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15.怪しい黒い靄が現れた!

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さて、始業前に逃げ込んだ森の中は、ある程度自然のままにされながらも、貴族の子弟達が万が一ケガや迷いでもしないように立ち入り禁止にされている場所だった。とはいえ、最低限の整備はされているようだ。一説には元々『精霊の森』と言われて、様々な世界との交流が行われる場所だったという伝説があり、王国としても大切に保存することとしているのだ。

さて、そんな森の奥には湖があり、神秘的な雰囲気な場所となっている。ただ、この時間にこんな場所に来る学生は普通いないので、無人だと思って進んでいった。

ところがそこには先約がいたのである。湖畔にたたずむ姿は儚げな印象の少女がいて、遠目にだがとても可愛らしい子だなと思った。

でも、私はその姿をしっかりと確認するや否や、驚いて悲鳴を上げそうになった。それはそうだろう。どうしてあなたがここに⁉ あなたが入学してくるのは確か3年目からだったはずでしょう⁉

「ミ、ミーナリア=スフィア子爵令嬢! どうしてここに⁉」

私は思わず声をかけてしまった。そう、彼女こそ、一度目の人生で私からすべてを奪った張本人! 

だが、

「ううっ……⁉」

「へっ⁉」

理由は分からないけれど、ミーナリアさんはとても苦しんでいるようだった。

ミーナリアさんは、おっとりとした柔らかい声をしている。グリーンの髪を肩まで伸ばしていて、目の色はブルーサファイアみたいな奇麗な色だ。とにかく可愛らしくて、庇護欲をそそる容貌をしている。そんな彼女が明らかに苦悶の表情でこちらを見ていたのだった。

そして、

「だめ、です。近づいてはいけません、あぶな……い……です……」

そう私を止めようとしたのである。よく見れば彼女の周りには黒い靄《もや》のようなものが集まっていて、まるで彼女の中に侵入しようとしているように見えた。

こんな現象は見た事はないし、君子危うきに近寄らずと言う。

「ええい! これ以上ややこしいことにを起こすんじゃないわよおおおおおお!!!」

が、もはやストレスMAXだった私は、つい魂の叫びを上げながら、ミーナリアさんとその黒い靄へと突撃したのだった。

そして、

「てええええええええええええええいい!!!!」

思いっきり手を振り上げたのだった。

そう、だって、私が出来ることと言えば、ビンタをするくらいだから!

剣も振るえないし、ドレス姿では足技も使えない(元々使えないが)。だから、ビンタしかなかったのだ。それを黒い靄めがけて繰り出す。

「馬鹿ね! 聖女でもあるまいし・・・・・・・・・、ただのビンタがこの私にきくわけがっ……ぎえええええええええええええ⁉」

バシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!!!!

「あれ?」

「え?」

何か知らないけどクリティカルヒットした⁉

ミーナリアさんからビンタによって吹き飛ばされた黒い靄が、人の姿のような形をとって、私を憎々し気な形相で見下ろす。

「また私の計画を邪魔するなんて……。でも、まさか聖女だったとは迂闊だったわ! 計画を練り直さなくては! 美しく若い私は……すべてを……すべてを私は手に入れるんだから」

何だか意味の分からないことをブツブツと言ってから、黒い靄はフッと空気の中に溶けるように消えて行ったのである。

残されたのは、私と、

「あ、ありがとうございます。美しいお方。私を助けて頂いて……」

「あ、えーと、うん、そのー。無事で何よりだったわねー」

私は目を思いっきり泳がせる。だってしょうがないでしょう⁉ この可愛い子が、王太子をたぶらかし、他の男たちを先導して、私を陥れて国外追放へと追いやる張本人なんだから⁉ 間接的に私を殺すことになる女性なんだから⁉

しかも、私の記憶では、彼女が入学してくるのは、前回の人生では、私が3年生の時だったはずなのだ。それなのに、今回のルートでは同じ学年になっている。何でなの⁉ もし、この子が1年生から入学してくると分かってたら、私は入学なんてしなかったのにー⁉

とにかく死亡フラグ回避のために、関係者から距離を取るという基本戦略が全部台無しなんですけどおおおお⁉

私は内心で思いっきり混乱するのだった。

「あの、ぜひお礼をさせてください。あ、申し遅れました。私、ミーナリア=スフィア子爵令嬢と申します」

知ってます!

彼女は丁寧に頭を下げてくる。

サクランボみたいな唇を可愛らしく微笑まして、目じりを下げて微笑む姿は……本当に可愛い! 

私を殺さなければむしろ妹にしたいくらい可愛い!

でも!

「な、名乗るほどの者ではありませんわ。おほほほほ!」

「あっ、ま、待ってください⁉ ネックレスを落とされてっ……!」

あーあー、聞こえない聞こえない!

黒い靄の正体や、どうして1年目からミーナリアさんが入学してきたのか、という謎はもちろんあるのだけれど、ともかく目の前の死亡フラグの張本人から逃れるために、なんとか名前だけは名乗らずに全力で撤退するのだった。




「行っちゃった。でもこのネックレス、すごい細工もの……。とても偉い貴族の御令嬢様なのではないかしら。それなのに私みたいな成り上がりの下級貴族に優しくして頂いたうえに、お礼もいらないと言って立ち去られるなんて……」

ミーナリアは先ほど自分を助けてくれた、名乗らなかった彼女の雄姿を思い出して、なぜかドキドキとする胸を押さえて頬を染める。、

「名乗りもされないなんて、なんて奥ゆかしいのかしら。それに正体が分からないあの黒い靄に、勇敢に立ち向かう姿は、まるで騎士みたいだった」

ミーナリアのそんな呟きは、混乱しながら脱兎のごとく死亡フラグから距離を取ろうとするアイリーンに聞こえているはずもなかった。

こうして、アイリーンの二度目の人生は、彼女のあずかり知らないところで、一回目の人生よりも、より混迷を極めたハードモードにて幕を開けたのである。
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