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26.私の旦那様
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(前回の続きです)
「誰よりも旦那様を愛しています。あの方と結婚したい」
私はもしかしたら生まれて初めて、自分の気持ちに正直になったのかもしれません。
ああ、そうだった。
分不相応だとか。
ご迷惑をおかけしたくないとか。
旦那様から頂きすぎてもう十分ですとか。
色々申し上げた。
でも、それは全部それは逃げだったのかもしれない。
私は本当は、あの方と。
ロベルタ公爵様の隣に、ずっといたいと思っていた。
旦那様に他の女性がいるなんて嫌だった。
でも、弱い私はそれを認めることが出来なくて、傷つくのが怖くて、色々な言葉で言い訳をしていたんだ。
余りにも拒絶されすぎて。
たくさん、傷つきすぎて。
正直な心を晒すことが出来なかった。
だから、これは報いなのかもしれない。
そんな弱くて、醜い心を持った私への。
でも、それでも。
「最後にちゃんと旦那様へのお気持ちを言えて良かった」
それだけでも私の人生としては十分だと思える。
ちゃんと人を好きになって、この声は届かないけれど、本当の気持ちを言葉にすることが出来たのだから。
だから、たとえこの後どうなろうと、構わない。
妹たちがいかに私を嬲《なぶ》ろうとも、この心だけは守らないといけないから。
「本当に、つまらない」
そんな私の決意とは裏腹に、冷たい冷たい、冷え切った妹の声が響いた。
表情はなく、あるのは鋭い悪意だけだ。
「いいわ。離縁の手紙は私が代筆してあげる。どうせ分からないでしょ、誰が書いたかなんて。それよりも」
そして、ついにその時は来た。
「あなたの泣き叫んで、私に許しを請う哀れな姿の方がよほど見たくなった」
妹は男たちに告げる。
「さあ、あなたたちやってしまいなさい」
その指示と同時に男たちが動き出した。
下卑た表情と、見るも汚らわしい姿態に生理的な嫌悪感が走る。
「旦那様……」
最後に自然と呟く。
「ロベルタ様……愛して、います」
そう言って、これから自分の身に起こる惨劇を予感して目を閉じた。決して心だけは汚させはしないと誓って。
でも、その瞬間。
『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン……』
「……え?」
全員が唖然とする。
なぜなら、先ほどまであった石造りの天井が吹き飛ばされて消滅していたからだ。
そして、その先の上空には、
「よくやった、グリフォン。さすが聖女を乗せて世界を駆け回った聖獣の末裔だ」
「だっ……」
私は思わず涙ぐんでしまう。
言葉になったかどうか分からない。
でも、はっきりと言った。
「旦那様、助けて!」
その言葉と同時に、
「黙りなさい! ええ、ちょうどいいわ、ロベルタ公爵様。初めまして、私、スフィア伯爵家のリンディと申します」
リンディがなぜか自己紹介を始めた。
「やはり一目見た時から確信していた通り、私の夫にふさわしい美しいお方だわ。ねえロベルタ様。あなただって私のような可愛らしい、愛くるしい女の方が良いでしょう?」
「……」
「ふふふ、私の美しさに言葉も出ないのかしら。当然よね。ここに、こんな風に地面を這いずるみじめな女じゃなくて、男なら誰でも私のような美しい女を選ぶに……」
「黙れ、この見るのもためらわれる醜い女め」
「決まって…………は?」
旦那様の言葉にリンディは呆気にとられる。
「み、醜い? 醜いのは、このシャノンの方でしょうが!?」
「ふん。俺からすればシャノンほど美しい女は知らん。美しい夜の帳を塗り込んだような漆黒の髪も、最近は少し栄養もついてきて血色も良くなってきた頬もだ。だが、何より彼女は俺の心に寄り添い、癒してくれた。彼女の心は世界で最も美しいものだ」
そう言って、私に温かい視線を向けて下さる。
一方、リンディに向ける視線は絶対零度のものだ。まるで唾棄すべきものを見るような……。
「彼女に引き換え、お前は自分の容姿をひけらかし相手を陥れることしか考えていない醜悪な怪物だ。だれが怪物と女神の美しさを比較できようか」
私はそんな大層なものでないことは明らかだけれど、旦那様ははっきりとリンディを拒絶された。
こんな状況だというのに、私を選んでくださったことが、本当に嬉しいと感じてしまった。
ただ、一方のリンディは本当の怪物のように、怒りで我を失いかけているように見える。
「あは、あはははははは! もういい! もういいわ! 私が犯人だと分かった以上、全員死んでもらうしかない。シャノンもロベルタ様もね! さあ、いくらグリフォンとやらに乗ってるからって、この人数相手にはっ……!」
「小娘」
思わず身震いするほどの冷たい声が旦那様の口をついて出た。
ああ、と思う。
これが王国一の騎士と言われ、比類なき王家の盾と謳われたロベルタ大公爵様の真の強さなのか。
もはや、声を発するだけで、旦那様は戦場を支配していた。
「天井を吹き飛ばすだけにとどめたのは、俺の妻を返してもらうためだ。そうでなければその身体はもはや塵となってそこいらのネズミの餌になっていただろう」
「う、うるさい! グリフォンに乗ってるからって! こっちには人質がっ……!」
「あっ」
リンディは私を羽交い絞めするようにして、尚も抵抗を続けようとする。
でも、
「グリフォンに乗っているからか。俺の剣聖の異名を知らない奴がこの王国にいたか」
「げえ!?」「ぐえ!?」「ぐは!」「い、いつの間に」「ぎゃあああ!!!」
先ほどまでグリフォンの上にいたはずの旦那様は一瞬で、周囲にいた男たち全員を昏倒させてしまう。
「さて、最後はお前か」
「こ、こいつが死んでもいいの!?」
リンディは隠し持っていた短刀を私の首につきつける。
ああ、でも。
これはいけない。
私は旦那様へ言葉を紡ぐ。
「お願いします、旦那様」
「シャノン?」
こんな時に私が口を開いたことに、旦那様が驚いた表情をする。そして、
「殺さないであげてください」
「……お前は俺の誇りだ」
「何をいっ……」
リンディが何かを言う前に、旦那様はもう目の前にいらっしゃった。
優しく彼に、労わられるように抱き留められる。
そして、私には全く見えなかったけれど、一瞬で昏倒させられたリンディは、気絶して地面に倒れ込む。
こうして。
私を狙ったリンディの計画は頓挫したのでした。
「誰よりも旦那様を愛しています。あの方と結婚したい」
私はもしかしたら生まれて初めて、自分の気持ちに正直になったのかもしれません。
ああ、そうだった。
分不相応だとか。
ご迷惑をおかけしたくないとか。
旦那様から頂きすぎてもう十分ですとか。
色々申し上げた。
でも、それは全部それは逃げだったのかもしれない。
私は本当は、あの方と。
ロベルタ公爵様の隣に、ずっといたいと思っていた。
旦那様に他の女性がいるなんて嫌だった。
でも、弱い私はそれを認めることが出来なくて、傷つくのが怖くて、色々な言葉で言い訳をしていたんだ。
余りにも拒絶されすぎて。
たくさん、傷つきすぎて。
正直な心を晒すことが出来なかった。
だから、これは報いなのかもしれない。
そんな弱くて、醜い心を持った私への。
でも、それでも。
「最後にちゃんと旦那様へのお気持ちを言えて良かった」
それだけでも私の人生としては十分だと思える。
ちゃんと人を好きになって、この声は届かないけれど、本当の気持ちを言葉にすることが出来たのだから。
だから、たとえこの後どうなろうと、構わない。
妹たちがいかに私を嬲《なぶ》ろうとも、この心だけは守らないといけないから。
「本当に、つまらない」
そんな私の決意とは裏腹に、冷たい冷たい、冷え切った妹の声が響いた。
表情はなく、あるのは鋭い悪意だけだ。
「いいわ。離縁の手紙は私が代筆してあげる。どうせ分からないでしょ、誰が書いたかなんて。それよりも」
そして、ついにその時は来た。
「あなたの泣き叫んで、私に許しを請う哀れな姿の方がよほど見たくなった」
妹は男たちに告げる。
「さあ、あなたたちやってしまいなさい」
その指示と同時に男たちが動き出した。
下卑た表情と、見るも汚らわしい姿態に生理的な嫌悪感が走る。
「旦那様……」
最後に自然と呟く。
「ロベルタ様……愛して、います」
そう言って、これから自分の身に起こる惨劇を予感して目を閉じた。決して心だけは汚させはしないと誓って。
でも、その瞬間。
『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン……』
「……え?」
全員が唖然とする。
なぜなら、先ほどまであった石造りの天井が吹き飛ばされて消滅していたからだ。
そして、その先の上空には、
「よくやった、グリフォン。さすが聖女を乗せて世界を駆け回った聖獣の末裔だ」
「だっ……」
私は思わず涙ぐんでしまう。
言葉になったかどうか分からない。
でも、はっきりと言った。
「旦那様、助けて!」
その言葉と同時に、
「黙りなさい! ええ、ちょうどいいわ、ロベルタ公爵様。初めまして、私、スフィア伯爵家のリンディと申します」
リンディがなぜか自己紹介を始めた。
「やはり一目見た時から確信していた通り、私の夫にふさわしい美しいお方だわ。ねえロベルタ様。あなただって私のような可愛らしい、愛くるしい女の方が良いでしょう?」
「……」
「ふふふ、私の美しさに言葉も出ないのかしら。当然よね。ここに、こんな風に地面を這いずるみじめな女じゃなくて、男なら誰でも私のような美しい女を選ぶに……」
「黙れ、この見るのもためらわれる醜い女め」
「決まって…………は?」
旦那様の言葉にリンディは呆気にとられる。
「み、醜い? 醜いのは、このシャノンの方でしょうが!?」
「ふん。俺からすればシャノンほど美しい女は知らん。美しい夜の帳を塗り込んだような漆黒の髪も、最近は少し栄養もついてきて血色も良くなってきた頬もだ。だが、何より彼女は俺の心に寄り添い、癒してくれた。彼女の心は世界で最も美しいものだ」
そう言って、私に温かい視線を向けて下さる。
一方、リンディに向ける視線は絶対零度のものだ。まるで唾棄すべきものを見るような……。
「彼女に引き換え、お前は自分の容姿をひけらかし相手を陥れることしか考えていない醜悪な怪物だ。だれが怪物と女神の美しさを比較できようか」
私はそんな大層なものでないことは明らかだけれど、旦那様ははっきりとリンディを拒絶された。
こんな状況だというのに、私を選んでくださったことが、本当に嬉しいと感じてしまった。
ただ、一方のリンディは本当の怪物のように、怒りで我を失いかけているように見える。
「あは、あはははははは! もういい! もういいわ! 私が犯人だと分かった以上、全員死んでもらうしかない。シャノンもロベルタ様もね! さあ、いくらグリフォンとやらに乗ってるからって、この人数相手にはっ……!」
「小娘」
思わず身震いするほどの冷たい声が旦那様の口をついて出た。
ああ、と思う。
これが王国一の騎士と言われ、比類なき王家の盾と謳われたロベルタ大公爵様の真の強さなのか。
もはや、声を発するだけで、旦那様は戦場を支配していた。
「天井を吹き飛ばすだけにとどめたのは、俺の妻を返してもらうためだ。そうでなければその身体はもはや塵となってそこいらのネズミの餌になっていただろう」
「う、うるさい! グリフォンに乗ってるからって! こっちには人質がっ……!」
「あっ」
リンディは私を羽交い絞めするようにして、尚も抵抗を続けようとする。
でも、
「グリフォンに乗っているからか。俺の剣聖の異名を知らない奴がこの王国にいたか」
「げえ!?」「ぐえ!?」「ぐは!」「い、いつの間に」「ぎゃあああ!!!」
先ほどまでグリフォンの上にいたはずの旦那様は一瞬で、周囲にいた男たち全員を昏倒させてしまう。
「さて、最後はお前か」
「こ、こいつが死んでもいいの!?」
リンディは隠し持っていた短刀を私の首につきつける。
ああ、でも。
これはいけない。
私は旦那様へ言葉を紡ぐ。
「お願いします、旦那様」
「シャノン?」
こんな時に私が口を開いたことに、旦那様が驚いた表情をする。そして、
「殺さないであげてください」
「……お前は俺の誇りだ」
「何をいっ……」
リンディが何かを言う前に、旦那様はもう目の前にいらっしゃった。
優しく彼に、労わられるように抱き留められる。
そして、私には全く見えなかったけれど、一瞬で昏倒させられたリンディは、気絶して地面に倒れ込む。
こうして。
私を狙ったリンディの計画は頓挫したのでした。
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