わたしはあなたの隣で幸せに咲く

初枝れんげ@出版『追放嬉しい』『孤児院』

文字の大きさ
2 / 27

2.一人きりの出発……のはずが

しおりを挟む
突然、横暴領主の元へ嫁ぐように言われた私は、すぐに支度を整えた。

普通、こういうのは使用人のメイドがやってくれるものかもしれないが、追い出される私を手伝ってくれるようなメイドはいなかった。

でも、そのことを恨んだりするつもりはない。

私を手伝えば、そのメイドは妹や両親から目を付けられるかもしれない。

そんな子を生むくらいなら、私を手伝ってもらってほしくなんかなかった。

私の居場所を奪った彼女たちだったかもしれないけれど、そう仕向けたのは私の家族なのだ。

そう思えば、メイドたちを恨む気に、私はなれなかったのである。

あれだけのことをされてきて、ちょっとお人よし過ぎるかもしれないが、そんな気になれないのだから仕方ない。

「やっぱり誰も見送りにも来てくれないか」

昨日、独りで泣いて既に涙は枯れはてていて、今更涙を流したりはしない。

ただ、乾ききったと思った心が、まだギュッと痛いような気がした。

妹や両親がいくら私を嫌っていても、私は完全に彼らを嫌いになれないのだ。

「そのことが自分を苦しめるのにね」

自嘲するけれども、それも仕方ないことだと割り切る。

どんな仕打ちをされても、やっぱりあの人たちは家族だった。

彼らがそう思ってなくても、私が彼らを嫌う理由にはならない。

そんな私の心の柔らかい部分が、少し痛かったのだろう。でも、

「いつまでもこうしてはいられないわね」

私は用意された馬車へ乗り込んだ。

誰も見送る者がいない旅路へと向かおうとする。

だけどその時。

「お嬢様!」

一人のメイドが息を切らせて駆けつけてきた。

私は驚く。いや、怒ったかもしれない。

「馬鹿ね、どうして来たの? アン」

第一声にそう言う。

そして、

「今ならまだ間に合うわ。周りのメイドに見られないうちに。私の妹や両親に見つからないうちに戻りなさい。じゃないとあなたの居場所すらなくなってしまうわ」

私と同じように。

でも、そんな言葉に、そのメイドは言う。

「お嬢様! お嬢様にお礼を言いたくて」

「お礼?」

私は首をかしげる。

なんのことかと思って。

「私は平民の出身です。なのにお嬢様は分け隔てなく接してくださった。他の方々が私たちを顎でお使いになる中、お嬢様だけが私たちを人として見て下さいました。それだけじゃなくて、私がミスしても怒るどころか、かばってくれたりもしました! そんなお優しいお嬢様が、こんなひどい仕打ちを受けるなんておかしいです!」

「アン、ありがとう」

私はお礼を言う。

でも、彼女のためを思って、すぐに話を切り替えた。

私がどれだけ彼女の気持ちが嬉しいかを伝えるよりも、アンの今後のほうが大事だから。

「でも、本当に戻りなさい。出て行く私なんかに構って、あなたの立場が悪くなってはいけないわ。そんなことになったら、私が向こうでずっとあなたのことを心配するはめになるでしょう?」

それは心から出た言葉だった。

私のために、他人が傷つくなんて耐えられない。

それに、アンは唯一、私を慕ってくれたメイドだった。

表立っては他のメイドと同じ態度だったかもしれないが、それを私は責める気にはなれなかった。

時々、かけてくれる優しい言葉や、真冬の日に冷たい水しか持ってきてくれないメイドたちに隠れて、そっと温かいお湯をもってきてくれたりした。

それだけで十分、私は癒されたのだ。だから、

「さあ、早く戻りなさい、アン。私なんか放っておきなさい。それよりも、リンディや父や母に尽くしてあげて。決して悪い人たちではないのよ」

「こんな時でもお嬢様はお優しい。いえ、お優しすぎる」

「そんなことはないわ。家族の幸せを祈るのは普通のことでしょう」

「そうです。でもお嬢様にこそ、その幸せが下りるべき方のはずです!」

「アン……」

「だから付いて行きます!!」

「え?」

今、この子はなんと?

「気持ちは嬉しいけど、絶対にやめておいたほうがいいわ。だって……」

「もう辞表も出してきました!」

「え?」

私は絶句してから、

「ええええええええええええええええええええ!?」

久しぶりに大きな声を出してしまう。

「ちょ! なんでそんな馬鹿なことを!?」

「お嬢様に尽くしたいからです! いえ、むしろお嬢様以外に仕えるなんて考えられません。妹様がいかに癒しの力を持つ聖女であろうと、お嬢様はそれ以上の癒しを私に与えてくれたんです!」

「わ、私が癒しを?」

「そうです! 真の聖女はシャノン様です! 間違いないです!」

変に言い切られてしまった。

というか、私に聖女だなんて大層な肩書きは全然いらない。普通に暮らしたかっただけだ。

だが、それはともかく、目の前の少女が私を慕ってついてきたいという気持ちが本物であることはよく分かった。

これからどんな所に行くのか。

それがどれだけ無謀なことなのか。

辞表も既に出したという。

経緯はどうあれ、私の行動が彼女にそうさせたのだ。

「ある意味、私のせい、よね……」

「! お嬢様、そういうつもりではっ……。お嬢様の優しさにつけこむようなつもりは決して」

「分かっているわ。そんな風に思うわけないでしょう?」

「あっ、そうですね。だってシャノンお嬢様ですもんね」

「なに、それ」

プッ、と私の唇がほころんだ。

今からこの子を屋敷に帰すことはできなくはない。でもそれはきっと、この子の幸福にはならないだろう。

なら、私がなんとかしてあげよう。

そう思う。

こういう中途半端な優しさが一番いけないのだと分かりつつも、見捨てることなんてできない。

私はきっと、公爵様にひどい目にあわされるけど、メイドの一人くらいなら、私が死ぬ気で頼めば、他の仕事を斡旋してくださるだろう。

それに、

「正直、私に付いて来てくれる人が一人でもいてくれて嬉しいのよ。ありがとう、アン」

「そんな! 私が絶対に付いて行きたかったんです! お嬢様! ああ、ありがとうございます!」

何だかお礼の言い合いになってしまった。

大丈夫、あなた一人くらいなら、私がなんとかしてみせるからね。

「? お嬢様?」

「何でもないわ。じゃあ乗って、アン。公爵家へ参りましょう」

「はい、お嬢様!」

用意された馬車へアンが乗り込む。

こうして、思わぬ同行者が増えた私は、馬車に揺られて公爵家へと向かったのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

一年だけの夫婦でも私は幸せでした。

クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。 フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。 フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。 更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ヒロインと結婚したメインヒーローの側妃にされてしまいましたが、そんなことより好きに生きます。

下菊みこと
恋愛
主人公も割といい性格してます。 アルファポリス様で10話以上に肉付けしたものを読みたいとのリクエストいただき大変嬉しかったので調子に乗ってやってみました。 小説家になろう様でも投稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...