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第四章
(一)
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その後も氏勝は尾張を回り、他にも新たな府として相応しき地はないかと見分した。そうして那古野の他に小牧山、そして古渡の地を候補とした。小牧山はかつて家康が秀吉と覇を競って戦った際、最前線の陣を張った地である。そして古渡は信長の父である織田弾正忠信秀が、清洲を子に預けて本拠となる城を築いた場所であった。ただしどちらも十分な平地を取ることができず、新府の地としては物足りない。氏勝が理想としたのは、まさに都と呼べるだけの城下町を築いた上で、いざ戦となれば十万余の軍勢を展開できるだけの広さを持った平地である。となるとやはり、その候補地は那古野以外には考えられなかった。
そうして駿府に戻った氏勝が掲げた献策は、当然のことながら家中でも喧々諤々の議論を巻き起こした。予想された通り反発も強く、その中心になったのはまず平岩主計頭親吉であった。
「民の負担が大きい」というのが、何よりの理由であった。「清洲の民は、すでに総数で七万を超えている。それをすべて移転させよと申すか。無理にも程があろう」
歴代の城主たちが清洲城に問題があるのをわかっていながら拠を移すことができずにきたのも、それが最大の理由であった。清洲の城下はおいそれと他に移すには、大きくなり過ぎてしまっていたのである。
「されどこれは、民のためでもござる。今の清洲は大雨のたびに五条川が氾濫し、毎年大きな被害を出しておるではありませぬか」
「ならば堤を新たに普請すればよきこと。当面はそうした領内の立て直しこそ大事、夢語りはそのあとにすれば良い」
「夢語りではござらぬ。これは喫緊の課題でござれば、何よりまず取り掛からねばならぬこと。付け焼刃の手当ではなく、今こそ根本的な解決をすべきと考えます。これは百年、いや五百年先まで見据えての話。我らが殿のためはもちろん、その子々代々続く拠とするには、清洲では難があり過ぎるのです」
されど氏勝も一歩も引かなかった。反発があることは最初からわかっていたことだ。それでも誰かがどこかで決断しなければ、尾張はいつまでも大きな問題を抱えたままだ。
「それに守るに難しと申すが、はたしてそうか。福島どのも、また亡き中将さまもずっと本拠とされてきたのだ。大御所さまがそれを認めてこられたのも、尾張を守る城として十分とご判断されてきたということではないのか」
「されどその大御所さまも、かの太閤と相対された折には、清洲ではなく小牧山に本陣を構えられた。大御所さまとてご存知なのでござる。清洲では不十分であると!」
議論はどこまで行っても平行線で、いつしか家中をふたつに割っての論争となっていた。ただどちらかといえば、親吉の側に分があるようである。やはり氏勝の提案は、些か途方もなさすぎると感じる者が多かったのであろう。
そしてお亀の方も、氏勝の言を夢語りと受け取るひとりであった。
「まったく……そなたは慎重なように見えて、ときどき突拍子もないことを言い出すゆえ困りまする」
「さようでございましょうか」と、氏勝はまだ頑なであった。「何も国替えをしろと言っているのではありませぬ。あくまで尾張の中に於いて、今後どうするかという話でございます」
古い話を蒸し返されて、お亀は不機嫌そうに「……むぅ」とふくれた。もちろん氏勝としても嫌味を言ったつもりもないので、すぐに話を戻す。
「某はただ、我らが殿に相応しき城と、相応しき城下町を築いてお迎えしたいと思うのみにございます。どうかお方さまもご助力くだされ」
「そうもいかぬのはわかっているでしょう。主計どのを立てよと申したのはそなたではありませぬか」
「決して平岩さまの顔を潰すつもりはありませぬ。お方さまからの言葉もあれば、あの方もわかってくださるのではないかと思うゆえにございます」
