23 / 48
第三章
(六)
しおりを挟む
元服したのちも、義利は駿府にて過ごした。家康もかの息子に目をかけ、情愛をもって教え育んだようである。されどその接し方は、ときには厳しくもあった。
例えばこの頃、家康はよく義利を鷹狩りへと同行させている。そうしてひとしきり狩りを続けて木陰にて休憩をとった際、義利が女御衆から渡された弁当を広げると、家康はそれを叱責したという。
理由もわからぬまま義利は食を摂らずに過ごし、草臥れ果てて夕刻を迎えた。家康の真意を伝えるのは、もっぱら氏勝の役目であった。
「さて……空腹ではありませぬか、殿」
そう声をかけ、氏勝は懐から焼飯を取り出した。当時の焼飯とは、一度炊いた米を水分が飛ぶまで炒めて、保存がきくようにされた戦闘糧食である。
されど義利は「……要らぬ」と首を振る。「父上は、食など摂るなと言われた」
「そうではありませぬぞ、殿」
氏勝はそう言うと、義利の前で焼飯をぽりぽりと齧った。
「大御所さまは、この鷹狩りもまた戦であると捉えているのでございましょう。ならば戦場では、将も兵と同じときに、同じものを食さねばなりませぬ。それが、兵を率いる者の心得かと」
しょげ返っていた義利が、ようやく姿勢を起こした。そうして何か言いたげに、ひとり焼飯を齧る氏勝を見上げる。
「これもまた苦からず。某は嫌いではありませぬぞ。いかがですか、殿」
義利はごくりと唾を飲み込み、おずおずと手を伸ばしてきた。そしてよほど空腹だったのであろう、いかにも美味そうに頬張った。若き主はこのとき口にした焼飯がずいぶん気に入ったようで、以後鷹狩りのときはもちろん、城にあるときも好んで食すようになったという。
むろん、厳しいばかりではなかった。そののち義利が感冒で倒れ、高熱で生死の境を彷徨った際には、家康はみずから漢方薬を調合して飲ませたと記録に残っている。そして間もなく快癒すると、お亀の方と泣きながら手を取り合って喜んだという。
そうした周囲の愛情もあって、義利は若武者として順調に成長していった。ただ氏勝が気掛かりなのは、どうにも生真面目で固苦しく、笑顔も見せず気負っているように見えるところだった。駿府の将たちの間で流行している舞曲などにも興味を示さず、もっぱら書を好んで、城の書庫に入れば一日中そこで過ごしていたりもする。もう少し齢相応の溌剌さがあってもいいのではないかと思わないでもなかった。
「あのご気性は大御所さまとも、またお方さまとも違いますな。いったいどなたに似たものか……」
そう漏らすと、お亀の方も女御衆もくすくすと笑った。かの女性たちには、義利が一心にこの無愛想な傅役の真似をしているのが丸わかりなのである。その懸命さはいっそ微笑ましくもあり、どうやら当の氏勝ひとりが気付いていないらしいのが、また可笑しみを誘うのであった。
※
そうしてまた時は流れて慶長十二年(一六〇七年)三月。長い闘病の末に、尾張中将忠吉が清洲にて息を引き取った。享年二十八という、あまりに早過ぎる死であった。
この四男の死は覚悟していたとはいえ、家康にも少なからぬ衝撃を与えた。それだけ、家康も忠吉のことを買っていたということである。武勇に優れ頭も回り、やや一本気になところもあったがそれゆえ人望も集めていた。おそらく将の器という点では、子らの中でも群を抜いていたであろう。このまま秀忠を傍で支え、万一のことあらば上に立つこともできる。忠吉がいればおのれも心置きなく隠居できると思ってもいた。されどその皮算用も、これでご破算である。
とはいえ、家康には悲嘆に暮れている暇もなかった。忠吉に代わる尾張の国主を、早急に定めなければならなかったのである。誰でもいいというわけではない。東海道と中山道、さらには伊勢街道が交わり、江戸と京・大阪を同時に睨むことができる尾張は、まさしく日の本という扇の要とも言える地だからだ。
それゆえあの石田治部少も、兵を挙げたのちはまず尾張を落とそうと躍起になった。それを許さなかったことが、あの天下分け目の大戦に勝ちを得た要因でもあったとも言える。さらに遡る長久手の合戦も、秀吉と家康による尾張の争奪戦であった。そこで一歩も引かなかったからこそ、わずか二万の兵で十万の羽柴勢と渡り合うことができたのだ。
尾張とはそうした土地である。右府信長と太閤秀吉、ふたりの覇者を輩出したのも決して偶然ではないのだ。
そしてもしまた豊臣を奉じ、幕府に牙を剥く者があれば、必ずや尾張を押さえにかかるであろう。そのとき万が一にも尾張を託した者が寝返れば、江戸は逆に喉元へ刃を突き付けられることとなる。戦は泥沼の長期戦となり、西国の各地で火の手が上がろうと手も足も出ない。ようやく築いた静謐もあえなく瓦解し、世は再び乱世へと逆戻りであろう。そんなことは決してあってはならなかった。
ではその尾張を、誰に任せるか。それが難題であった。本多平八郎はすっかり老い、榊原式部も井伊兵部もすでにいない。それぞれの後継者たちは受け継いだ領地を守るので精一杯で、とても要を託せるだけの器ではなかった。といって伊達や上杉、前田や黒田も信ずるに能わない。
「お呼びでございますか、大御所さま」
障子の向こうから声がした。忠吉の死を聞き付けて、駿府へと駆け付けてきた男の声だった。
「入るがよい、七之助。今さらわしに要らぬ気遣いをするな」
そうして入ってきたのは腹心の中の腹心、平岩主計頭親吉であった。家康は行燈の火に照らし出されたその顔を見て、この男も老いたなと感慨に耽る。親吉もきっとおのれを見て、同じことを思っているであろう。
されど家康が心の底から信を置ける相手は、もうこの者しか残っていなかった。盟友ということでは本多佐渡守もいまだ存命だが、あれは別の意味で信用できないところがある。
「右兵衛を尾張に封じることとした」
前置きもなく家康は言った。親吉もそれに異を唱えることもなく、「さようでございますか」とだけ答える。
「おぬしには犬山城十万石を与える。倅を援けてやってくれ」
親吉は狭い部屋で膝をつき合わせるように座ると、静かに平伏して答えた。
「これが最後のお務めと心得、身命を尽くさせていただきます。どうぞお任せを」
「最後などと言うな。おぬしには右兵衛が一人前になるまで、まだまだ頑張ってもらわねばならぬのだからな」
家康がそうぼやくと、ふたりは小さく声を合わせて乾いた笑いを漏らした。その笑い声は、まるで嗚咽のように響いた。
例えばこの頃、家康はよく義利を鷹狩りへと同行させている。そうしてひとしきり狩りを続けて木陰にて休憩をとった際、義利が女御衆から渡された弁当を広げると、家康はそれを叱責したという。
理由もわからぬまま義利は食を摂らずに過ごし、草臥れ果てて夕刻を迎えた。家康の真意を伝えるのは、もっぱら氏勝の役目であった。
「さて……空腹ではありませぬか、殿」
そう声をかけ、氏勝は懐から焼飯を取り出した。当時の焼飯とは、一度炊いた米を水分が飛ぶまで炒めて、保存がきくようにされた戦闘糧食である。
されど義利は「……要らぬ」と首を振る。「父上は、食など摂るなと言われた」
「そうではありませぬぞ、殿」
氏勝はそう言うと、義利の前で焼飯をぽりぽりと齧った。
「大御所さまは、この鷹狩りもまた戦であると捉えているのでございましょう。ならば戦場では、将も兵と同じときに、同じものを食さねばなりませぬ。それが、兵を率いる者の心得かと」
しょげ返っていた義利が、ようやく姿勢を起こした。そうして何か言いたげに、ひとり焼飯を齧る氏勝を見上げる。
「これもまた苦からず。某は嫌いではありませぬぞ。いかがですか、殿」
義利はごくりと唾を飲み込み、おずおずと手を伸ばしてきた。そしてよほど空腹だったのであろう、いかにも美味そうに頬張った。若き主はこのとき口にした焼飯がずいぶん気に入ったようで、以後鷹狩りのときはもちろん、城にあるときも好んで食すようになったという。
むろん、厳しいばかりではなかった。そののち義利が感冒で倒れ、高熱で生死の境を彷徨った際には、家康はみずから漢方薬を調合して飲ませたと記録に残っている。そして間もなく快癒すると、お亀の方と泣きながら手を取り合って喜んだという。
そうした周囲の愛情もあって、義利は若武者として順調に成長していった。ただ氏勝が気掛かりなのは、どうにも生真面目で固苦しく、笑顔も見せず気負っているように見えるところだった。駿府の将たちの間で流行している舞曲などにも興味を示さず、もっぱら書を好んで、城の書庫に入れば一日中そこで過ごしていたりもする。もう少し齢相応の溌剌さがあってもいいのではないかと思わないでもなかった。
「あのご気性は大御所さまとも、またお方さまとも違いますな。いったいどなたに似たものか……」
そう漏らすと、お亀の方も女御衆もくすくすと笑った。かの女性たちには、義利が一心にこの無愛想な傅役の真似をしているのが丸わかりなのである。その懸命さはいっそ微笑ましくもあり、どうやら当の氏勝ひとりが気付いていないらしいのが、また可笑しみを誘うのであった。
※
そうしてまた時は流れて慶長十二年(一六〇七年)三月。長い闘病の末に、尾張中将忠吉が清洲にて息を引き取った。享年二十八という、あまりに早過ぎる死であった。
この四男の死は覚悟していたとはいえ、家康にも少なからぬ衝撃を与えた。それだけ、家康も忠吉のことを買っていたということである。武勇に優れ頭も回り、やや一本気になところもあったがそれゆえ人望も集めていた。おそらく将の器という点では、子らの中でも群を抜いていたであろう。このまま秀忠を傍で支え、万一のことあらば上に立つこともできる。忠吉がいればおのれも心置きなく隠居できると思ってもいた。されどその皮算用も、これでご破算である。
とはいえ、家康には悲嘆に暮れている暇もなかった。忠吉に代わる尾張の国主を、早急に定めなければならなかったのである。誰でもいいというわけではない。東海道と中山道、さらには伊勢街道が交わり、江戸と京・大阪を同時に睨むことができる尾張は、まさしく日の本という扇の要とも言える地だからだ。
それゆえあの石田治部少も、兵を挙げたのちはまず尾張を落とそうと躍起になった。それを許さなかったことが、あの天下分け目の大戦に勝ちを得た要因でもあったとも言える。さらに遡る長久手の合戦も、秀吉と家康による尾張の争奪戦であった。そこで一歩も引かなかったからこそ、わずか二万の兵で十万の羽柴勢と渡り合うことができたのだ。
尾張とはそうした土地である。右府信長と太閤秀吉、ふたりの覇者を輩出したのも決して偶然ではないのだ。
そしてもしまた豊臣を奉じ、幕府に牙を剥く者があれば、必ずや尾張を押さえにかかるであろう。そのとき万が一にも尾張を託した者が寝返れば、江戸は逆に喉元へ刃を突き付けられることとなる。戦は泥沼の長期戦となり、西国の各地で火の手が上がろうと手も足も出ない。ようやく築いた静謐もあえなく瓦解し、世は再び乱世へと逆戻りであろう。そんなことは決してあってはならなかった。
ではその尾張を、誰に任せるか。それが難題であった。本多平八郎はすっかり老い、榊原式部も井伊兵部もすでにいない。それぞれの後継者たちは受け継いだ領地を守るので精一杯で、とても要を託せるだけの器ではなかった。といって伊達や上杉、前田や黒田も信ずるに能わない。
「お呼びでございますか、大御所さま」
障子の向こうから声がした。忠吉の死を聞き付けて、駿府へと駆け付けてきた男の声だった。
「入るがよい、七之助。今さらわしに要らぬ気遣いをするな」
そうして入ってきたのは腹心の中の腹心、平岩主計頭親吉であった。家康は行燈の火に照らし出されたその顔を見て、この男も老いたなと感慨に耽る。親吉もきっとおのれを見て、同じことを思っているであろう。
されど家康が心の底から信を置ける相手は、もうこの者しか残っていなかった。盟友ということでは本多佐渡守もいまだ存命だが、あれは別の意味で信用できないところがある。
「右兵衛を尾張に封じることとした」
前置きもなく家康は言った。親吉もそれに異を唱えることもなく、「さようでございますか」とだけ答える。
「おぬしには犬山城十万石を与える。倅を援けてやってくれ」
親吉は狭い部屋で膝をつき合わせるように座ると、静かに平伏して答えた。
「これが最後のお務めと心得、身命を尽くさせていただきます。どうぞお任せを」
「最後などと言うな。おぬしには右兵衛が一人前になるまで、まだまだ頑張ってもらわねばならぬのだからな」
家康がそうぼやくと、ふたりは小さく声を合わせて乾いた笑いを漏らした。その笑い声は、まるで嗚咽のように響いた。
0
あなたにおすすめの小説
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる