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第四章【騒乱のアナトリア】
4-72.意外とポンコツ
銀麗は結局、レギーナたちの旅に同行することになった。
違法状態とはいえ奴隷であり、現在の主人がアルベルトなのだから主に付き従うのが当然だ、と彼女が主張したことに加えて、アルベルトがかつて彼女の母朧華と会ったのが東方リ・カルン公国の王都であったことを知って、銀麗がそこに行きたいと言い出したからである。
奴隷と主人の目的地が同じなのに別行動する意味はないし、だからレギーナたちも同行の申し出を断りづらかった。
「母を探す旅に出て早2年、その消息を僅かなりとも知れたのは此度が初めてなのだ。だから是非とも同行させては頂けまいか」
そう懇願されてはなおさらだ。
「でも先に言っておくけど、俺が朧華さんと会ってたのはもう19年も前のことだからね?」
「それでもだ主。当時に母と会っていた者が他にもおるやも知れんし、母が何かしら痕跡を残しておる可能性もある。この目で確かめねば気が済まん」
それはまあ、確かにそうだろう。気持ちはよく分かる。だが19年前には銀麗はまだ生まれていないし、朧華はアルベルトと別れたあと一度華国の故郷に戻って銀麗を産んでからまた旅に出たことになるわけで、その古い足取りを追ったところでどれほど手がかりを得られるか分からない。
「朧華さんは、君を産んでからしばらくは故郷に残っていたんだよね?」
アルベルトが確認するように銀麗に訊ねた。
「吾が十になるまでは共に暮らしていた。とはいえ母は英傑としての役目もあるのでな、郷におったのは実質五年ほどだろうか」
「最後に会った時の様子とか覚えてるかい?」
「⸺いつも通りだったな。お役目のために暫し留守にすると、少し長くかかるかも知れないとは言っていた」
長くかかると言い置いたにしても、5年も戻らないというのは確かにちょっと長過ぎる。銀麗が後を追って郷を出た時点までと計算しても3年だ。
竜骨回廊の基点となるガリオン王国の首都ルテティアから、大陸を横断して絹の道の終点となる華国の国都の江州都まで行くのでさえ、普通に旅するだけならば1年強もあれば行けてしまうのだから、東方世界に現れた魔王の討伐に出かけたのであれば、長く見積っても1年ほどで帰ってこなければ計算が合わない。
役目のため、それはつまり英傑としての使命のためということだ。となると長く戻らないというのはそれなりの理由が考えられる。英傑も勇者も、決して地上最強の存在ではないのだから。
「朧華さんには、仲間とかは?」
「吾は見たことはない。いつもひとりでふらっと出かけて、ふらっと戻ってくるのが常だ」
母を訪ねてくる者は多かったがな、と銀麗は言った。やや憮然として見えるのは、あまり思い出したくない来訪者もいたということなのだろう。
「その、お母様が戻らない理由はともかくとして、探しに出たはずのあなたはどうして奴隷なんかに落ちてたのよ」
アルベルトとのやり取りを黙って聞いていたレギーナが口を挟んだ。虎人族の英傑の娘で、母譲りの実力を持つ銀麗、彼女がそう易々と人攫いや奴隷商に捕まるとも思えないが。
「………その、吾もまだ幼く世間知らずでな……」
なんとなく口ごもる銀麗。目も泳いで明後日の方を向いている。
「盛られたのだ、麻痺毒を。⸺その、華国から出て最初に訪れた街でな、名物料理があるから是非とも振る舞いたいと言われて、ついて行った邸でもてなされて…………気付いた時にはもう縛り上げられて、隷印を打たれた後だった」
「「「「「いやいやいや」」」」」
蒼薔薇騎士団とアルベルトの全員が、イントネーションまで含めて完璧にハモった。
「「「「「知らない人について行っちゃダメでしょ! 」」」」」
アルベルトもレギーナたちも知らないことだが、虎人族という獣人族は華国でも特定の地域にしか居住していない稀少種族である。しかも獣人族の中でも理知的で誇り高く、膂力と魔力に優れていて、華国では地域によっては神使として崇められることさえある存在であった。
そのため、虎人族の子供は常に誘拐の危険に晒されている。それほどの力を持つ虎人族を、子供のうちから手懐けておけば計り知れない利益があると考える悪い大人は多いのだ。だがさすがに集落を襲って大人の虎人族を相手取ってまで子供を奪えるわけもないので、集落を離れて子供を含む少人数で移動するような、数少ないタイミングを狙われるのだ。
英傑の子として集落でも力を認められていた銀麗は、そんな危険があると知りつつも自らの力を恃みとして、自分はそんな目には遭わないと、ある意味で自身を過信していたのである。その結果がアッサリと捕まっての奴隷堕ちであり、恥ずかしくてとても言えたものではなかった。
そんな彼女が2年間誰にも売られなかったのは、特に稀少な成人直前の女性の虎人族ということで奴隷商が法外な売値をつけたためである。幸か不幸かそのせいで売れ残り、奴隷商同士で売り買いされ、そうしてとうとう大河さえ越えてしまった。西方世界、というかアナトリアでは虎人族の価値も理解されず、売れないあまりに値崩れを起こして、そしてカラスに買われたのであった。
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追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。