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16.やっぱり私は聖女などではありませんね!

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「ということであったんですよね~」

午前の授業が終わって、学校の庭園に設けられたガゼボ東屋で昼食を外で食べているときに、殿下たちに今朝の出来事を話した。精霊の森で黒い靄《もや》に少女が襲われていたという話をだ。ミーナリアさんのことを殿下たちに話すと、死亡フラグが立つような気がしないでもないが、前回のルートでは起きなかった出来事なので、思い切って話すことにした。

なお、本当はせっかくの華の女子学生生活なので、女友達とランチをしたいのだが、残念ながら殿下たちが常に近くにいるせいで、まだ女友達ゼロである。シクシク。遠くからキャァキャァはよく言われるのだが近づいて来てくれないのだ。……違う、求めていた生活はこれじゃない。

「ふうむ、黒い靄《もや》ですか……。まぁ。朝だから仕方ありませんよ、アイリーン。今日は早く眠られた方がいいですね」

殿下が私を労《いた》わるような瞳をして言った。

「夜更かしして、寝ぼけてたわけじゃありませんから⁉ 優しくしないでくださいませ⁉」

話の内容を否定していないだけで、全然信じてないですわよね⁉ と思わずツッコんだ。

「そうですよ、キース様。アイリーン姉さんはとても寝つきの良い人ですからね。寝不足とは無縁です」

「ほう、さすがバスク君だ。さすが家族《・・》なだけあって、アイリーン様のことに詳しい」

「ええ、そうですね。さすが・・ですね」

「ははは。まぁ、子爵位を継げば、姉弟ではなくなってしまいますけどね。しかし、この世界で一番絆の強い関係は残りますけど」

バチバチバチバチ!

あれー?

「何だか変に緊張感がありませんか?」

「「「気のせいでは?」」」

そうなのかしら? なんだか微妙にピリピリしているような気配がするのですけど。まぁ、気のせいか。この3人が何か対立関係になる理由もないわけだし、うん。

私は自分の勘違いかぁ、と安心してサンドイッチをぱくついた。ここの学食のサンドイッチはとても美味しい。

「って、安心してる場合じゃなくてですね。本当に何だか黒い靄《もや》が人を襲っていて、最後は人の形になって消えたんですよ! 何か、聖女がどうこう言って……」

「ふむ、聖女ですか」

殿下が細い顎に指をあてて何かを考え込むようなしぐさをする。

「何かご存じなんですか?」

「ええ。と言っても、とても古い伝承のようなものなのですが……」

キース殿下は思い出すようにしながら、その伝承を語る。

「その昔、人心を惑わす異世界の悪魔がいたそうです。その悪魔によって、この世界に大きな争いを生じさせたらしいのです。国は乱れ、大陸からは平和が失われた、と」

「大きな争い、ですか」

ゴクリと喉を鳴らす。ついでにサンドイッチを飲み込む。おいしい。でも喉につまった、まずい!

と思うと、以心伝心! 颯爽とバスクが水を渡してくれた。さすが私の愛する弟!

私はぱちんとウインクで感謝を伝えた。と、なぜか彼がそっぽを向いて赤くなる。あれ? いつも通りのコミュニケーションなのに?

と、そんなことをしていると、殿下が少し大きな声で続きをお話し下さった。

まずいまずい、ちゃんと聞かないと。

でも、何だか不機嫌そうな声なのは何でなのでしょう?

「と・に・か・く。大きな争いというのがどういったものだったか、詳細は残されていません。しかし、伝承には、その異世界の悪魔を消滅させる、聖なる力を持つ存在がいると言われているのです。それは清らかな心を持ち、聖なる魔力を持つ者であるということです。その聖なる力を持つ人のみが、その悪魔を打ち払うことが出来たそうで、その者はかつて、美しき聖女と呼ばれていた、という伝説が残っています……。って、あっ」

殿下が私の方をじっと見つめた。えっと、どうしたのかしら? あ、このサンドイッチが目当てね⁉

「ダ、ダメですよこれは! あげませんからね!」

モグモグと急いでサンドイッチを口に運んだ。野菜がいっぱい入ってて美味しい~!

「えーっと。感想はそれだけですか?」

「はい? えっと……はい」

私は目をぱちぱちとしてから、もう一度頷く。何を確認されたんだろう?

世界に大きな争いだとか、聖なる魔力を持つ、美しき聖女だとか、どうやら自分とは無縁の話らしいことだけは分かった。

ただ、なぜか他のお二人。クライブ副騎士団長とバスクは、何か神妙な顔をして、殿下の話を聞いて考え事をしているようだった。一体どうしたのかしら?

とはいえ、私に出来ることなんて限られているから悩むこともない。なぜなら、

「またあの黒いモワモワが出てきたら、ビンタをお見舞いしますわ! 幸い、私のビンタに弱いようですしね!」 

私に出来ることと言えば、それくらいなのだから。

すると、殿下も納得して微笑んでくださった。

「そうですね。ええ、まぁ結局それでいいと思います。ただ、王国としては念のため護衛を改めて付けさせていただくのと、同時に調査を進めたいと思いますが」

私の護衛? まぁ確かに顔を見られちゃったもんね。犯人は現場に戻ってくるっていうし、それに私を守っていればその黒い靄にも会えるかもしれない。そうすれば同時に調査も進むことだろう。

「分かりました! それに、聖女という存在がキーみたいですからね! 頑張って王国としても探さないといけませんものね!」

私は納得して頷く。

さっきも言った通り、私に出来ることと言ったら、もう一度あの黒い靄とやらを見つけたら、聖女さんが見つかるまでの間、代わりにビンタをして追い払うだけだ。そして、その聖女さんが見つかるのを待とう。うーん、それにしても本当に今回の人生は、1回目とは全然別のルートだなぁ。もしかすると、私なんて完全に蚊帳《かや》の外《そと》って感じで、死亡フラグ回避につながるルートなのかもしれない。よしよし、運が巡って来たわね!

あっ、そうだ。

「念のためビンタ以外の攻撃も考えておこうかしら。ヒールでキックするとか。あー、でもちょっと可哀そうかな?」

私は顎に手を当てながら思案した。ドレス姿でキックを繰り出すのは難しいから、何かほかに攻撃力アップする術はないかしら? と真剣に考える。

すると、クライブ副騎士団長とバスクが顔を見合わせて、

「なるほど。確かにある意味、君の姉はこの上なく純粋《・・》ですな」

「そうですね。それにしても、清らかな心かぁ。伝承とはいえ、ものは言いようですね、ま、僕も出来るだけのことをしてみますよ」

「私もです。アイリーン様のためですからね」

そう言ってから、生暖かい目線を私に向けていたのだった。

えっと、一体なんで? 私はもう一度首をコテンと倒して疑問符を浮かべたのだった。

ともかくこうして、この世界に異世界の悪魔が降臨しつつあり、それを打ち破る聖女が存在するという新事実が明らかになったのだった。早くその清らかな心を持つ聖女様が見つかりますように! 

私は心から願ったのだった。
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