この世の全てが詰まった物語

佳樹

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明日へ・・・

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これは私の身に起きた不思議な三人のおっさんとの出会いのお話しです。

その時の私は失意のどん底に居ました。
大学を卒業して就職浪人し20年間務めた会社を突然リストラされました。
会社の為に尽くして来た私がリストラに遭うなど、その時は夢にも思いませんでした。
これまで、家庭を顧みず仕事に打ち込み、仕事でのストレスは全て妻や娘にぶつけてしまっていました。
彼女達から見て私は決して良い夫、良い父親でな無かったでしょう。
仕事をクビになってからの私は今まで苦手だったお酒を、嫌な事を忘れる為に無理矢理に飲み、酒浸りの日々を送りました。
時には酔った勢いで、妻に暴力を振るう事もありました。
そして、妻は娘を連れて家を出て行きました。
元々貯金など無かった私は、在宅介護をしている母と二人、小さなアパートに引っ越す事にしました。
それから私は生活の為に職を探す事にしました。
しかし、40代半ばで一つの会社しか経験がなく、一つの事しか出来ない私を求める企業がある訳も無く、幾ら履歴書を送っても書類選考を通る事は一度もありませんでした。
私は自尊人を失い、そこで初めて自分の価値を知りました。



今ではこう言えます。
"私は何も持たないおっさんです。"



その日私は、母の介護疲れと先の見えない未来に絶望を感じ、気が付くと駅のホームのベンチに3時間以上も座っていました。
「何の為に私は今まで働いてきたんだろう。何の為に生きて来たんだろう。」
私は自問自答し、答えが出ないままその問いだけが頭をずっと駆け巡っていました。。
「そもそも私には生きている意味が無いんだ。」
そう思った瞬間、何かが吹っ切れ、電車が入って来るホームの白線の外側に立っていました。
これで全て忘れて楽になれると思った瞬間、あの三人が現れたのです。
私は急に後ろから肩をポンと叩かれて、突然の事に驚きを隠し切れず素っ頓狂な顔で後ろを振り向きました。

あの時の彼等にその時の私はどう映っていたのでしょうか・・・

「さっきから電車に乗らずに、ずっとベンチに座ってたけど、おっさも俺達と目的は一緒か?」
おっさん野球帽さんがニヤニヤしながら私に話し掛けて来ました。
「えぇまぁ。」
見ず知らずの人から突然話し掛けられて、訳も分からず、適当な返事をしました。
「お主、中々の強者ですな。」
「このベンチからは階段を上って行く女性のパンチラが良く見えるからなぁ。俺達も良く丸一日ベンチに座って張ってるんだぜ。」
おっさん伊達メガネさんが厭らしさを全く出さずに爽やかに言い放ちました。
三人は何を勘違いしたのか、私をパンチラ目当でずっとホームに居る男と思っている様でした。

「これも何かの縁だ、俺達がパンチラスポットを案内してやるよ。」
そう言うと、三人のおっさんは私の腕を掴んで強引に改札を出て、駅前の公園へと連れて行きました。
「これから彼方にパンチラの申し子と呼ばれた私がパンチラのチームプレーを教えて進ぜよう。」
おっさんチョコレートさんが石段の上に上り高い位置から腰に手を当て尊大な態度で言いました。
「まず、ミニスカートを穿いた女性とのすれ違い様に、鈴の付いた鍵を落とす。
落とした事に気付かない振りをして歩くと、鈴の音に気付いた親切な女性が鍵を拾ってくれる。
女性が立ったまま鍵を拾えば女性の背後にスタンバイした者がパンチラを拝める。
もし女性が屈んでその鍵を拾ったならば正面にスタンバイした者がパンチラを拝める。
これは緻密に計算され尽くされた軍事作戦である。
この時残念ながら、鍵を落とす役はパンチラを拝めないが、それは寧ろ名誉な事だと思ってくれたまえ。」
「イエッサー!」
おっさん野球帽さんとおっさん伊達メガネさんが俄仕込みの敬礼をしながら返事をしました。
「おっさんは今日が初任務だから、鍵を落とす名誉な役を与えよう。それでは健闘を祈る。」
おっさんチョコレートさんから私は有無を言わさず鍵を渡され、三人は私から少し離れた木の陰に隠れました。
私の心臓はドキドキしていました。
こんな悪戯は中学生以来だったので、緊張とワクワク感の両方の感情が入り混じって懐かしい感覚でした。

私は覚悟を決めて、ミニスカートを穿いた女性を待ちました。
すると、目の前から金髪で厚化粧の20歳前後と思しき露出度の高い服を身に纏ったギャルが此方に向かって来ました。
「チャリン!」
私は女性とのすれ違い際に鍵を落とすと女性が鍵を拾う為に、身を屈め始めました。
すると、さっきまで木の陰に隠れていたおっさんチョコレートさんが興奮の余り、女性の直ぐ近くまで出て来ていたのです。
女性はおっさんチョコーレートさんと目が合い、おっさんチョコレートさんの激しい息遣いが公園に響き渡っていました。
「はぁはぁはぁ!」
「何見てんだよおっさん!」
「皆の衆、撤収だ!」
私もおっさん野球帽さんも、おっさん伊達メガネさんもその声を聴くや否や、条件反射的に走り出していました。
私は必死になって走りました。
こんなに全力疾走をしたのは思えば数十年振りの事でした。
久しく忘れていた感覚で、走る事がこんなにも気持ち良かったんだと感じていました。
おっさんチョコレートさんの全力疾走はお年寄りが歩くスピードより遅かったので、呆気無くギャルに掴まりました。
そして、空手の有段者であるギャルに足払いをされ、地面に転がり、身を丸めて苦悶の表情でギャルからの殴る蹴るの攻撃に耐えていました。
「痛いよー!止めてくれよー!これで勘弁してくれよー!」
おっさんチョコレートさんは財布から1000円札を取り出してギャルへ慈悲を乞うていました。

無事にギャルから解放されたおっさんチョコレートさんは何処か満足気な表情を浮かべていました。
「パンツもしかっり拝めたし、殴られている時にこっそりとギャルの胸に手を触れる事が出来たし、たった1000円で、どさくさに紛れて濃厚なサービスを受ける事が出来た。
これもおっさんのお陰だ。ありがとう。」
そう言うと、おっさんチョコレートさんは公園中に響き渡る不気味な大きな笑い声を上げて腹を抱えて大笑いしました。
私達三人もその笑い声に釣られて、声を上げて大笑いし、私とおっさんチョコレートさんは固い握手を交わしました。
私はこんなに大笑いしたのは初めてで、さっきまで死のうと思っていた自分が、今こうして笑えている事に内心驚いていました。

「走って喉も渇いたし、今から俺の家で飲まないか?勿論おっさんも一緒に来るよな?」
おっさん野球帽さんが汗を拭いながら言いました。
「えっ!?私も良いんですか?三人のお邪魔にならないですか?」
「何言ってんだよ。俺達はもう友達じゃないか。」
おっさん伊達メガネさんが私の右肩に手を回しました。
「そうですよ。一緒に走った仲じゃないか。」
おっさんチョコレートさんも私の左肩に手を回しました。
そして、四人で横一列になって歩きました。
私には恥ずかしながら、この歳になって友達と呼べる様な存在が居ませんでした。
大人になるに連れて、子供の頃の様に気軽に友達を作る事が難しく、この様な存在を得る事はこの先も無いだろうと半ば諦めていました。

おっさん野球帽さんの家に着くと、彼は冷えたビールで私達を持て成してくれました。
これまで、嫌な事を忘れる為に無理して飲んでいたお酒が初めて美味しく感じました。

私は生涯、四人で飲んだこの時のビールの味を決して忘れないでしょう・・・

それから私達は時間を忘れて、他愛のない話をしました。
彼等は知ってか知らずか分かりませんでしたが、私の個人的な話には一切触れる事はしませんでした。
三人と飲んでいると不思議と涙が溢れて私は途中からそれを隠すのに必死になっていました。

私は今まで、周りからの非難を気にする余り、自分で自分を追い詰めていたのかもしれない。
彼等の様にどんなに周りから蔑まれても、自分だけは自分を認めてあげるともっと気持ちが楽になれるという事を教わりました。

子供の頃は些細な事で笑ったり楽しんだりしていたのに、大人になると何故か子供の頃の様に無邪気に笑える事が少なくなります。
初めは、彼等が他の大人達と違うのは、彼等だけが、無意識にも楽しい事を見つける才能があるからなんだとそう思っていました。
だけどそれはきっと違ったんです。
私にも、他の大人達にも彼等の様な才能が元々備わっている。
だけど、その大切な感情が周りと自分を比べたり、世間体という物によって蓋をされて行く様な気がします。

日常には本当は気付かないだけで楽しい事が沢山転がっているのに、私は今までそれに目を向けようとして来ませんでした。
こんなに笑って楽しかった1日は一体どれ位振りだったでしょうか?
今日で全てを終わらせようとしていた私が、明日が来るのがこんなに楽しみになるなんて・・・

おっさん野球帽さんの家を出る頃にはすっかりと外は暗くなっていました。
三人は私の自宅近くまで、見送りをしてくれました。
「おっさん!また一緒に遊ぼうな!」
三人は背を向けて歩き始めた私に向かって、声を掛けてくれました。
私はいつの間にか、鼻を啜りながら声を押し殺して泣いていました。

「また・・・」

溢れる涙が止まらず、その一言が中々出ずに、やっとの思いで絞り出す事が出来ました。

そして、自宅のアパートに着くと、奇跡の様な瞬間が訪れました。
出て行った筈の妻と娘がアパートで私を待っていてくれたのです。
私は今まで下らないプライドが邪魔をして妻や娘には自分の弱さを隠すために厳しく当たっていました。
家族でありながらいつも二人に対しては大きな壁がある様に感じていました。
しかし、この時ばかりは溢れる涙を抑える事が出来ませんでした。

「全部俺が悪かった許してくれ!俺にもう一度ここからやり直すチャンスをくれ!」
妻は私の変化に驚いた様子で目に涙を浮かべながら優しく答えてくれました。
「はい・・・私の方こそ娘を連れて、何も言わず急に出て行ったりしてごめんなさい。」
「いいんだ・・・もういいんだ・・・」
私は妻と娘を強く抱き締めました。
初めて妻と娘に自分の弱さを曝け出したら不思議と気持ちが楽になりました。
そして、やっと気付いたこの幸せを、もう二度と手放したくないと、そう強く思いました。



今ではこう言えます。
"私は大切な物を手に入れたおっさんです。"


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