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一章
14, 収束
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兵の囲みの中心では、今まさに全ての決着がつこうというところだった。
タイロスは、空中に磔られるように鎖に繋がれていた。
彼は重く呻きながら、巨躯をよじり戒めから逃れようとする。しかし、全身の血管が浮くほどの力を込めても、鎖はわずかに軋むだけだった。
それもそのはずで、タイロスの両腕や胴体に幾重にも巡らされた「黒鎖」は、”捕えた者の体力を吸い上げ無力化する”、ルフス軍が独自に開発した捕縛道具なのである。
さらに繋がれた鎖の先を、屈強な赤い兵士たちが綱を引くようにそれぞれ抑え込んでいた。もう、タイロスが抜け出すことは敵わないだろう。
「カンル―」
「お、殿下。囮の役目、ご苦労さんです」
左腕に繋がる鎖を先頭で引いていたカンル―の元に、囮役を終えたオーガストが降りてきた。カンル―の軽口に、オーガストは苦笑した。
「なんとかなってよかった。ありがとう、我儘を聞いてくれて」
「何、あんたの無茶には慣れっこっすよ。まあ、王太子の足があれじゃなきゃ、絶対頷きませんでしたけどね」
カンル―は顎をしゃくり、タイロスの上体の重みで潰れた足をしめした。タイロスは、なぜか下半身だけ巨大化出来ていなかった。這っていたのはそれが理由だろうが、立って動いたときの機動力を思うとぞっとするものがある。
「兄上は……昔から病がちで、足が萎えておられた。それで骨が成長しなかったのかもしれぬ」
オーガストは、悲し気な目で地に這わされるタイロスを見た。
兵士たちが、黒鎖の輪に楔を打ち込むカンカンという音が辺りに響く。
暫くして、亜麻色の髪の青年が、足早に二人に近づいてきた。
「殿下、お疲れ様でした。今より、王太子にパクスの投与を行います」
「お前こそ、ご苦労だった。兄上は回復されるだろうか?」
「……わかりません。御匙は、王太子はレムリス化したのだろう、と。レムリスになって、正気を回復した者の話を聞いたことがありません」
レムリスとは、亜人の特徴が急肥大した咎者のことである。原因は不明だが、レムリス化した咎者は自我を失い、亜人の本能のままに暴れまわる。鎮静されたとしても、廃人状態になるのが常だった。
「そうか……すまん、クバート。お前も複雑な気持ちだろうに」
「いえ、私など……」
言いづらそうに私見を述べたクバートに、オーガストは申し訳なさそうに目を伏せた。
クバートは、クラティエル伯夫人の息子であり王太子とは従弟にあたる。親類が二度と正気に戻らないかもしれないという苦悩は、オーガストだけのものではなかった。
どんよりとした空気を纏う二人の間で、カンル―がパンと手のひらを打つ。
「まあ待てよ、クバート。医者の見立て違いってことも、あるかもしれねえぜ。レムリスってのは、咎者しかならねえって言うじゃねえか。俺ぁ王太子が咎者だったなんて初耳だぜ」
「カンル―、私だって信じたくありませんよ。まさかタイロス様が咎者だったなんて……。しかし、あの痣を見てしまっては、受けとめるほかないでしょう?」
カンル―の楽天的な見解を、クバートは固い声ではねつけた。普段穏やかな顔は、精神的な負担からか強張っている。
「そうか。じゃあ、やっぱ隠されてたんかねえ?」
「いや。そういえば、昔――」
オーガストは何か言いかけ、ふと思い直したように口を閉じた。
カンル―は、その仕草をちらりと横目で見た。それから、何食わぬ顔で話題を変える。
「まあ、わかんねえことばっか言ってもしょうがねえよな。いっちょ、王太子の様子でも見に行きましょうや」
そのとき、バチン、と何か弾けるような音がした。
三人が振り向くと、タイロスの体から翠色の閃光が上がっていた。
タイロスを囲んでいた兵士達や御匙の驚愕の声がする。
「どうしたんだ、何があった?」
「殿下! それが――」
オーガスト達が駆け寄ると、兵たちは口々に状況を述べた。
彼らの言い分では、パクスを投与しようとしたところ、何か強い風が吹いた気がして、手を止めたらしい。そうしたら、急に王太子の足元で翠の光が弾けたのだという。
「光が見えたのは、一瞬か? 他には何もなかったのか」
「はい、王太子様の様子もお変わりありません。ただ、もう一度強い風が吹いたばかりで」
「強い風、か……」
オーガストは御匙の報告に、口元に手を当て思案気に眉を寄せる。
「なんとも奇妙ですね。なにかの仕掛けでしょうか?」
「どうする、殿下。兵に探らせるか」
カンルーが聞いた。
「いや、追わない。翠の光と言うのは気になるが……兄上のご容態に変化がないなら、まずはこの場を治めることを優先したい」
「よろしいのですか?」
「ああ。――心当たりがなくもないしな」
クバートは、オーガストの呟きに目を丸くした。オーガストは、兵たちに指示をすると、自らも彼らと一緒になって働き始めた。その隣にやってきたカンルーが、死体を車に乗せながら言った。
「相っ変わらずの悪たれだな、あいつら」
「はは。まあ、説教は話を聞いてからだな」
タイロスは、空中に磔られるように鎖に繋がれていた。
彼は重く呻きながら、巨躯をよじり戒めから逃れようとする。しかし、全身の血管が浮くほどの力を込めても、鎖はわずかに軋むだけだった。
それもそのはずで、タイロスの両腕や胴体に幾重にも巡らされた「黒鎖」は、”捕えた者の体力を吸い上げ無力化する”、ルフス軍が独自に開発した捕縛道具なのである。
さらに繋がれた鎖の先を、屈強な赤い兵士たちが綱を引くようにそれぞれ抑え込んでいた。もう、タイロスが抜け出すことは敵わないだろう。
「カンル―」
「お、殿下。囮の役目、ご苦労さんです」
左腕に繋がる鎖を先頭で引いていたカンル―の元に、囮役を終えたオーガストが降りてきた。カンル―の軽口に、オーガストは苦笑した。
「なんとかなってよかった。ありがとう、我儘を聞いてくれて」
「何、あんたの無茶には慣れっこっすよ。まあ、王太子の足があれじゃなきゃ、絶対頷きませんでしたけどね」
カンル―は顎をしゃくり、タイロスの上体の重みで潰れた足をしめした。タイロスは、なぜか下半身だけ巨大化出来ていなかった。這っていたのはそれが理由だろうが、立って動いたときの機動力を思うとぞっとするものがある。
「兄上は……昔から病がちで、足が萎えておられた。それで骨が成長しなかったのかもしれぬ」
オーガストは、悲し気な目で地に這わされるタイロスを見た。
兵士たちが、黒鎖の輪に楔を打ち込むカンカンという音が辺りに響く。
暫くして、亜麻色の髪の青年が、足早に二人に近づいてきた。
「殿下、お疲れ様でした。今より、王太子にパクスの投与を行います」
「お前こそ、ご苦労だった。兄上は回復されるだろうか?」
「……わかりません。御匙は、王太子はレムリス化したのだろう、と。レムリスになって、正気を回復した者の話を聞いたことがありません」
レムリスとは、亜人の特徴が急肥大した咎者のことである。原因は不明だが、レムリス化した咎者は自我を失い、亜人の本能のままに暴れまわる。鎮静されたとしても、廃人状態になるのが常だった。
「そうか……すまん、クバート。お前も複雑な気持ちだろうに」
「いえ、私など……」
言いづらそうに私見を述べたクバートに、オーガストは申し訳なさそうに目を伏せた。
クバートは、クラティエル伯夫人の息子であり王太子とは従弟にあたる。親類が二度と正気に戻らないかもしれないという苦悩は、オーガストだけのものではなかった。
どんよりとした空気を纏う二人の間で、カンル―がパンと手のひらを打つ。
「まあ待てよ、クバート。医者の見立て違いってことも、あるかもしれねえぜ。レムリスってのは、咎者しかならねえって言うじゃねえか。俺ぁ王太子が咎者だったなんて初耳だぜ」
「カンル―、私だって信じたくありませんよ。まさかタイロス様が咎者だったなんて……。しかし、あの痣を見てしまっては、受けとめるほかないでしょう?」
カンル―の楽天的な見解を、クバートは固い声ではねつけた。普段穏やかな顔は、精神的な負担からか強張っている。
「そうか。じゃあ、やっぱ隠されてたんかねえ?」
「いや。そういえば、昔――」
オーガストは何か言いかけ、ふと思い直したように口を閉じた。
カンル―は、その仕草をちらりと横目で見た。それから、何食わぬ顔で話題を変える。
「まあ、わかんねえことばっか言ってもしょうがねえよな。いっちょ、王太子の様子でも見に行きましょうや」
そのとき、バチン、と何か弾けるような音がした。
三人が振り向くと、タイロスの体から翠色の閃光が上がっていた。
タイロスを囲んでいた兵士達や御匙の驚愕の声がする。
「どうしたんだ、何があった?」
「殿下! それが――」
オーガスト達が駆け寄ると、兵たちは口々に状況を述べた。
彼らの言い分では、パクスを投与しようとしたところ、何か強い風が吹いた気がして、手を止めたらしい。そうしたら、急に王太子の足元で翠の光が弾けたのだという。
「光が見えたのは、一瞬か? 他には何もなかったのか」
「はい、王太子様の様子もお変わりありません。ただ、もう一度強い風が吹いたばかりで」
「強い風、か……」
オーガストは御匙の報告に、口元に手を当て思案気に眉を寄せる。
「なんとも奇妙ですね。なにかの仕掛けでしょうか?」
「どうする、殿下。兵に探らせるか」
カンルーが聞いた。
「いや、追わない。翠の光と言うのは気になるが……兄上のご容態に変化がないなら、まずはこの場を治めることを優先したい」
「よろしいのですか?」
「ああ。――心当たりがなくもないしな」
クバートは、オーガストの呟きに目を丸くした。オーガストは、兵たちに指示をすると、自らも彼らと一緒になって働き始めた。その隣にやってきたカンルーが、死体を車に乗せながら言った。
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