっくり近づいてきた。
「それとも、面倒だからもう死んでしまいましょうか」
尉知が走ってくるのが見えた。涼太が仕事に行くのを見送って、ついでにごみの袋を集積所に持って行ったところだ。何気なく遠くに目をやり、鈴音は足を止めた。まだはっきり見えないが、彼に違いなかった。真っすぐな長い道を尉知が走って来ているのだ。他に人影はなく、鈴音は緊張して見守った。こんな時間にどうしたのだろう。連絡もせず、突然やって来るなんて。
どうしたらいいのか鈴音にはまだ決断が出来ずにいた。確かに尉知を愛しているし、彼なしではいられない。でもいつまでもこんな関係を続けるわけにはいかない。でも、尉知の言う通りにもできない。あんなに優しい涼太を傷つけることはできないし、尉知も玲奈に対して不誠実な人にしてしまう。でもばかりで結論が出ない。
怖くて何もできない。何も言い出せない。全部嫌だといっても、どれかひとつ選ばなくてはいけないのに。
走って来るのはやはり尉知だった。顔が確認できたと同時に、異変にも気づく。怯えた顔は汗と涙でびしょびしょだ。こんなに寒いのに彼はまたシャツ一枚で、それには血が飛び散っている。
出かかった悲鳴を鈴音は飲み込んだ。全身の血がひく。
すぐ近くまで来た尉知は走るのをやめ、よろよろと鈴音に近寄った。すがるような目を向け、救いを求めるように鈴音に手を伸ばす。
「鈴音」
差し出された両手は真っ赤に染まっていた。右手は包丁を握ったままだ。
「どうしよう、俺、怖くて、あいつが怖くて」
「玲奈さん?」
掠れた声で鈴音が確認すると、尉知はただがくがくと首を縦に振った。
「救急車を呼ばないと」
「もう駄目だ、もう動かなかった、もう死んだんだ」
鈴音はめまいがして体がふらついた。
「尉知」
「俺、怖かった、怖かったんだよ」
いつまでも溢れ出す尉知の涙を、鈴音は目が飛び出しそうなほど見つめた。
気がつくと鈴音は、自分の車に尉知を押し込んでいた。そうしておいて一旦家の中に入り、コートとマフラー、あとは尉知に着せられるような大きめの服を探して掴む。それから自分の持っている限りの現金を手にしてばたばたと走って車に戻った。
「鈴音」
助手席にうずくまっていた尉知はまだ頬を濡らして、鈴音を見上げた。
「俺を見捨てないで、鈴音と離れたくないよ」
鈴音は荷物を後部座席に放り投げ、包丁を掴んだままの尉知の手を取る。彼の指は固く握られていて、それを一本ずつ伸ばして包丁を引き離した。濡らしてきたタオルで尉知の顔や手に付いている血を手早く拭き、それに包丁をくるんで車のダッシュボードに放り込んだ。
蒼ざめた額に汗を浮かべて鈴音はエンジンをかけた。持ってきた上着を尉知に渡す。
「これを着て」
何も考えられなかった。とにかく彼をここから遠ざけなければと思った。一刻も早く彼を逃がさなければ。それ以外は何も考えていなかった。真っ白な鈴音の車は走り始めた。
電話が鳴ったのは夕方の五時前だった。午後から取りかかっていた仕事がひと段落し、都希子は座ったまま両腕を突き上げて背筋を伸ばした。そうやって後ろを歩いていた同僚を何度か殴ってしまった事があるので、途中から気をつけながら動きを小さくする。涼太からの着信とわかると少し表情を固くした。一応登録はしてあったがかかってきたことなど一度もないのだ。
「はい、村上です」
「お仕事中すみません、森野です」
都希子が言い終わらないうちに慌ただしく涼太は名乗った。
「鈴音がどこにいるかご存知ないですか」
「鈴音、いないんですか?」
涼太の緊迫した声に、都希子は鼓動を速める。
「会う約束とかは、してないですか? どこかに行くとかは」
「いいえ、何も」
「そうですか」
明らかに彼の声は力をなくした。
「何があったんですか?」
