ANOTHER WORLD STORIES

佳樹

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57話 Cecil

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桃恵先生は次の日曜日に海を越えた孤島に存在するヴァリア城を訪ねてみないかと提案した。
ヴァリア城は国内では珍しい西洋風の建築様式で、僕達の住む町からもフェリーが出ており、片道三時間程で着くとの事だった。
僕は七海さんとの約束を思い出し、桃恵先生には日曜日は予定があるとだけ告げ、祝日である月曜日に行く事で話は纏まった。

「先程、桃恵先生がお話し下さった、別の世界の人間で、管理者としての能力を一部受け継いだという事をもう少し詳しく教えてくれませんか。」
「そうね。今の私の姿からは想像出来ないかもしれないけど、私はね、この世界に来るまでは一国の王女だったの。
ある日、森を散策している時に何者かに誘拐されて、気が付くと見知らぬ男達に荷馬車に乗せられていたの。
朦朧とする意識の中、外を見ると、視界に入って来たのは、大きな城とヴァリア国の国旗だった。私はそこで、今居る場所がヴァリア国で、目の前の城はヴァリア城だと知ったわ。
荷馬車はそのままヴァリア城の敷地に入り、私は強引に荷馬車を降ろされ、そのまま城の一室に閉じ込められたの。
固く閉ざされた部屋からは出る事が出来ず、軟禁状態だった私は、きっと彼がいつもみたいに颯爽と助けに来てくれるとのだと信じて疑わなかった。
そしてその日の夜、扉の外から彼の声が聞こえた気がしたの。
私は思わず扉の近くまで歩み寄り、扉に耳を当てたの。
すると突然、目の眩む様な光に包まれて、気が付くとこの世界に居たって訳。」

「先生を誘拐した、そのヴァリア国ってのは、どんな国だったんですか?」
「これがまた不思議な国なの。
亀の様な化け物を国を挙げて信仰の対象としてて、そんな国が一体何が目的で、私を誘拐したのかも皆目見当が付かないのよ。
そう言えば、その化け物に似た物をこの世界に来て見た気がするわ。でも一体どこで見たんだろう。」
「その謎も、ヴァリア城に行けば何か手掛かりが掴めるかもしれませんね。」
「ええ、そうね。」

「それともう一つのセシル君の疑問は管理者についてだったわね。
管理者はね、この世界の全てを知る存在の事よ。そうは言っても私は完全な管理者では無い。だからこの世界の一部の事しか知らない。

私がこの世界に来て暫くして、ある老婆が私の目の前に現れて言ったの。
自分はこの世界の管理者であると。そして、私にその意志を受け継いで、次の管理者になって欲しいと。
悲壮感漂う表情で懇願されたものだから、私に出来る範囲の事であれば力になりたいと思ったわ。
そして、老婆は管理者になる為の恐ろしい条件を私に突き付けたの。

その条件とは次の管理者がその手で老婆の命を奪う事だったの。
私にはそんな恐ろしい事はとてもじゃ無いけど出来なかった。
困惑して逃げ出そうとする私の手を老人とは思えない強い力で掴み、反対の手で自らの胸に包丁を刺した。
そして、抗う事の出来ない強い力で無理矢理私に包丁の柄を握らせたの。
老婆は私にすまない謝りながらも、どこか晴れやかな顔で息を引き取ったわ。
管理者になって知ったんだけど、これは本来であれば終始一貫して後継者がしないといけない事だったの
だけど、老婆の力を借りて行ったと見なされたのか、完全な管理者としての能力を得る事が出来なかったの。」

「そんな辛い経験があったんですね。」
「ええ。管理者の権限と言うのは状況によって様々だから、実例を挙げると、あなたがこの学校に来たその日に、私はそれを行使したの。
この世界の常識として、身元不明の生徒が、一介の教師の紹介とは言え、次の日から直ぐに学校に入学する何て事は普通だと出来ない事なの。
だから私はこの権限を使ってあなたを周囲から不審がられる事無く入学させる事が出来たの。」
「そこまでして下さってたんですね。お礼を言うのが遅くなってすみません。」
「良いのよ、そんな事。」
でも待てよ。
陽菜さんは僕がすんなり入学出来た事に疑問を抱いていた。
そして、七海さんもこれまでの経緯を話した時に同じ疑問を抱いていた。
桃恵先生の力でも、二人にはその事が当然の事だって認識を植え付けられなかったって事なのだろうか。
管理者の力が及ばない人間が少なからず存在する。
それはどういう基準なのだろうか。

「それとね、私が管理者として得た知識の一つ。これは私以外には誰も知らない事。だからあなたもこの事は口外しちゃダメよ。」
桃恵先生は僕の唇に人差し指を当てて言った。
「この世界の人間はNPC(Non Player Character)。彼等には自分の意志と言う物が存在しない、只の操り人形。」
いや、そんな筈は無い。こればかりはすんなりと受け入れる事は出来ない。
今まで出会った、陽菜さんや七海さんには確かに意志がある。
それは彼女達が思い悩む姿を近くで見ていた僕だからこそ、よく分かる事だ。

「桃恵先生!それは違います!先生だって知ってるでしょう!陽菜さんや七海さんは強い意志を持ってます!」
「先生は今までずっと、周りの人間全てが意志が無い操り人形だと思って過ごして来たんですか?
そんなの辛すぎますよ!」
「彼女達も然り、事実そうなのよ。彼等には元より意志が無いんだから、私からどう思われようと、何も感じる事が無いわ。」

桃恵先生は分かっていない。
だからこそ、ここで分かって貰わないと、心が壊れてしまう。

「違います!僕が言いたかったのは桃恵先生が一番辛かったんだって事です!」
先生は一瞬、僕が何を言っているのか分からないといった様子で、瞬きしながらこちらを見ていた。
「だってそうじゃないですか。
突然、異国の地に連れて来られて、そこに居る周りの全ては、人間の形をした意志を持たない操り人形。
話をするだけ無駄だって、そんな事を考えながら生きてたら、心が保てないと思います!」
桃恵先生の目の奥が暗くなったのを感じた。
そして先生は昔の大事な何かを思い出したのか、ゆっくりと話し始めた。

「それでもね、私も昔はこうじゃ無かったの。
昔ね、私の受け持っていたクラスの中でいじめが発覚したの。
その時の私は生徒達の心に訴え掛けようと必死になって声を上げた。
だけど、彼等に何も響いていなかった。そもそも何も感情が無いんだから。
私はいつからか彼等には何も期待しない事に決めた。クラスで度々起こる事件にも無関心を装った。
最初は胸が痛んだ。苦しんでいる生徒を教師として救ってあげるべきじゃないかって葛藤もあった。
だけどそれは、苦しんでいる様に見えるだけのまやかしであって、救おうとする事が如何に無駄な事だってのも良く分かってた。
私は自分がどんどん冷酷で薄汚れた人間に変わって行くのが分かった。
人間らしい心も欠落して行った。

それまでは、いつか必ず彼が私を見つけ出してくれる。
そして、この暗闇から救い出してくれるって信じて、その事だけを心の支えにずっと頑張って来た。

だけど、今となっては、彼が知ってる、純粋無垢な少女はもうどこにも居ない。
ここに居るのは薄汚れた卑しい女だけであって、今の私には彼に会いたいと願う資格も、探して貰う価値も無い。」

「違います!昔の桃恵先生の事知りませんが、それでも、僕は桃恵先生の優しさに何度も救われました!
異国の地で、どうしようもなく不安で、路頭に迷ってた僕に、優しく手を差し伸べてくれたじゃありませんか。
桃恵先生が居なかったら、僕は希望を見い出せず、悲しみに暮れる日々を送っていたと思います。
だから先生も、これ以上、自分を責めるのは止めて下さい。」
僕は大袈裟でも無く、命の恩人である桃恵先生に、もうこれ以上苦しんで欲しくない。
今までだって十分苦しんで来たんだ。
少しだけでも良い、桃恵先生が抱える苦しみを取り除いてあげたい。
でも先生を本当の意味で救えるのは僕なんかじゃ無い。話に出て来た彼しか居ない。
僕は何て無力なんだろう。

「決して戻れない幸せだったあの日々に、少しだけでも良いから戻りたい・・・
何時も攫われた私の元に直ぐに駆け付けてくれて、少しはにかみながら、不器用に差し出してくれる彼の手の温もりが懐かしい・・・」
桃恵先生はペンダントを両手で握り締め、額に当てながら嗚咽交じりの声で、必死に何かに縋り付いている様に見えた。
それは恐らく、彼との思い出にだろう。桃恵先生の語り口から察するに彼はとても勇敢で、先生にとって掛け替えの無い人だったに違いない。

「私、あなたが来るのをずっとずーっと待ってるのよーーー!
お願いだから、早く迎えに来てーーー!
私はここに居るよーーー!
ロマリオンーーー!
じゃないと、このままじゃ私、私・・・」


ここまで感情を露わにした桃恵先生を初めて見た。
苦しい胸の内を誰にも明かせずに、きっと今まで無理して気丈に振舞っていたんだろう。
子供の様に泣きじゃくるその瞳の奥に、純粋な少女の姿が見えた気がした。


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