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第四章【騒乱のアナトリア】

4-49.ダンジョン第四層

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 その後も彼女たちは敵を見つけては鼻歌交じりに倒しつつサクサク進み、なんの苦労もなく二層、三層と制覇して四層に降り立った。
 その間クレアの出番はほぼなく、ミカエラも両拳の炎を一旦引っ込めて後衛で大人しくしていた。ミカエラはたまに見つかる、壁から毒矢の飛び出すトラップなどを[水膜]などで塞いで無力化していた程度である。
 アルベルトはといえば、三層から敵の数が増えてきたこともあって、クレアとヴィオレの護衛代わりに時々片手剣を振るった程度で、これも出番はほぼなかった。

「レギーナさんばっかり戦ってるけど、疲れてないかい?」
「この程度で息が上がるようなヤワな鍛え方はしてないわよ」

 そういや、勇者この人が一番規格外なんでしたっけ。

「でも、そうね。四層ここからはあなたにも少し頑張ってもらおうかしら」

 そう言ってレギーナが、通路の奥の闇に目を向けた。
 その闇の中からズシン、ズシンと足音が響いてきて、やがてゆっくりとそれは現れた。

 筋骨隆々の青黒い体躯の大男。腰に獣皮を巻きつけ、手には金棒、額には短めの一本角。鬼人族オーガが瘴気に呑まれて変異した闇鬼人族ダークオーガである。
 現れた闇鬼人族は一体ではなかった。青黒い個体の後ろには赤黒い体躯の二本角、さらに緑褐色の肌の三本角。さらに青赤緑が一体ずつ出てきて、計六体のお出ましである。

「あっ、こらぁウチも遊ばしてちょっかい出させてもらおう」

 ミカエラが素早く詠唱して、両拳に二色の炎を纏った。

「あなたも倒しなさいよね」
「え゙っ」

 なかなか無茶を言うお姫様である。だが鬼人族オーガくらいなら、確かにアルベルトひとりでも何とか倒せる程度の強さなので断るに断れない。

「大丈夫でしょ?蛇王に比べたら雑魚もいいところなんだから」
「いや比べる対象を間違ってるよ!?」



 レギーナはひとりでさっさと前に出て、誘導するようにアルベルトたちから少しずつ離れてゆく。それを見つつ両拳に青と赤の炎を纏わせたミカエラが、レギーナとは逆方向へ動き出した。
 最初にレギーナに釣られたのは、赤青緑が一匹ずつの計3体。ついでミカエラの方には青と緑が意識を向けた。

「じゃ、私たちは離れて見てるから」
「周囲の警戒は任せて、おとうさん」

 言われて振り向けば、すでにヴィオレもクレアも後方に離れている。そして可愛い義娘クレアが見ているのに無様な真似は出来ないと、嫌でも気付く。

「はあ……しょうがない」

 ということで、否が応でも覚悟を決めざるを得ないアルベルトである。


 右手で片手剣ショートソードを抜き、中段に構える。左足を心持ち引いて、半身の姿勢を取った。両踵は軽く浮かせ、膝を曲げて腰をやや落とし、いつでもどうにでも動ける態勢を取る。剣術を習う際、最初に学ぶ基本の型で、これさえ極めれば奇をてらうだけの他の型は要らないとまで言われる、オーソドックスにして王道の構えである。
 その姿勢にブレも迷いもなく、剣を振るい慣れているのがひと目で分かる。だがそれだけだ。特に技量も威圧感も感じられず、だから赤い闇鬼人族ダークオーガも近付くその足を止めることはない。

 一方の闇鬼人族はいかにも重そうな鉄錕てっこんを無造作に掴み、引きずるようにして持っている。一見すると無防備で無警戒に見えるが、筋骨隆々の雄大な体躯はその位置からでも鉄錕それを自在に振り回すことができると示していた。

 鉄錕を一度でも食らえば即座に戦闘不能になるだろう。骨は砕け、肉は潰れ、頭は爆ぜること請け合いだ。かと言って片手剣で受けようものなら、いとも簡単に折られてしまうだろう。
 つまり、躱し続けるしかない。もしくは振るわれる前に決着をつけるかだ。
 アルベルトは片手剣の使い手でありながら、盾を装備していない。利き手と反対側に手甲と一体化した円盾を装備する冒険者も多いが、彼は身軽さを優先してそれさえも使ってこなかった。もっともあの重そうな鉄錕相手には、小さな円盾など意味をなさなそうではある。