少しためらってから涼太は話し出した。
「ここ何日か元気がなかったんで、よく仕事中に電話を入れるようにしてたんです。でも今日は何度かけても電話に出ない。心配になって早退して家に戻ったんですが、鍵はかかってないし、鈴音の車もない。彼女の実家にもきいてみましたが戻って来てないと言われて」
「どうしてなんですか、鈴音と喧嘩でもしたんですか?」
「どうしてかなんて知らないよ。喧嘩もしてないし」
涼太は苛立って答えた。
「ごめんなさい」
いつになく乱暴な彼の話し方にたじろいで、都希子は慌てて謝った。
「いや、こちらこそ申し訳ない。心配で、つい」
「大丈夫です、わかります。あの、鈴音はまだ電話に出ないんですか?」
「鈴音の電話は家にあるんです。リビングにありました。さっき、倉橋さんからかかってきました。僕が出たらびっくりしていました」
「里香から?」
「毎日かけてくれているそうです。とにかくもう少し心当たりを捜してみます。突然すみませんでした」
都希子が返事をしないうちに唐突に電話は切れた。涼太の心配な気持ちはよくわかる。あんなに大事にしている鈴音と連絡が取れないのだ。
席を立ち、都希子はテレビが置いてある会社の休憩ルームに向かった。夕方のニュースで何かやるかも知れない。ニュースになるような事に巻き込まれていては嫌だが、そうじゃない事を確かめたかった。鈴音が電話を家に忘れて、家の鍵を掛けるのを忘れて、ただ気分転換にドライブを楽しんでいるだけだと思いたかった。まだ本格的に心配する時間でもない。それより里香が毎日鈴音に電話してることを聞いてなかったのが気に食わない。
テレビをつけると、今朝起きた殺人事件のニュースが報道されていた。マンションの廊下やエレベーターに血が付いているのを住人が通報し、前夜に隣の部屋で怒鳴り声や不審な物音を聞いたという住人の証言から女性の死体発見に至ったという。防犯カメラや近隣の目撃証言からこの部屋に住む女性の夫が容疑者だということだ。
「死亡した綾原玲奈さんには、致命傷となった刺し傷の他に顔に数か所打撲の跡がありました」
関係なさそうだなと腕組みをして見ていた都希子だが、飛び込んできた名前に思わずテレビに飛びついた。
「綾原?」
「手配中の綾原尉知容疑者はその後の足取りを消しており、まだ行方がつかめていません」
画面を見つめる都希子の顔は紙のように白くなり、音を立てて唾を飲み込むと電話をつかみ直した。
月も星も見えない寒くて暗い夜だった。
鈴音はベッドに腰をかけ、横たわる尉知の髪を撫でていた。何時間も夢中で車を走らせ、だいぶ遠くまで離れられたと思えたところでホテルの部屋をとった。尉知の体に付いた血をきれいに洗い流してしまいたかったし、ゆっくり休ませてあげたかった。今だけは、安心して眠らせてあげたかった。
尉知が寝息を立て始め、鈴音は手を止めた。ずっとがたがた震えて怯えていたけれど、彼はようやく眠りについた。
「わたしのせいね」
彼の寝顔を見守ったまま呟き、鈴音は最初の自分の罪を考えていた。まだ高校生だからいけないと彼の願いを拒んでしまったあの日。あの時素直に彼に身を任せていたら、尉知は琴美を傷つけてしまう事はなかった。今犯してしまった罪に比べたら、まだ高校生だからといってどんな悪いことだというのだろうか。
そのあとも、突き放すような事など言わずに許してあげていれば、尉知は逃げ出さずに済んだ。ずっと尉知を待っていてあげたら涼太を巻き込む事もなかった。彼が戻って来たときも、すぐにちゃんと会って話をしてあげていたら。過ちを犯す前に勇気を出して涼太に打ち明けていたら。嘆いてばかりいないで、恐れてばかりいないで、少しでも早く決断していれば。それは多くの人を、もしかすると尉知を悲しませる結果になったとしても、今よりはましなはずだった。尉知の手を汚さずに済んだのなら、そのほうが何倍も良かったのだ。
玲奈の命を奪った。尉知を殺人犯にしてしまった。彼をこんな立場に追いやったのも、こんなに怯えさせているのも全部自分のせいなのだ。選択を全て誤った、愚かな女のせい。
「鈴音」
尉知の声に、鈴音は知らないうちに流れていた涙を拭った。けれどそれは寝言だった。彼は夢の中でも鈴音と一緒にいる。
「鈴音と離れたくない」
温かくなった尉知の手を握ると、彼は安心した顔で再び寝息を立てた。
十七歳だったあの日、彼を守るのだと誓った。それはできなかった。彼を守ることはできなかった。でも今でも尉知には彼女だけが頼りなのだ。そして残された道はもうひとつしかない。
思い詰めた鈴音の目に光が走った。彼を守らなければ。今度こそ必ず。
「里香、もうそろそろ帰ったほうがいいんじゃない?」
五杯目のコーヒーを飲み干して都希子は言った。ゆうべ警察署で涼太や鈴音の両親と別れてから、ふたりは都希子の家で夜を明かした。一睡もせず、ただ暗い顔を突き合わせていた。鈴音が戻ってきたという連絡はとうとうなかった。鈴音は綾原尉知と一緒にいるのだ。絶対に。
「ほら、もう朝になったよ。いくら会社が休みだからって、きっと家の人が心配してるよ」
都希子らしくない弱々しい声だが、自分がしっかりしていないといけないと感じていた。ゆうべも警察に事情を説明したのは彼女だった。鈴音の両親もだが、初めて聞く男の話に涼太はかなり動揺していた。里香は尉知のマンションでのやり取りを泣きながら打ち明け、そのせいで彼がこんな事件を起こしてしまったのだと言ってあとはずっと泣くばかりだった。
「だって、あたしのせいで」
自分の言葉が尉知を犯行に駆り立ててしまったと思っていた。復讐など無意味だと知り、邪魔な存在となった妻を殺して無理矢理鈴音を奪って行ったのだ。
「里香にも責任はあると思ってるよ。里香に言われたことがあいつの心を変えたとあたしも思うよ。しかもあたしにそれを黙ってるなんてひどいよ。あたしならその時点で森野さんに言うね。警備を強化するね。あんたの考えはいつも甘いのよ」
「だって、こんな事になるなんて」
頭を抱えて、里香はまた泣き始めた。
「だけど、今さらそんな事ここで言ってても仕方ないでしょ?」
ため息をついてから、励ますように都希子は里香の肩をたたく。
「だって、鈴音、あいつに一緒に死んでくれなんて言われてたらどうしよう」
「悪いことばかり考えるのはやめよう、里香」
「だって、何するかわからないよ、あいつ奥さんを殺したんだよ」
「だってって言うな。わかるけど、落ち着こう」
里香を慰めながら都希子は涙を堪えた。彼女にだって悔やむ事はたくさんある。初めからわかっていた事だ。真面目な性格の鈴音とあの男がうまく行くはずがなかった。鈴音に嫌われてでも最初に彼を諦めさせるべきだったのだ。
「鈴音のご両親や森野さんのほうがもっとつらいんだから、あたしたちはもっとしっかり気を持とうよ」
「うん」
鼻をかみながら里香は頷いた。
「さあ、あたしはひと寝入りして森野さんを元気付けに行くよ。里香も家に帰ってちゃんと休んできたら連れてってあげる」
次の日のニュースでは殺人事件に誘拐も加わっていた。そうとられても仕方がないが、動揺して鈴音は車を山道の路肩に止めた。無事にガソリンも入れられた。またどんどん遠くへ行き、今晩もどこかに泊まっても大丈夫だろうか。もうすでに鈴音には来た事もない遠く知らない土地まで逃げて来ていた。
「誘拐なんかじゃないのに」
「鈴音」
ハンドルをぎゅっと握りしめて不満そうに言う鈴音の手に、尉知は柔らかく手を重ねた。鈴音とずっと一緒にいられたお陰で見違えるほど落ち着きを取り戻している。
