拝啓、259200秒後の君へ

野々峠ぽん

文字の大きさ
12 / 17
そもそもの話の章

(11)

しおりを挟む
 光は、えっほえっほと坂を上っていた。
 悪天候に視界もかすむ中、急こう配の坂を急いでゆくのは、並大抵のことではなかった。
 まして、雨の勢いは傘を持つ手が震えるほどになっている。左右に体が振れるたびに、傘に溜まった雨水がバタバタ降りかかり、制服が腕に張り付いた。

「冨嶋先輩も、あんなとこに呼び出さなくたって。さっき言ってくれたらいいのにぃ」

 歩きながら、ついつい泣き言が漏れる。光は、日香里に聞かれたくないことでもあったのだろうかと、予想した。
 なんとか校舎を背に追い抜くと、石垣と、その周囲を巡る深い堀が見えてきた。
 雨のせいか、堀は酷く増水している。どぶりどぶりと波立つ水面が、石垣をこそぐように動いていた。もし落ちたら、「うんざり」では済まないことは明白だ。
 光は念のため、歩道の端に付けられた落下防止の柵から、人ひとり分離れて歩いた。

 公園に近づいてくるごとに、人通りが少なくなっていた。建物の明かりがどんどん遠のいて、疎らに設置された街灯だけ、仄かに明るい。
 突如、正面から凄まじい飛沫をあげながら、軽トラが向かってくる。白く鋭いライトに、暗さになれた目が、一瞬チカっと眩んだ。 

「わっ! ――あっぶないなあ、もう!」

 すんでで避けたおかげで、衝突せずに済んだ。軽トラは、人を轢きかけたことなど気づきもせず、猛スピードで走り去る。

「前見てないの? この傘、けっこう目立つのに。あっ、そうだ」

 光は、スマホを取り出した。また始まった陽からの鬼電に、画面が点灯し通しになっており、ちょっとしたライト代わりになる。持っていれば、車の方からも、光のが存在がわかるに違いない。

「これでよし」

 ただ、陽からの着信を無視している為に、星からの連絡に返信できないことだけ気にかかる。
 光は、先を急いだ。


***


 やがて、城跡公園の入り口に着いた。
 かつて山だった名残に、敷地内には背の高い木々が鬱蒼と茂っている。
 そこだけ、草木を無理に引き剝がしたような道路を、光は早足に歩いた。地面はぬかるんで、一歩ごとにぶちゃぶちゃと不愉快な音を立てる。
 人っ子一人、すれ違わなかった。
 ふと、通り過ぎる木々の隙間に、白い看板があるのを見つけた。殴られたようにひしゃげた看板には、大きく「不審者注意!!」と赤い文字で書かれていた。

(げげっ……!)

 黒く生い茂る木々が、急に不気味に見えてくる。光はスマホで足元を照らしながら、大急ぎで不穏な道を歩いていく。
 そのとき、木々や傘にはぜる雨の音に紛れ、背後から足音が聞こえた。
 しかも、だんだんと近づいてきている。
 光は背筋がゾーっと寒くなった。靴下に泥が跳ねるのも構わず道を抜け、石段を駆け上る。
 石段を上れば、城跡公園に着く。そこでさっさと螢に断って、星と帰るのだ。
 光は断固として走った。

 しかし、公園に到着したとき、螢の姿はなかった。
 
「なんでまだ来てないのっ!?」

 光は、憤慨した。
 無人のあずまやと、その周辺を見渡してみても、螢の姿は影さえも見えない。
 人を呼びつけて置いて、先に来ていないとは一体どういう了見なのか。

「もう! まさか、まだ学校にいたりしないよね?」

 ぷりぷりしながら、鞄をあずまやのベンチに置いた。一度、思い切って陽の着信を切ると、メッセージのアプリを起動する。

『光:着きましたよ。冨嶋先輩、いまどこですか?』

 すぐに既読が付いた。次いで、返信がある。

『冨嶋螢:ぼくもいます』

「えっ、ウソ。どこにいるの」

『冨嶋螢:ぼくは展望台にいます』

「展望台?」

 光は首を傾げた。城跡公園には、高い石垣を利用した展望台があり、そこからは藤空木市を一望できる。
 とはいえ、ちゃちな望遠鏡が一台置いてあるだけの簡素なもので、屋根もなにも無い。
 こんな雨の日に待ち合わせするには向かない場所だ。
 しかし、何故かを訊ねる前に、また陽から着信する。

「あーもう! 仕方ない、行ってみよう」

 光は、安請け合いはするものじゃないと思いながら、展望台へ向かった。


***


 公園の端の、背の高い木々が途切れ、わずかに開けたところに、展望台はある。その淵には、朽ちた柵が打ち捨てられたように置かれていた。すぐ下には、深い堀が巡っている。
 光は、さっきの足音のこともあり、多少ナーバスになりながら、周囲を見回した。
 やはり、螢の姿は見えない。

「どうなってんの?!」

 一度ならず、二度までも、一体どういうつもりなのか。
 光は文句を言ってやろうと、スマホを操作した。
 肩にはさんだ傘の中で、スマホを濡らさないように猫背になり、せかせかと指を動かした。

「つ、き、ま、し、た、けど――」

 ふと、ざり……と地面が擦れるような音がした。
 光は、何とはなしに顔を上げた。
 すると、傘とスマホと、濡れた地面だけだった視界に、何か割り込んでいる。

 靴だ。

 そう理解するより早く、靴に繋がる「脚」がぐんと前に来た。
 えっ、と戸惑う間もなく、正面から何かが強くぶつかる。
 ピンクの傘が雨天に吹っ飛び、泥濘にべちゃりと倒れこんだ。光は、ううと低く呻く。
 痛い。ぶつかった。何に――いや、誰に?

「ぎっ!!――」

 生理的な叫びが喉をついて出ようとして、腹部から胸を貫くような痛みが走る。
 咄嗟に、というより反射で腹を見た。

 なにか生えている。黒くて、固くて、細長い――。

「…………」

 それが「ナイフ」で、自分は「刺された」のだと、とうとう光は知ることが出来なかった。
 自分がどんな目にあったのかもわからないまま――ただ、痛みとショックで遠のく意識の隅で、ばたばたばたと泥濘をえぐるような音を、近く遠く、聞いた。

 あとは、暗い水の中に落ちていくようだった。


 そうして藤間光は、あっけなく十五歳の命を散らせてしまった。
 しかし、その人生はここで終わらなかったのである。




 そもそもの話の章(終)
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...