11 / 18
一章
11、惨劇②
しおりを挟む
大庭園には東西に出入り口があり、ジューンたちは来た方の東口を目指して走っていた。
アプリリスに手を引かれてセレニアが、その後ろにジューンとユリウスが続く。
時折、背後でドォン、と破壊音がする。誰かが振り返りそうになると、アプリリスが檄を飛ばした。
「振り返るな、兄上は大丈夫じゃ!」
一行は、人波をくぐりながら、だだっ広い庭園を走り続けた。
幾度目かの破壊音の後、何かビュンと風を切り、一行に向けてすっ飛んでくる。
タイロスの破壊した石像の一部だと気付き、ユリウスは声を上げた。
「姉上!」
「わかっておる!――水よ、隔てよ!」
走りながら、アプリリスが背後に左手をかざす。
すると、周囲の水蒸気が集結し、一瞬で凝結した。キィィィとガラスを爪で掻くような音とともに、透明な障壁が四人を包む。
直後、ゴン! と大きな音を立て石像の腕が障壁にぶつかり、地面に落ちた。
シャン……と細い音を立て、障壁がばらばらになる。
「ちっ、杖がなくては大した魔法は使えぬな。所長め、だから妾の杖を取り上げるなと言っているのに!」
アプリリスが忌々しそうに舌打ちする。「咎者」の魔法使いは、研究所から外出する際、”道徳上の理由”で杖を没収されることが決まっていた。
杖が手元にない今、アプリリスは強力な防護壁を張ることが叶わない。
「こうなれば、さっさと抜けてしまうに限る。みな、もっと早う走るのじゃ!」
「……は、よ……?」
アプリリスの檄に、セレニアは首をこてんと傾げた。彼女は先ほどから、まるで緊急時とは思えない、ポテポテとした足運びで走っている。
アプリリスは苛々と義姉の手を引き、言い募った。
「ですから義姉上、もっと早う走ってくだされませ、と! ここは危険でござりますゆえ!」
アプリリスの剣幕に、セレニアはぼんやりした様子で頭を振っている。ふい、と背後の喧噪を振り向くと、何ごとか口の中で呟いた。
その異邦の言葉の響きに、ジューンは首を傾げる。
「セレニアお義姉さま? 今なにか――」
「うー」
突如、セレニアは呻き声を上げ、ぺたんとその場に座り込んだ。手を繋いでいたアプリリスは、たたらを踏んで立ち止まる。ジューンとユリウスも、慌てて足を止めた。
「義姉上、どうなされたのじゃ!」
「うー、やー」
アプリリスは、義姉の奇妙な振る舞いに狼狽えて問いかける。細い肩に手をかけると、セレニアは呻きながら、嫌々するように首を振った。
ジューンも、様子のおかしい義姉の側に膝をつき、そっと背中に手を当てた。
「お義姉さま、大丈夫ですか? 気持ち悪くなっちゃいましたか?」
セレニアは答えず、ただ首をゆらゆら振り続けている。アプリリスは、飛んできた木材を風で弾き飛ばし、眉根を寄せた。
「ぬう……困ったのう。そう留まってもおれぬぞ」
「姉上。よろしければ、俺が義姉上を背に負うていきます」
「おお、そうか! よう言うてくれたの。さ、義姉上、このユリウスの背にお乗りくだされ」
ユリウスは前に進み出ると、セレニアに背を向けてしゃがみ込んだ。
アプリリスはホッとしたように笑うと、セレニアに弟の背に乗るよう促す。
セレニアは座り込んだまま、目前の広い背をぼうっと眺めていた。ふいにジューンを振り返り、青いドレスの胸元を嫋やかな指でつつく。
「ない」
「えっ?」
「はっ」
セレニアの言葉に、ジューンは目を丸くした。
ユリウスはぎょっとした顔で振り返り、アプリリスは眉をきりりと吊り上げる。
「ちょっと、そなた! 他人の身体をどうこう、失礼ではないか!」
「――な、無い?! うそ、なんでっ」
「ジューン!? 急に何を――」
義憤に燃えたアプリリスがセレニアをがくがく揺さぶった。
素っ頓狂な声で叫んだジューンは、がば、とドレスの胸元を引っ張り、中を覗き込む。
ユリウスは妻の行動に動転し、顔を真っ赤にした。
しかし、ジューンはそれどころではなかった。
青い顔を上げ、叫ぶ。
「無くなってるの! 母さんの形見の、お守りが!」
アプリリスに手を引かれてセレニアが、その後ろにジューンとユリウスが続く。
時折、背後でドォン、と破壊音がする。誰かが振り返りそうになると、アプリリスが檄を飛ばした。
「振り返るな、兄上は大丈夫じゃ!」
一行は、人波をくぐりながら、だだっ広い庭園を走り続けた。
幾度目かの破壊音の後、何かビュンと風を切り、一行に向けてすっ飛んでくる。
タイロスの破壊した石像の一部だと気付き、ユリウスは声を上げた。
「姉上!」
「わかっておる!――水よ、隔てよ!」
走りながら、アプリリスが背後に左手をかざす。