「どうでもいいよ、そんなこと」
「だって違うのに。いつも一方的に尉知だけが悪く言われる」
「昔からそうじゃないか、そんなの」
おかしそうに尉知は笑う。優等生と不良。今だってエリートの妻と殺人犯だ。どちらを悪く思うかなんて誰にでもわかる。けれど鈴音には笑い事ではないようだ。
「だけどみんなわかってない。尉知のこともわたしの気持ちも」
「わからなくていい。俺たちのことは誰も知る必要ないんだ」
思い詰めた表情の鈴音の肩を尉知は抱き寄せた。目を閉じて鈴音は頷く。
「そうね、ふたりで遠くに逃げるんだもの」
「そうだよ。どこか、遠くにね」
「ふたりでじっとしていれば、みんな忘れてくれるわね。わたしの事を知っているのは尉知だけで、尉知の事を知っているのはわたしだけになるの」
「それがいいね」
彼は嬉しそうに笑った。
「鈴音がいてくれたら何もいらない。鈴音だけが欲しかった、昔からずっと。もう離れたくないよ。もう一日だって離れるのは嫌だ」
彼女の肩を抱く腕に力がこもる。鈴音は尉知の胸に顔を寄せた。彼の鼓動、匂い、温もりが甘く伝わってくる。
「尉知をひとりにはしないわ。誰にも渡さない」
鈴音は彼の手を握りしめた。尉知はその手を握り返して鈴音の細い指を愛おしげに撫でていたが、その手を止めた。すぐにその意味に気づき、鈴音は薬指からまだ新しい銀色のリングを外した。
これはもう必要のない、持つ資格もないもの。小さな指輪がずしりと重かった。嫌になる程胸が痛んだが仕方ない。もう他のことを考える余裕などない。両親や友人たちのことも今までに犯したふたりの過ちも、過去のことは全て忘れて尉知を守ることだけを考えるのだ。
車の窓を開けると、山の冷たい風が待ち構えていたように吹き込んできた。腕を伸ばし、わざと見ないように窓の外に指輪を落とす。
さようなら。心の中で別れを告げた。
都希子たちの証言だけでなく、路上で鈴音を助けた近所の学生の話や、事件の朝鈴音の家の方向に走る尉知の目撃証言などが出て、鈴音が連れ去られたことは確実になっていた。森野家をふたりが訪ねたときには警察が引きあげるところだった。鈴音の電話に何日か前、登録してない番号から一度だけかけられていたのが残っていて、それが綾原尉知の番号だという。ここと鈴音の実家には見張りをつけてくれるということだ。
鈴音の母親は、自分が知らずに娘の新居を教えてしまったことに心を痛めている。そう教えてくれた涼太の疲労と苦悩に満ちた顔に、都希子はつらくなって目を逸らした。里香はさっそくまた泣き始める。まだ鈴音がどこにいるのかわからない。無事なのかさえ。
「ふたりとも、鈴音みたいに料理が上手じゃないので」
そう言って、都希子はコンビニで買ってきた食料をテーブルに取り出す。里香は散らかった服などを片付け始めた。
「ごめんなさい、あまり役には立たないけど」
「ありがとう、充分ですよ。僕などここでじっと待つことしかできない」
涼太は自分のセーターの裾をくしゃっと掴んだ。
「待っていてあげてください。鈴音を、待っていてあげて」
里香は鼻を真っ赤にして泣きながら訴えた。
「もちろん待っていますよ。僕は鈴音を待つのは慣れてます」
いつも苦手に感じていた彼女たちは別人のようで、どれだけ鈴音のことを大事にしているのかを涼太は実感した。
「あの男の事があったから、最初のころ僕にあんなに厳しかったんですね」
「そうです。信用できる人かどうかわかるまで。二度と変な男を近寄らせたくなかった」
「忘れられないようなことがあるんじゃないかとは思っていました。鈴音は長いこと僕を見てくれなかったから」
「彼を不幸にしたのに自分だけ幸せになっていいんだろうかって、そんな馬鹿な心配してました。鈴音は何も悪くないのに。でも森野さんは鈴音が忘れるまでちゃんと待っていてくれた」
本当に忘れてくれたのだろうかと、涼太は少し心配になる。なぜなら鈴音が大事にしているというあの箱を、彼は今朝開けてしまった。あの時の様子を思い出してどうしても気になり、探し出してしまったのだ。中には彼女の趣味ではないハンカチと、くしゃくしゃの紙袋とりぼん、それから写真が一枚。まだあどけない顔の鈴音と少年がぎこちなく肩を寄せ合っている。この少年が綾原尉知で、ハンカチは彼からの贈り物だろうと想像がついた。
それは気にしない。誰にだってこんな思い出くらいあるのだ。問題は写真の中の鈴音の笑顔だった。自分には向けられたことのない幸せいっぱいの嬉しそうな顔。見たこともないその笑顔に、惨めな敗北感を感じた。広がりつつある胸の奥の疑惑を、彼は頭を振って払い退けた。
「綾原より先に、森野さんが鈴音に会っていたら良かったのに」
残念そうに里香は言う。都希子は肘で軽く突いた。
「馬鹿だね、同じ高校だったんだから仕方ないじゃない、こういう順番は」
「どうして僕が先じゃなかったんだろう。そしたらこんな事にならなかったのに」
意外にも涼太は里香の考えに同意し、女々しい弱音を吐いた。
「悔しいよ」
「八年前のクリスマスイブ」
急に思い出して都希子は言った。
「え?」
「八年前のクリスマスイブより前なら間に合いました。あの日、何してたんですか」
「雪が降ったイブの日です。あの日、森野さんに現れて欲しかった」
ふたりの真剣な顔に涼太は戸惑っていた。急にそんな事思い出せない。
「ごめんなさい、つまんないこと言いましたね」
都希子はちょっと恥ずかしそうに笑って、もうそろそろ帰ろうかと里香に声をかけた。ふたりに礼を言って見送ってから、まだ彼は遠い記憶を辿っていた。八年前の、雪が降った、クリスマスイブ。
曖昧ながら、記憶は急に蘇った。あの日は当時付き合っていた彼女と過ごしたのだ。そういえば雪が降り始めたのは、鈴音と初めて会ったあの駅の近くだった。一緒にいた彼女の顔も、それからどこに行ったのかもろくに覚えていないが、それは不思議に思い出せた。
そうだ、あの雪にみんな歓声をあげていた。女子高生たちが浮かれて歌い出したのを覚えている。すれ違いながら彼女とくすくす笑ったのを。
鈴音の結婚指輪が警察に届けられたいきさつはこうだ。五歳の娘をお風呂に入れるから準備をしておけと、帰宅後すぐにお湯をため始めた妻に男は命じられていた。朝早くから家族でドライブに出かけ、ずっと運転をしていた男はくたくただったが素直にしたがう。上着やマフラーをしまい、さっそくおもちゃで遊ぼうとする娘を捕まえる。
「さあ、なっちゃん。お風呂に入ろうね」
木の実と一緒に娘のズボンのポケットから出てきた時は、ナットとかそういう工具だと思っていた。パラパラと床に散らばり、もう、と言いながら拾う。
「今日、楽しかった。またどんぐり拾いに行きたい」
「そうだね、また行こう。こんな物は拾っちゃ駄目だよ」
拾った木の実を袋に入れ、銀色のリングをどこに捨てようとじっと見て男は指輪であることに気がつく。内側に「RYO & SUZU」と彫ってある。日付は先月のものだ。
「わっ。なっちゃん、なんでこんな物持ってるのー」
途中少し山道に入り込んでしまい、雪が積もっていたら困ると思い引き返そうとした時だ。ちょうど停まっていた白い車が走り去って行ったので、入れ違いに男はその路肩に車を停めた。気分転換に車を降り、そこで娘はしゃがみ込んで何かを拾っていたのだ。指輪はあの白い車の人の物かも知れない。
変な物を拾ったと後悔したが、結婚指輪と知ったからには捨てるわけにいかなくなった。妻と娘が風呂からあがるのを待って、男はまた車を走らせる事となったのだ。
逃走方面が絞られた。その車が見つかるのはもう時間の問題だ。
ラジオをつけると、クリスマスソングが流れはじめた。大きく膨らんだ鈴音の不安と同じように、今日は朝から分厚い雲が空を覆っている。ずっと同じような田園風景の道を車は走っていた。
「少し休もう、鈴音、疲れただろ」
疲れなど感じなかったが、言われたとおりに道幅が広いところを見つけて鈴音は車を停めた。尉知がペットボトルの水をひとくち飲んだところでそのニュースは始まり、ふたりは追い詰められたことを知る。黙ってラジオから聞こえる声を聞いていた。その事実は受け入れられたが、非現実的な日が続き鈴音には少しピンと来なくなっている。
車種もナンバーも知られている車でずっと逃げているのだ、当たり前だった。車を捨てて山の中に逃げ込もう。雪が積もる山の中に隠れていたら、捜し出せないのではないかと鈴音は思った。特に具体的な策があるわけでもない。ただこの手を離さずにいれば、捕まらずに逃げ切れるという漠然とした考えだ。救いを求めて差し出されたこの手を二度と離してはいけない。
「鈴音、海に行こうよ」
しばらく黙っていた尉知が、窓の外を見ながら口を開いた。
「約束してたんだから、いいだろう? 行こう」
すぐにでも車を手放そうと思っていた鈴音だが、結局彼の望みを叶えるためにまた車を走らせた。さっきの道路に海岸の表示があったのを思い出す。誰もいない小さな砂浜に着くまで、ラジオはずっとクリスマスソングを流していた。
「今日はクリスマスイブだね」
尉知は鈴音の横顔を見つめて微笑んだ。
「ちょうど八年経ったね、初めて会ってから」
「そうね」
複雑な気持ちで鈴音は頷いた。八年と言えば長い年月のようだが、実際に共に過ごした時間は短い。一緒にいられたのはほんのわずかだ。八年間、互いにいちばん大切な存在だったはずなのに。
先に鈴音が車を降りると冷たい潮風が出迎えた。波の音にひかれて浜辺に辿り着く。振り返ると尉知は車の中でごそごそしていたが、やがて上着を羽織り身をかがめて走ってきた。約束していた夏の海ではなかったが、季節などどうでも良かった。嬉しそうに暗い色の海を見つめて、ふたりは砂の上に身を寄せ合って座る。冷たい風も、こうしていれば大丈夫だ。
「覚えてる? 鈴音、初めて会った時のこと」
「うん、雪が降っていて。わたしは雪が嬉しくて仕方なかった」
あの日から全て始まってしまった。たおやかに舞う真っ白な雪の中、ふたりはひと目見ただけで恋に落ちてしまったのだ。雪の精の魔法にかかって。
「俺も全部覚えてるよ」
澄んだ瞳で真っ直ぐ見つめて、優しく手を差し伸べた鈴音。清らかで美しい天使のよう。
「鈴音はあの時と少しも変わらない」
「そんな事ないわ」
いくら彼がそう思ってくれるとしても、自分がもう昔のとおりではないと鈴音は知っている。清く正しくと生きていた自分は、今ではただの弱くて愚かな女だ。
「最初のころ、声をかけていたのはずっとわたしだったわね」
「俺は勇気がなかったから」
傷つくことが何より怖くて、ずっと逃げていた。
「俺は何もできなくて、鈴音に甘えてばかりいて、困らせてばかりで、鈴音のために何もしてあげられなかったな。いつも鈴音に守られていた」
「わたしはあなたを守れなかったわ。本当は何からも守ってあげられなかったのよ」
鈴音は悔しさに頭を振った。彼の冷たい左手を握る。
「でももう、絶対この手を離さないわ。ずっとそばにいる」
「うん。もう心配してない。昔はいつか鈴音に嫌われるんじゃないか、すてられるんじゃないかって心配だった。でも今ならわかるよ、鈴音は決して俺のことを見捨てたりしないんだって」
「そうよ、そんなことしないわ」
「鈴音を怒らせて街から逃げたときも、すぐに戻っていればよかったんだ。鈴音にいっぱい謝って、許してもらえるまで何度も何度も謝って。こんなひどい俺でも鈴音はきっと許してくれたんだ。勇気を出してそうしていれば、会いたいって何年も苦しい思いをしなくてよかったんだから。俺は馬鹿だね」
「ごめんね、そうさせてしまったのはわたしだから」
「ひとりでずっとつらかったよ。離れ離れになるのは、もう絶対に嫌なんだ」
「今度はひとりになんかしないわ」
「うん、大丈夫だよ。もう、ずっと一緒にいられる」
彼のもう片方の手はゆっくりと、上着の中に隠していた茶色いしみのついたタオルを取り出した。砂浜に置いたそのタオルにくるまれていたのは包丁だ。
「嬉しかったんだ。鈴音は何もかも捨てて、俺を選んでくれた。数日の間だったけど、一日中俺のことだけを考えてくれたんだ。嫌われないようにビクビクする必要ももうない、鈴音は俺の為だけに何でもしてくれた。昔みたいに、夜が来たって俺を置いて帰ったりしない。孤独な夜は来ない。いつだって近くにいて、俺のためだけに笑ってくれる。海に行く約束も果たせた。俺はもう満足なんだ」
尉知の右手に握られた包丁を見て、鈴音は息を飲む。彼の静かな笑顔に全身を凍りつかせた。彼は逃避行に終止符を打つつもりなのだ。しばらく声が出せなかった。
「このまま、幸せなままでいたい」
「そうよ、ふたりで、このまま幸せでいるのよ」
声と一緒に涙が溢れた。
「ずっと鈴音の中にいたい」
「どういう意味? 何するの? わたしも一緒に」
「鈴音が血を流す必要はない」
彼はひとりで行ってしまうつもりだ。鈴音は取り乱して頭を振った。
「嫌、行かないで。わたしを置いて行かないで」
「どこにも行かないよ。俺は今日から鈴音の中にいるんだ」
「やめて、お願いだからそんな物もう離して」
包丁を取り上げようと鈴音が伸ばした手を逃れ、尉知は顔を近づけた。
「俺にキスして、鈴音」
泣きながら首を振る鈴音を愛おしげに見つめた。
「恥ずかしいの? 大丈夫、誰もいないよ」
くすっと笑って、尉知は彼女を抱きしめ唇を重ねた。
少しだけ呻き声をあげたが、包丁は静かに尉知の胸に吸い込まれていった。離れる唇。ゆらりと揺れる体を鈴音は抱き止めた。彼の体から温かな赤い血が流れ出したのを信じられない思いで見つめた。
「これで大丈夫。これでもう誰も引き離せないんだ。俺は鈴音の中にずっといられる」
安心したように笑う彼の体を支えきれなくなり、ふたりは一緒に砂浜に倒れ込んだ。溢れ出る涙に邪魔されて、鈴音はもう何も話せない。ただひたすら尉知の顔をのぞき込む。
「俺が眠るまでずっと見ててくれよ」
雪の精がまた魔法をかけにやってきた。ふたりに永遠に醒めない魔法をかけに。
「ずっと一緒だよ、鈴音」
そして彼は目を閉じる。雪がひとひら舞い降りて尉知のまぶたですうっと溶けた。幸せそうな穏やかな寝顔だった。泣きながら、鈴音は彼の望み通りそれを見ているしかないのだ。
いつの間にかクリスマスソングが鈴音の頭の中でゆっくり流れ始めた。
動かなくなってしまった彼の体にしがみついたまま離れられず、鈴音の白いセーターも彼の血を吸い込んで赤く染まっていた。灰色の空から、冷たい海風に揺られて白く光りながら雪は降り続ける。八年前のあの日のように。
なんだかとても疲れてしまった。鈴音も目を閉じた。
「今日はクリスマスイブだよ」
彼の声が聞こえる。
「今夜は一緒にツリーを飾りたいな。大丈夫、もう何も心配することはないんだよ」
そうね、何も心配いらない。でも。
何が心配だったんだっけ?
サイレンの音が近付いてきていたが、波の音にかき消され夢の中にいる鈴音の耳には届かなかった。
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