19 / 27
19.★ロベルタ公爵視点
しおりを挟む
~ロベルタ公爵視点~
(どうしたというんだ、彼女は。昼間は戸惑っていたようだが、あれほどふさぎ込んではいなかった)
それなのに、今日は突然ディナーの申し出があった。
明るい話題かと思ったら、神妙な顔をしたシャノンがいた。
そして、何か重要なことを言おうとする彼女だったが、突如あの美しい琥珀色の瞳から涙をながしはじめたのだった。
それは彼女の透明な心のように、美しい雫だったが、何が彼女を悲しませているのかと、思わず怒りにとらわれる自分に驚いた。
結局、事情は分からないものの、彼女の体調にも差し支えるだろうと、とっさに彼女を抱きかかえて部屋まで送った。
自分でもあんなことをしたのは初めてであり驚いたが、彼女の純粋な涙と、いたいけな様子を見ていて、体が勝手に動いたのである。
それにしても、一体、誰がやっと明るい表情を見せてくれるようになってきたシャノンに、あのような表情をさせたのか。
それが許せないし、一番知りたいことであった。
と、憤りながら自身の部屋でイラついていると、ドアがノックされるとともに家令のルーダが入ってきた。
そして、事情を知らされたのである。
「爺が迂闊でした。まさかあのリンディ令嬢が待ち伏せして、奥様と接触をはかるとは……。どういった内容の会話があったかは目撃情報だけですので詳細は分かりかねますが……。想像は容易ですな。おそらく、この公爵領が欲しくなったに違いありません。ゆえに、奥様を脅しつけ、公爵様との婚約破棄を迫ったのでしょう。奥様は素晴らしい方だ。ですが、それゆえに、ああいった輩から身を守る術がない」
「ああ、シャノンとこの1か月過ごしてきてそのことはよく分かった。人を信用しすぎるし、決して他人を恨むこともない。誰かが守ってやらなければならない、いたいけな女性だ」
「過ぎたこととはいえ悔やまれます。いえ、予測してしかるべきでした。実は今日参りましたのは、お命じになられていた調査が完了したからでもあるのです」
「シャノンが伯爵家でどういう扱いをされていたか、だな?」
「はい」
ルーダから資料を渡される。そこにあったのは肉親とは思えない、余りにも酷い仕打ちの数々であった。妹のリンディをすべてにおいて優先し、姉であるシャノンは徹底的に差別されていた。食べ物も十分に与えられず、着るものも伯爵令嬢にはとてもそぐう物ではなかった。宝石の類なども取り上げられ、誕生日などのお祝い日も無視されてすらいたという。
両親が妹を過剰に甘やかし、姉を冷遇した理由は、妹に癒しの力があったからということだが、これはとてもつまらない理由だ。時折、この世界ではそういった治癒の力を持つ者が現れる。だが、それはありふれた力であってさほど特別なものではない。聖女などと吹聴しているようだが、とんでもない話だ。聖女と言うのはもっともっと特別な存在であり、伝説に謳われるほどの存在なのである。おそらく凋落気味の伯爵家として、対外的な箔付けの意味が大きいだろう。我が公爵家にシャノンを嫁がせようとした理由の一つもこちらからの結納金が目当てであった。
俺はその資料を読むと、バンと机にたたきつけた。
「こんなくだらない理由で、シャノンはずっとあの家で虐げられてきたというのか!」
「落ち着いてくだされ、旦那様」
「落ち着いていられるか! 何より許せないのは、シャノンがそんな様子をおくびにも出さないことだ! なぜ恨み言一つ言わない! なぜそんなあり方ができる!」
「それが奥様だから、としか言いようがありませんな。旦那様が一番ご存じでは?」
「!?」
俺は彼女がこの公爵家に来た時のことを思い出す。
自分の部屋をもらっただけで、居場所をもらえたと純粋に喜んだ彼女を。
自身の命よりも、メイドのことを気に掛けた優しい彼女を。
自分の身なりよりも、領民の表情を気にしていた彼女を。