なおも引き下がろうとしない氏勝を見て、お亀は小さくため息をついて考え込んだ。そうしてしばしののち、ぽつりと尋ねてくる。
「さほどに、清洲は難があるのか?」
「竹腰どのは、忍を思い出したと申しておりました」
お亀もまたあの城で過ごした日々のことを思い出したのか、うんざりとしたように顔を顰めた。その後の失敗も含めて、二度と御免だと思っていることであろう。
「……それで、小伝次もそなたの話に乗り気だったのですね」
「竹越どのが?」それは氏勝も意外に思った。かの地で話したときの感触では、むしろ呆れているようにも見えたものだったが。「何と申されていましたか?」
「ええ、それはそれは熱心に、そなたの話を私に伝えてきましたよ。京にも大坂にも、あるいは江戸にも負けぬ都を築くのだそうですね」
お亀は可笑しそうにくすくすと笑うと、やがて目を細めて氏勝を見つめてきた。
「そなたは不思議な男です。さように無愛想で堅苦しいばかりの男であるにもかかわらず……どういうわけか、そなたの話にはみな惹き付けられてしまう。何ゆえでございましょう」
「それは某の言葉が、正しいゆえにございましょう」
氏勝としては大真面目に答えたのだが、お亀はまた可笑しげに身を揺らすばかりであった。そうしてひとしきり笑ったあとで、どこか挑発するように言ったのだった。
「であれば、堂々と主計どのも説き伏せてみなされ。おのれが正しいと言うのなら、容易きことにございましょう?」
「ご助力はいただけないと?」
「はい。私は高見の見物とまいりましょう。ただしそなたが築くと言う夢の都は、楽しみにさせていただきますよ」
そう言って、お亀は艶然と頷いて見せた。氏勝もそれ以上は無理押しもできず、平伏して下がる以外になかった。
右兵衛督義利は読んでいた書から目を上げると、氏勝と正信の姿を認めてぱっと顔をほころばせた。齢八つを数えて、顔付きも徐々に凛々しさを漂わせはじめている義利だが、このふたりに会うと途端に齢相応の無邪気さを見せるのだ。それがお付きの小姓たちには不思議でならなかった。
「大和ではないか。それに小伝次も……待っておったぞ!」
「殿、竹腰どのは山城守という官位を賜りました。そう呼んで差し上げなされ」
氏勝がそう言うと、義利は思い出したようにうんうんと頷いた。「そうであったな。されど小伝次は小伝次じゃ。山城など、どうも呼び難くてしっくりこぬ」
正信も「それで構いません」と、にこやかに頷いた。この者もまだ、突然下賜された御大層な官位に戸惑っているようだ。そういえば、と氏勝も思い出す。おのれも信濃守を拝領したあとしばらくは、据わりが悪くて困っていたものだった。
「それよりも聞いたぞ、大和。そなた、主計と喧嘩しているそうだな?」
「喧嘩などしておりません。ただ、平岩さまのご理解をいただくのに少々手間取っているだけにございます」
どうやら遷府のことで親吉と激しく論戦を戦わせたことが、この義利の耳にも入っていたようであった。この主に伝えるのは、正式に話がまとまってからと思っていたのだが。
「小伝次から話は聞いておる。新たな都を築くとのことだな?」
「はい。そのつもりでおります。殿に相応しき城と城下を築き、尾張にお迎えいたしたく存じます」
「胸が躍るな。このところ、徳川は悲しい話ばかりであった。そなたの献策に勇気付けられた者も多いことであろう」
義利はそう言って、にっこりと笑った。その言葉に、正信も嬉しそうに顔をほころばせる。
「では殿、殿もご同意いただけまするか?」
しかしそんな正信に向かって、義利は静かに首を振った。それからまるで逆に教え諭すように、穏やかな声で続ける。
「されど我は、この件について旗幟を明にするわけにはいかぬのだ。許せよ、大和」
はい、と氏勝は頷いた。義利がそう答えることはわかっていた。ゆえ、今までおのれの口で伝えようとは思わなかったのだ。されど正信は、その答えが信じられなかったらしい。
「何ゆえでございますか、殿。殿が良しと言っていただきさえすれば……」
「で、あろうな。我がそう答えれば、主計とて否とは言わぬであろう。そしていかな無理を押してでも、我の命を果たそうと励むに違いない。ゆえにそれはできぬ。何故なら我にはまだ、何の力もないからだ」
参ったな、と氏勝は首を振る。我らが主は、想像していた以上に聡いお方であった。まさに神童と呼ぶに相応しい。
「我はまだほんの童で、政務については主計に頼り切りよ。そんな我が、この件についてのみ我儘を申しては筋が通らぬ。我が存念を口にすることができるのは、大和の献策も主計の反対も、そのすべてを理解した上でなければならぬ。それだけの力を身に着けてからでなければならぬ。さもなくば、童の戯言でしかない」
「殿には、すでにそれだけのお力は備わっていると思われますが」
氏勝がそう言うと、義利もはにかむように笑った。
「そう言ってくれるのは嬉しい。されど、実が伴わねば同じよ」
正信も義利の言葉の意味が呑み込めたのか、口惜しげに拳を握り締めていた。その若さゆえに、肝心な場ではお飾りのように軽く扱われているのは、この者も同じだからであろう。
「今はまだ堪えてくだされ、殿。そのために、傅役の某がおるのでございます」
「わかっておる。されど大和、あまり無理はするでないぞ。我のためにそなたの立場が悪くなるようなことは、決して望んではおらぬのだ」
「畏まりました」と、氏勝は頭を下げる。「されど某は、何も無理などはしておりません。どうかご案じめさるな」
その言葉にも、義利はまだ不安げな色を目に浮かべながらも頷いた。
夜になって屋敷に帰ると、氏勝はすぐに自室に閉じ籠って絵図を広げた。そうして揺れる蝋燭の火の下で、すでにびっしりと描き込まれた図にさらに墨を入れてゆく。描いているのは当然、これより築く城下の町割りであった。
城正面、馬出の前は商人や職人が住む町人町となり、六十間正々方々の碁盤割とする。これは交通の便を易くし、商いの発展を促すためでもあるが、それだけではない。鉄砲が戦の主役となった昨今、城の防御においても恐ろしい仕掛けとして機能するのだ。ここまで突破してきた敵を見通しの良い碁盤割に誘い込み、進路を限定させたうえで三方から殲滅する。発想の元となったのは、あの山中城の畝堀であった。
そこから台地の縁に沿って広がる一帯には、清洲城下の寺と社をすべて、伽藍の配置もそのままに移築する。万松寺や大林寺など各宗派の最大のものは、城下に十万余の兵を展開させる際の陣となる。いわばそれぞれが出城であった。そしてすべてを取り囲むように武家町を配置する。
さらに鎌倉街道を拡充して、岡崎からの援軍を直截城下に招き入れられるようにする他、三本の街道を整備してそれぞれ東海道・中山道・伊勢道へと直結させる。これで那古野はそれぞれの街道間を繋ぐ近道ともなり、多くの旅の者も引き寄せる地となる。
そこまで構想したところで、氏勝はひとつ迷っていることがあった。最後に残った問題、水運である。近郷を流れる庄内川から堀へ水を引き込むのはいいが、それをまた同じ川に戻すのでは、海から上がってくる舟が大きく遠回りすることになる。それを解決する最良の策は、城から堀を真っ直ぐ南へ、それこそ熱田の湊まで伸ばしてしまうことだが、さすがにかなりの大工事となる。人手も金子も掛かり、親吉らがますます渋い顔をするだろう。
「何やらお困りのご様子ですね」
と、声に気付いて振り返る。いつの間にか襖が開き、お松が湯漬けを用意して来ていた。
「今宵はまだ何もお口にしていないかと思い、お持ちしました。少し、お休みになられてはいかがですか?」
「……うむ、忝い」
そう答えると、お松は少し驚いたような顔を見せた。いったいどうしたのかと見やると、今度はくすくすと笑い出す。
「家人にいちいちそうした言葉をかける殿御は珍しいと思いますよ」
「そうだろうか?」
「はい。相変わらず、旦那さまは変わったお方でございます」
しかしそれも、氏勝の偽らざる本心であった。何しろ尾張から戻って以来、ずっとこの調子なのだ。長子の萬壽丸はすでに四歳になり、下に娘もふたり生まれている。その子らのことも、もう少し目を掛けてやりたいと思っていたが、なかなかそうもいかずにいた。それでも何も言わずにいてくれるお松が、今はただただ有り難かった。
※
城では、上段の間の家康を主計頭親吉が訪っていた。翌日には親吉も犬山城へ戻るとあって、またしばしの別れである。小窓からはちょうど正円となった月が覗け、旧友と一献酌み交わすには良い夜であった。
「大和守が、何やら面白げなことを言い出しておるようだの」
「もうお耳に入っておりましたか」
と、親吉は苦笑いをする。たとえその都度報告はしなくとも、同じ城に居しているのだ。自ずと話は聞こえてくるものだ。
「損な役回りだのう、七之助。まことは、おぬしこそが誰より心躍らせておるであろうに」
「本拠の移転は、中将さまもお考えのことでしたからな」
実は中将忠吉もまた清洲の問題に手を焼いて、拠城を移すことを検討していたと聞いている。かように早く病に倒れることがなければ、今頃はその準備に着手していたことであろう。ただしそれも政務の中心のみ犬山に移し、清洲は清洲で支城として存続する考えであったようだが。
それだけに、城下町ごと何もない那古野へ移すという考えには親吉も驚かされた。そしてしばし呆気に取られたのちに、知らず胸の裡が沸き立っているおのれがいた。慥かに相次ぐ悲劇に沈んだ家中の空気は、このくらいのことはしないと晴らせぬであろう。
されどさすがに、やろうとしていることが大規模に過ぎる。城にしたって徳川の分家であれば、そこらの城と同じでは済むまい。それこそ天下にその威を示すものでなければならぬ。その上さらに城下町まですべて整えるとなると、はたしてどれほどの財を吐き出すことになるか。幕府を開いて五年、いまだ足元が定まったとは言えないこのときに、さほどの険は冒せまい。
「とはいえ今はまだ、待ってもらうしかないでしょう。むろん、某の死したのちは好きにせよと思いまするが」
「おぬしはそれで良いのか。あの男が何をしようとしているのかを、見たいとは思わぬか」
「では、殿はやらせてみろと仰るので?」
家康はすぐには答えず、黙って杯を口に運んだ。されどその口元には、どこか悪戯めかした笑みが浮かんでいる。
「幕府にも尾張にも、いまださほどの財はありますまい。ともすれば幕府の台所が傾きかねませぬ」
「別に、おのれの懐を痛める必要もあるまい」
家康は酒を傾けると、その熱き息とともにぽつりと言った。
「秀忠には今、江戸城の普請を行わせておる。本丸も石垣も徹底的にな。その財は、すべて外様の諸侯の懐からよ」
「まさか尾張でも、すべて諸侯に出させると?」
家康はゆっくりと頷いた。「そのまさかよ。江戸が終われば、次にこの駿府の普請に取り掛からせるつもりでおる。そのあとはどうするか、頭を悩ませておったのよ。ちょうどいい……打ち出の小槌じゃ、思う存分振るってやれ」
「されど諸侯とて、さほどの余裕があるわけではありますまい。人も財も限りがございましょう」
「それでも出させるのよ。余裕があろうがなかろうが、乾涸びるまで搾り取るのじゃ」
そこで親吉も、家康の考えを理解した。つまりそれは、城の普請そのものが目的ではないのだ。主たる狙いは、諸侯に財を吐き出させ、その力を削ぐことにある。幕府に反旗を翻すこともできなくなるまで。
「……諸侯の不満は高まりましょうな」
「だが、何もできぬ。案ずるまでもない」
「さようなことまでせねば、ならぬのでしょうか」
「ならぬのだ」と、家康はきっぱりと言い切った。「表向きは乱世も終わりと大人しく振る舞っておっても、どいつも皆ひと皮剥けば獣のままよ。ちょっとやそっとで変わるものではない」
おそらく家康自身、おのれの身の裡に獣が棲んでいることを自覚しているのであろう。ゆえにわかるのだ。人間の本質は、そう簡単に変わらないと。
「ならば、無理に押さえ込む以外にあるまい。身の裡の獣が眠るまで……あるいは、乱世の記憶を持つ者が死に絶えるまで」
親吉は「……なるほど」と得心したようにつぶやいた。この者とて乱世の男である。また同じように、身の裡にどうにもならぬ獣を飼っているひとりに他ならない。
「いっそ盛大な城を築いてやることじゃ。誰にも攻める気を起こさせぬような、大坂城をも凌ぐ巨城をな。それこそがまさに、天下静謐の証。あの大戦のあとに生まれた右兵衛にこそ相応しき城よ」
そこまで言われてしまえば、親吉とて認めるしかなかった。そうして小窓から月を見上げ、高く聳える巨城を思い描く。今なお牙を研ぎ続ける獣たちを睥睨し、屈服させる王の城を。
そうして駿府に戻った氏勝が掲げた献策は、当然のことながら家中でも喧々諤々の議論を巻き起こした。予想された通り反発も強く、その中心になったのはまず平岩主計頭親吉であった。
「民の負担が大きい」というのが、何よりの理由であった。「清洲の民は、すでに総数で七万を超えている。それをすべて移転させよと申すか。無理にも程があろう」
歴代の城主たちが清洲城に問題があるのをわかっていながら拠を移すことができずにきたのも、それが最大の理由であった。清洲の城下はおいそれと他に移すには、大きくなり過ぎてしまっていたのである。
「されどこれは、民のためでもござる。今の清洲は大雨のたびに五条川が氾濫し、毎年大きな被害を出しておるではありませぬか」
「ならば堤を新たに普請すればよきこと。当面はそうした領内の立て直しこそ大事、夢語りはそのあとにすれば良い」
「夢語りではござらぬ。これは喫緊の課題でござれば、何よりまず取り掛からねばならぬこと。付け焼刃の手当ではなく、今こそ根本的な解決をすべきと考えます。これは百年、いや五百年先まで見据えての話。我らが殿のためはもちろん、その子々代々続く拠とするには、清洲では難があり過ぎるのです」
されど氏勝も一歩も引かなかった。反発があることは最初からわかっていたことだ。それでも誰かがどこかで決断しなければ、尾張はいつまでも大きな問題を抱えたままだ。
「それに守るに難しと申すが、はたしてそうか。福島どのも、また亡き中将さまもずっと本拠とされてきたのだ。大御所さまがそれを認めてこられたのも、尾張を守る城として十分とご判断されてきたということではないのか」
「されどその大御所さまも、かの太閤と相対された折には、清洲ではなく小牧山に本陣を構えられた。大御所さまとてご存知なのでござる。清洲では不十分であると!」
議論はどこまで行っても平行線で、いつしか家中をふたつに割っての論争となっていた。ただどちらかといえば、親吉の側に分があるようである。やはり氏勝の提案は、些か途方もなさすぎると感じる者が多かったのであろう。
そしてお亀の方も、氏勝の言を夢語りと受け取るひとりであった。
「まったく……そなたは慎重なように見えて、ときどき突拍子もないことを言い出すゆえ困りまする」
「さようでございましょうか」と、氏勝はまだ頑なであった。「何も国替えをしろと言っているのではありませぬ。あくまで尾張の中に於いて、今後どうするかという話でございます」
古い話を蒸し返されて、お亀は不機嫌そうに「……むぅ」とふくれた。もちろん氏勝としても嫌味を言ったつもりもないので、すぐに話を戻す。
「某はただ、我らが殿に相応しき城と、相応しき城下町を築いてお迎えしたいと思うのみにございます。どうかお方さまもご助力くだされ」
「そうもいかぬのはわかっているでしょう。主計どのを立てよと申したのはそなたではありませぬか」
「決して平岩さまの顔を潰すつもりはありませぬ。お方さまからの言葉もあれば、あの方もわかってくださるのではないかと思うゆえにございます」
なおも引き下がろうとしない氏勝を見て、お亀は小さくため息をついて考え込んだ。そうしてしばしののち、ぽつりと尋ねてくる。
「さほどに、清洲は難があるのか?」
「竹腰どのは、忍を思い出したと申しておりました」
お亀もまたあの城で過ごした日々のことを思い出したのか、うんざりとしたように顔を顰めた。その後の失敗も含めて、二度と御免だと思っていることであろう。
「……それで、小伝次もそなたの話に乗り気だったのですね」
「竹越どのが?」それは氏勝も意外に思った。かの地で話したときの感触では、むしろ呆れているようにも見えたものだったが。「何と申されていましたか?」
「ええ、それはそれは熱心に、そなたの話を私に伝えてきましたよ。京にも大坂にも、あるいは江戸にも負けぬ都を築くのだそうですね」
お亀は可笑しそうにくすくすと笑うと、やがて目を細めて氏勝を見つめてきた。
「そなたは不思議な男です。さように無愛想で堅苦しいばかりの男であるにもかかわらず……どういうわけか、そなたの話にはみな惹き付けられてしまう。何ゆえでございましょう」
「それは某の言葉が、正しいゆえにございましょう」
氏勝としては大真面目に答えたのだが、お亀はまた可笑しげに身を揺らすばかりであった。そうしてひとしきり笑ったあとで、どこか挑発するように言ったのだった。
「であれば、堂々と主計どのも説き伏せてみなされ。おのれが正しいと言うのなら、容易きことにございましょう?」
「ご助力はいただけないと?」
「はい。私は高見の見物とまいりましょう。ただしそなたが築くと言う夢の都は、楽しみにさせていただきますよ」
そう言って、お亀は艶然と頷いて見せた。氏勝もそれ以上は無理押しもできず、平伏して下がる以外になかった。
右兵衛督義利は読んでいた書から目を上げると、氏勝と正信の姿を認めてぱっと顔をほころばせた。齢八つを数えて、顔付きも徐々に凛々しさを漂わせはじめている義利だが、このふたりに会うと途端に齢相応の無邪気さを見せるのだ。それがお付きの小姓たちには不思議でならなかった。
「大和ではないか。それに小伝次も……待っておったぞ!」
「殿、竹腰どのは山城守という官位を賜りました。そう呼んで差し上げなされ」
氏勝がそう言うと、義利は思い出したようにうんうんと頷いた。「そうであったな。されど小伝次は小伝次じゃ。山城など、どうも呼び難くてしっくりこぬ」
正信も「それで構いません」と、にこやかに頷いた。この者もまだ、突然下賜された御大層な官位に戸惑っているようだ。そういえば、と氏勝も思い出す。おのれも信濃守を拝領したあとしばらくは、据わりが悪くて困っていたものだった。
「それよりも聞いたぞ、大和。そなた、主計と喧嘩しているそうだな?」
「喧嘩などしておりません。ただ、平岩さまのご理解をいただくのに少々手間取っているだけにございます」
どうやら遷府のことで親吉と激しく論戦を戦わせたことが、この義利の耳にも入っていたようであった。この主に伝えるのは、正式に話がまとまってからと思っていたのだが。
「小伝次から話は聞いておる。新たな都を築くとのことだな?」
「はい。そのつもりでおります。殿に相応しき城と城下を築き、尾張にお迎えいたしたく存じます」
「胸が躍るな。このところ、徳川は悲しい話ばかりであった。そなたの献策に勇気付けられた者も多いことであろう」
義利はそう言って、にっこりと笑った。その言葉に、正信も嬉しそうに顔をほころばせる。
「では殿、殿もご同意いただけまするか?」
しかしそんな正信に向かって、義利は静かに首を振った。それからまるで逆に教え諭すように、穏やかな声で続ける。
「されど我は、この件について旗幟を明にするわけにはいかぬのだ。許せよ、大和」
はい、と氏勝は頷いた。義利がそう答えることはわかっていた。ゆえ、今までおのれの口で伝えようとは思わなかったのだ。されど正信は、その答えが信じられなかったらしい。
「何ゆえでございますか、殿。殿が良しと言っていただきさえすれば……」
「で、あろうな。我がそう答えれば、主計とて否とは言わぬであろう。そしていかな無理を押してでも、我の命を果たそうと励むに違いない。ゆえにそれはできぬ。何故なら我にはまだ、何の力もないからだ」
参ったな、と氏勝は首を振る。我らが主は、想像していた以上に聡いお方であった。まさに神童と呼ぶに相応しい。
「我はまだほんの童で、政務については主計に頼り切りよ。そんな我が、この件についてのみ我儘を申しては筋が通らぬ。我が存念を口にすることができるのは、大和の献策も主計の反対も、そのすべてを理解した上でなければならぬ。それだけの力を身に着けてからでなければならぬ。さもなくば、童の戯言でしかない」
