一度目の人生を理不尽な婚約破棄と断罪で奪われた公爵令嬢

初枝れんげ@出版『追放嬉しい』『孤児院』

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7.(★一方その頃)当事者不在なのに勝手に始まっている恋の争奪戦

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さて、アイリーンはもちろんあずかり知らないところであったが、彼女をめぐって二人の男性がやりとりをしていた。それはキース王太子とクライブ副騎士団長である。

二人は若いながらも将来国政を担う立場であることは明白であり、かつ非常に有能であった。また、家柄の関係から幼い頃からよく遊んでおり、気心がずいぶん知れた仲でもあった。

もちろん、王太子と副騎士団長という間柄なので、身分の違いを無視したような会話は出来ようもないが、それでも二人の会話は表面上、儀礼に沿ったものであるが、かなり率直な意見を言い合うほどの仲であった。

そんな二人が最近、そしてたった今も、もっとも熱く会話を繰り広げている話題の中心と言えば、例のアイリーン=リスキス公爵令嬢のことなのだった。

アイリーン本人はまさか、自分が二人の会話の話題にしょっちゅう出ているなどとは、想像もしていないだろうが。

しかも、話題の内容が常々、本題からずれていくのであった。これも、アイリーン本人が聞けば、今回の人生計画から、余りに離れた展開になっていることに、愕然としたかもしれない。

「賊の黒幕の正体はまだ分からないのか、クライブ。あそこまで堂々とした貴族の誘拐ともなれば、相当大きな黒幕が動いていると思う。必ず早々に尻尾がつかめるとふんでいたのだが」

「はい、殿下。騎士団も必死に捜索を続けていますが、なぜか賊たちの記憶が完全に失われているようでして……。また物証も見事に残っておらず、使われた廃墟にも所有者はおりませんでした。文字通り、八方ふさがりといったところです」

「そうか」

「はい……」

二人の間にまじめな会話が繰り広げられている。これはいつものことだ。ここまでは良い。

だが、

「僕の婚約者であるアイリーンのことだ。何を置いても彼女の安全を確保することが急務。頼むぞ、クライブ。ぼ・く・の・婚約者を守るために引き続き尽力してくれ」

キース王太子が圧をかけるように、クライブに言った。

クライブも微笑みながら、そのパープル色の神秘的な瞳でまっすぐ殿下を見ながら、

「もちろんです。殿下が婚約を断られた・・・・アイリーン様とは言え、私にとっては美しい花のような方です。手折ろうとする者がいるならば、このクライブが全身全霊をもって、その敵を打倒しましょう。そして、アイリーン様にこの剣を捧げましょう」

キース王太子は吸い込まれそうな碧眼を半眼に細めながら微笑み、

「いえいえ。彼女は照れているだけで、婚約を受け入れる心の準備をしているだけです。先日もネックレスのプレゼントを受け取って頂きました。少しずつ彼女の心に近づいている証拠ですね」

と、なぜかますます圧を強めて言った。

一方のクライブは銀色の髪を少し払いながら、その言葉に微笑みながら頷き、

「私が見舞いに行こうとした時に、彼女はケガ人だからと掣肘《せいちゅう》されたと記憶しておりますが、なぜ殿下が見舞いに行っているのですか?」

「ははは、まるで抜け駆け・・・・のように言わないでください。」

「ええ、言っていませんよ。抜け駆け・・・・などと。まさか将来の王が抜け駆け・・・・などとは。ええ、抜け駆けと・・・・は。まったく、油断も隙も無い」

「何か言いましたか?」

「いえ、何も。ですが、殿下が見舞いに行かれたというのでしたら、ケガも治りかけているということですな。私も見舞いに来週にでも伺うとしましょう」

「あなたには彼女を襲った犯人の捜査に全力を上げて欲しいと思っているのですがねえ?」

「当然です。この命にかえても。そのために、彼女に少し話を聞いた方がいいでしょうね。この副騎士団長自ら。重大な案件ですからな」

「相変わらず口がうまいですね」

「ははは。殿下の口述の巧みさは、とても若輩たる私ごときがかなうものではありません」

バチバチバチバチバチ!!!