俺以外になつかないはずの聖獣が驚くことに彼女を背中に乗せて飛んだという話を。
そして、今日、その恐怖の対象であろう妹から脅されているにも関わらず、泣き言一つ言わない、彼女の気丈な姿を。
「思わずスフィア伯爵家に制裁を加えたくなってきたが……。それはきっと、彼女が更に悲しむことになるのだろうな」
「おっしゃる通りです。それが歯がゆいと爺も思いますれば」
「あいつは悲しみこそすれ、人を恨んだりする奴じゃない。肉親ともなればなおさらだ」
それは彼女と過ごしていれば、すぐに分かることだった。
だが、だとすれば。
「俺に何が出来るだろうか? 彼女の心を少しでも癒すことが出来ればと思うが……」
俺は嘆息する。
情けないことだ。
「剣術において王国最強と言われ、最も賢明なる領主と言われ、王家から最も信任される坊ちゃまにも、分からないことがありますな」
「何を笑っている。俺は真剣なのだぞ?」
「そうですな。これまでの貴族令嬢がたには決して見せなかったお姿ですな」
「……だから悩んでいるのではないか」
俺は不機嫌にコツコツと机を指でたたく。
「今までのくだらん女とシャノンは違う。今日のドレスをプレゼントしたのも、もしかしたら彼女には迷惑なくらいだったのかもしれん」
「ほう。なぜそのようにお思いで?」
爺が聞く。なぜかニヤニヤとした表情なのが気にかかるが、続きを口にする。
「彼女に今日のドレスはとても似合うに違いない。それは俺が保証しよう。だが、彼女が本当に欲しいのはそうした高価なものよりも、もっと心のこもったものではないだろうか。彼女のような自然を愛し、人を愛するような者にとっては、身近で気持ちの込められた何かが良いのではないかと……」
「……ほうほう、それでそれで?」
「……何をさっきからニヤニヤとしているのだ。何か言いたいことがあるなら言わんか」
俺は眉根を寄せて、先ほどから唇をにんまりとした様子で俺の話を聞くルーダへ問う。
「いえいえ。たった一か月でこれほど坊ちゃまをお変えになるとは、と思いましてなぁ。爺はうれしゅうございます。ほっほっほっほ」
「違う! 別に俺は変わってなぞおらん! 他の貴族令嬢とは違って、シャノンがあまりに無防備で無垢すぎるから、勝手にどこぞで倒れでもしないかと心配なだけだ!」
「おお、そうでしたな。そうでしたな。ほっほっほ」
「その笑い方をやめんか。それよりもどうするのが彼女を元気づけることが出来るのか、いつもの老獪な知恵でアドバイスせんか」
「いやいや。こればかりは爺の出る幕ではありませんな。その悩まれた分だけ奥様は喜ばれることでしょう」
「どういう意味だ?」
「他の貴族令嬢と違うとおっしゃったのは旦那様でしょうに。ほっほっほ。おっと、儂はまだ仕事がありますのでこれで」
そう言うとルーダは、口元を隠しながら退散していった。
笑っているのが丸わかりだ。まったく。
俺は公務を進めながらも、一方でひたすらに彼女を元気づけるために何が出来るかを考えていた。
というか、いつの間にか公務が止まってしまう。
こんなことは初めてだった。
「公務よりも彼女を優先してしまっているのか?」
そんなことはあってはならない……のだが、事実、そうなってしまっているのだからどうしようもない。
何とか公務を終わらせて、寝床へと就くことが出来たのは、いつもよりもずいぶんと遅い時間だった。
「出来るだけ身近なものがいいか」
色々と考えて、沢山アイデアを練る。
そのたびに彼女の喜ぶ顔と、反対にがっかりする顔が浮かんできては消えた。
「これほど迷うことは人生でなかったな」
答えがないゆえに、延々とベッドの上で考え続けてしまう。
そんな風に考え続けているうちに、いつの間にか寝てしまった。
そして、翌朝、考え抜いた末のプレゼントをつくるために、俺は出かけることにしたのである。
(どうしたというんだ、彼女は。昼間は戸惑っていたようだが、あれほどふさぎ込んではいなかった)
それなのに、今日は突然ディナーの申し出があった。
明るい話題かと思ったら、神妙な顔をしたシャノンがいた。
そして、何か重要なことを言おうとする彼女だったが、突如あの美しい琥珀色の瞳から涙をながしはじめたのだった。
それは彼女の透明な心のように、美しい雫だったが、何が彼女を悲しませているのかと、思わず怒りにとらわれる自分に驚いた。
結局、事情は分からないものの、彼女の体調にも差し支えるだろうと、とっさに彼女を抱きかかえて部屋まで送った。
自分でもあんなことをしたのは初めてであり驚いたが、彼女の純粋な涙と、いたいけな様子を見ていて、体が勝手に動いたのである。
それにしても、一体、誰がやっと明るい表情を見せてくれるようになってきたシャノンに、あのような表情をさせたのか。
それが許せないし、一番知りたいことであった。
と、憤りながら自身の部屋でイラついていると、ドアがノックされるとともに家令のルーダが入ってきた。
そして、事情を知らされたのである。
「爺が迂闊でした。まさかあのリンディ令嬢が待ち伏せして、奥様と接触をはかるとは……。どういった内容の会話があったかは目撃情報だけですので詳細は分かりかねますが……。想像は容易ですな。おそらく、この公爵領が欲しくなったに違いありません。ゆえに、奥様を脅しつけ、公爵様との婚約破棄を迫ったのでしょう。奥様は素晴らしい方だ。ですが、それゆえに、ああいった輩から身を守る術がない」
「ああ、シャノンとこの1か月過ごしてきてそのことはよく分かった。人を信用しすぎるし、決して他人を恨むこともない。誰かが守ってやらなければならない、いたいけな女性だ」
「過ぎたこととはいえ悔やまれます。いえ、予測してしかるべきでした。実は今日参りましたのは、お命じになられていた調査が完了したからでもあるのです」
「シャノンが伯爵家でどういう扱いをされていたか、だな?」
「はい」
ルーダから資料を渡される。そこにあったのは肉親とは思えない、余りにも酷い仕打ちの数々であった。妹のリンディをすべてにおいて優先し、姉であるシャノンは徹底的に差別されていた。食べ物も十分に与えられず、着るものも伯爵令嬢にはとてもそぐう物ではなかった。宝石の類なども取り上げられ、誕生日などのお祝い日も無視されてすらいたという。
両親が妹を過剰に甘やかし、姉を冷遇した理由は、妹に癒しの力があったからということだが、これはとてもつまらない理由だ。時折、この世界ではそういった治癒の力を持つ者が現れる。だが、それはありふれた力であってさほど特別なものではない。聖女などと吹聴しているようだが、とんでもない話だ。聖女と言うのはもっともっと特別な存在であり、伝説に謳われるほどの存在なのである。おそらく凋落気味の伯爵家として、対外的な箔付けの意味が大きいだろう。我が公爵家にシャノンを嫁がせようとした理由の一つもこちらからの結納金が目当てであった。
俺はその資料を読むと、バンと机にたたきつけた。
「こんなくだらない理由で、シャノンはずっとあの家で虐げられてきたというのか!」
「落ち着いてくだされ、旦那様」
「落ち着いていられるか! 何より許せないのは、シャノンがそんな様子をおくびにも出さないことだ! なぜ恨み言一つ言わない! なぜそんなあり方ができる!」
「それが奥様だから、としか言いようがありませんな。旦那様が一番ご存じでは?」
「!?」
俺は彼女がこの公爵家に来た時のことを思い出す。
自分の部屋をもらっただけで、居場所をもらえたと純粋に喜んだ彼女を。
自身の命よりも、メイドのことを気に掛けた優しい彼女を。
自分の身なりよりも、領民の表情を気にしていた彼女を。
俺以外になつかないはずの聖獣が驚くことに彼女を背中に乗せて飛んだという話を。
そして、今日、その恐怖の対象であろう妹から脅されているにも関わらず、泣き言一つ言わない、彼女の気丈な姿を。
「思わずスフィア伯爵家に制裁を加えたくなってきたが……。それはきっと、彼女が更に悲しむことになるのだろうな」
「おっしゃる通りです。それが歯がゆいと爺も思いますれば」
「あいつは悲しみこそすれ、人を恨んだりする奴じゃない。肉親ともなればなおさらだ」
それは彼女と過ごしていれば、すぐに分かることだった。
だが、だとすれば。
「俺に何が出来るだろうか? 彼女の心を少しでも癒すことが出来ればと思うが……」
俺は嘆息する。
情けないことだ。
「剣術において王国最強と言われ、最も賢明なる領主と言われ、王家から最も信任される坊ちゃまにも、分からないことがありますな」
「何を笑っている。俺は真剣なのだぞ?」
「そうですな。これまでの貴族令嬢がたには決して見せなかったお姿ですな」
「……だから悩んでいるのではないか」
俺は不機嫌にコツコツと机を指でたたく。
「今までのくだらん女とシャノンは違う。今日のドレスをプレゼントしたのも、もしかしたら彼女には迷惑なくらいだったのかもしれん」
「ほう。なぜそのようにお思いで?」
爺が聞く。なぜかニヤニヤとした表情なのが気にかかるが、続きを口にする。
「彼女に今日のドレスはとても似合うに違いない。それは俺が保証しよう。だが、彼女が本当に欲しいのはそうした高価なものよりも、もっと心のこもったものではないだろうか。彼女のような自然を愛し、人を愛するような者にとっては、身近で気持ちの込められた何かが良いのではないかと……」
「……ほうほう、それでそれで?」
「……何をさっきからニヤニヤとしているのだ。何か言いたいことがあるなら言わんか」
俺は眉根を寄せて、先ほどから唇をにんまりとした様子で俺の話を聞くルーダへ問う。
「いえいえ。たった一か月でこれほど坊ちゃまをお変えになるとは、と思いましてなぁ。爺はうれしゅうございます。ほっほっほっほ」
「違う! 別に俺は変わってなぞおらん! 他の貴族令嬢とは違って、シャノンがあまりに無防備で無垢すぎるから、勝手にどこぞで倒れでもしないかと心配なだけだ!」
「おお、そうでしたな。そうでしたな。ほっほっほ」
「その笑い方をやめんか。それよりもどうするのが彼女を元気づけることが出来るのか、いつもの老獪な知恵でアドバイスせんか」
「いやいや。こればかりは爺の出る幕ではありませんな。その悩まれた分だけ奥様は喜ばれることでしょう」
「どういう意味だ?」
「他の貴族令嬢と違うとおっしゃったのは旦那様でしょうに。ほっほっほ。おっと、儂はまだ仕事がありますのでこれで」
そう言うとルーダは、口元を隠しながら退散していった。
笑っているのが丸わかりだ。まったく。
俺は公務を進めながらも、一方でひたすらに彼女を元気づけるために何が出来るかを考えていた。
というか、いつの間にか公務が止まってしまう。
こんなことは初めてだった。
「公務よりも彼女を優先してしまっているのか?」
そんなことはあってはならない……のだが、事実、そうなってしまっているのだからどうしようもない。
何とか公務を終わらせて、寝床へと就くことが出来たのは、いつもよりもずいぶんと遅い時間だった。
「出来るだけ身近なものがいいか」
色々と考えて、沢山アイデアを練る。
そのたびに彼女の喜ぶ顔と、反対にがっかりする顔が浮かんできては消えた。
「これほど迷うことは人生でなかったな」
答えがないゆえに、延々とベッドの上で考え続けてしまう。
そんな風に考え続けているうちに、いつの間にか寝てしまった。
そして、翌朝、考え抜いた末のプレゼントをつくるために、俺は出かけることにしたのである。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
139
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる