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第二章後半【いざ東方へ】

2-14.渓谷都市ザムリフェの“名物”(1)

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 蒼薔薇騎士団は捕えた賊を引っ立ててザムリフェに向かった。
 先に西門に知らせに行ったヴィオレが守衛隊を引き連れて戻ってきて賊を引き渡したあと、アプローズ号は守衛隊の先導で西門に到着し、入城手続きと賊の討伐手続きを済ませて褒賞を受け取り、さらにザムリフェ辺境伯の公邸で簡単な挨拶を済ませ、そして今は〈ネレトヴァ川の水面の揺らめき〉亭にチェックインしたところだ。
 宿に着いて真っ先にやったことと言えば、濡れた服や装備のクリーニング依頼である。さすがに武器の手入れは使用者自らが行うべきものなので手元にあるが、鎧は職人にメンテナンスしてもらう方がいいし、濡れた服も洗わなくてはならない。

 アプローズ号には洗濯できる設備は備わっていない。脚竜車の発注の際にも当然、洗濯設備の話が出たのだが、蒼薔薇騎士団全員の強固な反対で設置を見送られたのだ。
 まあそれはそうだろう。車内で洗濯するとなると当然それはアルベルトの担当業務であり、洗う汚れ物は乙女たちの肌着したぎを含む衣服なのだ。彼女たちからすればとんでもない話だし、アルベルトだってそんなのは扱いに困る。
 というわけで彼女たちはウォークインクローゼット内に大量に私服を準備していて、一週10日ぐらいなら洗濯なしでも平気で過ごせるようになっている。そして洗い物は宿に着くたびにクリーニングに出しているのだ。


 街道筋でレギーナたちを襲って退治された賊は、ここ最近増えている新手の手口だという。使わなくなった脚竜車をわざわざ壊したり燃やしたりして人目を引き、被害者が寄ってきたところを[転移]で奇襲して積み荷や命を奪っているのだという。
 ヴィオレが捕まえてきた魔術師はザムリフェ市内の隠れ家に潜んでいたようだ。だが奪った積み荷を市内に運び入れた形跡はなく、どこか郊外の森の中などに隠しているらしい。こちらはザムリフェの防衛隊が捜索隊を組織することになっている。

「ていうか、ヴィオレさんよくアジトを見つけられたよね」

 アルベルトの疑問はもっともだ。そもそも何を手がかりにすればあんなに即行でアジトを抑えられるのか。

「あら、簡単よ」

 それに対し彼女は事も無げに言う。

「最初の状況の怪しさから魔術犯罪、それも黄加護の転移系を使った犯罪なのはすぐ分かったから、敵は[感知]の届かない遠方にいるのが道理よね。だったらこの辺ならザムリフェにいると考えるのが自然でしょう?」
「はあ、まあ確かに」
「市内にいるとすれば、市内に入って[感知]をかけて、それらしい魔術を使ってる場所や人があればそこが当たりよ」

 さも当然のごとく言うヴィオレだが、術式によって異なる魔力量を精確に見極めるのは相当に困難だ。それでなくても都市部には冒険者がいて、各種魔道具が働いていて、一般市民でも生活に使う魔術ぐらいは当たり前に使えるのだ。
 そんな中で犯罪に使われるような[転移]や通信系の魔術だけを見極めるなど、普通は考えられる事じゃない。

 と、彼女が首元から銀の認識票を取り出す。
 ですよねー。

「でも、それにしてもどうやって移動したの?ありえないくらい速いんだけど」
「あら。だって私[飛空ひくう]を覚えてるもの」
「ああ、それで…」

 と納得するしかないアルベルトである。


 [飛空]は白の属性魔術で、文字通り空を飛べる。出せるスピードは術者の能力と術式のレベルによって変わるが、達人マスターのヴィオレなら相当な速度が出せるはずだ。彼女の加護は白ではなく黒なので、その分だけ術式の効果は薄れるが、それでも並の白加護持ちよりは使いこなしているのだろう。
 なお属性魔術とは言うが、自分の加護と同じ属性の魔術しか使えないという訳ではない。そういった属性限定の魔術は特に『加護魔術』として分類されていて、加護魔術以外ならば属性問わず習得が可能だ。だから人は誰もが自分の覚えたい魔術を選んで覚えることができる。
 加護魔術に分類されるのは青属性の[治癒]や黄属性の[転移]などであり、それゆえ冒険者のパーティなどはなるべく全ての加護を揃えることが望ましいとされている。

「そう言えば、レギーナさんたちの話し声って俺にも聞こえてたんだけど、あれは…」
「そんなの当たり前じゃない。あなたの座ってた御者台に何の魔術が[付与]されてると思ってるの?」

 言われてみればこれも自明の理であった。御者台にはもとより居室内と会話するための[通信]が[付与]されていて、彼女たちと普段から会話ができているのだ。[通信]の対象が居室ではなく彼女たち個人であったとすれば、居室を離れていても効果範囲なら声が届くわけだ。
 ちなみに魔術師の声まで聞こえたのは、縛ったロープを通じて間接的にヴィオレと接触していたからであり、もしも彼女がロープを手放していれば聞こえなかったことだろう。

「だからあなたの叫び声もちゃんと聞こえてたわ。むしろうるさかったわね」
「も、申し訳ない…」

 もはやアルベルトは恐縮するしかなかった。


「それで?この街はどんな名物があるの?」

 一転して期待に目を輝かせ始めるレギーナである。サライボスナの温泉がよほど気に入ったのだろう、この街ザムリフェにも期待せずにいられないようだ。

「いやあ、この街はあまり面白いものはないかな。みんな川に飛び込んで遊んでるくらいで」

「…は?」
「川さい飛び込むと?」

 アルベルトの言葉に、レギーナもミカエラもポカンとしている。さすがに貴顕の家のお嬢様には想像もつかないことだろう。
 ヴィオレは知っているのかいないのか、表面上は平静を装っている。クレアは興味がなさそうで、そもそも話を聞いていない。

「まあ、実際に見に行ってみれば分かると思うよ。この街の名物と言えばそれだから」

「え、でも雨降ってるし」
「ちょうど小降りになってきたから、もうしばらくすれば止むんじゃないかな。時間的にもみんな集まってくる時間だし、多分やると思うよ」

 アルベルトの言葉に窓の外を見れば、確かに強かった雨足が弱くなっている。遠くの空が陽神の茜色に染まっているので雲も薄れているようだ。この分だと遠からず止むだろう。

 しばらく待っていると確かに雨が止んできた。飛び込みはいつもこのくらいの時間に行われるということで、全員で連立って見物に出かける。宿の従業員スタッフに訊ねると、ちょうど一番有名な橋がすぐそこにあるらしく、ちょっと見物ぐらいなら、ということになったのだ。
 なおクレアは面倒くさそうだったが、アルベルトが直接誘ったので黙ってついて来ている。



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