「殿には、すでにそれだけのお力は備わっていると思われますが」
氏勝がそう言うと、義利もはにかむように笑った。
「そう言ってくれるのは嬉しい。されど、実が伴わねば同じよ」
正信も義利の言葉の意味が呑み込めたのか、口惜しげに拳を握り締めていた。その若さゆえに、肝心な場ではお飾りのように軽く扱われているのは、この者も同じだからであろう。
「今はまだ堪えてくだされ、殿。そのために、傅役の某がおるのでございます」
「わかっておる。されど大和、あまり無理はするでないぞ。我のためにそなたの立場が悪くなるようなことは、決して望んではおらぬのだ」
「畏まりました」と、氏勝は頭を下げる。「されど某は、何も無理などはしておりません。どうかご案じめさるな」
その言葉にも、義利はまだ不安げな色を目に浮かべながらも頷いた。
夜になって屋敷に帰ると、氏勝はすぐに自室に閉じ籠って絵図を広げた。そうして揺れる蝋燭の火の下で、すでにびっしりと描き込まれた図にさらに墨を入れてゆく。描いているのは当然、これより築く城下の町割りであった。
城正面、馬出の前は商人や職人が住む町人町となり、六十間正々方々の碁盤割とする。これは交通の便を易くし、商いの発展を促すためでもあるが、それだけではない。鉄砲が戦の主役となった昨今、城の防御においても恐ろしい仕掛けとして機能するのだ。ここまで突破してきた敵を見通しの良い碁盤割に誘い込み、進路を限定させたうえで三方から殲滅する。発想の元となったのは、あの山中城の畝堀であった。
そこから台地の縁に沿って広がる一帯には、清洲城下の寺と社をすべて、伽藍の配置もそのままに移築する。万松寺や大林寺など各宗派の最大のものは、城下に十万余の兵を展開させる際の陣となる。いわばそれぞれが出城であった。そしてすべてを取り囲むように武家町を配置する。
さらに鎌倉街道を拡充して、岡崎からの援軍を直截城下に招き入れられるようにする他、三本の街道を整備してそれぞれ東海道・中山道・伊勢道へと直結させる。これで那古野はそれぞれの街道間を繋ぐ近道ともなり、多くの旅の者も引き寄せる地となる。
そこまで構想したところで、氏勝はひとつ迷っていることがあった。最後に残った問題、水運である。近郷を流れる庄内川から堀へ水を引き込むのはいいが、それをまた同じ川に戻すのでは、海から上がってくる舟が大きく遠回りすることになる。それを解決する最良の策は、城から堀を真っ直ぐ南へ、それこそ熱田の湊まで伸ばしてしまうことだが、さすがにかなりの大工事となる。人手も金子も掛かり、親吉らがますます渋い顔をするだろう。
「何やらお困りのご様子ですね」
と、声に気付いて振り返る。いつの間にか襖が開き、お松が湯漬けを用意して来ていた。
「今宵はまだ何もお口にしていないかと思い、お持ちしました。少し、お休みになられてはいかがですか?」
「……うむ、忝い」
そう答えると、お松は少し驚いたような顔を見せた。いったいどうしたのかと見やると、今度はくすくすと笑い出す。
「家人にいちいちそうした言葉をかける殿御は珍しいと思いますよ」
「そうだろうか?」
「はい。相変わらず、旦那さまは変わったお方でございます」
しかしそれも、氏勝の偽らざる本心であった。何しろ尾張から戻って以来、ずっとこの調子なのだ。長子の萬壽丸はすでに四歳になり、下に娘もふたり生まれている。その子らのことも、もう少し目を掛けてやりたいと思っていたが、なかなかそうもいかずにいた。それでも何も言わずにいてくれるお松が、今はただただ有り難かった。
※
城では、上段の間の家康を主計頭親吉が訪っていた。翌日には親吉も犬山城へ戻るとあって、またしばしの別れである。小窓からはちょうど正円となった月が覗け、旧友と一献酌み交わすには良い夜であった。
「大和守が、何やら面白げなことを言い出しておるようだの」
「もうお耳に入っておりましたか」
と、親吉は苦笑いをする。たとえその都度報告はしなくとも、同じ城に居しているのだ。自ずと話は聞こえてくるものだ。
「損な役回りだのう、七之助。まことは、おぬしこそが誰より心躍らせておるであろうに」
「本拠の移転は、中将さまもお考えのことでしたからな」
実は中将忠吉もまた清洲の問題に手を焼いて、拠城を移すことを検討していたと聞いている。かように早く病に倒れることがなければ、今頃はその準備に着手していたことであろう。ただしそれも政務の中心のみ犬山に移し、清洲は清洲で支城として存続する考えであったようだが。
それだけに、城下町ごと何もない那古野へ移すという考えには親吉も驚かされた。そしてしばし呆気に取られたのちに、知らず胸の裡が沸き立っているおのれがいた。慥かに相次ぐ悲劇に沈んだ家中の空気は、このくらいのことはしないと晴らせぬであろう。
されどさすがに、やろうとしていることが大規模に過ぎる。城にしたって徳川の分家であれば、そこらの城と同じでは済むまい。それこそ天下にその威を示すものでなければならぬ。その上さらに城下町まですべて整えるとなると、はたしてどれほどの財を吐き出すことになるか。幕府を開いて五年、いまだ足元が定まったとは言えないこのときに、さほどの険は冒せまい。
「とはいえ今はまだ、待ってもらうしかないでしょう。むろん、某の死したのちは好きにせよと思いまするが」
「おぬしはそれで良いのか。あの男が何をしようとしているのかを、見たいとは思わぬか」
「では、殿はやらせてみろと仰るので?」
家康はすぐには答えず、黙って杯を口に運んだ。されどその口元には、どこか悪戯めかした笑みが浮かんでいる。
「幕府にも尾張にも、いまださほどの財はありますまい。ともすれば幕府の台所が傾きかねませぬ」
「別に、おのれの懐を痛める必要もあるまい」
家康は酒を傾けると、その熱き息とともにぽつりと言った。
「秀忠には今、江戸城の普請を行わせておる。本丸も石垣も徹底的にな。その財は、すべて外様の諸侯の懐からよ」
「まさか尾張でも、すべて諸侯に出させると?」
家康はゆっくりと頷いた。「そのまさかよ。江戸が終われば、次にこの駿府の普請に取り掛からせるつもりでおる。そのあとはどうするか、頭を悩ませておったのよ。ちょうどいい……打ち出の小槌じゃ、思う存分振るってやれ」
「されど諸侯とて、さほどの余裕があるわけではありますまい。人も財も限りがございましょう」
「それでも出させるのよ。余裕があろうがなかろうが、乾涸びるまで搾り取るのじゃ」
そこで親吉も、家康の考えを理解した。つまりそれは、城の普請そのものが目的ではないのだ。主たる狙いは、諸侯に財を吐き出させ、その力を削ぐことにある。幕府に反旗を翻すこともできなくなるまで。
「……諸侯の不満は高まりましょうな」
「だが、何もできぬ。案ずるまでもない」
「さようなことまでせねば、ならぬのでしょうか」
「ならぬのだ」と、家康はきっぱりと言い切った。「表向きは乱世も終わりと大人しく振る舞っておっても、どいつも皆ひと皮剥けば獣のままよ。ちょっとやそっとで変わるものではない」
おそらく家康自身、おのれの身の裡に獣が棲んでいることを自覚しているのであろう。ゆえにわかるのだ。人間の本質は、そう簡単に変わらないと。
「ならば、無理に押さえ込む以外にあるまい。身の裡の獣が眠るまで……あるいは、乱世の記憶を持つ者が死に絶えるまで」
親吉は「……なるほど」と得心したようにつぶやいた。この者とて乱世の男である。また同じように、身の裡にどうにもならぬ獣を飼っているひとりに他ならない。
「いっそ盛大な城を築いてやることじゃ。誰にも攻める気を起こさせぬような、大坂城をも凌ぐ巨城をな。それこそがまさに、天下静謐の証。あの大戦のあとに生まれた右兵衛にこそ相応しき城よ」
そこまで言われてしまえば、親吉とて認めるしかなかった。そうして小窓から月を見上げ、高く聳える巨城を思い描く。今なお牙を研ぎ続ける獣たちを睥睨し、屈服させる王の城を。
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