謎掛けの怪物と冒険者

杜野秋人

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02.第一の問い──法術師

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「……答えを、教えて下さい」

『くく、良かろう。⸺答えは“人間”である』
「…………は?」

 だが怪物の示した答えに、法術師の娘は唖然として声を漏らした。

『では約束通り、汝を喰ろうて』
「異議あり!」

『……なに?』
「異議ですよ異議!人間のどこが姿というのですか!」

 なんと娘は、示された解答を認めなかった。謎掛けを出した怪物自身がというのにである。

『娘よ、考えてもみよ。人は産まれてすぐは二本足では立てず、我らのごとくで這いずるではないか。それが長じれば汝らと同じように二本足で歩き、だが老いれば杖に頼ってとなるであろう』

 答えを聞けば、なるほど明快である。確かに怪物の語るとおりだ。

「だから異議ありと言っています!」

 だというのに、娘は認めなかった。

「そもそも朝昼晩の例えが必要でしたか!?」 
『……なに?』
「“人間”という答えを導きたいなら、わざわざ1日に凝縮しなくたって普通に一生のことだと言えばいいんです!それをわざわざ1日のことであるかのように誤誘導ミスリードするなんて卑怯じゃありませんか!」

『しかしだな、これはそういう問いで』
誤誘導ミスリードです!赤ん坊は昼までに二本足で立てるようになったりしませんし、そもそも人間は1日で老いたりしません!」
『ぬう……』
謎掛けリドルはひとつであるべきです!その中にさらに別の謎掛けリドルを仕掛けるなど、いたずらに難易度を上げて回答者を惑わす悪辣な行為に他ならない!回答者に対する出題者の態度として誠実とは言えません!しかも今回のように、払う代償がである場合には尚更!」
『…………』

 言い掛かりも甚だしい、と怪物は思ったことだろう。美しい女性の顔であるはずの怪物のそれが眉をしかめ目を細めて、艷やかな唇を横一線に引き結んだ。
 だが確かに、娘の言い分にも一理あった。怪物の問いは人の一生を問うたものだが、同時に人生を1日に例えたものでもあった。謎がふたつあると言われればその通りでしかなかった。

『……良かろう』

 そして怪物は、とうとう娘の言い分を認めた。

『問いに不備があったと認めよう。汝らは我が問いに答えたと見做し、ここを通ることを許そ⸺』
「では、次は私の番ですね!」

『…………なに?』

 渋々ながらも娘の言い分を認めて、怪物は通行を許可しようとした。だが娘の上げた声に思わず言葉が止まる。

「そちらの謎掛けリドルを終えたなら、次はこちらが出題する番でしょう?」
『いや、それは⸺』
「それとも、自分が一方的に出題するばかりで答える意思などないとでも言うつもりですか!?」
『そ、そういうわけでは⸺』
「あっ、さては、答えられずに生命を失うのが怖いのですね!?」

『ええい、そこまで言うなら出題してみよ!我が叡智に知らぬものなし、どのような問いでも答えてくれようではないか!』

 ここに来て怪物が初めて声を荒げた。
 ここまで怪物に対して謎掛けリドルを出題した者などいなかった。それは今までに、怪物の最初の問いに答えられた者がほとんどいなかったせいでもあるのだが、確かに本来の謎掛けリドルとは互いに出題を重ねて答えられなくなるまで続けるものである。怪物が娘に対してを認めた以上、娘から出題されても文句は言えなかった。

「結構。それでは参ります」

 そして娘のほうは怪物が出題を認めたことを当然のことと受け入れ、落ち着き払った声で問いを発した。

「コホン。⸺大水おおみずの底には大火たいかあり。水は火により蒸発することなく、火もまた水により消えることなく、人がそれらを災いと呼ぶことも忌避することもない。そは何ぞ?」

『………………なに?』

 そして、今度は怪物の顔が困惑に歪んだ。
 大水とは、言葉通りに捉えるならば洪水のこと、つまりは大量の水を指す。そして大火とは火事のこと。洪水も火事も一般的には災害であり、人には忌むべきものであるはずだ。
 だというのに、水は火によって蒸発せず、火は水によって消えぬという。そしてどうやら、人間にとっては災いとはなりえぬどころか忌避しない、つまりは喜ばしい事態であるようだ。

『(なん……だ、それは……!)』

 そんなもの、怪物は聞いたことも見たこともなかった。完全に、知識と常識の埒外にあった。

 答えは人間にとっては自明の理、つまり「風呂」である。上の大水とは風呂の水、下の大火とは風呂を沸かす釜の火のことだ。
 現在いまはもう魔術で火を操り、あるいは魔術の術式を組み入れた魔道具で温度調節しながら湯を沸かすのが主流になっているため若い世代には通じなくなりつつあるものの、ひと昔前までは風呂水を溜めた湯釜の底に薪をくべ火をおこして、物理で湯を沸かしていたものである。
 法術師の娘は年齢的には釜熾しの風呂を知らない世代ではあったが、両親や祖父母などから聞いて知っていたのだろう。あるいは神殿での精神修養の一環として、実際にそうした昔ながらの風呂を焚いていたのやも知れぬ。

 だが怪物は、そもそも風呂というものを知らなかった。無理からぬことである。わざわざ大量の湯を沸かしてそれに浸かるなどという手間のかかる習慣は、全ての生物の中で人類にのみ見られる独自のものだったからだ。
 例えば高山帯に生息する動物が、自然に湧き出た温泉などで暖を取る事はあるだろう。だが多くの生き物にとって湯でからだを暖める習性などなかった。躯を清潔に保つ方法も川や湖で水を浴びるか雨に打たれるか、泥を浴びるか、あるいは自ら毛づくろいするか、その程度であった。
 ゆえに怪物も、風呂を知らない。謎掛けを嗜むほど高度な知性を有していたから知識としてだけならあるいは知っていたかも知れないが、自分の常識や習慣にないものは往々にして忘れがちであるものだ。叡智の怪物といえど、忘却の魔の手から逃れられるものでもなかった。

「どうしました、答えられないのですか?」
『…………くっ』
「沈黙は回答不能と⸺」
『まっ、待て!誰が答えぬと言ったか!』

 言葉に詰まっている時点で思い浮かんでいないことは明白なのだが、怪物はなんとか時間稼ぎをしてその間に思い出そうと必死である。

「……どう見ても、思い浮かんでいるようには見えませんが」
『そっ、そんな事があるわけがなかろう!?』
「だったら早く、答えて下さい」

『まっ、魔術だ!』
「…………はい?」
『魔術であろう!そのような常にはあり得ぬ状況を作り出すものなど、他に考えられぬではないか!人が忌避せぬというのも、魔術を弄しての小細工が得意なそなたら人間の好みそうなことだ!』

「違います。正解は“風呂”ですよ」
『なん……っだそれは!?』
「ほらやっぱり。知らないんじゃないですか」

 実際に知らず答えられなかった以上、怪物は何も言い返せなかった。これで法術師の娘が怪物に食われる未来はなくなった。娘の勝ちである。





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