 アルベルトの片手剣と闇鬼人族の鉄錕は長さリーチがほぼ変わらない。だが体格と腕の長さの分だけ、やや闇鬼人族の間合いが広い。
 その間合いに入る直前、闇鬼人族が鉄錕を振り上げる動作に入る寸前で、その動き出しの前にアルベルトが動いた。鉄錕を掴む右手から逃げるように左手側に、踏み込みながら素早く手首を返して片手剣を横薙ぎに払う。

「くっ……!」

 その動きのまま、踏み込んだ右足を踏んばって横っ飛びに距離を取る。その直後、アルベルトの胴のあった位置を鉄錕が唸りを上げて通り過ぎた。

「っ、硬いな……!」

 脇腹を切り裂くように薙いだはずだが、鋼のような肉体には傷ひとつついていない。正確には片手剣ががあるが、血など流れていなかった。そもそも肉を切り裂いた感触ではなく跳ね返された手応えしかなかったのだから当然だ。

 これはひと苦労だな、とアルベルトは内心で苦笑する。何でもかんでも紙のようにスパスパと斬り刻んでゆくレギーナがどれだけ規格外なのか、改めて思い知らされる。まあアルベルトの片手剣は使い込んだだけの無銘の数打ち物でしかなく、レギーナの得物は世に十振りしかないとされる宝剣なのだから、そもそもの武器の性能からして段違いなわけだが。
 だが、今それを嘆いていても始まらない。この場には他には武器などないのだから、長年連れ添った相棒を信じるしかないのだ。
 アルベルトは再び剣を中段に構える。その向こうで、脇腹を闇鬼人族が咆哮を上げた。

 闇鬼人族は今度は足音を響かせて突っ込んできた。鉄錕を大上段に振り上げて、アルベルトめがけて振り下ろしてくる。だがそんな大振りの攻撃がそもそも当たるわけがない。
 アルベルトは振り下ろされる鉄錕を躱しざまに冷静に距離を詰め、再び手首を返して今度は闇鬼人族の首筋を狙った。鉄錕を振り下ろし前傾姿勢になっているので、無理に上方を狙わずとも首元が目の前にある。
 さすがにこれは、闇鬼人族も躱そうと身を捩る。だが無理やり躱したせいでバランスを崩し、片膝をつく。そこへアルベルトが振り抜いた剣を翻して大上段から振り下ろした。

「ガアァ!」

 片手剣は闇鬼人族の顔面を狙い、そして顔面を庇った左腕を斬り裂いた。とは言っても、やはり分厚い筋肉に阻まれて皮一枚傷つけただけだ。だがアルベルトはそこで動きを止めない。ステップで相手の背後に回り、今度は項を狙って剣を突き出した。

 ここまで彼は一度も突きを放たなかった。突きであれば、分厚い筋肉にも確実に攻撃を通せたであろうにも関わらずだ。
 彼はその経験上分かっていたのだ。ひとたび剣を刺せば刃先が筋肉に締められて抜けなくなり、そのまま武器を失ってしまうと。だから彼は確実にダメージを与えられて敵からの反撃も受けずに済む急所を狙えるまで、その必殺の突きを温存していたのだ。

「あっ」

 だがその必殺の突きは、闇鬼人族が闇雲に振った鉄錕に当てられて逸れてしまった。幸い折れたり刃こぼれしたりはしなかったが、やたらに振り回される鉄錕に当たらないよう距離を取るしかなかった。

「……なにやってんの、あれ」
「あー、おいちゃん苦労しよんしゃあしてらっしゃるまあちぃともう少し良か剣ばうてやっときゃあよかったね」

 とっくに闇鬼人族を片付けたレギーナとミカエラがお手並み拝見とばかりに観戦しているが、アルベルトにはそれに構う余裕もない。
 かと言って手伝ってくれとも彼は言わなかった。できないのなら最初から無理だと言っておくべきだったし、それを言わなかったのだから、今さら助けを乞うべきではなかった。
 とはいえ、ダンジョンはまだ中盤に差し掛かったばかりである。ここでいつまでも苦戦して時間を取られるわけにはいかなかった。





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