12 / 18
一章
12,惨劇③
しおりを挟む
オーガストの金の翼は、夜空に眩むように輝いた。
普通の鳥獣族をルーツに持つエスタシオン人は、翼はすでに小さく退化し飛翔することはできない。いや、咎者であったとして、オーガストほど美しく雄大な翼を有する者は稀だった。
それゆえ、彼が大きく高く飛翔する姿は、非常時においても人々の目を奪う。
「兄上! お気を確かにお持ちください!」
タイロスの目前に降下したオーガストは、訴えるように叫んだ。
彼の胸には、弟妹達とした「兄を傷つけない」という約束と、いつも優しかった兄の面影がある。
どうにか正気を取り戻して欲しい、その一心でオーガストは武器を持たず、兄の前に両腕を広げた。
しかし、タイロスは低い茫洋とした呻き声を上げながら、巨大な両の手を弟に伸ばした。
まるで、幼子が小鳥を摑まえようとするように、無邪気で残酷な仕草。しかしその指先は、間一髪逃れたオーガストの上衣を無残に引き裂いた。
逞しい両胸から双肩に浮かぶ、深紅の痣が衆目に露わになる。
「殿下っ! おのれ――」
地上で、一人の若武者が声を上げた。赤い鎧を纏う彼は、眼を怒らせて朱の槍を構えると、タイロスに向き直る。
「待て、カンル―!」
オーガストは、タイロスの手をかわしながら配下を厳しく制止した。
タイロスの両手は凄まじい速さでオーガストを摑まえようとするが、全て空を掻く。オーガストの飛翔速度がずっと上回っているからだ。
オーガストは叫ぶ。
「兄上は俺が引き付けている! この間に、皆を避難させてくれ!」
「しかし殿下、あんたが危険だ!」
「頼む、兄上を傷つけたくない!」
頼むと言われては、配下の若武者――カンル―は不服そうにしながらも従うほかない。彼は、背後を振り返ると同じ赤い鎧をまとう兵士たちに、救助の指示を飛ばした。
いつの間にか、庭園内には赤い鎧を纏う兵士たちが大勢詰め寄せていた。
「なんとなんと。あの赤い鎧の者ども、ルフス人だぞ。恐らく、エブル伯の私兵と言ったところだろうな、ノイマン?」
「御前のおっしゃる通りでしょう。それにしても、この統制のとれた動きは見事なものですね。段違いにスムーズに避難が進んでいる」
「ははは、ルフスの軍事力は有名だもの。あの婿殿が、ここまでご立派になられたのも、ひとえにルフスの後ろ盾の強さあってこそ――」
「ゲンマ殿」
赤い兵士達の働きを、木陰から好き勝手に品評していたゲンマ氏に、穏やかな声がかけられる。
声の主は、背の高い亜麻色の髪の青年だった。正装をしていることから、この会に参列していた貴族であると見受けられる。しかし、物腰に芯が通ったところは軍人的だった。
「配下の方とお話し中に失礼致しました。なれど、ここは危険でありますゆえ、安全な所へご案内致しましょう」
「いやいや、お気遣いなく、私は――」
「ご案内します。お前たち、お連れしろ」
「ははっ」
「ちょ、あっ。君たち、何を」
青年が穏やかな口調で指示すると、彼の配下は有無を言わさずゲンマ氏を引き連れていく。主への無礼にノイマンがじろと目線を送るが、青年はにこにこと笑んだままだ。ノイマンは肩を竦めると、さっさと主の後を追った。
「おっ、五月蠅えオッサン追っ払ったのか。やるじゃねえか、クバート」
「カンル―。一応、殿下の義父君ですよ」
穏やかな青年に声をかけたのは、赤い若武者、カンル―だ。彼に親し気に背をどつかれ、青年――クバートは苦笑した。真面目な物言いに、カンル―はへっと鼻で笑う。
「それよりその殿下がよ、まぁた無茶を言いやがるのさ! 避難があらかた終わったと思ったら、今度は王太子を傷つけず捕縛してえんだと! おめえもこっち来て手伝ってくれ!」
「わかりました。ならば急ぎましょう、長引くと殿下の身が危ない」
二人は、オーガストの助けとなるべく並んで駆け出した。
が、カンル―は何か感じたように、一瞬背後を振り返る。
「どうしました?」
「いや――気のせいみてえだ」
二人が駆け去った後、水面に映る景色が揺らぐように、空間が歪んだ。
「危なかった……あの人、すっごい勘の良さね」
「ジューン、急ごう。兄上のお邪魔になるわけにいかぬ」
「うん、そうだね!」
なにも無い場所から、忽然と姿を現したのはジューンとユリウスであった。
ユリウスはジューンを背に負うており、五感で周囲の様子を注意深く窺っている。
「お守りは、やはりあっちにあるみたいだな――いいか、俺がついてるとはいえ、無理はするなよ!」
「了解!」
威勢よく返事をすると、ジューンはユリウスの背にしがみ付き頭を下げた。
ユリウスは姿勢を低くすると地面を鋭く蹴り、風を切って疾駆する。赤い兵士たちが陣を組む隙間を縫うようにして、あっという間に騒ぎの中心へと躍り出た。
普通の鳥獣族をルーツに持つエスタシオン人は、翼はすでに小さく退化し飛翔することはできない。いや、咎者であったとして、オーガストほど美しく雄大な翼を有する者は稀だった。
それゆえ、彼が大きく高く飛翔する姿は、非常時においても人々の目を奪う。
「兄上! お気を確かにお持ちください!」
タイロスの目前に降下したオーガストは、訴えるように叫んだ。
彼の胸には、弟妹達とした「兄を傷つけない」という約束と、いつも優しかった兄の面影がある。
どうにか正気を取り戻して欲しい、その一心でオーガストは武器を持たず、兄の前に両腕を広げた。
しかし、タイロスは低い茫洋とした呻き声を上げながら、巨大な両の手を弟に伸ばした。
まるで、幼子が小鳥を摑まえようとするように、無邪気で残酷な仕草。しかしその指先は、間一髪逃れたオーガストの上衣を無残に引き裂いた。
逞しい両胸から双肩に浮かぶ、深紅の痣が衆目に露わになる。
「殿下っ! おのれ――」
地上で、一人の若武者が声を上げた。赤い鎧を纏う彼は、眼を怒らせて朱の槍を構えると、タイロスに向き直る。
「待て、カンル―!」
オーガストは、タイロスの手をかわしながら配下を厳しく制止した。
タイロスの両手は凄まじい速さでオーガストを摑まえようとするが、全て空を掻く。オーガストの飛翔速度がずっと上回っているからだ。
オーガストは叫ぶ。
「兄上は俺が引き付けている! この間に、皆を避難させてくれ!」
「しかし殿下、あんたが危険だ!」
「頼む、兄上を傷つけたくない!」
頼むと言われては、配下の若武者――カンル―は不服そうにしながらも従うほかない。彼は、背後を振り返ると同じ赤い鎧をまとう兵士たちに、救助の指示を飛ばした。
いつの間にか、庭園内には赤い鎧を纏う兵士たちが大勢詰め寄せていた。
「なんとなんと。あの赤い鎧の者ども、ルフス人だぞ。恐らく、エブル伯の私兵と言ったところだろうな、ノイマン?」
「御前のおっしゃる通りでしょう。それにしても、この統制のとれた動きは見事なものですね。段違いにスムーズに避難が進んでいる」
「ははは、ルフスの軍事力は有名だもの。あの婿殿が、ここまでご立派になられたのも、ひとえにルフスの後ろ盾の強さあってこそ――」
「ゲンマ殿」
赤い兵士達の働きを、木陰から好き勝手に品評していたゲンマ氏に、穏やかな声がかけられる。
声の主は、背の高い亜麻色の髪の青年だった。正装をしていることから、この会に参列していた貴族であると見受けられる。しかし、物腰に芯が通ったところは軍人的だった。
「配下の方とお話し中に失礼致しました。なれど、ここは危険でありますゆえ、安全な所へご案内致しましょう」
「いやいや、お気遣いなく、私は――」
「ご案内します。お前たち、お連れしろ」
「ははっ」
「ちょ、あっ。君たち、何を」
青年が穏やかな口調で指示すると、彼の配下は有無を言わさずゲンマ氏を引き連れていく。主への無礼にノイマンがじろと目線を送るが、青年はにこにこと笑んだままだ。ノイマンは肩を竦めると、さっさと主の後を追った。
「おっ、五月蠅えオッサン追っ払ったのか。やるじゃねえか、クバート」
「カンル―。一応、殿下の義父君ですよ」
穏やかな青年に声をかけたのは、赤い若武者、カンル―だ。彼に親し気に背をどつかれ、青年――クバートは苦笑した。真面目な物言いに、カンル―はへっと鼻で笑う。
「それよりその殿下がよ、まぁた無茶を言いやがるのさ! 避難があらかた終わったと思ったら、今度は王太子を傷つけず捕縛してえんだと! おめえもこっち来て手伝ってくれ!」
「わかりました。ならば急ぎましょう、長引くと殿下の身が危ない」
二人は、オーガストの助けとなるべく並んで駆け出した。
が、カンル―は何か感じたように、一瞬背後を振り返る。
「どうしました?」
「いや――気のせいみてえだ」
二人が駆け去った後、水面に映る景色が揺らぐように、空間が歪んだ。
「危なかった……あの人、すっごい勘の良さね」
「ジューン、急ごう。兄上のお邪魔になるわけにいかぬ」
「うん、そうだね!」
なにも無い場所から、忽然と姿を現したのはジューンとユリウスであった。
ユリウスはジューンを背に負うており、五感で周囲の様子を注意深く窺っている。
「お守りは、やはりあっちにあるみたいだな――いいか、俺がついてるとはいえ、無理はするなよ!」
「了解!」
威勢よく返事をすると、ジューンはユリウスの背にしがみ付き頭を下げた。
ユリウスは姿勢を低くすると地面を鋭く蹴り、風を切って疾駆する。赤い兵士たちが陣を組む隙間を縫うようにして、あっという間に騒ぎの中心へと躍り出た。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~
スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」
悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!?
「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」
やかましぃやぁ。
※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる