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第三章
(七)
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今にも雨滴を零しそうな重い雲が、見渡す限りの空に低く垂れ込めている。されど目に映る光景がすべてくすんで見えるのは、そのせいばかりではないようにも思えた。
尾張国、清洲城。氏勝がこの城を訪うのは、実に八年ぶりであった。かの会津征伐の折、宿営地として立ち寄って以来である。そのときは行軍の途中ともあって、城の中を見て回るほどの余裕もなかったが、此度は違った。慶長十二年九月、この尾張は正式に徳川右兵衛督義利の所領となった。氏勝はその名代として、城の受領にやって来たのである。
応対に出てきた城番たちの表情は、やはり一様に沈んでいた。無理もないことだ。旧主である忠吉を慕っていた者も多いであろうし、これからおのれはどうなるのかと案じてもいるはずだ。かの者らもきっと、数年前まではこのようなことになるとは思ってもいなかったであろう。主が関が原で手傷を負いながらも武功を挙げ、嫡男の秀忠は決戦の場に遅参したのを聞き、ともすれば次の将軍にとの期待に胸躍らせてもいたはずであった。
ちなみに忠吉の死の翌四月、越前では家康の二男・結城宰相秀康がその生涯を閉じていた。死因は唐瘡(梅毒)であったという。それもあってか、氏勝は相次ぐ悲報を果たして偶然か、まさか中納言秀忠がと疑いもしたが、藤七によればそれぞれの死に不審なところはなかったらしい。
「無事に将軍の座を継がれた今、上さまがおふたりを恐れる理由もなくなりました。今さらどうこうしようなどと考えるはずもありませんや。むしろおふたりの死をもっとも痛手に思っているのは、上さまかもしれません」
言われてみればその通りではある。結城家も尾張松平家も、幕府にとっては有力な旗本である。その存在を頼もしく思いこそすれ、邪魔とするはずもない。殊に忠吉の生母は、秀忠と同じ西郷の局である。つまり忠吉は秀忠にとって、この世でただひとり、父母を同じくする兄弟であったのだ。その悲嘆に暮れるさまは痛々しいほどで、決して偽りとは思えなかったという。
そんな空気にあてられてか、氏勝とともに尾張へやって来た者たちの顔も暗い。我らが主もこれで五十二万石の大大名となったわけだが、単純に喜ぶこともできない。かような大所帯、はたしておのれらで切り回して行けるのかという不安も募るばかりだ。
傍らの小伝次正信も、可哀想なくらいに顔を強張らせている。この者も義利の元服に伴って五千石の加増を受け、さらに山城守の官位も与えられた。そしてこの城を拝領し、義利が正式に尾張の国主となった暁には、小姓頭から附家老へと格上げされることも決まっている。されどいまだ齢十六の若者には、重荷に過ぎる役目であろう。
「そう気負いなさるな、竹腰どの」気休めでしかないことは承知で、氏勝はそう語りかける。「当面の間は、これまでと大して変わりますまい。実質的な国主は平岩さまじゃ。今は殿とともに学びなされ」
「それはわかっておりますが……いずれはすべて引き継いで、我らのみでやっていかねばならぬのでしょう。はたして務まりましょうや」
「大丈夫です。それに間もなく幕府からも、新たに家老を遣わしてくれるとのこと。何もかもおひとりで背負われることもありませぬぞ」
「聞いております。成瀬どのと申されましたか……いったい、どのような方でしょうかね」
幕府から新たに派遣されてくるもうひとりの附家老の名は、成瀬隼人正正成といった。これまで幕府の政務に携わり、特に朝廷への将軍宣下の働きかけにおいて功のあった者だという。またかつて長久手の戦で初陣ながら多数の首級を上げた猛者でもあるとのことで、武においても大きな力となるであろうと期待されていた。
されどそのことも、正信には逆に気が重いようだ。若輩者ゆえ見縊られないかと不安なのであろう。そうした不安は、いくら口先で宥めたところで消えぬものだ。おのれでひとつひとつ経験を積み、自信を付けていくしかない。
「ところで叔父上は、これよりどうされますか。城の皆さまは、今宵はこちらに逗留するように勧めてくださっていますが」
「もちろんそのつもりでおります。されどその前に、少し城下を見て回りたいですな」
その言葉に、正信は少しだけ顔を綻ばせて答えた。「では、お供させていただいてよろしいですか?」
氏勝は頷いた。元より、正信の気鬱を少しでも晴らしてやりたくて言ったことだ。どうにも雰囲気の暗い城を出て、賑やかな城下でも見て回れば、いくらかは明るい気分にもなれるというものであろう。
清洲城は尾張のほぼ中心に位置し、二百年は遡る応永十二年(一四〇五年)、守護の斯波氏によって築城されたのが最初である。その後織田守護代家の居城となり、尾張を統一したのちの弾正忠信長もここを本拠としていた。大御所家康が若き日、信長との同盟を結んだのもこの城においてである。やがて美濃を攻め滅ぼした信長は岐阜へと拠を移したが、その死後織田家の行く末を決める会議がここで行われ、信長の三男である三介信雄が再び本拠と定めた。
その信雄の御代に、かなり大規模な改修が行われたとも聞いていた。今の天守閣も、そのときに建て直されたものであるという。ただそれにしては、城の内部にところどころ傷みが目立つのが気になっていた。織田が本拠と定めて以来、大きな戦に見舞われたことなどないにも関わらずである。
城郭を出て大手門前に立ち、天守閣を見上げながら氏勝は問うた。
「竹腰どの……どう思われましょうや。この天守、わずかに傾いてはおりませぬか?」
「天守がですか……いえ、我にはそうは見えませぬが」
正信はそう答えたが、氏勝にはどうしても気になった。弓遣いは目が命、戦場から遠ざかってもまだ衰えたつもりはない。それに若き頃、荻町にて堤の普請を差配していたおり、棟梁たちから目視で水平・垂直を測る業を教えられてもいる。
「いや、やはり傾いておりまする。長い年月の間に礎石が沈んだのか、あるいは……」
「それが、気になりますか?」
「当然です。ここはこれより我らが殿が拠とする城。万にひとつの瑕もあってはなりませぬ」
だとしても、これを正すのはかなりの骨であろう。その手間を思うと、氏勝も気が重くなってくる。
さらに城下へと足を向けると、その気鬱はさらに深いものとなっていった。長く織田が本拠としていただけあって、街並みもいかにも古びている。ただ全体的に埃っぽく、どうにも荒んだ雰囲気が漂っていた。また古い屋敷のいくつもが、微妙に傾き歪んでいる。
「すごい賑わいでございますね、叔父上。駿府の城下と同じくらい……いえ、それ以上かもしれません」
それでも正信は、城下の賑やかさに目を輝かせていた。なるほど物売りの威勢のいい声が飛び交い、荷車が所狭しと走り回るさまは、心躍るものもあるであろう。
「清洲は水運の町ですゆえ。城下を貫くように川が流れ……この川は五条川というらしいですな。それで熱田の湊から商船が、ここまで遡っても来るようです」
「なるほど……商いは大事でございますな、叔父上」
だが、と氏勝は大きな商家のひとつに目を向けた。今も大きな荷車が何台も入って行ったところで、どうやらずいぶんと景気もよさそうだ。されど屋敷は古びていて、門構えがわずかに歪んでいるように見える。
氏勝はその商家の前に立つ、背に大きく屋号を染め抜いた羽織姿の男に声を掛けた。振り返った男は五十絡みで、心なしか疲れた表情をしていた。
「はあ……何でございましょうか、お武家さま?」
「ここはずいぶんと繁盛しているようだな。されど屋敷が傷んでいるようだ。直す暇もないということか?」
「ああ……」と男は頷いて、逆に尋ねてきた。「お武家さま、清洲ははじめてでございますか?」
はじめてではないが似たようなものと答えると、「……そうですか」と男は目を逸らした。そうしてどこか諦念さえ滲ませたような声で、「仕方ないのでございますよ、これは……仕方ないのでございます」とだけつぶやいた。
まるでそれ以上の答えを拒否するような佇まいに、氏勝も問いを重ねることを躊躇った。それでも訊かぬわけにもいかない。
「いったい何があるのだ、この清洲に?」
男は小さくため息をついて頷くと、再び氏勝らに向き直って口を開いた。
「お武家さまは、ご存知ではないでしょうかね……二十年ほど前の大きな地震のことを」
「地震……それはあの、天正の大地震のことか?」
「さようで。あのときは、この清洲も酷いものでしてな。倒れた屋敷に潰された者も多ございましたが、それ以上に大水にやられました」
氏勝の脳裏に、ひとつの光景が蘇った。見渡す限り、いっぱいに水を湛えたあるはずのない湖。ここでもやはり地震が川を堰き止め、一帯を水浸しにしたのか。
「大水というと、この五条川が氾濫したのか?」
「それもありましたが……加えて不思議なことに、町のあちこちから泥水が噴き出してきたのでございますよ。それとともに平らだった地面がまるで波打つように沈んでゆき……気が付けば、ここら一帯が泥沼になったかのありさまでした。あれはいったい何だったのでしょう。わしらには、今でもわからぬのです」
男の目に、消えない悲しみの色が浮かんでいるのを見て取った。おそらくその際に、身内を幾人も喪ったのであろう。
「それ以来ですかね。土を盛り直して、平らに整えても……また少しずつ沈んでゆくのです。今ではもう諦めました。ここは、そういう土地なのだと……」
氏勝と正信は堀の外へ出ると、供を従えて荒野に馬を走らせた。そうして近郷の高台に上ると、眼下に清洲の城下を眺め渡す。あたりに高い山もないため、周囲に広がる水田の向こうに熱田の湊、さらに青々と広がる海原までが見通すことができた。
何かに得心したように、「やはりな」と氏勝は頷いた。それを怪訝そうに見ていた正信が、おそるおそる尋ねてくる。
「叔父上。先ほどの者が申していた地震というのは……」
気が付けばあれからもう、二十有余年が経ってしまっていた。十六歳の正信は知りもしないのだろう。
「竹越どのが生まれる前のことにございます。大きな……それは大きな地震が起きました。もはや日の本中を揺り動かすほどのもので、某もいよいよ世の終わりが来たかとも思ったものです」
そしてまさに、氏勝にとっての世は一度そこで終わったも同じだった。されどそこまでは、正信に話すことはできない。
天正十三年の大地震の正確な震源は、現代でもまだ判明していない。被害地域があまりに広範囲にわたり、ひとつの地震と考えるといっそ辻褄が合わなくなってしまうからだ。奥飛騨では帰雲山の山体崩壊によりひとつの城と集落が呑み込まれた。他にも倒壊した城は著名なものだけでも美濃大垣城、越中木舟城、阿波勝幡城、近江長浜城、伊勢長島城と枚挙に暇がない。さらに日の本を挟んだ両岸である若狭湾と伊勢湾で津波が発生し、沿岸に大きな被害を出した。このことからも今では、複数の活断層が連動して起こった複合型地震であったのではないかという説が有力となっている。
そしてこの清洲でも、のちの地質調査によって大規模な液状化現象が起こったことが確認されている。天正十四年の織田信雄による大改修も、その被害を受けてのものであったのであろう。ただしそれでも根本的な解決にはならず、以後の城主たちによっても小規模な補修・改造は繰り返し行われてきたようであった。
「されど地震があったからといって、まことに泥水が噴き上がってきたり、地が沈んだりなどするものなのですか。我にはどうも想像もできませぬが……」
「このあたりの土は、水気を多く含んだ砂地のようですからな。濡れた布を絞ると水が滴るようなものにございます。地が激しく揺れたことで、その水気が地表に染み出してきたのでしょう」
「地の水気が……そのようなことが起こるのですか」
「つまり、清洲は土地そのものが緩いのでございます。いくら堅固な城を築こうと、足元が脆ければどうしようもない」
氏勝はそう言って、苦いため息をついた。かような土地に我らが殿をお迎えせねばならぬとは、と暗澹たる心持ちになる。
「それにご覧なさいませ。何か思い出すことはありませぬか?」
そう言って、氏勝は正信をおのれの隣に招き寄せた。若者はしばし眼下を眺め回したあとで、今ひとつ自信なさげに言った。
「何となく、ではありますが……忍城と似ておりますね」
「さよう。天然の川を利用し、さらに二重の堀を巡らせて、一見すると防備は万全のように見えまするが……川下に堰を築かれれば、忽ちのうちに水浸しでござる」
「水攻めでございますな。つまり、守るにも難しと仰りたいので?」
その通りであった。なるほどこの若さで大役に抜擢されるだけあって、この正信も知恵が回る。
「慥かに築かれた当初はこの構えでも間違っていなかったのでござろう。ただし、戦のほうが変わってしまった。あるひとりの御仁が、根本的に変えてしまわれたのでございます」
すべては、豊太閤秀吉というひとりの天才の為したことであった。ただ槍を交え弓を射掛けるのみであった城攻めというものを、緻密に兵糧を数え上げ補給路を封じて干上がらせるものに変えた。それゆえかつての定石も、まったくの愚策へと堕してしまったのだ。されどこの城は、いまだ古い戦を引き摺ったままである。江戸の守りの最前線とも言えるこの尾張の本拠が、かような城でいいはずがなかった。
「では叔父上は、どうするべしと仰られるのですか?」
「それを考えておりまする」
そう言って、氏勝はまた馬に跨った。そうして台地の縁を伝うように、ゆっくりと移動してゆく。正信らも同じように、馬でそのあとを付いてきた。
やがて馬は台地の中でもひときわ小高い丘の上に着いた。そこで氏勝は気付いた。はじめはただ地に岩が埋まっているだけだと思ったのだが、それが規則的にいくつも並んでいる。
「これは……何かの礎石であろうか。屋敷……いや、城か?」
そうつぶやくと、正信が懐から紙を取り出して広げた。どうやらこのあたりの絵図を持参していたようだった。
「この辺は慥か、中将さまが鷹狩りに使われていた場所とのことでしたが……」
氏勝は馬を降り、身を屈めて岩を見た。天辺は平らに削られていて、何かが載っていた痕跡が残っている。やはり建造物の礎石で間違いないようだった。
「叔父上、何をされているのですか?」
ついには地に伏せて観察をはじめた氏勝を見て、正信も慌てて馬を降りてきた。それもお構いなしに、氏勝は並んだ岩を真横から見通している。そしてそれぞれの天辺の高さが、明らかに測ったように水平に揃っていることを慥かめた。
「竹腰どの。これはやはり、人の手で並べられたものにござる。何かの建物の跡に間違いありませぬ」
「ええ、されど……いや、これでござろうか?」
正信は絵図を食い入るように見つめ、ようやく何かを見付けたようだった。氏勝は地に伏せたまま、続く言葉を待った。
「ここにはかつて、織田家の城があったようにございます。ただし棄却されてずいぶん経つようですが……」
「なるほど、やはり城でござるか。ただの屋敷にしては大きいと思いました」
おそらくまだ本格的な石垣が築かれるようになる前のものなのであろう。堀はあったのだろうが、棄却される際に埋められたか。ただそれよりも、今は瞠目すべきことがあった。
「いや、それにしても素晴らしい。まったく驚きましてございます」
「叔父上、何がでございますか。我にはただの岩にしか見えませぬが……」
「わかりませぬか、竹腰どの……この礎石ですが、今なおまったく歪みがないのです。今からでもこの上に、新たな城を築くことさえできそうだ」
氏勝は満足げに頷くと、袴の泥を払いながら立ち上がった。そうしてまた、遠くに清洲の城下を眺める。
「清洲からこの程度しか離れていないにも関わらず、でございますぞ?」
そう言ってはじめて、正信もようやくわかったようであった。そう、この礎石はまったく地震の影響を受けていないのだ。ほんの数里ほどのところにある清洲には、今なおあれほどの爪痕が残っているというのに。
「何が……違うのでござろうか?」
「地の硬さでござる。清洲が濡れた砂の上であれば、ここはまるで大きな一枚岩の上のようなもの。ゆえに少々地が揺れたところで、びくともしないのです」
氏勝は大きく息を吸い込んで、静かに目を閉じた。そうして風の音を聞きながら、ここに建つ城を脳裏に思い描く。ほとんど垂直にそそり立つ堅固な石垣。四方を固める櫓。遥か天を突き、世を睥睨する巨大な天守閣。
「叔父上……?」
また正信の困ったような声が聞こえた。されどその声もどういうわけか遠く、すぐに風に流れて消えてゆく。
目を開く。そして振り返る。背後にも、ただの荒れ地が広がっているだけだった。されど氏勝の目には、慥かに見えた気がした。大手門から続く一本の広小路。整然と、見渡す限りに並んだ甍。高く聳える寺社の高塔。
―――どうか、この半三郎にお任せくださいませ。
耳の奥で声が響いた。それは遠い昔のおのれの声だった。
―――若殿がために、ここに新たな都を築いて御覧に入れましょう。京や大坂にだって負けぬ、某と若殿の都でございます。
「きっと誰もが羨み……夢に見、遠路を押してやって来るでしょう。奥州からも、九州からも……あるいは唐土からも」
耳の中に響く遠い声に合わせて、いつしか氏勝は歌うように口ずさんでいた。そうだった。それは約定であった。誓いであった。いつの日か必ず、この手で我らの都を築くと。
「叔父上……どうなされたのですか、叔父上」
気が付けば正信に、肩を掴んで揺さぶられていた。氏勝の気が触れたとでも思ったのであろう。ようやく我に返った氏勝は、心配そうな若者の肩を軽く叩いてやった。大丈夫だ、案ずるなと。
「まことにどうされたのですか、叔父上。何か思い付かれたことでも?」
「知れたことでござるよ。ここに、新たな城を築くのです。我らの殿が拠とするに相応しき城を」
正信はぽかんと口を開き、しばらく二の句を継げずにいた。ややあって、はっと我に返って言った。
「そんな……では、清洲はどうするのです。城下町は?」
「残念ですが清洲は棄却しましょう。城下町もそっくりそのまま、こちらに移すことになります……そう、遷府でござるよ」
清洲は規模だけで言うなら、日の本でも有数の城下町だ。町人たちの数はおそらく五万、いや十万にも迫るであろうか。その町をそっくり移すというのはなるほど、無茶なことだと思われるかもしれなかった。されどやるしかない。
「そして都を拓くのです。京や大坂にも、あるいは大御所さまが築いた江戸にも劣らない、我らが殿のための都を」
正信は今度こそ言葉を失ったのか、もう何も尋ねてはこなかった。その目は驚きと困惑に、きょろきょろと頼りなく揺れている。されどその底にはかすかに、期待に胸を躍らせているような輝きも見て取れた。
「ところで竹腰どの……かつてここに建っていたという城は、何という名でござったか?」
「えっと……」と、正信はまた手の中の絵図を覗き込んだ。そしてやや迷いながらも、その名を口にした。「那古野でございます。尾張、那古野城」
那古野。その名を声に出してみて、氏勝は「良き名でござる」と頷いた。
尾張国、清洲城。氏勝がこの城を訪うのは、実に八年ぶりであった。かの会津征伐の折、宿営地として立ち寄って以来である。そのときは行軍の途中ともあって、城の中を見て回るほどの余裕もなかったが、此度は違った。慶長十二年九月、この尾張は正式に徳川右兵衛督義利の所領となった。氏勝はその名代として、城の受領にやって来たのである。
応対に出てきた城番たちの表情は、やはり一様に沈んでいた。無理もないことだ。旧主である忠吉を慕っていた者も多いであろうし、これからおのれはどうなるのかと案じてもいるはずだ。かの者らもきっと、数年前まではこのようなことになるとは思ってもいなかったであろう。主が関が原で手傷を負いながらも武功を挙げ、嫡男の秀忠は決戦の場に遅参したのを聞き、ともすれば次の将軍にとの期待に胸躍らせてもいたはずであった。
ちなみに忠吉の死の翌四月、越前では家康の二男・結城宰相秀康がその生涯を閉じていた。死因は唐瘡(梅毒)であったという。それもあってか、氏勝は相次ぐ悲報を果たして偶然か、まさか中納言秀忠がと疑いもしたが、藤七によればそれぞれの死に不審なところはなかったらしい。
「無事に将軍の座を継がれた今、上さまがおふたりを恐れる理由もなくなりました。今さらどうこうしようなどと考えるはずもありませんや。むしろおふたりの死をもっとも痛手に思っているのは、上さまかもしれません」
言われてみればその通りではある。結城家も尾張松平家も、幕府にとっては有力な旗本である。その存在を頼もしく思いこそすれ、邪魔とするはずもない。殊に忠吉の生母は、秀忠と同じ西郷の局である。つまり忠吉は秀忠にとって、この世でただひとり、父母を同じくする兄弟であったのだ。その悲嘆に暮れるさまは痛々しいほどで、決して偽りとは思えなかったという。
そんな空気にあてられてか、氏勝とともに尾張へやって来た者たちの顔も暗い。我らが主もこれで五十二万石の大大名となったわけだが、単純に喜ぶこともできない。かような大所帯、はたしておのれらで切り回して行けるのかという不安も募るばかりだ。
傍らの小伝次正信も、可哀想なくらいに顔を強張らせている。この者も義利の元服に伴って五千石の加増を受け、さらに山城守の官位も与えられた。そしてこの城を拝領し、義利が正式に尾張の国主となった暁には、小姓頭から附家老へと格上げされることも決まっている。されどいまだ齢十六の若者には、重荷に過ぎる役目であろう。
「そう気負いなさるな、竹腰どの」気休めでしかないことは承知で、氏勝はそう語りかける。「当面の間は、これまでと大して変わりますまい。実質的な国主は平岩さまじゃ。今は殿とともに学びなされ」
「それはわかっておりますが……いずれはすべて引き継いで、我らのみでやっていかねばならぬのでしょう。はたして務まりましょうや」
「大丈夫です。それに間もなく幕府からも、新たに家老を遣わしてくれるとのこと。何もかもおひとりで背負われることもありませぬぞ」
「聞いております。成瀬どのと申されましたか……いったい、どのような方でしょうかね」
幕府から新たに派遣されてくるもうひとりの附家老の名は、成瀬隼人正正成といった。これまで幕府の政務に携わり、特に朝廷への将軍宣下の働きかけにおいて功のあった者だという。またかつて長久手の戦で初陣ながら多数の首級を上げた猛者でもあるとのことで、武においても大きな力となるであろうと期待されていた。
されどそのことも、正信には逆に気が重いようだ。若輩者ゆえ見縊られないかと不安なのであろう。そうした不安は、いくら口先で宥めたところで消えぬものだ。おのれでひとつひとつ経験を積み、自信を付けていくしかない。
「ところで叔父上は、これよりどうされますか。城の皆さまは、今宵はこちらに逗留するように勧めてくださっていますが」
「もちろんそのつもりでおります。されどその前に、少し城下を見て回りたいですな」
その言葉に、正信は少しだけ顔を綻ばせて答えた。「では、お供させていただいてよろしいですか?」
氏勝は頷いた。元より、正信の気鬱を少しでも晴らしてやりたくて言ったことだ。どうにも雰囲気の暗い城を出て、賑やかな城下でも見て回れば、いくらかは明るい気分にもなれるというものであろう。
清洲城は尾張のほぼ中心に位置し、二百年は遡る応永十二年(一四〇五年)、守護の斯波氏によって築城されたのが最初である。その後織田守護代家の居城となり、尾張を統一したのちの弾正忠信長もここを本拠としていた。大御所家康が若き日、信長との同盟を結んだのもこの城においてである。やがて美濃を攻め滅ぼした信長は岐阜へと拠を移したが、その死後織田家の行く末を決める会議がここで行われ、信長の三男である三介信雄が再び本拠と定めた。
その信雄の御代に、かなり大規模な改修が行われたとも聞いていた。今の天守閣も、そのときに建て直されたものであるという。ただそれにしては、城の内部にところどころ傷みが目立つのが気になっていた。織田が本拠と定めて以来、大きな戦に見舞われたことなどないにも関わらずである。
城郭を出て大手門前に立ち、天守閣を見上げながら氏勝は問うた。
「竹腰どの……どう思われましょうや。この天守、わずかに傾いてはおりませぬか?」
「天守がですか……いえ、我にはそうは見えませぬが」
正信はそう答えたが、氏勝にはどうしても気になった。弓遣いは目が命、戦場から遠ざかってもまだ衰えたつもりはない。それに若き頃、荻町にて堤の普請を差配していたおり、棟梁たちから目視で水平・垂直を測る業を教えられてもいる。
「いや、やはり傾いておりまする。長い年月の間に礎石が沈んだのか、あるいは……」
「それが、気になりますか?」
「当然です。ここはこれより我らが殿が拠とする城。万にひとつの瑕もあってはなりませぬ」
だとしても、これを正すのはかなりの骨であろう。その手間を思うと、氏勝も気が重くなってくる。
さらに城下へと足を向けると、その気鬱はさらに深いものとなっていった。長く織田が本拠としていただけあって、街並みもいかにも古びている。ただ全体的に埃っぽく、どうにも荒んだ雰囲気が漂っていた。また古い屋敷のいくつもが、微妙に傾き歪んでいる。
「すごい賑わいでございますね、叔父上。駿府の城下と同じくらい……いえ、それ以上かもしれません」
それでも正信は、城下の賑やかさに目を輝かせていた。なるほど物売りの威勢のいい声が飛び交い、荷車が所狭しと走り回るさまは、心躍るものもあるであろう。
「清洲は水運の町ですゆえ。城下を貫くように川が流れ……この川は五条川というらしいですな。それで熱田の湊から商船が、ここまで遡っても来るようです」
「なるほど……商いは大事でございますな、叔父上」
だが、と氏勝は大きな商家のひとつに目を向けた。今も大きな荷車が何台も入って行ったところで、どうやらずいぶんと景気もよさそうだ。されど屋敷は古びていて、門構えがわずかに歪んでいるように見える。
氏勝はその商家の前に立つ、背に大きく屋号を染め抜いた羽織姿の男に声を掛けた。振り返った男は五十絡みで、心なしか疲れた表情をしていた。
「はあ……何でございましょうか、お武家さま?」
「ここはずいぶんと繁盛しているようだな。されど屋敷が傷んでいるようだ。直す暇もないということか?」
「ああ……」と男は頷いて、逆に尋ねてきた。「お武家さま、清洲ははじめてでございますか?」
はじめてではないが似たようなものと答えると、「……そうですか」と男は目を逸らした。そうしてどこか諦念さえ滲ませたような声で、「仕方ないのでございますよ、これは……仕方ないのでございます」とだけつぶやいた。
まるでそれ以上の答えを拒否するような佇まいに、氏勝も問いを重ねることを躊躇った。それでも訊かぬわけにもいかない。
「いったい何があるのだ、この清洲に?」
男は小さくため息をついて頷くと、再び氏勝らに向き直って口を開いた。
「お武家さまは、ご存知ではないでしょうかね……二十年ほど前の大きな地震のことを」
「地震……それはあの、天正の大地震のことか?」
「さようで。あのときは、この清洲も酷いものでしてな。倒れた屋敷に潰された者も多ございましたが、それ以上に大水にやられました」
氏勝の脳裏に、ひとつの光景が蘇った。見渡す限り、いっぱいに水を湛えたあるはずのない湖。ここでもやはり地震が川を堰き止め、一帯を水浸しにしたのか。
「大水というと、この五条川が氾濫したのか?」
「それもありましたが……加えて不思議なことに、町のあちこちから泥水が噴き出してきたのでございますよ。それとともに平らだった地面がまるで波打つように沈んでゆき……気が付けば、ここら一帯が泥沼になったかのありさまでした。あれはいったい何だったのでしょう。わしらには、今でもわからぬのです」
男の目に、消えない悲しみの色が浮かんでいるのを見て取った。おそらくその際に、身内を幾人も喪ったのであろう。
「それ以来ですかね。土を盛り直して、平らに整えても……また少しずつ沈んでゆくのです。今ではもう諦めました。ここは、そういう土地なのだと……」
氏勝と正信は堀の外へ出ると、供を従えて荒野に馬を走らせた。そうして近郷の高台に上ると、眼下に清洲の城下を眺め渡す。あたりに高い山もないため、周囲に広がる水田の向こうに熱田の湊、さらに青々と広がる海原までが見通すことができた。
何かに得心したように、「やはりな」と氏勝は頷いた。それを怪訝そうに見ていた正信が、おそるおそる尋ねてくる。
「叔父上。先ほどの者が申していた地震というのは……」
気が付けばあれからもう、二十有余年が経ってしまっていた。十六歳の正信は知りもしないのだろう。
「竹越どのが生まれる前のことにございます。大きな……それは大きな地震が起きました。もはや日の本中を揺り動かすほどのもので、某もいよいよ世の終わりが来たかとも思ったものです」
そしてまさに、氏勝にとっての世は一度そこで終わったも同じだった。されどそこまでは、正信に話すことはできない。
天正十三年の大地震の正確な震源は、現代でもまだ判明していない。被害地域があまりに広範囲にわたり、ひとつの地震と考えるといっそ辻褄が合わなくなってしまうからだ。奥飛騨では帰雲山の山体崩壊によりひとつの城と集落が呑み込まれた。他にも倒壊した城は著名なものだけでも美濃大垣城、越中木舟城、阿波勝幡城、近江長浜城、伊勢長島城と枚挙に暇がない。さらに日の本を挟んだ両岸である若狭湾と伊勢湾で津波が発生し、沿岸に大きな被害を出した。このことからも今では、複数の活断層が連動して起こった複合型地震であったのではないかという説が有力となっている。
そしてこの清洲でも、のちの地質調査によって大規模な液状化現象が起こったことが確認されている。天正十四年の織田信雄による大改修も、その被害を受けてのものであったのであろう。ただしそれでも根本的な解決にはならず、以後の城主たちによっても小規模な補修・改造は繰り返し行われてきたようであった。
「されど地震があったからといって、まことに泥水が噴き上がってきたり、地が沈んだりなどするものなのですか。我にはどうも想像もできませぬが……」
「このあたりの土は、水気を多く含んだ砂地のようですからな。濡れた布を絞ると水が滴るようなものにございます。地が激しく揺れたことで、その水気が地表に染み出してきたのでしょう」
「地の水気が……そのようなことが起こるのですか」
「つまり、清洲は土地そのものが緩いのでございます。いくら堅固な城を築こうと、足元が脆ければどうしようもない」
氏勝はそう言って、苦いため息をついた。かような土地に我らが殿をお迎えせねばならぬとは、と暗澹たる心持ちになる。
「それにご覧なさいませ。何か思い出すことはありませぬか?」
そう言って、氏勝は正信をおのれの隣に招き寄せた。若者はしばし眼下を眺め回したあとで、今ひとつ自信なさげに言った。
「何となく、ではありますが……忍城と似ておりますね」
「さよう。天然の川を利用し、さらに二重の堀を巡らせて、一見すると防備は万全のように見えまするが……川下に堰を築かれれば、忽ちのうちに水浸しでござる」
「水攻めでございますな。つまり、守るにも難しと仰りたいので?」
その通りであった。なるほどこの若さで大役に抜擢されるだけあって、この正信も知恵が回る。
「慥かに築かれた当初はこの構えでも間違っていなかったのでござろう。ただし、戦のほうが変わってしまった。あるひとりの御仁が、根本的に変えてしまわれたのでございます」
すべては、豊太閤秀吉というひとりの天才の為したことであった。ただ槍を交え弓を射掛けるのみであった城攻めというものを、緻密に兵糧を数え上げ補給路を封じて干上がらせるものに変えた。それゆえかつての定石も、まったくの愚策へと堕してしまったのだ。されどこの城は、いまだ古い戦を引き摺ったままである。江戸の守りの最前線とも言えるこの尾張の本拠が、かような城でいいはずがなかった。
「では叔父上は、どうするべしと仰られるのですか?」
「それを考えておりまする」
そう言って、氏勝はまた馬に跨った。そうして台地の縁を伝うように、ゆっくりと移動してゆく。正信らも同じように、馬でそのあとを付いてきた。
やがて馬は台地の中でもひときわ小高い丘の上に着いた。そこで氏勝は気付いた。はじめはただ地に岩が埋まっているだけだと思ったのだが、それが規則的にいくつも並んでいる。
「これは……何かの礎石であろうか。屋敷……いや、城か?」
そうつぶやくと、正信が懐から紙を取り出して広げた。どうやらこのあたりの絵図を持参していたようだった。
「この辺は慥か、中将さまが鷹狩りに使われていた場所とのことでしたが……」
氏勝は馬を降り、身を屈めて岩を見た。天辺は平らに削られていて、何かが載っていた痕跡が残っている。やはり建造物の礎石で間違いないようだった。
「叔父上、何をされているのですか?」
ついには地に伏せて観察をはじめた氏勝を見て、正信も慌てて馬を降りてきた。それもお構いなしに、氏勝は並んだ岩を真横から見通している。そしてそれぞれの天辺の高さが、明らかに測ったように水平に揃っていることを慥かめた。
「竹腰どの。これはやはり、人の手で並べられたものにござる。何かの建物の跡に間違いありませぬ」
「ええ、されど……いや、これでござろうか?」
正信は絵図を食い入るように見つめ、ようやく何かを見付けたようだった。氏勝は地に伏せたまま、続く言葉を待った。
「ここにはかつて、織田家の城があったようにございます。ただし棄却されてずいぶん経つようですが……」
「なるほど、やはり城でござるか。ただの屋敷にしては大きいと思いました」
おそらくまだ本格的な石垣が築かれるようになる前のものなのであろう。堀はあったのだろうが、棄却される際に埋められたか。ただそれよりも、今は瞠目すべきことがあった。
「いや、それにしても素晴らしい。まったく驚きましてございます」
「叔父上、何がでございますか。我にはただの岩にしか見えませぬが……」
「わかりませぬか、竹腰どの……この礎石ですが、今なおまったく歪みがないのです。今からでもこの上に、新たな城を築くことさえできそうだ」
氏勝は満足げに頷くと、袴の泥を払いながら立ち上がった。そうしてまた、遠くに清洲の城下を眺める。
「清洲からこの程度しか離れていないにも関わらず、でございますぞ?」
そう言ってはじめて、正信もようやくわかったようであった。そう、この礎石はまったく地震の影響を受けていないのだ。ほんの数里ほどのところにある清洲には、今なおあれほどの爪痕が残っているというのに。
「何が……違うのでござろうか?」
「地の硬さでござる。清洲が濡れた砂の上であれば、ここはまるで大きな一枚岩の上のようなもの。ゆえに少々地が揺れたところで、びくともしないのです」
氏勝は大きく息を吸い込んで、静かに目を閉じた。そうして風の音を聞きながら、ここに建つ城を脳裏に思い描く。ほとんど垂直にそそり立つ堅固な石垣。四方を固める櫓。遥か天を突き、世を睥睨する巨大な天守閣。
「叔父上……?」
また正信の困ったような声が聞こえた。されどその声もどういうわけか遠く、すぐに風に流れて消えてゆく。
目を開く。そして振り返る。背後にも、ただの荒れ地が広がっているだけだった。されど氏勝の目には、慥かに見えた気がした。大手門から続く一本の広小路。整然と、見渡す限りに並んだ甍。高く聳える寺社の高塔。
―――どうか、この半三郎にお任せくださいませ。
耳の奥で声が響いた。それは遠い昔のおのれの声だった。
―――若殿がために、ここに新たな都を築いて御覧に入れましょう。京や大坂にだって負けぬ、某と若殿の都でございます。
「きっと誰もが羨み……夢に見、遠路を押してやって来るでしょう。奥州からも、九州からも……あるいは唐土からも」
耳の中に響く遠い声に合わせて、いつしか氏勝は歌うように口ずさんでいた。そうだった。それは約定であった。誓いであった。いつの日か必ず、この手で我らの都を築くと。
「叔父上……どうなされたのですか、叔父上」
気が付けば正信に、肩を掴んで揺さぶられていた。氏勝の気が触れたとでも思ったのであろう。ようやく我に返った氏勝は、心配そうな若者の肩を軽く叩いてやった。大丈夫だ、案ずるなと。
「まことにどうされたのですか、叔父上。何か思い付かれたことでも?」
「知れたことでござるよ。ここに、新たな城を築くのです。我らの殿が拠とするに相応しき城を」
正信はぽかんと口を開き、しばらく二の句を継げずにいた。ややあって、はっと我に返って言った。
「そんな……では、清洲はどうするのです。城下町は?」
「残念ですが清洲は棄却しましょう。城下町もそっくりそのまま、こちらに移すことになります……そう、遷府でござるよ」
清洲は規模だけで言うなら、日の本でも有数の城下町だ。町人たちの数はおそらく五万、いや十万にも迫るであろうか。その町をそっくり移すというのはなるほど、無茶なことだと思われるかもしれなかった。されどやるしかない。
「そして都を拓くのです。京や大坂にも、あるいは大御所さまが築いた江戸にも劣らない、我らが殿のための都を」
正信は今度こそ言葉を失ったのか、もう何も尋ねてはこなかった。その目は驚きと困惑に、きょろきょろと頼りなく揺れている。されどその底にはかすかに、期待に胸を躍らせているような輝きも見て取れた。
「ところで竹腰どの……かつてここに建っていたという城は、何という名でござったか?」
「えっと……」と、正信はまた手の中の絵図を覗き込んだ。そしてやや迷いながらも、その名を口にした。「那古野でございます。尾張、那古野城」
那古野。その名を声に出してみて、氏勝は「良き名でござる」と頷いた。
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「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。
今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
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この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
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