拝啓、259200秒後の君へ

野々峠ぽん

文字の大きさ
11 / 17
そもそもの話の章

(10)

しおりを挟む
 森住とは、一年の教室がずらりと並ぶ、A校舎の手前で別れた。
 藤空木高校は、何故か三年生だけ昇降口の場所が違った。そのため森住とは、いつも分岐点であるA校舎で解散となった。光としては、そんな立地でなければもっと一緒にいられるのにと、残念に思った。
 光は、上履きから外靴に履き替えると、鞄から傘を取り出した。
 外は悪天候のせいか、六月の夕方と思えないほど、暗かった。バケツをひっくり返したような雨が、地面に叩きつけるように降っている。
 昇降口の出入り口からは、何か覚悟を決めたような顔で、生徒たちが雨の中へ走り出ていった。光も傘を開くと、雨の中を西門へ向かった。

「ああ、無駄だなー。わざわざ来た道、戻るの」

 一、二年の昇降口は東門の目前にある。
 光の登下校時に使っている西門は真逆の位置にあった。そこからはむしろ、美術室のある棟の方が近い。
 ぶつくさ言いながら歩いていると、胸ポケットのスマホが振動した。取り出して見ると、星からのメッセージだった。

『星:お疲れ様です。ゆっくりでいいですよ。車と、藤間くんに気をつけて』

 心配性の星らしい言葉に、光はほっこりした。「わかった!」と返事を打っていると、またスマホが震え、通知のバナーが降りてきた。メッセージの送信者の名を確認して、「げっ」と呻く。
 陽だ。

『陽:おまえ今どこ?』

「誰が教えるか!」

 光は既読スルーした。しかし、陽はしつこかった。

『陽:読んだろ』
『陽:で。どこ?』
『陽:おい』
『陽:無視すんなって』
『陽:おーい』
『陽:おーーーーーーい』

「うるさっ!」

 光は叫んだ。星にたった一度返信する間に、何度も何度も通知がやってきて、やりにくい事この上ない。叶うことなら、スマホを捨ててしまいたいくらいだった。
 こうなったら、意地でも返信するものかと心に決める。しかしーー。
 星とやりとりしていたはずのスマホが、はたと着信画面に切り替わる。発信者には、もちろん――藤間陽と表示されていた。

「あ、あんの野郎!」

 光は激怒した。しつこいにも程がある。無視してやろうかと思ったが、スマホは震え続け、止みそうもない。
 歯噛みしながら、「通話」に画面をスライドする。

「ちょっと、しつこいんですけどっ!?」
『お、やっとでたか。反応遅ぇーぞ』
「無視してんの! わかってそれくらい!」

 電話から能天気な声が聞こえてきて、光は青筋を立てた。

『で、お前どこ? 美術部もう終わってるみてーだけど、まだ学校は出てねんだろ』
「へ? 何で終わったって知ってんの」
『だって、部室の明かり消えてんじゃん。で、どこよ。まだ昇降口か? もう星とは合流し――』

 ピッ。
 光は思わず通話を切った。すぐに着信し、震え続けているが、知ったことではない。

(やばいやばい……!)

 美術室の明かりを確認できたということは、その付近にいるということである。
 そこから導きだされる答えは、陽の現在地は、限りなく西門に近いということだ。
 つまり、このまま行くと、鉢合わせする可能性が高い。
 こっそり行こうにも、あの目ざとい陽のこと、光のピンクのウサギの傘くらい、すぐに見つけるだろう。見つかったが最後、星と合流するまでついてくることが、はっきりと想像できた。
 光は、近くの駐輪場の軒に隠れて、時間稼ぎすることにした。
 そこは、生徒が置いて帰ったのか、自転車がまばらに残っている。それらの隙間に体を滑りこませて、身を潜ませた。トタン屋根から、噴き出すように落ちてくる雨水が、足元に跳ねてくるが仕方ない。

(星ちゃんに遅れるって事情説明したいけど……)

 陽からの絶え間ない連絡のせいで、それが叶わない。
 光は、仕方なく震え続けるスマホを胸ポケットにしまった。


 身を潜めて、五分くらい経った頃、スマホが震え続けるのを止めた。一呼吸おいて、一度だけ短く振動する。

「何だろ」

 スマホを取り出すと、ロック画面に不在着信の通知と、メッセージの受信の通知があった。両方、最新のものは陽である。

『陽:お前、靴ねーじゃん! もう門出たのかよ?』

「昇降口行ってんの!?」

 光は驚愕の声を上げた。なんと、陽は返事を待たずに昇降口に向かっていたらしい。つくづく謎の行動力を発揮する男だと光は呆れた。
 それより、陽が西門を離れていた。これは、帰る好機だ。
 駐輪場に隠れたせいで、しっとり濡れた制服を思うと腹立たしいが、この機会を逃すわけにはいかない。
 光は、大慌てで雨の中に飛び出し、傘を開いた。西門を通ると、早足に坂を下り始める。朝と違って殆ど無人のため、足止めを食らうことはない。
 急がなければいけないと、気が逸った。「出る」と連絡してから、時間が経ってしまっていた。星は心配しているに違いないと、光は焦った。

「もう! 星ちゃんが迎えにきちゃったりしたら、よっくんのせいだ――あ、そうだ、連絡きてるかも!」

 幸いにも、陽の鬼電がピタリと止んでいた。
 歩きながらでも、連絡しておこうと光はスマホを取り出した。着信と受信の通知を急ぎ見ると、

(あれ?)

 星の通知はあった。予想通り、かなり心配している文面で申し訳なくなる。
 しかしそれと別に、目に引っかかったのは、意外な名前だった。

 この四月。知り合ったばかりの頃、義理で連絡先を交換したっきり、使用することのなかった宛先――冨嶋螢から、メッセージを受信していた。

『冨嶋螢:藤間さん、おはなしがあります。いまから、城跡公園にきてもらえませんか』

「なんで、冨嶋先輩が?」

 光は、首を傾げかけて、すぐに「あっ」と思い至る。
 今日、美術室で日香里に頼まれたことが、光の脳裏によみがえった。


――光、不二磨さんとトミーの話し合いを、取り持ってやってくれないか。

 螢が、勝手に被写体にしてしまったのは、星なのだと日香里は言った。
 口下手な螢は、許可を貰うどころか、星を酷く怒らせてしまい、話もできない状態なのだ、とも。

「光、図々しいのはわかってる。でも、勝手に撮ったのは良くなかったけど、いい写真なんだよ。オレとしては、頑張らせてやりたいんだ。だから、頼む!」

 そう言って、日香里は光に頭を下げたのだ。
 そのときは、勢いに押されてつい「わ、わかりました……」と前向きな返答をしてしまった。しかし、いま冷静になってみると、星の気持ちを確かめる前に、頷くべきではなかったと思う。

「やっぱり、ちょっと考えさせてって、断っとこうかな。一回頷いちゃったから、気まずいけど……」

 螢のメッセージをもう一度読み返した。
 城跡公園は坂を上りきったところにある。行くならば、来た道を戻った上で、さらに上っていかないといけない。せっかく下りてきたのに、また上るのかと思うと、うんざりした。
 だけど、どうせ断るなら、早い方が良いだろう。それに、一度引き受けたものを、顔も見ずに断るのは、とても失礼な気がした。
 光は、螢へ公園へ向かう旨を返信すると、星へのメッセージを打った。

『光:星ちゃん、ごめん! ちょっと教室に忘れ物しちゃったから、取りに戻る>< すぐだから、本屋で待っててね』

 螢に会いに行くことは伏せておいた。心配をかけたくないのと、星が揉めている相手に会うと知られるのが、少し後ろめたいせいでもあった。

「これでよしっ、と。早く行ってこなきゃ!」

 光は、くるりと身を翻すと、先刻まで下っていた坂を、今度は大急ぎで上り始めた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...