僕は君の夢の中

またたび

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「うわ、すごくきれいだよ、鈴音」
 控え室のドアを開け、鏡の前に座っている花嫁を見るなり森野涼太は歓喜の声をあげた。
 純白のウエディングドレスに身を包んだ彼女の美しさに、彼は本当に目を見張った。ふだんの鈴音は飾り気がなく、それでも充分きれいだと思っていたが、これは想像を超えていた。
「やだ、大きな声でそんなこと言って。恥ずかしい」
 鈴音は恥ずかしそうに頬を染めた。ドアを閉め、涼太は彼女のそばに駆け寄った。
「だって本当なんだ。誰に聞かれたって恥ずかしくないよ、僕は」
 彼は身をかがめて、花嫁のおでこに軽く唇を寄せた。
「幸せになろう、鈴音」
「涼太さん」
「もうとっくに僕は幸せなんだけど」
 鈴音は緊張を解いて笑った。その笑顔を見つめて涼太は胸を熱くした。
「今日から本当にきみは僕のものなんだ。どんなにこの日を待ち望んだか」
 式の前にもう泣いてしまいそうだ。今日は何度も泣いてしまうだろうと彼は覚悟していた。
 本当に長い道のりだったのだ。初めて会ったとき、すぐに涼太はこの澄んだ瞳の少女を好きになった。彼女は制服を着ていて、高校の卒業式だったのだと言った。用心深く、まず友だちからという作戦ではあったが、それすら駆けつけた彼女の親友たちによって取り締まられた。厳しい審査を経て、やっと友だちとして許可された。最初の頃はだいぶ疑われたものだ。
 そのあとはかなり強引に迫ったはずなのだが、それでも恋人になってもらえるまで三年もかかってしまった。都希子と里香の応援も得ていたのに。彼女たちは涼太が一流大学を卒業して大手企業に入社してから、応援の手を強めた。涼太はまさに彼女たちの希望通りの人物だったからだ。容姿も学歴も申し分ないし、仕事も出来る。
「振り向いてもらえるまで長かったけど、諦めようと思ったことなんかないよ」
 会うたびに、鈴音のことを知るたびに、彼は毎回深く惹かれていった。聡明で真面目な反面、危うさと脆さを鈴音に感じていた。素直でしっかりしているのに、曖昧であどけない。そんな捉えどころのなさがもどかしく、常に涼太の心を離さなかった。彼女を自分の手で守りたいと思った。
「ライバルだって全部僕が蹴散らした」
「別にそんなのいなかったわよ」
 鈴音はおかしそうに笑ったが、彼女が知らないだけで、ライバルはみんな涼太を恐れて手出しできなかったのである。
 どうにか彼女の心を射止めることができると、涼太は有頂天になってすぐにプロポーズをして鈴音を驚かせた。当然、まだ学生だった彼女に即断られたが。そこからまた、鈴音に返事をもらうまでの長い三年間となる。
 ノックの音がして、涼太はドアを開けに向かった。
「鈴音ーっ!」
 開けきらないうちに女性がふたり勢いよくなだれ込んできた。涼太はドアに潰されそうになる。
「すごーい! きれい!」
「お姫様みたい!」
 都希子も里香も大はしゃぎで、涼太のことなど目に入らず真っすぐ鈴音に飛びついていった。
「大袈裟なこと言わないでよ」
「大袈裟じゃないよ、もう、キラッキラしてる!」
 恥ずかしがる鈴音の手を握って、里香は興奮気味に言う。
「あの、村上さん、倉橋さん。今日は来ていただいて、ありがとう」
 はさまれた肩をさすりながら涼太が声をかけると、初めてふたりは彼の存在に気がついた。
「あ、森野さん。おめでとうございます」
 都希子がお祝いを言って頭を下げる。里香はからかうように涼太を見た。
「良かったですね、嬉しいでしょ」
「里香、やめときなよ」
「ああ僕はもう待てないよお、鈴音ー!」
 里香の小芝居はどうやら涼太の物真似らしい。一度は来年の春と決まった挙式を、涼太が強引に半年繰り上げてしまったという話は有名だ。
「からかっちゃ駄目だってば」
 一応そう言いながら、都希子もげらげら笑う。
「いや、その。楽しんでいってください。じゃ、鈴音あとでね」
 涼太は顔を赤らめて急いで出て行こうとしたが、写真を撮ってくれと引き止められ、散々シャッターを切らされ、やっと解放となった。最初のころの関係性のせいもあり、彼女たちにはいつも圧倒される。
「いつも思うんだけどさ、もしかしてあたしたちって避けられてる?」
 扉が閉じると都希子は言う。
「そんなことないわよ」
 首を大きく振って鈴音は否定した。
「そうだよ、あたしたちキューピッドみたいなもんだよ」
「そうだね、そんなふざけたまねするわけないか」
 ふたりは大声で笑い合い、少しも気にしてはいない。
 都希子は今や仕事の鬼となり、里香は遊び人と呼ばれるようになっていた。つまり予想通りの人生を送っている。
「でも本当によかった。ふたりはすごくお似合いだよ」
「森野さんになら安心して鈴音を任せられる」
 都希子は声を詰まらせると、目頭を押さえた。
「まずい、娘を嫁にやるような気持ちになってしまった」
「それはさ、本当の鈴音のお父さんがやるから」
 里香と一緒に笑ってから鈴音は都希子の手を握る。
「ありがとう、ツッキー」
「森野さんはすごく優しいから、鈴音は幸せになれるね」
「本当ね」
 鈴音は深く頷いた。氷のように凍ってしまった鈴音の心を、彼は少しづつ溶かしていってくれた。強引なようでいて、でも決して心の中に直接触れてくるようなことはしなかった。女性にも人気があったであろうに、ひたすら鈴音だけを想い、ずっと辛抱強く待っていてくれた。
 だが、彼の優しさに甘えてしまっていいのだろうかと不安になる時があった。あらゆる返事をのばしてきた理由がこれだ。尉知を不幸にしてしまった自分が幸せになっていいのだろうか。
「ねえねえ、森野さんの友だち、いい男来るかな」
 変なことを言い出した里香の頭を都希子が叩いた。
「なに言ってんの、里香にはワニ男くんがいるでしょ」
「ワニ男じゃないってば!」
 最近の里香の彼氏はワニに似ていた。
「違う、あたしにじゃなくて、ツッキーにどうかなと思って」
「勝手になに思ってんのよ」
「いいじゃん、思うくらい。あ、どうせなら会社の人がいいよねえ。一流企業だもん」
「だからいいって、もう」
 ドアがそっと開いた。話に夢中で誰もそれに気がつかない。
 視線を感じたような気がして鈴音は顔を上げた。目の前の大きな鏡に、確かに涼太が閉めていったはずの扉がわずかに開いているのが映っている。その隙間から鏡越しに暗い目が鈴音を見ていた。鈴音の目の前は真っ暗になる。
「鈴音?」
 ぐらりと揺れた鈴音の体を都希子が慌てて支えた。
 鈴音はすぐに気を取り戻すと、急いでドアを振り返る。扉は開いていたが、誰の姿もなかった。
「どうしたの?」
 嫌な予感がして里香は声をかけた。鈴音の顔はドレスと同じくらい白かった。大きな瞳が焦点を失ったように見開かれている。
「尉知が」
 かたく閉じられていた唇が、ゆっくり開いた。
「え?」
「尉知がいたの」
 ふたりは顔をこわばらせた。
「尉知がわたしを見ていたの」
 あれは尉知だった。暗い、とても暗い眼で見ていた。鈴音はドアに飛びついて思い切り開いた。だがホテルの廊下には誰もいない。
「いたの、尉知がここに、今ここにいたの」
 更にふらふらと廊下に足を踏み出そうとする鈴音を、ふたりは取り押さえた。
「鈴音」
「はなして、尉知が」
 部屋に引き戻されながら、鈴音は必死に訴えた。
「本当なの、本当に尉知だったの」
「鈴音っ!」
 都希子が大声で怒鳴った。
「だったらどうだっていうの?」
 鈴音はビクッと体を震わせた。目が覚めたように都希子を見る。
「あの子がいたからって、追いかけていってどうするつもり? 何を言うつもり?」
 里香は動揺していた。気持ちを落ち着けるように深呼吸をして扉を閉じる。扉に張り付いたまま言う。
「もう彼には会わないほうがいいんだよ、どんな理由があっても。鈴音だってそう思ってるはずだよ」
 鈴音は全身の力が抜けていくのを感じた。床に崩れ落ちそうになるのを、都希子に支えられて何とか腰を下ろす。
 あんなに取り乱して、自分はどうするつもりだったのか。鈴音は怖くなった。今さら彼にできる事は何もないのに。
「ごめん。どうかしてたわね」
 鈴音は激しく波打つ胸を押さえた。
「鈴音、大丈夫?」
 都希子は鈴音の額に浮いた汗をハンカチでそっと押さえた。
「うん、本当にごめんね。わたし、びっくりしちゃって」
「ほら、しっかりして。はいお水」
「ありがとう、里香。もう大丈夫よ。ごめんね」
 そう言って鈴音は笑顔をつくった。尉知に会って、本当はどうしたかったんだろう。鈴音は自分の心に怯えた。

「本当に綾原だったのかな」
 式が終わり、披露宴が始まる前に里香は切り出した。
「たぶんね。鈴音が言うんだから」
 大丈夫と言っていたが、鈴音の顔色はまだ悪かった。笑顔はぎこちない。しかし花婿は自分が感激するのに忙しく、他の人たちは花嫁はただ緊張しているだけだと思っていた。何も気づかず美しい花嫁を褒めたたえる。
「戻って来たんだね」
「どうして帰って来たんだろう。実家が懐かしくなったのかな」
「それだったらいいけど」
 何となく里香は見回す。
「鈴音に会いに戻って来たんだとしたら、どうしよう」
「今ごろになって、どうしてそんな事するのよ。よりによってこんな日に」
 披露宴の会場が暗くなった。扉にスポットライトが当たる。向こう側に幸せな新郎新婦が待っている。
「このまま、何も起こらなければいいけど」
 都希子は呟いたが、そんな訳にいかないだろうと覚悟した。嫌な予感がしたのだ。

「くそっ!」
 ソファを蹴飛ばし、尉知は床に座りこんだ。乱暴にビールの缶を開ける。勢いで中身がこぼれ出し手を濡らした。
 真っ白なウエディングドレスに身を包んだ鈴音が目に焼きついて離れない。彼女は美しくなっていた。あの頃の面影を残したまま、可憐な花のような大人の女性になっていた。
 胸がきりきり痛む。鈴音が結婚した。他の男のものになった。今ごろハネムーンの最中かと思うと苦しくなった。
 口もつけないまま、尉知は缶を放り投げた。もともと酒など好きではない。悪ぶりたくて飲んでいるだけだ。この街から逃げ出したあと、彼はずっとわざと悪ぶって生きてきた。自分ではないふりをして、そうしないと生きていけなかったのだ。
 見知らぬ土地で夜の街をさまようと、知り合った女の部屋に転がり込み、しばらくしたらまた別の女のところへと転々と渡り歩いた。不思議と面倒をみてくれる女が次々とあらわれたものだ。ずっと女のヒモだ。別に何とも思わない。何もする気にならず、かといって死んでしまう勇気もなく、ただ鈴音のことを考えて毎日を過ごした。彼女が恋しい思いも消えず、同じだけ憎いと思っていた。
 そして復讐を考える。鈴音よりもきれいな女と結婚し、それを彼女に見せつけるのだ。
 床に転がった缶が止まり、中から泡に混じって金色の液体が流れ出す。その缶を白い手が拾い上げた。
「あなた、夕食の支度ができました」
 感情のない、硝子を震わせたような声で女が言った。
「いらねえ」
 いらいらして、尉知はぶっきらぼうに答える。
「そうですか」
 女は表情を変えず、こぼれたビールを拭き始めた。尉知は冷たい目で眺める。
 きれいな女。感情のない人形みたいに何を考えているのかさっぱりわからないが、美しい女だった。性格とかそんなものは彼にはどうでも構わなかった。変な女だが言うことはきくし、ほとんど喋らないのがうるさくなくていい。
 鈴音に復讐を決意し戻るために、尉知はこの女と結婚した。彼の精神はおかしくなってしまったのか、まともな判断が下せなくなっていたようだ。だが彼はこれでいいと思った。これで鈴音を苦しめられるはずだと思った。
 家に戻ってみると両親は晴れて離婚したあとで、再婚した父親の家族が住んでいた。母親がどうなったかはきかなかった。もう家に顔を出さないという条件でこのマンションをもらい、金も巻き上げ、その夜はホテルに泊まった。そして次の日、そのホテルで鈴音は結婚式を挙げたのだ。
 偶然目にしてしまった幸せそうな姿に衝撃を受け、彼はその場から逃げ出した。思い切り頭を殴られたかのようだ。鈴音を苦しめようとしていたはずなのに、自分の方がこんなに苦しい思いをするなんて。
 でも、このまま引き下がるわけにはいかない。こんな変な女と結婚してしまったのだし、こうやって戻ってきたのだ。鈴音を苦しめてやるのだ。鈴音だけを幸せにしておけない。尉知は目をぎらつかせた。

 涼太は鈴音のために、小さいが一軒家を手に入れていた。彼女が実家で庭いじりをするのが好きだと知っていたからだ。だがそのせいで少し街からは離れた場所になってしまった。そこで元々彼が仕事に行くのに使っている車と別に、鈴音用にもう一台購入した。スーパーは近くにあるし必要ないと鈴音は断ったが、涼太は譲らなかった。小さくて運転しやすい、彼女に似合う真っ白なかわいい車を選んだ。
 鈴音が涼太の願いを聞き入れて、結婚を機に勤めていた会社をあっさり辞めてくれたことは嬉しかったが、少し罪悪感があった。またいつか仕事をしたくなった時も車が使えたほうがいいと考えた。何より、実家に帰るのに便利だ。公共機関を使うと時間がかかってしまうが、車なら案外近い。いつでもすぐに母親に会いに行けるようにしてあげたいのだと彼は言う。
 涼太は何ひとつ不自由のない生活をくれる。一緒に暮らすようになっても相変わらず彼は優しいし、鈴音は幸せなはずだった。
「毎晩帰るの遅くなってごめん」
 夕食のあとのお茶を飲みながら涼太は申し訳なさそうに言った。
「そんなこと」
 食器を片付けながら、また大袈裟なことを言ってると思い鈴音は少し笑った。休暇をもらい旅行に行き、結婚後に彼が出勤したのは今日でまだ二日目だった。それに言うほど遅い時間ではないし、彼の仕事が大変なことは鈴音にもよくわかっている。
「気にしないで」
「気にするよ」
 涼太は口を尖らせた。
「鈴音が待っているんだから僕は一刻も早く帰りたいんだ。どうしてこの気持ちを汲んでくれないかな会社は。しばらく僕の仕事を減らすとかして。ちょっとぐらい気を使ってほしいよ、こっちは新婚さんなんだから」
「もう、なに言ってるの」
「あ。きみは平気なんだ。今日一日僕と離れてても寂しくなかったんだ」
 涼太はわざと拗ねたふりをした。
「違うわよ、そうじゃなくて、ただわたしは何も気にしないでお仕事してもらいたくて」
 真剣に言い訳する鈴音の姿にたえられず、彼は顔をほころばせた。彼女が可愛くてたまらなかった。だから度々こうして困らせる。手を伸ばし、愛おしげに鈴音の髪に触れた。
「そうだ、村上さんたちね、彼女たちをここにお招きしよう。早いうちに」
「そうしたいわ。涼太さんがいる時でいいの?」
 彼がふたりを少し苦手としていることを気にして、鈴音はきいてみた。
「なに言ってるの、当然じゃないか。大事なきみの友だちなんだから。僕だって仲良くしておかないと」
 涙ぐましい努力である。
「ふたりとも喜ぶわ。慣れたら大丈夫、本当に優しい子たちなのよ」
「そんな事知ってるよ」
 笑顔のまま涼太は頷いた。
「その前に荷物を片付けておかないとね」
 二階にあがってから、鈴音は寝室の隣の部屋を覗いた。まだ段ボールがいっぱいだ。涼太が彼女の後ろから部屋に入り灯をつけた。
「でももうずいぶん片付いてるんだね」
「そんなことないわ」
 とりあえず生活に必要な分しか片付いていない。私物などは箱を開けただけで手をつけていなかった。
「無理に片付けなくていいよ、休みの日に一緒にやろう」
 涼太はそばにあった封の開いた段ボールを指でつつき、何気なく中を覗いた。目を引くものがあり手に取ってみる。
「きれいだね、この箱。お洒落で」
「えっ」
 目を向けて鈴音は表情を凍らせた。花の模様が彫られた木の小箱を彼は手にしていた。鈴音は急いでそれを奪った。驚いたような涼太の視線に気づいて息をのむ。
「ごめんなさい、子どもの頃お父さんにもらった外国のお土産なの。ずっと大切な物とか入れてたから」
 嘘ではなかったが、箱を抱きしめながら落ち着きなく鈴音は言った。
「ああ、ごめん。鈴音の宝物だったんだね。勝手に触ってごめんね」
 あまり見たことのない彼女の態度に少し驚いたが、無神経なことをしたと反省して涼太はすぐ謝った。優しい言葉に鈴音の胸は痛んだ。
「そんなことないけど、でも、今はつまらないものしか入ってないから恥ずかしくて」

 しっかりしなくちゃ。彼女の白い車のハンドルを握って鈴音は反省していた。
 さっそく母親に呼ばれて、実家から帰るところだった。娘が嫁に行ってしまうと決まってからがっくりと力を落とした夫を馬鹿にしていたが、実際に鈴音が出て行ってしまうと急に寂しくなってしまったようだ。婿からも言われているため、母親は遠慮なく娘を呼び寄せることにした。果物をたくさん買ったからとか、理由はくだらないものだったが、鈴音は面倒がらずに訪ねて行った。母親は嬉しそうだった。
 カーブを曲がった拍子に、もらったばかりの洋梨が助手席でころんと転がった。
 例の箱は、引き出しの奥に押し込んできた。早く中身を捨ててしまっておけば良かったのに。
 あの日から気がつくと彼のことを考えている。やっと忘れられたのに。でもあれから尉知は姿を見せていない。もしかしたら見間違いだったのかも知れないと思うが、やはり絶対に彼だったという確信がある。それでは彼女の結婚を知って、もう姿を現さないことにしたのだろうか。そうだといいと鈴音は思った。だってもう彼には会えない。
 信号が変わり、鈴音は車を止めた。何かが視界に入ったと思い歩道に顔を向けた。尉知が立っているのを、信じられない気持ちで見つめた。窓ガラス越しに、彼がじっと暗い目で鈴音を見つめていた。
 後ろの車が軽くクラクションを鳴らし、信号が変わっていることに気づく。鈴音は慌てて車を出した。ミラーを覗いてみたがもう彼の姿は見つからず、遠ざかる景色だけを映していた。
 ハンドルを握る手が汗ばんで、体が細かく震えていた。鈴音は必死に気持ちを静めようと何度も何度も深呼吸をする。尉知はまだ近くにいるのだ。これから何が起こるのだろう。

「じゃ、鈴音、また電話するね」
 散々会社での愚痴を聞かせたあと、飲みに行く時間が迫っていることに気づいて里香は話を終わらせた。
「あ、そうだ。近いうちにふたりを家に招待するね。涼太さんがそうしなさいって。良かったら藤井さんも連れてきて。ろくなおもてなし出来ないけど頑張ってご馳走つくるから」
 藤井とは里香のワニ男くんのことである。
「わ、待ってました! 鈴音のところは夢の一戸建てだからなあ、楽しみ! でも、ツッキーが可哀想だからひとりで行くよ」
 いつまで続くかわからない彼氏をあまり紹介したくない。だいたい、動物に似た男とはあまり長続きしていない。
「あ、ところで鈴音」
 思い出したように里香は急に真剣な声で言った。じゃあねと言ってからが長い。
「なあに?」
 夕刊をとりに行こうと玄関に向かいながら何気なく返事をした。
「あいつ、どう? あれから、鈴音に連絡して来たりしてない?」
「あ」
 鈴音は足を止める。言うべきかどうか迷った。今まで何でも話してきた友だちに嘘を言うのは嫌だけれど、でももう余計な心配をかけたくない。それにまだ大したことは起こってない、ただ見かけただけだ。
「ううん。大丈夫よ」
「そう、良かった。心配してたんだあ。じゃあきっと何でもなかったんだね」
 里香は心底ほっとしたようだ。やっと電話を切る。尉知がこれからどんなことをしてこようと里香たちに言うのはやめようと、この安心した声を聞いて鈴音は決心した。もう心配かけたくない。彼女たちも忙しい社会人なのだし、いちいち相談などしないでひとりで解決しなければいけない。
 湧き上がる不安を抱えて、靴を履いて玄関を開ける。実家の近くで彼を見たことが不審に感じられ、母親に電話をかけてみた。心配したとおり、彼はあのあと鈴音の実家に行っていた。高校の時にお世話になった後輩たちでお祝いを集めたので渡したいのだと、住所を聞きに来たのだと言った。
 いつか彼はここに来る。ポストから郵便物を取り出した時、それは今日なのだと知った。緊張したが、覚悟していたおかげでうまく動揺を隠すことが出来た。尉知ともうひとり女性の姿が見えた。門の横で様子をうかがっていたが、鈴音が出てきたのに気づいてじっと見つめてきていた。
 懐かしい彼がすぐ近くにいる。あんなに会いたかった人が。でも目の前にいる彼は大好きだったあの頃の尉知ではない。ひねくれた、暗い顔をしている。こんな風にしてしまったのは自分だ、と鈴音は思い大きく息を吸い込んだ。
「久しぶりね、綾原くん」
 少し声が震えたが、できるだけ無表情でいるように気をつけた。門も開けず、挑むように睨んでくる尉知を見返す。
「あんたに俺の嫁を紹介しようと思って」
 尉知の言葉に鈴音の胸は痛んだ。自分でも意外なほど彼女は傷ついた。彼に奥さんがいようと、もう関係のないことなのに。喜ばなければいけないくらいなのに。
「綾原玲奈です」
 一歩さがっていた女が静かに口を開いた。黒い真っすぐな長い髪の、おとなしそうなきれいな娘だった。日本人形のような彼女に、自分のことをどう話しているのか鈴音は気になった。この状況をどう思っているのかと探るように彼女を見たが、硝子のような目と表情からは何も読み取れなかった。
「森野鈴音です」
 苗字を強めに発音してみた。鈴音の目の端でとらえた尉知の顔が引きつる。
「あの、どこにお住まいなんですか?」
 彼のほうを見ないようにして玲奈に話しかけた。抑揚のない声で彼女は住所を告げる。
「え、そんな近くに」
 二十分ほど歩いたところだ。これは偶然なのだったが、鈴音を一層不安にさせた。何年も経ってなぜ急に近くに住んだり、わざわざ結婚相手を紹介しに来たりするのか。どういうつもりでもなく、ただ挨拶に来ただけかも知れないと鈴音は思いたかった。だがそれなら彼がこんなに怖い顔をする必要はない。
「この人は俺の女だったんだ」
 鈴音を睨んだまま彼は言う。自分の奥さんに向かって何を言い出すのかと鈴音は困惑した。
「でもね、玲奈さん。それは昔の話だから」
「昔の話だって?」
 とりなすように玲奈に話しかける鈴音を、尉知は鋭くさえぎった。鈴音はますます混乱する。
「そうよ、だって本当じゃない」
「昔のことだから、もう関係ないとでも言うのか?」
 尉知は興奮している。何のつもりでこんなことを言うのか、鈴音には訳がわからなかった。
「昔のことだから、だから自分だけさっさと幸せになってもいいって言うのか? 俺のことなんかどうなっても」
「やめて!」
 思わず鈴音は大きな声でさえぎった。聞いていられなかった。
「なに言ってるの? 奥さんの前で。少しは彼女の気持ちも考えなさい」
 尉知の睨みつけるような目を無理に見つめ返し、やがて鈴音は大きく息を吸った。
「せっかく来ていただいたのに悪いのだけれど、今日は夫が早く帰ってくるので、もう夕食の支度とか始めないと。だから、ごめんなさい」
 気力を振り絞って、視線を逸らさずに鈴音は遠回しな言葉を吐く。もちろん嘘だ。涼太はいつも通りに帰ってくるし、まだ四時過ぎだ。ただもうこれ以上尉知といるのは耐えられない。それにいくら奥さんが一緒にいるといっても彼を家に上げるつもりはない。
「もう、帰ってください」
 動かない彼に、きっぱりと拒絶するように付け足す。ついに目を逸らしたのは尉知のほうだった。真っ青な顔で、何も言えなくなった唇をがたがた震えさせる。そしていきなり背を向けてひとりで行ってしまった。
 全身の力が抜け、鈴音は門にもたれかかった。握っていた郵便物が庭にはらりと落ちる。息苦しかった。
 彼は何がしたいのだろう? 鈴音にはわからなかった。鈴音のことを忘れたから他の人と結婚したんじゃないのか。しかしまだ恨まれているように思えた。彼は変わってしまった。何を考えているのかわからない。
 足元の郵便物を拾い、顔を上げて鈴音は驚く。玲奈がまだ鈴音を見ていたのだ。何の感情もないその目に不気味さを感じて少し怯えた。慌てる様子もなく鈴音に頭を下げてから、玲奈はゆっくり尉知のあとを追って行った。

「眠れないの?」
 涼太の声に、鈴音はハッとして隣で横になっている夫に顔を向けた。よく晴れた夜だった。鈴音は体を起こしてカーテンを少し開けていた。隙間から差し込んでくる月の光がふたりのベッドを照らし、心配そうな彼の表情もよく見えた。
「眠ってると思ってた。ごめんなさい、眩しかった?」
 カーテンを閉めようと伸ばした鈴音の腕を、起き上がった涼太が止めた。
「いいよ、閉めなくても」
 そのまま、少し冷えた彼女の体を抱き寄せた。鈴音が震えたのは寒いからだと思った。
「月を見ていたの。とてもきれいだったから」
 涼太も空を覗いてみた。凍りつきそうな夜空に不完全な丸い月が白く輝いていた。
「本当だ。きれいだね」
 そう言ってから涼太は鈴音の体をゆっくり寝かせた。
「よし、今日はこのままカーテンを開けて寝よう。僕の大好きな鈴音の横顔も見ていられるし」
 彼女に布団をかけ直し、涼太もその隣に頭を戻した。彼に返した鈴音の笑顔がぎこちなく見える。
「鈴音はホームシックにかかってるのかな?」
「え?」
 思いがけない言葉に鈴音は驚く。
「だって、最近元気がないよ。心配だよ」
 考えた末、鈴音は視線を外して頷いた。嘘をついてしまった。
「やっぱりね。いいんだよ、寂しくなったらいつでもお母さんの顔見ておいで」
「先週も帰ってきたわ」
「いいんだって」
 鈴音はまた弱々しく頷いた。そんな彼女の頭を涼太は優しく引き寄せる。鈴音の髪を撫でながら、何か彼女の元気が出るような話題を探した。
「もうすぐクリスマスだね。あとひと月もないな。どうする? パーティでもしようか。それともふたりで過ごそうか」
 クリスマスはあれから心が痛む思い出になっていた。毎年思い出していた。雪の中で尉知と出会ったこと。鈴音は重たい唇を動かした。
「わたし、涼太さんといたい」
「僕も。鈴音とふたりっきりがいい」
 涼太は嬉しそうに頬を緩ませた。激しい自己嫌悪に鈴音は目を伏せた。彼はいつも優しい。こんなに優しい人を騙していいはずがない。ホームシックなんかじゃない、尉知のことで心を乱しているのだ。
 尉知のことはもう考えてはいけない。彼が何を考えているのかなんてどうでもいいはずだ。何を言ってきても気にしなければいいのだ。そのうち彼も忘れる。今はまだ憎しみが残っているのだとしても、きれいな人と結婚もしたのだから。だから、今度こそ本当にふたりの恋は終わる。
 涙がこぼれそうになって、鈴音は急いで涼太の胸に顔を隠した。彼は壊れそうな鈴音の細い体を大事そうに抱きしめる。他の男のことで動揺している妻を、何の疑いもなく受け止めてくれるのだ。
 鈴音の胸はずきずき痛んだ。

 彼が後をつけて来ているのに気がついた。歩いて買い物に行く途中だった。鈴音が足を止めて振り向くと、尉知は隠れもせず少し離れたところから暗い目で見ていた。
「何か用?」
 冷たく突き放すように鈴音はきいた。尉知は顔を引きつらせたが、気持ちを抑えてゆっくり近づいて来た。
「あんたにうちに来て欲しいんだ。この間の話もまだ終わっていない」
 相変わらず彼は睨みつけてくる。
「そんな話をして何になるの?」
 昔のことを思い出させてどうするのだろう。彼にとっても嫌な思い出なはずだ。
「何って、別に。懐かしいんだから、話ぐらいしてもいいだろ?」
「わたしは話なんかしたくない」
「何だって?」
 尉知は顔色を変えた。
「あなたともう話したくないのよ」
 わざとはっきり発音してみる。
「何でだよ」
「理由なんか別にないわ」
 言い捨てて歩き出した鈴音の腕をつかみ、尉知は自分のほうに引き寄せた。
「手を離して」
 動揺を隠して、鈴音は尉知を睨む。
「いいから、今から俺と一緒に来るんだよ」
 鈴音は逃れようともがいたが、腕をつかむ腕を振り払うことができなかった。
「やめて。嫌よ、手を離してってば」
「何でそんなに嫌がるんだよ」
「嫌だからよ。離して!」
「どうしたんですか?」
 声を聞きつけて人が集まっていた。その中から学生服の男の子が大きな声で声をかけ、近づいてくる。
 舌打ちをして、やっと尉知は鈴音の手を離した。人だかりを押しのけて逃げ出す。鈴音はつらそうに息を吐き出して、痛む頭を押さえた。
「大丈夫ですか? あの、警察に届けますか?」
 さっきの男の子が心配そうに覗き込んでくる。慌てて鈴音は手を小さく振った。
「いいの。どうもありがとう」

 その夜、里香はいつものように会社帰りに同僚と飲みに行ってから家路についた。今日はまだ早いほうだ。泥酔もしていないし、機嫌よく鼻唄をうたいながらのんびり彼女は歩いていた。吐く息が白かった。暖冬だなんて言っても夜はやっぱり寒い。
 最近うるさく小言を言い出した妹のことを思い出した。また今日も文句を言われるのだろうか。こんな姉を見て育ったせいか、彼女は妙に真面目になってしまった。でも大丈夫だ、鈴音のおかげで真面目な子の扱いには慣れている。
 思い出し笑いをした時、突然誰かが里香の前にあらわれた。
「わっ!」
 里香は飛びのいて相手を見た。街灯の明かりがその顔を照らし出し、驚いて里香は人差し指を突きつける。
「あっ」
「久しぶりだね、倉橋さん」
 尉知は口の端をゆがめて笑顔をつくった。
「やっぱりあんた、戻って来てたんだ。あんた鈴音に会いに行ったりしてないでしょうね!」
「あれ、何も聞いてないんだな。何で彼女、言ってないんだろう?」
「え?」
「もちろん会いに行ったよ。仲直りもしたかったし、こいつも紹介したかったし」
 尉知の影に隠れるようにしていた女が一歩出てきて、初めて里香は彼女の存在に気づく。
「誰?」
「綾原の妻です。玲奈といいます」
 無表情の女が頭を下げた。里香は目を丸くする。
「奥さん? なんだ、あんた、結婚したの? じゃあ、鈴音のことはもういいんじゃない」
「もちろんですよ。だから彼女に安心してもらいたくて」
「なんだ、そうだったのかあ」
 単純な里香は納得しかけて、でも、それならばなぜ鈴音はそのことを黙っているのかと疑問を感じた。すぐに教えてくれるはずなのに、秘密にしているのはどうしてだろう。おととい鈴音の家に行ったときもそんな話は聞かなかった。けれどそれは仕方ないだろうか、涼太がずっとそばにいたのだから。あらためてまた会った時に言ってくれるつもりだろうか、それともわざわざ言うほどの事でもなかったとか?
「ところで俺、倉橋さんに相談したい事があって」
 酔った頭で色々と考え始めた里香の思考をさえぎるように尉知は言った。
「相談?」
「そう、鈴音さんの事で」
「鈴音のこと? 何よ」
「ここじゃあちょっと。うちに来てもらえたらいいんだけど、無理かな?」
「あんたんちへ? 今から?」
 里香は警戒した。
「すぐ終わりますよ。なるべく早い方がいいと思うんだ。それにこいつだっているんだし、別に心配することはないと思うけどな」
 それはそうだ、奥さんがいるなら大丈夫だろうと里香はまた納得した。それに鈴音の事だと言われたら気になってしまう。もしかしたら鈴音が彼のことを教えてくれなかったことと関係があるのかも知れない。
「じゃあ、ちょっとだけだよ。すぐ帰るから」
 渋々里香が頷くと尉知は大通りに出てタクシーを拾った。助手席に尉知が乗り込み、里香は玲奈と並んで後ろに座る。ちらちら里香は隣の女をうかがった。彼は意外と美人にモテるんだ、と鼻の高い横顔を見ながら思った。
 車の中では誰も何も喋らなかった。沈黙の中で、軽はずみだったろうかと里香は後悔する。都希子に相談するべきだったかも知れないと、彼女の怒った顔を思い浮かべた。心の中でゴメンと謝り、でも奥さんも一緒なんだから大丈夫だよと正当化しようとする。とにかく何の相談かを早く聞きたかった。そのあと都希子に連絡しよう。
「鈴音の家にわりと近くない?」
 タクシーを降りマンションに着いた里香は番地を見て言った。
「偶然ね。どうやら彼女とは縁があるらしい」
 尉知は嬉しそうに笑った。
「さあ。俺の部屋は五階です」
 エレベーターに押し込まれ、箱が上がるたびに里香の不安は広がっていく。部屋に前に行くと、ずっと影のように控えていた玲奈が鍵を開けた。灯りをつけ、里香のためにスリッパを用意する。
「どうぞ」
「あ、ありがとう。お邪魔します」
 後ろで尉知がドアを閉める。里香は玲奈のあとについて部屋に入った。殆ど荷物のない、生活感のないワンルーム。フローリングの床にソファがぽつんと置いてあるだけだった。そしてロープが転がっている。
「まあ、そこに座ってくださいよ」
 ロープを拾って、尉知はその手でソファを示した。そして出口を塞ぐようにドアを背にして立った。言われたとおりに腰をおろしながら、不審げに里香は彼の持つロープを見つめた。
「これですか?」
 視線に気づいて尉知は少し笑った。
「倉橋さんがちょっと抵抗するかも知れないから、その時に使うんですよ」
「どういうこと?」
 里香は顔をこわばらせた。尉知は芝居をやめる。
「あんた昔のほうが用心深かったね。駄目だよ、俺のことなんか信用しちゃ。まあ、酔っ払ってるから仕方ないのかな」
 頭に血が昇り、里香は素早く立ち上がって部屋を出ようとしたが、簡単に腕をつかまれる。
「馬鹿だな、おとなしくしててくれ。縛らないといけなくなる。乱暴なことなんかしたくないんだ」
 尉知は里香を突き放した。腕をさすりながら彼女は後ずさりする。部屋を見回すと、玲奈は隅にひっそりと座っていた。ただながめているだけの玲奈を里香は睨んだ。
「ちょっとあんた、助けなさいよ。旦那がこんなことしてるのに何とも思わないの?」
「そいつに何を言っても無駄だよ。俺の言うことだけはきくけど、何も関心ないらしい」
 玲奈は顔色ひとつ変えない。改めて彼女の整った顔を見つめ、里香は全身に鳥肌を立てた。
「さあ、もう一度座って。手荒な扱いを受けるのは嫌でしょう」
 玲奈から目を離し、仕方なく里香はまたソファに腰を沈めた。とりあえず、彼が鈴音に何をする気なのか知っておくべきだ。
「それで、どうするの?」
「電話で助けを呼んでくれ」
「は?」
 聞き間違いかと思って里香は首を傾げた。
「鈴音に電話して、ここに来るように言ってくれ」
「意味がわかんないんだけど」
「今の状況を話したら鈴音はきっと来てくれる。そしたらあんたは帰っていいんだ」
 そんな馬鹿な事はないと里香は思った。
「帰っていいわけないじゃん。鈴音は、まあ、誰にも黙って来てくれるかも知れないよ。でもあたしが本当に解放されたらすぐに警察呼ぶよ。あたしみたいな馬鹿が酔っぱらっててもわかるよ」
「警察だなんて、大袈裟だな、あんたは」
 意外そうに尉知は目を見開いた。
「だって鈴音を誘拐して、何か危害を加えるつもりなんでしょ」
「まさか。とにかく、電話してくれるまでは帰すわけにいかないよ」
「鈴音が来たら、じゃあどうするの?」
 彼の目的がさっぱりわからず、恐怖よりも戸惑いが大きくなっていった。
「俺とこいつが仲良くしているところを鈴音に見せるんだ」
 目をぎらりとさせて、尉知は玲奈を指差した。手が震えていた。
「何度も何度も見せつけてやる。そうやって復讐するために戻って来たんだ」
「復讐?」
 里香は呆気にとられてまじまじと尉知を見た。
「苦しめてやるんだ、鈴音を」
「嘘でしょ、そんな事なの? 本気で言ってる?」
「おかしいか?」
 尉知が鋭く睨みつけるのを見て、どうやら本気らしいと里香は悟った。全てを理解すると恐怖など消えていき、彼の滑稽さが哀れにすら感じる。
「おかしいに決まってるじゃない。よくそんなくだらない事考えたね」
 笑いながらソファから立って、尉知を見上げた。
「くだらないだと?」
「本当にそんな方法で鈴音に復讐できるとでも思ってるの?」
 馬鹿にするように里香は言う。尉知はおどおどした態度になり言葉を詰まらせた。
「そんな事であんたの気が済むのなら、とっととやらせてあげたいくらいよ。やってみる? あんたが恥をかいて惨めになるだけだけど。鈴音は何とも思わないわよ。あんたも知ってるでしょ、彼女は素敵な人と結婚して幸せになったの。もうあんたが誰と何をしても傷ついたりしないのよ、昔のようにはね」
 彼の顔は引きつったまま凍りついた。お構いなしに里香は続ける。
「何をするつもりなのかと心配してたら、まさかそんな幼稚なこと考えてたなんて。馬鹿みたい、復讐だとかそれらしい事言ってるけど、あんた本当はただ鈴音に会いたいだけなんじゃない!」
 尉知はビクッと体を震わせた。顔は蒼白になり、里香に向けられた目はもう何も見てはいなかった。
「理由が欲しかっただけでしょ。あんたはまだ鈴音が好きで忘れられなくて、会いたくても勇気がなくて、何か理由がないと帰ってこれなかったのよ。だから鈴音に復讐するために戻ってきた事にしたかったのよ。復讐なんかできないってあんたにも本当はわかってるんだ。だってそんな事どうでもよくて、鈴音に会いたいだけなんだから」
 尉知の手からロープがするりと落ちた。里香は深呼吸をして荷物をつかんだ。
「帰るわよ」
 声をかけたが尉知の反応はない。彼を避けて玄関に向かう。ちらっと振り返ると、尉知は力なく座り込んでがっくり肩を落としていた。里香の考えに間違いはないのだと思った。
「お気をつけて」
「わっ」
 靴を履いていると、急に後ろから声をかけられて里香は飛び上がった。玲奈が静かに佇んでいた。
 怖くなって、里香は何も言わずに慌てて部屋から逃げ出した。エレベーターを待つのももどかしく、階段を駆け降りる。尉知なんかより、玲奈のほうが不気味で恐ろしくなった。彼女がまともなら、尉知はこんなことしなくて済んだのに。彼はわかっているのだろうか。

 次の日の昼休みに里香は鈴音に電話を入れた。偶然尉知と会い問い詰めたところ、鈴音に仕返しをするつもりで美人の妻を見せびらかそうとしていただけらしい、と伝えた。だいぶ叱っておいたからもう懲りているだろうと続ける。彼の家に拉致されたことは伏せておいた。
「鈴音は幸せなんだからそんな事しても効果ないよって言ってやったら納得してたから。だからもうしないと思うけど。あの嫁もなんか変な人だよね」
「ありがとう。ごめんね里香、黙ってて。わたし、心配かけたくなくて」
「もうー、気を使わないで何でも言ってよ。ツッキーと違ってあたしはヒマ人なんだから」
 なので、仕事に追われて忙しい都希子には黙っていようとふたりで決めた。そのかわり毎日電話するねと言って里香は電話を切った。
 小さな庭の手入れを終えて、鈴音は紅茶をいれて大きな窓の近くに椅子を運び座った。涼太と一緒にたくさん植えたスミレとハーブ。春に咲く花の種も蒔いてある。涼太の優しい笑顔が浮かび鈴音の胸を苦しくさせた。このままでは彼に申し訳ない。もうじき陽が落ちて空を赤く染める。全部赤く埋め尽くして本当の色を隠してしまう。そんな風に心を隠して、彼に笑いかけてしまうのだ。何年も支えてくれた人だというのに。
 開け放していた大きな窓を閉めようと立ち上がり、鈴音は体をこわばらせた。庭に尉知が入り込んでいた。傾いた太陽を背にして顔は暗く影を落としていたが、じっと鈴音を見つめていた。
「わたしに仕返しをしたかったのね。ごめんね、気付いてあげられなくて」
 覚悟したように鈴音が口を開くと、尉知は吸い寄せられるように足を運んだ。
「あなたにつらい思いをさせたのだから。いいのよ、わたしを傷つけても」
「違う」
 尉知は窓に飛びついて部屋に転がり込んだ。靴のまま、驚いて後ずさった鈴音に近付く。
「鈴音を奪いに来たんだ」
 力いっぱい尉知は鈴音に抱きつき、ふたりとも床に倒れ込んだ。鈴音の体を抱きしめ、里香に言われたとおりだったのだと実感していた。
「俺は鈴音に会いたかったんだ。今でも鈴音が好きなんだ。やっとわかったんだ。好きなだけだったんだ」
「尉知」
 言葉を失っていたがやっと声を絞り出す。
「会いたかったんだよ、俺、本当は鈴音に会いたくて、それだけなんだ、鈴音。昔のように愛して欲しいんだ」
 自分の名を呼ぶ尉知の声が、気が狂いそうなほど懐かしい声が耳をくすぐる。そして切なく伝わってくる彼の温もりが熱くて痛くて苦しい。受け入れるにはもう遅いのだ。
「でも、尉知。それは駄目なのよ」
「好きだよ、鈴音。ずっとずっと好きだった、鈴音だけが」
 今にも泣き出しそうなすがるような声で言うと、尉知は顔を近付けて唇を重ねた。鈴音の意識が遠のく。頭がどうにかなってしまう。このまま彼の腕の中で気を失って、何もわからなくなってしまえたらいい。
 尉知は抱きしめる力を抜いて鈴音の体に手を這わせていった。彼が何をしているか気づき、薄れていった意識を鈴音はかろうじて取り戻した。残っている気力を全部振り絞って目を開いた。
「駄目、やめて!」
 身を捩って鈴音は彼の腕を逃げ出した。身を起こし、乱れた髪のまま厳しい目を向ける。彼を拒むのはこれで二度目だ。あの時とは違う理由で、あの時のようにどうしても拒まなくてはならない。
「鈴音」
 床に這いつくばり、尉知は鈴音を見上げた。
「駄目よ、わたしは人妻だし、あなたにも奥さんがいる。してはいけないの、こんなこと」
 鈴音は目を逸らさなかった。
「昔とは違う。もう、遅かったのよ」
 ふたりは身動きもせず長いこと見つめ合った。早く彼が立ち去ってくれればいいと鈴音は願っていた。彼を目の前にしていつまでもこんな態度を続ける自信がなかった。尉知を失ってから、もう彼女は昔のようには強くないのだ。早く彼が消えてくれないと、きっと彼を抱きしめて好きだと言ってしまう。
「最後の賭けだったんだ」
 鈴音の精神がぎりぎりになったところで、彼はふらっと立ち上がった。
「でも駄目だった。ごめんよ、もう現れないから」
 泣きながら、尉知はまた窓から出ていった。庭を走っていく足音。そして、聞こえなくなる。
 涙があふれ、床に顔を伏せて鈴音は声を出して泣いた。会いたかったと、やっとわかったという彼の言葉を思い出していた。彼女も自分の気持ちがわかってしまった。会いたかった。
「わたしだって会いたかった。ずっと待ってた。どうしてもっと早く」
 鈴音の泣き声は薄闇を震わせた。
 忘れてなんかいなかったのだ。忘れたつもりで、鈴音は本当は少しも忘れてなどいなかった。彼への想いはどうしても消えない。ずっとずっと好きだったのだ、彼だけを。

 涙はもう出なくなった。水分が全部なくなってしまったのかも知れないと思った。顔はもうパリパリになってしまっただろう。けれど尉知は手で触ってみることも鏡で見てみることもしなかった。
 床を這った惨めな自分の姿を思い出していた。鈴音の目に射抜かれ動けなくなった体。前と同じ、高校生の時と。
 どんなに鈴音が抵抗しようと、どんなに鈴音が泣き叫ぼうと、今度は必ず手に入れようと決心して彼は鈴音の元に向かったのだ。力ずくでだったら、絶対に彼女の体を奪えたはずだった。でも彼は前と同じ過ちを犯した。鈴音のあの美しい瞳を見てはいけなかったのに。あの瞳を見てしまったら、尉知は絶対に彼女に逆らえないのだ。
 きれいな澄んだ瞳、それは鈴音の心がとてもきれいで澄んでいるから。汚れのない天使のような女だから。だから心の腐った男が汚い手で触ったりしてはいけなかったのだ。
 失敗したのだから、もう彼女の前に姿は見せられない。昔のように逃げ出す事ももうできない。逃げたところでどうにもならない事を知ってしまっている。どこへ行っても同じだ。でもこのままでも、あるのは絶望だけだ。
「朝食ができました」
 玲奈がキッチンから顔を出した。彼女のほうを見ずに尉知は僅かに首を振る。あれから二日間、彼は何も口にしていない。頭がくらくらするし、力も入らない。
「そうですか」
 感情のない声で言って、玲奈はまたキッチンに姿を消した。きのうの夜も昼も朝も、その前の日もずっとそうだ。彼が食事を摂らないからといって心配する様子はない。なのに時間がくると機械のようにきちんと食事をつくるのだ。
 あの女の頭はどうなっているのだろうと、尉知は改めて疑問に思った。そして激しく後悔していた。でももうどうでもいい、もうここへ帰ってこなければいいのだ。
 自分から命を絶つ勇気は持っていなかったが、外へ出てどこかで眠りこんでしまったら死ねるだろうかと考えた。今日は曇っている。外は寒いだろう。尉知はふらつく足で玄関へ向かった。

 鈍色の十二月の空からは、今にも冷たいものが落ちてきそうだった。
 流れて行く懐かしい景色を、電車の窓から鈴音は目で追っていた。高校時代、毎日見ていた風景だ。毎日この電車に乗って、学校に行って。今まででいちばん幸せなときを過ごし、いちばん悲しい思いをした。
 卒業以来、この駅に来たことはなかった。電車が停まる。何人かが降りたあといちばん最後に鈴音はホームに降りた。すぐに背後でドアが閉まる。走り出した電車の風を受けしばらく立っていたが、ようやく足を動かし始めた。
 尉知のことをちゃんと忘れる事ができたと思ったから涼太と結婚したのだ。だが忘れてはいないことに今ごろ気がついてしまい、鈴音はどうしたらいいかわからなくなってしまった。涼太を騙したまま今までの生活を続けてもいいのだろうか。鈴音はもう尉知を忘れる自信がない。
 涼太が休日だったため昨日まで二日間一緒に過ごし、神経が擦り切れそうになっていた。彼はずっと明るく優しく、楽しい空気をつくってくれる。鈴音はずっと自己嫌悪に襲われる。逃げ出したくなり、助けを求めたのが思い出の場所だった。
 改札を出ると、少し足が速まった。懐かしい駅前の通り。尉知と初めて出会い、助けてもらった場所。学校から一緒に歩いて帰った道。あの頃に戻って、やり直せたらいいのに。
 街にはもうすっかりクリスマスの装飾がしてあった。足を進め、バスターミナルまで出ると鈴音は足を止めた。卒業式の日に鈴音が座っていたベンチに先客がいたからだ。どうしても忘れられない彼の横顔を見つけた。ぐったり寝転んでいる。
 鈴音が目を離せずにいると、何か感じたのか尉知も顔を向けた。鈴音を見たはずなのに彼の顔に驚きの色はなく、目にも暗い光はない。素直に愛し合っていたころの優しい彼の顔だった。まるで昔待ち合わせをして会った時のように、自然に鈴音に嬉しそうに笑いかけてきたのだ。戸惑いながら、鈴音は胸をぎゅっと掴まれるような苦しさを感じた。
 彼は、鈴音の姿は幻だと思っていた。彼女がこんなところにいるはずもなく、神様が最後に幻覚を見せてくれたのだと喜んだ。いや、神様じゃなく悪魔かも知れない。どちらでもいい。鈴音の夢をみながら死にたいという願いは聞き届けられたのだ。弱々しく、けれど幸せそうに尉知は笑みを浮かべ続ける。
「ということは、やっと死ねるってことだな」
 引き返そうと思っていた鈴音は、彼のおかしな言葉をきいて改めて青白いその顔をよく見てみた。近づいてはいけないとわかっていたが、どうしても心配になって駆け寄ってベンチの前にしゃがみ込んだ。
「尉知、どうしたの?」
 顔色が悪い。様子がおかしすぎる。
「こんな所で何してるの?」
 おでこに触れた彼女の手の感覚に、尉知は鈴音が幻ではないことに気がついた。驚いて目を見開く。
「本物なのか。幻でよかったのに」
「だから、さっきからなに言ってるの? 熱があるみたいよ、顔色だってこんなに悪いし」
 心配そうに顔を近づける鈴音を避けるように尉知は必死に体を起こした。
「こんな汚い男を触っては駄目だ」
 尉知の言っていることはよくわからなかったが、あの時と似てると鈴音は懐しく思った。あの時の彼のように看病してあげることはできないけれど。
「大丈夫? 具合悪いんでしょ、家に帰って寝たほうがいいわ。わたし玲奈さんに連絡してあげるから」
「嫌だ!」
 妻の名前が出た途端、吐きそうなくらいの嫌悪感に襲われて尉知は叫んだ。怯えたように立ち上がる。
「あんな所へは帰らない! あんな女のいるところで死にたくない!」
 大声でわめく彼を、通行人たちが一瞬足を止めて見つめた。鈴音も驚いて立ち上がる。
「死ぬってどういうこと? どうしたの、なに言ってるの」
 鈴音は震えている尉知の手をとった。それはとても冷たかった。彼はシャツを一枚しか着ていない。
「いつからここにいたの? こんな薄着で外にいたら駄目よ」
「いいんだ、だって鈴音の思い出があるところで死にたいんだから」
「尉知、しっかりして」
「夢でも幻でも良かったんだ、最後は鈴音と一緒にいたかった。でもあまりにも俺が哀れで、だから本物に会わせてくれたんだな」
 使い果たしたと思っていた涙がまた尉知の目からあふれた。どこにこんな蓄えがあったのだろう。鈴音の温かい手を払おうとしたが力が入らない。
「ごめんよ。何もかも俺が悪かったのに。一方的に俺が悪いのに、鈴音ばかり責めて。本当はわかってたんだ。でも、鈴音がいなければ俺、生きていけないよ。だから戻ってきたんだ、また鈴音のそばにいたくて。ごめんよ」
「尉知」
 鼓動が速くなるのを鈴音は感じた。彼が死にたがっている。死にたいと思っている。
「鈴音は俺のたったひとつの宝物だったんだ。諦めなくちゃいけないなら、生きていても仕方ない」
 彼がいなくなってしまった時の悲しさが蘇り、今度は手の届かないところへ行こうとしているという恐怖が鈴音を襲った。そんなのは嫌だと心は叫び始めていた。彼が死んでしまうのなら、自分だってどうやって生きていけばいいのか?
 手に冷たいものが当たった。尉知の涙かと思ったがそうではなかった。灰色に覆われた空からぽつぽつと雨粒が落ちてきてふたりを濡らし始める。
「もう何もない、俺にはもう」
 喋れなくなってしゃくり始めた尉知の手を、鈴音は強く握りしめた。
「嫌よ、もうわたしを置いて行かないで」

 雨はまだ降り続いているようだ。窓を叩く音が絶え間なく聞こえる。
「愛してる、鈴音」
 夢見心地でそう言って尉知は目を閉じた。すぐに安らかな寝息をたて始める。安心し切った子どものような寝顔だ。
 薄暗い空気の中で、鈴音は絡みついている尉知の腕をゆっくりほどいた。彼の体から滑り出てベッドに身を起こし、乱れた布団を引き寄せ彼の肩が隠れるまで掛け直してやった。雨を逃れるため飛び込んだ駅前のホテルだ。
 優しい尉知の寝顔、それは間違いなく鈴音の愛した彼だった。自分がそばにいれば尉知はこんなにも素直で優しいのだと痛感した。昔あんなことさえなければ、彼はずっとこうだったはずだ。
 鈴音は自分の体を抱きしめ、涙を溢した。けれどとうとう過ちを犯してしまった、心だけでなく体まで。許されない事をしてしまったのだ。
 罪の意識に潰されそうな鈴音の横で、尉知は幸せな夢をみていた。陽の当たる明るい家で鈴音と暮らしている。毎日毎日鈴音を抱きしめてキスをする。彼女はいつも優しい笑顔だ。やっとふたりは結ばれた。彼女は戻ってきてくれた。結婚しよう、一緒に暮らすのだ、すぐにでも。
 雨はまだ止みそうになかった。
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