すると、周囲の水蒸気が集結し、一瞬で凝結した。キィィィとガラスを爪で掻くような音とともに、透明な障壁が四人を包む。
直後、ゴン! と大きな音を立て石像の腕が障壁にぶつかり、地面に落ちた。
シャン……と細い音を立て、障壁がばらばらになる。
「ちっ、杖がなくては大した魔法は使えぬな。所長め、だから妾の杖を取り上げるなと言っているのに!」
アプリリスが忌々しそうに舌打ちする。「咎者」の魔法使いは、研究所から外出する際、”道徳上の理由”で杖を没収されることが決まっていた。
杖が手元にない今、アプリリスは強力な防護壁を張ることが叶わない。
「こうなれば、さっさと抜けてしまうに限る。みな、もっと早う走るのじゃ!」
「……は、よ……?」
アプリリスの檄に、セレニアは首をこてんと傾げた。彼女は先ほどから、まるで緊急時とは思えない、ポテポテとした足運びで走っている。
アプリリスは苛々と義姉の手を引き、言い募った。
「ですから義姉上、もっと早う走ってくだされませ、と! ここは危険でござりますゆえ!」
アプリリスの剣幕に、セレニアはぼんやりした様子で頭を振っている。ふい、と背後の喧噪を振り向くと、何ごとか口の中で呟いた。
その異邦の言葉の響きに、ジューンは首を傾げる。
「セレニアお義姉さま? 今なにか――」
「うー」
突如、セレニアは呻き声を上げ、ぺたんとその場に座り込んだ。手を繋いでいたアプリリスは、たたらを踏んで立ち止まる。ジューンとユリウスも、慌てて足を止めた。
「義姉上、どうなされたのじゃ!」
「うー、やー」
アプリリスは、義姉の奇妙な振る舞いに狼狽えて問いかける。細い肩に手をかけると、セレニアは呻きながら、嫌々するように首を振った。
ジューンも、様子のおかしい義姉の側に膝をつき、そっと背中に手を当てた。
「お義姉さま、大丈夫ですか? 気持ち悪くなっちゃいましたか?」
セレニアは答えず、ただ首をゆらゆら振り続けている。アプリリスは、飛んできた木材を風で弾き飛ばし、眉根を寄せた。
「ぬう……困ったのう。そう留まってもおれぬぞ」
「姉上。よろしければ、俺が義姉上を背に負うていきます」
「おお、そうか! よう言うてくれたの。さ、義姉上、このユリウスの背にお乗りくだされ」
ユリウスは前に進み出ると、セレニアに背を向けてしゃがみ込んだ。
アプリリスはホッとしたように笑うと、セレニアに弟の背に乗るよう促す。
セレニアは座り込んだまま、目前の広い背をぼうっと眺めていた。ふいにジューンを振り返り、青いドレスの胸元を嫋やかな指でつつく。
「ない」
「えっ?」
「はっ」
セレニアの言葉に、ジューンは目を丸くした。
ユリウスはぎょっとした顔で振り返り、アプリリスは眉をきりりと吊り上げる。
「ちょっと、そなた! 他人の身体をどうこう、失礼ではないか!」
「――な、無い?! うそ、なんでっ」
「ジューン!? 急に何を――」
義憤に燃えたアプリリスがセレニアをがくがく揺さぶった。
素っ頓狂な声で叫んだジューンは、がば、とドレスの胸元を引っ張り、中を覗き込む。
ユリウスは妻の行動に動転し、顔を真っ赤にした。
しかし、ジューンはそれどころではなかった。
青い顔を上げ、叫ぶ。
「無くなってるの! 母さんの形見の、お守りが!」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?
行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。
貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。
元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。
これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。
※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑)
※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。
※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身
にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。
姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる