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一章
11、惨劇②
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大庭園には東西に出入り口があり、ジューンたちは来た方の東口を目指して走っていた。
アプリリスに手を引かれてセレニアが、その後ろにジューンとユリウスが続く。
時折、背後でドォン、と破壊音がする。誰かが振り返りそうになると、アプリリスが檄を飛ばした。
「振り返るな、兄上は大丈夫じゃ!」
一行は、人波をくぐりながら、だだっ広い庭園を走り続けた。
幾度目かの破壊音の後、何かビュンと風を切り、一行に向けてすっ飛んでくる。
タイロスの破壊した石像の一部だと気付き、ユリウスは声を上げた。
「姉上!」
「わかっておる!――水よ、隔てよ!」
走りながら、アプリリスが背後に左手をかざす。
すると、周囲の水蒸気が集結し、一瞬で凝結した。キィィィとガラスを爪で掻くような音とともに、透明な障壁が四人を包む。
直後、ゴン! と大きな音を立て石像の腕が障壁にぶつかり、地面に落ちた。
シャン……と細い音を立て、障壁がばらばらになる。
「ちっ、杖がなくては大した魔法は使えぬな。所長め、だから妾の杖を取り上げるなと言っているのに!」
アプリリスが忌々しそうに舌打ちする。「咎者」の魔法使いは、研究所から外出する際、”道徳上の理由”で杖を没収されることが決まっていた。
杖が手元にない今、アプリリスは強力な防護壁を張ることが叶わない。
「こうなれば、さっさと抜けてしまうに限る。みな、もっと早う走るのじゃ!」
「……は、よ……?」
アプリリスの檄に、セレニアは首をこてんと傾げた。彼女は先ほどから、まるで緊急時とは思えない、ポテポテとした足運びで走っている。
アプリリスは苛々と義姉の手を引き、言い募った。
「ですから義姉上、もっと早う走ってくだされませ、と! ここは危険でござりますゆえ!」
アプリリスの剣幕に、セレニアはぼんやりした様子で頭を振っている。ふい、と背後の喧噪を振り向くと、何ごとか口の中で呟いた。
その異邦の言葉の響きに、ジューンは首を傾げる。
「セレニアお義姉さま? 今なにか――」
「うー」
突如、セレニアは呻き声を上げ、ぺたんとその場に座り込んだ。手を繋いでいたアプリリスは、たたらを踏んで立ち止まる。ジューンとユリウスも、慌てて足を止めた。
「義姉上、どうなされたのじゃ!」
「うー、やー」
アプリリスは、義姉の奇妙な振る舞いに狼狽えて問いかける。細い肩に手をかけると、セレニアは呻きながら、嫌々するように首を振った。
ジューンも、様子のおかしい義姉の側に膝をつき、そっと背中に手を当てた。
「お義姉さま、大丈夫ですか? 気持ち悪くなっちゃいましたか?」
セレニアは答えず、ただ首をゆらゆら振り続けている。アプリリスは、飛んできた木材を風で弾き飛ばし、眉根を寄せた。
「ぬう……困ったのう。そう留まってもおれぬぞ」
「姉上。よろしければ、俺が義姉上を背に負うていきます」
「おお、そうか! よう言うてくれたの。さ、義姉上、このユリウスの背にお乗りくだされ」
ユリウスは前に進み出ると、セレニアに背を向けてしゃがみ込んだ。
アプリリスはホッとしたように笑うと、セレニアに弟の背に乗るよう促す。
セレニアは座り込んだまま、目前の広い背をぼうっと眺めていた。ふいにジューンを振り返り、青いドレスの胸元を嫋やかな指でつつく。
「ない」
「えっ?」
「はっ」
セレニアの言葉に、ジューンは目を丸くした。
ユリウスはぎょっとした顔で振り返り、アプリリスは眉をきりりと吊り上げる。
「ちょっと、そなた! 他人の身体をどうこう、失礼ではないか!」
「――な、無い?! うそ、なんでっ」
「ジューン!? 急に何を――」
義憤に燃えたアプリリスがセレニアをがくがく揺さぶった。
素っ頓狂な声で叫んだジューンは、がば、とドレスの胸元を引っ張り、中を覗き込む。
ユリウスは妻の行動に動転し、顔を真っ赤にした。
しかし、ジューンはそれどころではなかった。
青い顔を上げ、叫ぶ。
「無くなってるの! 母さんの形見の、お守りが!」
アプリリスに手を引かれてセレニアが、その後ろにジューンとユリウスが続く。
時折、背後でドォン、と破壊音がする。誰かが振り返りそうになると、アプリリスが檄を飛ばした。
「振り返るな、兄上は大丈夫じゃ!」
一行は、人波をくぐりながら、だだっ広い庭園を走り続けた。
幾度目かの破壊音の後、何かビュンと風を切り、一行に向けてすっ飛んでくる。
タイロスの破壊した石像の一部だと気付き、ユリウスは声を上げた。
「姉上!」
「わかっておる!――水よ、隔てよ!」
走りながら、アプリリスが背後に左手をかざす。
すると、周囲の水蒸気が集結し、一瞬で凝結した。キィィィとガラスを爪で掻くような音とともに、透明な障壁が四人を包む。
直後、ゴン! と大きな音を立て石像の腕が障壁にぶつかり、地面に落ちた。
シャン……と細い音を立て、障壁がばらばらになる。
「ちっ、杖がなくては大した魔法は使えぬな。所長め、だから妾の杖を取り上げるなと言っているのに!」
アプリリスが忌々しそうに舌打ちする。「咎者」の魔法使いは、研究所から外出する際、”道徳上の理由”で杖を没収されることが決まっていた。
杖が手元にない今、アプリリスは強力な防護壁を張ることが叶わない。
「こうなれば、さっさと抜けてしまうに限る。みな、もっと早う走るのじゃ!」
「……は、よ……?」
アプリリスの檄に、セレニアは首をこてんと傾げた。彼女は先ほどから、まるで緊急時とは思えない、ポテポテとした足運びで走っている。
アプリリスは苛々と義姉の手を引き、言い募った。
「ですから義姉上、もっと早う走ってくだされませ、と! ここは危険でござりますゆえ!」
アプリリスの剣幕に、セレニアはぼんやりした様子で頭を振っている。ふい、と背後の喧噪を振り向くと、何ごとか口の中で呟いた。
その異邦の言葉の響きに、ジューンは首を傾げる。
「セレニアお義姉さま? 今なにか――」
「うー」
突如、セレニアは呻き声を上げ、ぺたんとその場に座り込んだ。手を繋いでいたアプリリスは、たたらを踏んで立ち止まる。ジューンとユリウスも、慌てて足を止めた。
「義姉上、どうなされたのじゃ!」
「うー、やー」
アプリリスは、義姉の奇妙な振る舞いに狼狽えて問いかける。細い肩に手をかけると、セレニアは呻きながら、嫌々するように首を振った。
ジューンも、様子のおかしい義姉の側に膝をつき、そっと背中に手を当てた。
「お義姉さま、大丈夫ですか? 気持ち悪くなっちゃいましたか?」
セレニアは答えず、ただ首をゆらゆら振り続けている。アプリリスは、飛んできた木材を風で弾き飛ばし、眉根を寄せた。
「ぬう……困ったのう。そう留まってもおれぬぞ」
「姉上。よろしければ、俺が義姉上を背に負うていきます」
「おお、そうか! よう言うてくれたの。さ、義姉上、このユリウスの背にお乗りくだされ」
ユリウスは前に進み出ると、セレニアに背を向けてしゃがみ込んだ。
アプリリスはホッとしたように笑うと、セレニアに弟の背に乗るよう促す。
セレニアは座り込んだまま、目前の広い背をぼうっと眺めていた。ふいにジューンを振り返り、青いドレスの胸元を嫋やかな指でつつく。
「ない」
「えっ?」
「はっ」
セレニアの言葉に、ジューンは目を丸くした。
ユリウスはぎょっとした顔で振り返り、アプリリスは眉をきりりと吊り上げる。
「ちょっと、そなた! 他人の身体をどうこう、失礼ではないか!」
「――な、無い?! うそ、なんでっ」
「ジューン!? 急に何を――」
義憤に燃えたアプリリスがセレニアをがくがく揺さぶった。
素っ頓狂な声で叫んだジューンは、がば、とドレスの胸元を引っ張り、中を覗き込む。
ユリウスは妻の行動に動転し、顔を真っ赤にした。
しかし、ジューンはそれどころではなかった。
青い顔を上げ、叫ぶ。
「無くなってるの! 母さんの形見の、お守りが!」
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