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一章
5,ハオシェン
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婚儀は、中王宮の礼拝堂で厳かに行われた。
若く美しい王子と新婦の姿は、参列する王族・貴族達の目を楽しませ、口々の噂の種となった。
新郎であるオーガスト・エブルは十八歳になる溌溂とした若君で、武官を志すゆえに鍛えられた体躯にも若々しい力が漲っている。
艶やかな黒髪と切れ長の相貌はルフス的な美しさがあり、金の瞳は今日の日の喜びにまして輝いているようだった。
しかし、ひと際目を引いたのはその背を覆う黄金色の両翼である。
その雄大な翼こそ、この美しい王子が鳥獣族の「咎者」であると目にしたもの全てに知らしめるからだった。
新婦であるセレニア・ゲンマもまた、参列者の好奇の的であった。
新郎と同い年の十八歳である彼女は、光輝く金の髪に静かな湖面のように青い瞳を持つ、美しい少女であった。その美貌は神秘的でさえあり、見る者に感嘆のため息をこぼさせた。
ただ、笑顔を見せるオーガストと違い、セレニアは終始、感情の見えない無表情だった。その淡々とした様子には、「此度の婚姻への不満があるのだろう」と口さがない者がさざめくように噂した。
誇り高く気難しいエルフの血筋が、何を好んで「咎者」の妻になぞなるものか、と。
「ふん。烏合の衆めらが、ずいぶん好き勝手言ってくれることだっ」
そう吐き捨てたのは、王族の参列席の中で不機嫌に頬杖をつく少年だ。
少年は、艶やかな黒髪に切れ長の眼差しを持っており、新郎によく似た顔立ちをしていた。ただ、瞳の色は新郎より深みのある琥珀色で、年齢もいささか幼いようだった。
「ハオシェン様、どうかお気を鎮められませ。兄上様の、おめでたい日でございますから……」
憤る少年を小声で窘めたのは、彼の右隣に座っていた優し気な顔立ちの美女である。美しい黒髪を長く背に垂らし、右目の下には、深紅の蘭の入れ墨が施されていた。
少年――ハオシェン王子は、きっと女性を振り返ると口を開いた。
「わかっておりますとも、ランレイ義姉上。でも、僕は腹立たしくてならぬのです。兄上の影にすら及ばぬ馬鹿どもが、下らぬ口でピーチクパーチク言い立てている。ああ、全く持って馬鹿は己が愚かと気づかぬゆえ馬鹿なのだ、と書き残した太古の散文家の意見など、参照したいありさまでして――」
「おやめなさい、ハオ。叩き出しますよ」
小声で捲し立てるハオシェンを遮ったのは、彼の左隣に座っていた女性だった。
オーガスト王子ともハオシェン王子とも似たこの女性こそ、二人の生母でありエスタシオン王の第二夫人、ミオン・エブル伯である。
若々しく覇気のある美女で、眼差し一つにも人を黙らせる威厳があった。
生意気盛りで口の減らぬハオシェンも、この母にはすごすごと引き下がる。
「申し訳ありませぬ、母上」
「まったく、あなたは口が減らぬ。此度は、兄を思ってのことだから大目に見ますが……。それにしても、少しは我慢を覚えなさい」
「はい……」
「酷い風聞も逆境も、あの子が堪えて行かねばならぬことです。あなたが憤って何になりましょう」
「いや母上、それは冷たすぎ――」
「話はおしまいです。もう前を向き、立派に胸をお張りなさい」
ばっさりと話を打ち切られ、ハオシェンは不完全燃焼に口をパクパクさせた。母も義姉もすでに前を向いており、ハオシェンは不貞腐れながらも前を向く。
祭壇では、ちょうど敬愛する兄が、新しい義姉の指に指輪を嵌めてやっているところだった。ハオシェンは美貌の少女の横顔を見ながら、内心でけっと思った。
(なーーーにが、エルフだ。兄上の妻に選ばれておきながら、冷めた顔しやがって。気に入らぬ女!!)
セレニア・ゲンマは、オーガスト王子の花嫁選定の儀にて、アルブスから選出された花嫁候補だ。
通例では、花嫁候補はその領邦の貴族から選出される。
しかし、セレニアの父であるレイガ・ゲンマ氏は貴族ではない。アルブスでも指折りの金持ちで、商人だというのだ。
ゲンマ氏は、候補に挙がっていた貴族を抑え込み、自らの息女を強引に花嫁候補にと推挙したのだという。その事実もまた、ハオシェンには気に入らなかった。
(兄上は、今まで生国ルフス以外の領邦から、妻を持つことを許されなかった……「咎者に産まれながら目覚ましすぎる」などという、下らぬ理由がためにだ! 兄上は大変なご苦労の末、民と王の信任を得られ、ようやくの選定の儀であったのに――縁組の相手はきな臭い商人だと?! おのれ、なぜこんなことに……!!)
根性で前を向きながら、ハオシェンの胸中は罵倒の嵐に吹き荒れていた。
せめて、セレニアが誠実に兄を愛してくれそうな女なら溜飲が下がった。しかし、あの冷淡そうな態度に、無表情。これでは、あちら側の腹も読めるというものだ。
(どうせ狸親父の意向を通すべく、言うなりに嫁いできたカラッポ女なんだろう。咎者だからと夫を見下してなぞおったら、僕が直々に叩き出してくれようぞ)
ハオシェンは、拍手して祭壇を眺めながらも内心では鬼の小舅と化していた。
しかし、そのときちらりと兄の笑顔が目に入り、胸がずきりと痛む。
オーガスト王子は、此度の婚儀を純粋に喜んでいたことを、ハオシェンは思い出した。
兄は真っすぐな気性の優しい人だ。咎者であろうが、ハオシェンにとって自慢の兄だ。
(なのに、なぜ? 兄ばかり損をする。咎者に産まれたせいで――いや)
ハオシェンは、きっと目つきを鋭くした。一瞬鋭く睨んだのは、祭壇の脇にある小部屋のほうだった。
そこには、「事情」があって大々的に参列することが出来ない王族が詰めていると、彼は知っていた。
(あの、咎者どもめ。あやつらが、だらしのないせいだ。あやつらが、野蛮で、不良で、陰険で、嘘つきだから――何も悪くない兄上まで、こんな目に遭うのだ! 絶対に許してはおけぬ! きっといつかルスに代わり、罰を与えてやるぞ――アプリリス、ユリウス、ジューン!!)
ハオシェン王子は、琥珀色の眼を激しい決意で煌めかせ、両の拳を強く握った。
若く美しい王子と新婦の姿は、参列する王族・貴族達の目を楽しませ、口々の噂の種となった。
新郎であるオーガスト・エブルは十八歳になる溌溂とした若君で、武官を志すゆえに鍛えられた体躯にも若々しい力が漲っている。
艶やかな黒髪と切れ長の相貌はルフス的な美しさがあり、金の瞳は今日の日の喜びにまして輝いているようだった。
しかし、ひと際目を引いたのはその背を覆う黄金色の両翼である。
その雄大な翼こそ、この美しい王子が鳥獣族の「咎者」であると目にしたもの全てに知らしめるからだった。
新婦であるセレニア・ゲンマもまた、参列者の好奇の的であった。
新郎と同い年の十八歳である彼女は、光輝く金の髪に静かな湖面のように青い瞳を持つ、美しい少女であった。その美貌は神秘的でさえあり、見る者に感嘆のため息をこぼさせた。
ただ、笑顔を見せるオーガストと違い、セレニアは終始、感情の見えない無表情だった。その淡々とした様子には、「此度の婚姻への不満があるのだろう」と口さがない者がさざめくように噂した。
誇り高く気難しいエルフの血筋が、何を好んで「咎者」の妻になぞなるものか、と。
「ふん。烏合の衆めらが、ずいぶん好き勝手言ってくれることだっ」
そう吐き捨てたのは、王族の参列席の中で不機嫌に頬杖をつく少年だ。
少年は、艶やかな黒髪に切れ長の眼差しを持っており、新郎によく似た顔立ちをしていた。ただ、瞳の色は新郎より深みのある琥珀色で、年齢もいささか幼いようだった。
「ハオシェン様、どうかお気を鎮められませ。兄上様の、おめでたい日でございますから……」
憤る少年を小声で窘めたのは、彼の右隣に座っていた優し気な顔立ちの美女である。美しい黒髪を長く背に垂らし、右目の下には、深紅の蘭の入れ墨が施されていた。
少年――ハオシェン王子は、きっと女性を振り返ると口を開いた。
「わかっておりますとも、ランレイ義姉上。でも、僕は腹立たしくてならぬのです。兄上の影にすら及ばぬ馬鹿どもが、下らぬ口でピーチクパーチク言い立てている。ああ、全く持って馬鹿は己が愚かと気づかぬゆえ馬鹿なのだ、と書き残した太古の散文家の意見など、参照したいありさまでして――」
「おやめなさい、ハオ。叩き出しますよ」
小声で捲し立てるハオシェンを遮ったのは、彼の左隣に座っていた女性だった。
オーガスト王子ともハオシェン王子とも似たこの女性こそ、二人の生母でありエスタシオン王の第二夫人、ミオン・エブル伯である。
若々しく覇気のある美女で、眼差し一つにも人を黙らせる威厳があった。
生意気盛りで口の減らぬハオシェンも、この母にはすごすごと引き下がる。
「申し訳ありませぬ、母上」
「まったく、あなたは口が減らぬ。此度は、兄を思ってのことだから大目に見ますが……。それにしても、少しは我慢を覚えなさい」
「はい……」
「酷い風聞も逆境も、あの子が堪えて行かねばならぬことです。あなたが憤って何になりましょう」
「いや母上、それは冷たすぎ――」
「話はおしまいです。もう前を向き、立派に胸をお張りなさい」
ばっさりと話を打ち切られ、ハオシェンは不完全燃焼に口をパクパクさせた。母も義姉もすでに前を向いており、ハオシェンは不貞腐れながらも前を向く。
祭壇では、ちょうど敬愛する兄が、新しい義姉の指に指輪を嵌めてやっているところだった。ハオシェンは美貌の少女の横顔を見ながら、内心でけっと思った。
(なーーーにが、エルフだ。兄上の妻に選ばれておきながら、冷めた顔しやがって。気に入らぬ女!!)
セレニア・ゲンマは、オーガスト王子の花嫁選定の儀にて、アルブスから選出された花嫁候補だ。
通例では、花嫁候補はその領邦の貴族から選出される。
しかし、セレニアの父であるレイガ・ゲンマ氏は貴族ではない。アルブスでも指折りの金持ちで、商人だというのだ。
ゲンマ氏は、候補に挙がっていた貴族を抑え込み、自らの息女を強引に花嫁候補にと推挙したのだという。その事実もまた、ハオシェンには気に入らなかった。
(兄上は、今まで生国ルフス以外の領邦から、妻を持つことを許されなかった……「咎者に産まれながら目覚ましすぎる」などという、下らぬ理由がためにだ! 兄上は大変なご苦労の末、民と王の信任を得られ、ようやくの選定の儀であったのに――縁組の相手はきな臭い商人だと?! おのれ、なぜこんなことに……!!)
根性で前を向きながら、ハオシェンの胸中は罵倒の嵐に吹き荒れていた。
せめて、セレニアが誠実に兄を愛してくれそうな女なら溜飲が下がった。しかし、あの冷淡そうな態度に、無表情。これでは、あちら側の腹も読めるというものだ。
(どうせ狸親父の意向を通すべく、言うなりに嫁いできたカラッポ女なんだろう。咎者だからと夫を見下してなぞおったら、僕が直々に叩き出してくれようぞ)
ハオシェンは、拍手して祭壇を眺めながらも内心では鬼の小舅と化していた。
しかし、そのときちらりと兄の笑顔が目に入り、胸がずきりと痛む。
オーガスト王子は、此度の婚儀を純粋に喜んでいたことを、ハオシェンは思い出した。
兄は真っすぐな気性の優しい人だ。咎者であろうが、ハオシェンにとって自慢の兄だ。
(なのに、なぜ? 兄ばかり損をする。咎者に産まれたせいで――いや)
ハオシェンは、きっと目つきを鋭くした。一瞬鋭く睨んだのは、祭壇の脇にある小部屋のほうだった。
そこには、「事情」があって大々的に参列することが出来ない王族が詰めていると、彼は知っていた。
(あの、咎者どもめ。あやつらが、だらしのないせいだ。あやつらが、野蛮で、不良で、陰険で、嘘つきだから――何も悪くない兄上まで、こんな目に遭うのだ! 絶対に許してはおけぬ! きっといつかルスに代わり、罰を与えてやるぞ――アプリリス、ユリウス、ジューン!!)
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