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一章
13,まじない
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戻ると言ったとき、アプリリスは猛反対した。
「何を考えておるのじゃ! せっかくここまで逃げてきたものを、わざわざ危険を冒してなんとする?! そなたに何かあらば、妾は今も奮闘しておられる兄上に申し訳が立たぬ!」
「でも、母さんの形見なんです! 今行かなきゃ、踏みつぶされちゃう!」
「そ、それは、気の毒じゃが――いや、いずれにしろ無理じゃ。今、伝え聞いたところによると、エブル伯の兵が客の避難を推し進めているという。戻っても、きっと摘み出されようぞ」
ジューンの必死の剣幕に、表情を曇らせたアプリリスだが、すぐに調子を取り戻し窘める。実際、赤の兵士たちの手腕は見事で、この東口の近くにも避難してきた人々が続々やってきていた。
「でも!」
「堪えるのじゃ、ジューン。命あっての物種というであろう?」
「……っ」
ジューンは唇を噛んだ。母を偲ぶ唯一のよすがを、そう簡単に諦めることはできない。しかし、自分の我儘で皆を危険な目に遭わせるわけにもいかない。
そのとき、黙って聞いていたユリウスが口を開いた。
「ジューン、すぐに戻ろう」
「えっ?」
ジューンは聞き返す。アプリリスは瞠目し、叫んだ。
「なっ、何を言うておるのじゃ! 無理だと言うておろう?」
ユリウスは、真っすぐな目で姉を見た。
「姉上、行かせてください。タイロス兄上によって危険な目に遭わぬこと。また、オーガスト兄上に余計にご心配をおかけしないこと。兵に見つからぬこと。俺とジューンなら、きっとできます」
「なにを――」
「ジューン、パクスを二度打ったが力は使えるか?」
「ち、ちょっと待って」
ユリウスに狼狽えつつ、ジューンは目を閉じて意識を集中した。
すると、ジューンの背に、銀色の薄い翅が現われる。
翅と美貌は、妖精族をルーツに持つものの特徴だ。
妖精族は古来、悪戯好きの性分による欲求を満たすため、様々なまじないを扱ってきた。その咎者であるジューンもまた、一つだけまじないを扱うことができる。
ジューンは足元の石を拾う。手のひらに乗った途端、石が溶けるように姿を消した。
「なんと!」
「姉上、ジューンは己と、触れたものの姿を消せるのです。俺と自分の姿を消し、見つからずに戻ってくることは出来るはずです」
驚嘆する姉に、ユリウスが力強く請け合った。ジューンは瞳を揺らし、夫の真剣な瞳を見つめる。
「ユリウス様」
「ジューン、行こう。大丈夫だ、必ず見つかる」
「――うん!」
ユリウスは少し笑んで、ジューンの手を取った。
ジューンは、その温かさが胸にしみて一瞬言葉に詰まる。すぐに笑顔になり、力強く頷いた。
「ああああ、わかった! そなたら、もう好きにせよ! 妾は義姉上とここで待つゆえなっ!」
アプリリスが根負けしたように叫んだ。
「姉上、ありがとう」
「よいか、必ず無事に戻ってくるのだぞ! でなければ許さぬからな!」
「ありがとう、お義姉さま!」
アプリリスのやけくそな激励を背に受け、二人は渦中に戻った。
「やっぱりタイロスお義兄さまの近くにあるんだねっ?」
「残念ながら、そうみたいだ」
背で問いかけるジューンに、ユリウスは駆けながら答えた。猛スピードで赤い兵士たちの囲みを抜けて、騒ぎの中心へと近づいていく。兵の囲みは内へ入って行くほどに厚くなっている。
「なんか今、通ったか?」
「風か?」
二人が通り過ぎた後、兵士たちはただ不思議な顔をした。凄まじい勢いで、なにかが駆け抜けていった気配があるのに、何も見えないからだ。
首を傾げる兵士たちの死角となる位置で、ユリウスとジューンが忽然と姿を現す。
「見て、お義兄さまが!」
ジューンは空を指差した。
オーガストが、タイロスの注意を引くように飛び回っていた。巨大な手を逃れ旋回するたび、夜空に金の軌跡が描かれる。オーガストの速度に着いていけず、タイロスの手は惑うように動いていた。
地上でも、赤い鎧の武者と貴族風の正装をした青年が、兵士達を先導し列を作っている。彼らの手には、頑丈そうな黒い鎖が握られていた。
「何かするみたいだな。邪魔にならぬよう、慎重に行こう」
「うん!」
ユリウスの背でジューンは目を閉じて心を落ち着ける。銀の翅が震え、きらきら光る粒子が辺りに散った。
また、空気に溶けるように二人の姿がかき消える。
「ユリウス様、あの木のとこまで行ける?」
「ああ、問題ない」
見えなくなる時間は10秒弱と短いが、ユリウスの俊足をもってすれば、その間に兵士の死角に入ることは容易い。
二人は兵士たちの囲を縦横無尽にくぐり抜け、守り袋を探した。
「あった……!」
ユリウスが小さく声を上げた。ジューンは彼の示した方を見て、目を見開く。
ジューンの小さな青い守り袋は落ちていた。この騒ぎの原因である、タイロスの足元に。
「何を考えておるのじゃ! せっかくここまで逃げてきたものを、わざわざ危険を冒してなんとする?! そなたに何かあらば、妾は今も奮闘しておられる兄上に申し訳が立たぬ!」
「でも、母さんの形見なんです! 今行かなきゃ、踏みつぶされちゃう!」
「そ、それは、気の毒じゃが――いや、いずれにしろ無理じゃ。今、伝え聞いたところによると、エブル伯の兵が客の避難を推し進めているという。戻っても、きっと摘み出されようぞ」
ジューンの必死の剣幕に、表情を曇らせたアプリリスだが、すぐに調子を取り戻し窘める。実際、赤の兵士たちの手腕は見事で、この東口の近くにも避難してきた人々が続々やってきていた。
「でも!」
「堪えるのじゃ、ジューン。命あっての物種というであろう?」
「……っ」
ジューンは唇を噛んだ。母を偲ぶ唯一のよすがを、そう簡単に諦めることはできない。しかし、自分の我儘で皆を危険な目に遭わせるわけにもいかない。
そのとき、黙って聞いていたユリウスが口を開いた。
「ジューン、すぐに戻ろう」
「えっ?」
ジューンは聞き返す。アプリリスは瞠目し、叫んだ。
「なっ、何を言うておるのじゃ! 無理だと言うておろう?」
ユリウスは、真っすぐな目で姉を見た。
「姉上、行かせてください。タイロス兄上によって危険な目に遭わぬこと。また、オーガスト兄上に余計にご心配をおかけしないこと。兵に見つからぬこと。俺とジューンなら、きっとできます」
「なにを――」
「ジューン、パクスを二度打ったが力は使えるか?」
「ち、ちょっと待って」
ユリウスに狼狽えつつ、ジューンは目を閉じて意識を集中した。
すると、ジューンの背に、銀色の薄い翅が現われる。
翅と美貌は、妖精族をルーツに持つものの特徴だ。
妖精族は古来、悪戯好きの性分による欲求を満たすため、様々なまじないを扱ってきた。その咎者であるジューンもまた、一つだけまじないを扱うことができる。
ジューンは足元の石を拾う。手のひらに乗った途端、石が溶けるように姿を消した。
「なんと!」
「姉上、ジューンは己と、触れたものの姿を消せるのです。俺と自分の姿を消し、見つからずに戻ってくることは出来るはずです」
驚嘆する姉に、ユリウスが力強く請け合った。ジューンは瞳を揺らし、夫の真剣な瞳を見つめる。
「ユリウス様」
「ジューン、行こう。大丈夫だ、必ず見つかる」
「――うん!」
ユリウスは少し笑んで、ジューンの手を取った。
ジューンは、その温かさが胸にしみて一瞬言葉に詰まる。すぐに笑顔になり、力強く頷いた。
「ああああ、わかった! そなたら、もう好きにせよ! 妾は義姉上とここで待つゆえなっ!」
アプリリスが根負けしたように叫んだ。
「姉上、ありがとう」
「よいか、必ず無事に戻ってくるのだぞ! でなければ許さぬからな!」
「ありがとう、お義姉さま!」
アプリリスのやけくそな激励を背に受け、二人は渦中に戻った。
「やっぱりタイロスお義兄さまの近くにあるんだねっ?」
「残念ながら、そうみたいだ」
背で問いかけるジューンに、ユリウスは駆けながら答えた。猛スピードで赤い兵士たちの囲みを抜けて、騒ぎの中心へと近づいていく。兵の囲みは内へ入って行くほどに厚くなっている。
「なんか今、通ったか?」
「風か?」
二人が通り過ぎた後、兵士たちはただ不思議な顔をした。凄まじい勢いで、なにかが駆け抜けていった気配があるのに、何も見えないからだ。
首を傾げる兵士たちの死角となる位置で、ユリウスとジューンが忽然と姿を現す。
「見て、お義兄さまが!」
ジューンは空を指差した。
オーガストが、タイロスの注意を引くように飛び回っていた。巨大な手を逃れ旋回するたび、夜空に金の軌跡が描かれる。オーガストの速度に着いていけず、タイロスの手は惑うように動いていた。
地上でも、赤い鎧の武者と貴族風の正装をした青年が、兵士達を先導し列を作っている。彼らの手には、頑丈そうな黒い鎖が握られていた。
「何かするみたいだな。邪魔にならぬよう、慎重に行こう」
「うん!」
ユリウスの背でジューンは目を閉じて心を落ち着ける。銀の翅が震え、きらきら光る粒子が辺りに散った。
また、空気に溶けるように二人の姿がかき消える。
「ユリウス様、あの木のとこまで行ける?」
「ああ、問題ない」
見えなくなる時間は10秒弱と短いが、ユリウスの俊足をもってすれば、その間に兵士の死角に入ることは容易い。
二人は兵士たちの囲を縦横無尽にくぐり抜け、守り袋を探した。
「あった……!」
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ジューンの小さな青い守り袋は落ちていた。この騒ぎの原因である、タイロスの足元に。
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