慇懃無礼と言うべきか、表面上は階級を守った言葉遣いを両者はしているが、完全に一人の女性を巡って駆け引きをするために、言いたい放題、互いに牽制《けんせい》しあうのだった。



「ところで、殿下一つ伺いたいのですが……」

クライブが尋ねた。

「アイリーン様のどこにそこまで惹かれたのですか?」

彼がそう聞いたのには訳がある。

キース王太子は歴代の王族の中でも最優秀ともいえる資質を持っていると言われ、容貌は眉目秀麗、頭脳明晰であり、かつ剣の腕も一流と隙がない。さすがに政務が忙しすぎて武芸の稽古に費やす時間はないが、逆に言えば、時間さえあれば、あるいはこの国一番の剣豪にすらなっていたかもしれない。

そんな彼であるが、表面上は優しく朗らかな性格に見えても、完璧であるがゆえに実はかなりクールな性格であることを、幼いころから一緒に育ったクライブは知っていた。アイリーンのことも、おそらく最も有力な公爵家の娘であり、今後王国を運営するためにふさわしい相手として選んだだけだと思っていたのだ。

ところがだ、最近の殿下の様子は明らかに違う。

彼女のことを話す時は、見たこともないような熱っぽい口調で話すし(傍目には分からないかもしれないが、幼馴染のクライブには一目瞭然である)、しかも、先日プレゼントしたというネックレスも、殿下自らが選び、彼女に何が一番似合うかを一生懸命に頭をひねっていた。

そして、自分にポロリと、

「こんなにプレゼントを選ぶのが楽しいのは初めてですよ」

とこぼしたのである。

あのクールな王太子殿下がハッキリ言って骨抜き状態である。

しかも、婚約を一度断られているにも関わらず、だ。

「いえ、彼女といると楽しいと言いますか……。もちろん、美しい女性ではあるのですが……。何より可愛らしいな、と。最初はもっとお淑《しと》やかな感じで、正直、政略結婚という域を出なかったんですが……。最近話していて気づいたのですが、どうも僕のことなんて眼中にないみたいなんですよね。それよりも自分らしく生きていきたい、私らしくありたい、という、なんというか、レールに沿った人生しか歩んでいない僕にはない物を持っている人なんだと思ったんです。公爵令嬢でありながら、決められた未来ではなく、自分自身で未来を決めて、それを掴み取ろうとしている。だから、権力にも固執せず、婚約破棄を迷わずする。将来の国母の座や権威になんて目もくれない。それが僕にはとてもまぶしく見えるんです」

そう言って、愛しい者を見る視線を宙へと向けた。

……ただ、まぁ、それは、前回の人生でその当人たるキース王太子殿下に裏切られたからなのだが、当然、このルートでのキース王太子はそんなこと知りえるはずもないのであった。彼女がいればこう叫んだであろう。

「あんたのせいじゃい!」

と。

そして何より、アイリーン的には嫌われる計画が完全に裏目に出ていることに悶絶して「何でなのー⁉」と叫んでいたことであろう。



「クライブ。君もずいぶん彼女には入れ込んでいるようですが?」

今度は王太子殿下がクライブに聞いた。

クライブはポリポリと、若干恥ずかしそうにしながら頬をかきながら言った。

「最初は本当に偶々見かけただけだったんです。いえ、その頃から一目ぼれだったのかもしれませんが……。ですが、調べれば、殿下の婚約を断った噂のアイリーン公爵令嬢様ではありませんか。そして、調べてみると自分でカフェを経営する計画を立てていらっしゃるという。自分で生きて行こうという姿勢に感銘を受けずにはいられませんでした。そして、何より」

クライブは気づかないが、彼としては非常に熱っぽい口調で語る。

「賊にかどわかされかけた時も、気丈に振る舞っていました。その姿がまるで女神のように見えまして。私は運命を感じたのです」

カフェを経営して自立しようとしたのも、将来の死亡フラグ回避の原因たる彼らに頼らない人生を歩むためなのだが、当然、このルートのクライブが気づくはずもない。やはり、ここに彼女がいればこう叫んだであろう。

「あんたのせいじゃい!」

と。

そしてやはり、嫌われて距離を取るべき相手に、前回のルートより一層好意を抱かれつつあることに「まじで何でなのー⁉」と絶叫していたことであろう。

「ふ、なるほど。分かりました。さすが僕の婚約者ですね。繰り返し、繰り返し、返す返すも、もう一度訂正しておきますが、彼女は僕の婚約者ですので」

「はい。断られたとはいえ、書面で取り交わされたわけではないので苦しいですがいちおう婚約者候補から外れてはいませんから、いちおう筋は通っていますね。では、一旦そのように認識しておきましょう」

バチバチバチバチバチ!

相変わらずの牽制合戦が、話題の中心たるアイリーン抜きで、どんどん進んでいくのであった。

まさか、こんな会話が繰り広げられているとは、彼女は想像だにできないであろうし、もし知ったりでもしようものなら、

「お願いだから放っておいてください⁉ 私は今回の人生は、ちゃんと自分で歩んでいきますから⁉」

と絶叫したに違いないだろう。

とはいえ、彼らの熱っぽい会話と、彼女の計画とが、完全に相反する状態なことだけは確かなのだった。
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