エスタシオン

野々峠ぽん

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一章

4,咎者

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 「咎者」とは、混血種であるエスタシオン人の中に稀に現れる「先祖帰り」の者のことである。
 咎者は、ルーツとなる異種族の血の特徴が大きく発現し、「人間」離れした容姿・能力を持っていた。
 エスタシオン人は、出生時のパクス投与が義務付けられている。その際、赤子が先祖帰りであれば、肉体に花の紋様の「痣」が浮かんだ。その痣が、罪人の入れ墨と似るので、「咎を持つもの」という意味で「咎者」と呼ばれ始めたらしい。
 また、エスタシオンの国教であるルス教では、「咎者」は争いを好む邪神の生まれ変わりであり、多く罪を背負っているとされた。
 その為、「咎者」は肩身の狭い思いをして暮らさねばならなかった。
 


「して、我が弟はなにをしておるのじゃ?」

 アプリリスは、鷹揚な仕草で首を巡らせた。部屋の奥で壺に取りすがっている弟を見つけると、大股に近づいていく。

「ユリウス。そなた、またパクス酔いか。情けないのう」
「あ、姉上……」
「だらしがない。さようなことでは、王族として立派な責務を果たせぬぞ」

 ユリウスは壺から顔を出し、呆れ顔の姉を見上げた。
 仁王立ちで夫を威圧するアプリリスを取りなそうと、ジューンは慌てて駆け寄った。

「まあまあまあ、お義姉さま! ユリウス様も、なりたくてなってるわけじゃあ――」
「そなたは黙っておれ。良いかユリウス、妾たちは具合が悪くなるから仕方ない、では済まされぬ。体質に合わぬと分かっているなら、己で何ぞ策を講じてみせよ。そなた、もう十四であろう?」
「も、もうしわけも、ありませぬ……」

 ユリウスは青い顔で、容赦のない姉の叱咤にがっくりと肩を落とす。アプリリスは、ふんと鼻を鳴らすとユリウスの隣に片膝をついた。

「わかればよい」

 アプリリスは、とん、とユリウスの背の真ん中を指で突いた。
 ユリウスは一瞬呻いた後、目を丸く見開いた。ぱっと勢いよく立ちあがり、頭を軽く振る。気分が、さっきまでと段違いに良くなっていた。

「なんと、これはどうしたことか……」
「ふふ。パクス酔いとは、パクスにより命の水の流れが乱れて起こるもの。流れを整えれば、回復するは道理」
「すごい! よかったね、ユリウス様!」
「さすが、アプリリス様でございます!」

 アプリリスは、ジューンとメイランドが感嘆の声を上げるのにまんざらでもなさそうに胸を張った。
 アプリリス王子は、魔法使い族の「咎者」だ。いつも魔法研究所に引きこもっている変わり者だが、魔法に関してはずば抜けた才能があった。

「ありがとうございます、姉上」
「うむ。精進いたせよ、ユリウス」

 深々と頭を下げる素直な弟に、なんだかんだ甘い姉は鷹揚に頷いた。にこにこと姉弟を眺めていたジューンは、あっと声を上げた。

「あたし、飲み物持ってきますよ。喉がこう、スッとするやつ!」
「そ、それなら私めが参ります! ちょっ、お待ちくださいジューン様ーー!」

 言うが早いか、部屋を飛び出していったジューンを、大焦りでメイランドが追いかける。
 アプリリスは、くすくすと笑いをこぼしながら弟を見やった。

「細君は、ほんに明るい娘じゃのう」
「……ええ。いつも力づけられます」

 ユリウスが、ほんの少し唇を綻ばせたのを見て、アプリリスはおやと思った。にやりと下卑た笑いを浮かべ、ユリウスを肘で突く。

「ならば、とっとと真の夫婦になったらどうじゃ」
「それは……」

 一転して暗い顔で口ごもるユリウスに、アプリリスは強い口調で発破をかける。

「そなたらもう、十四であろう。なにを遠慮することがあるというのじゃ」
「しかし、俺は――」
「咎者である、などと言ったら承知せぬぞ。それを言うなら、細君とてそうじゃ。契らぬ理由にはならぬ。妾も今は仕事が楽しいゆえ考えられぬが、いつかは誰ぞ娶るつもりであるし」
「姉上……ですが……俺は」

 弱り切った顔を俯けた弟に、意気軒高な姉は肩をそびやかした。

「情けないことを言うでない! ああもう、ほんにうだつが上がらぬことよ。大体、本日の主役である兄上とて、「咎者」であらせられるのだぞ! それでも、もう三人目を娶ろうというのに」

 ユリウスの兄、オーガスト・エブルもまた咎者である。それでありながら、日陰者にならず華やかに人生を送っている。
 アプリリスの叱咤する通り、咎者だからと腰が引ける自身は臆病者なのかもしれないと、ユリウスは思う。
 ただ、胸の奥にどうしても拭い去れない不安があった。

「おれは――兄上とは違う。皆とも」
「ユリウス……」

 アプリリスは、弟の暗い横顔を見て眉を顰めた。その胸中には、同じ咎者として叱咤してやりたい気持ちがあった。しかし、アプリリスはユリウスの姉であり、今より幼少の頃の弟に降りかかった不幸を思えば、これ以上言うのは酷だと――そのようにも思い、口を噤んだ。

「わかった……だが、これだけは言うておく。そなたは仮にとはいえ、ジューンを娶ったのじゃ。それは忘れるなよ」
「……はい、姉上」

 ユリウスは、重くうなずいた。
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