謎掛けの怪物と冒険者

杜野秋人

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05.事の顛末──はた迷惑な者たち

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『もはや、これまでええええ!』

「「「「……えっ」」」」

 後肢で立ち上がりひと声咆えた怪物は、なんと彼らの目の前で、峠道のすぐ横に深く広がる峡谷に身を投げた。

「ハァ!?」
「えっウソ!?」
「そんな!」

 慌てて崖下を覗くも、深く暗い峡谷は遥か下にわずかに川の流れが見えるだけ。怪物の姿は一見して見当たらない。

「いや待て、アイツ翼あったよな!?」

 勇者候補のその一言で、すぐさま狩人が上空をふり仰ぐ。だが見渡す限りのどこにも、飛翔する怪物の姿は見当たらなかった。
 だがすぐに、はるか下方から重い水音が聞こえてきた。おそらく怪物が渓谷の底を流れている川に落水したのだろう。

「翼、あったよな……」
「まさか……飾りだったんでしょうか」
「分かんない。でもちょーっと翼ちっちゃかったかもしんないね」
「……ま、ともあれ怪物も最期は案外潔かったということだ。それでいいじゃないか」
「「「…………。」」」

「……じゃ、まあ、任務完了ということで」
「えっと、そうですね」
「なんか拍子抜けだけど、まいっか」

 そうして無理やり自分たちを納得させたパーティは、依頼達成報告のために荷物をまとめ、そそくさと下山していったのであった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「払えねえってどういう事だよ!?」

 だが街に帰還した勇者候補一行を待っていたのは、討伐成功とはという、冒険者ギルドの無情な決定だった。

「俺たちは確かに怪物を討伐したんだぞ!なんなら確認に人をやってもらってもいい!」
「そうは言われましてもねえ。討伐証明部位さえ不備なく提出してもらえればこちらも対応するんですがねえ」
「クッ……!」
「討伐したという確かな証拠もお持ちでないのに認めろと言われましてもねえ」

 そう。本格的な戦闘に入ることなく怪物がために、彼らは自分たちが怪物を排除した事実を証明できなかったのだ。

「せめて、爪や牙の1本でも持ち帰って下さっていればねえ」
「……そんな事を言われたってしょうがないじゃないか!本格的な戦闘に入る前に奴が自ら崖下に身を投げたんだから!」
「あー、あそこの渓谷の底の川は流れが速く荒いですからね。あの川に落ちたのなら死骸も発見できんでしょうなあ」

「そ、そんな……!」
「もしかしてウチら、タダ働き?」
「だが前払い分は返さんぞ?」

魔術師おま……っ!言うに事欠いてそれかよ!?」
「当然だろう?討伐を証明出来ずとも我々が討伐したことに変わりはないのだから、部分的にとはいえ報酬は受け取る権利がある」

「……ま、それは峠に確認に遣わす人員が、怪物が居なくなっていることを確認した上で返還は求めませんよ」
「「「「…………。」」」」

 誰も何も言えなかった。だって彼らが見たのは怪物が崖下に飛び降りたところまでで、怪物が川面かわもに到達した瞬間さえ確認できたわけでもなかったため、本当に死んだのかすら確認できていなかったからだ。
 もしかすると怪物が崖の途中のどこかに隠れていて、彼らが立ち去ったあと何食わぬ顔をして峠道に戻っている可能性すらあった。討伐証明部位つまり討伐対象の牙や爪、あるいは耳など、生きていては採取できそうもない決定的な部位を切り取り持ち帰る行為は、だから非常に重要な意味を持つのだ。


 結局、勇者候補パーティの依頼された怪物討伐のクエストは、最終的に完全達成とは認められなかった。冒険者ギルドが峠道を確認して、怪物が戻っていないことだけは確かめられたため前払い金はそのまま報酬として確定したものの、討伐証明ができなかったことで後払い分は支払われなかった。

「なーんか、釈然としないなあ」
「しょうがねえだろ。もう諦めろ」
「まあ、あの峠道が解放されただけでも良かったじゃないか」
「貴方がそれを言うんですか……!」

 ブツブツ文句を言いながらも、勇者候補のパーティは次の依頼のために旅立って行った。世のため人のためになることならば、たとえ不本意な結果に終わろうとも真摯に向き合い解決に尽力する。それが勇者を目指す者であり、そのパーティの使命なのだから。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



『だーから言ったじゃん。もう怪物アイツ引き揚げさせた方がいいよって』

 一方こちらは天界。
 肩を落として立ち去ってゆく勇者候補パーティを水鏡で眺めながら、ため息まじりでそう言ったのは雷神こと、この地に伝わる神々の主神である。

『そもそも、貴方が浮気なぞするからですわ!』

 その主神に対して、憤懣やる方ないのは彼の妻、結婚と女の幸せを司る主母神である。

『そもそもワシがあの娘の元に通ってたのって、もうの話なんじゃけど?』

 神々が地上を闊歩していたのは神代の話、つまりは大昔のことである。そして地上はすでに人類の時代になって久しく、神々が地上との関わりを断ってからすでに数千年が経過していた。
 もちろん、主神の浮気相手だった娘もとっくに故人であり、彼女が主神に愛されて産んだ子供たちも人間との婚姻を重ね世代交代を繰り返して、すっかり神の血もその権能も失って久しい。

『それでもっ!あの地には貴方の子孫がいるではありませんか!』

 神の血を受け継ぐものは神々の目を引く。いくらその血が薄まろうとも、神々がそれを見逃すことはない。そして主神は、自分の血を引く子孫らを好んで性愛の対象にする悪癖があった。

『いやいや、もう神々ワシら地上から手を引いたじゃん』

 神々が地上を去り、人の時代に移り変わってすでに数千年。そんなになって、主神の通行を阻止するためにわざわざ怪物を遣わす意義などありはしない。主母神と怪物の行為は、ただ単にである。

『それは……その……』

 答えに窮した主母神が、そっと目を逸らす。
 逸した視線の先に所在なげに佇んでいるのは、例の怪物であった。

が、その、わらわのためにと……』

 怪物は主母神が生み出し、地上へ遣わしたもの。
 主神はそう考えていたし、主母神は怪物が母のために自発的に地上に降りたものと信じていた。

『まあいいけどさ。あんま人類に迷惑かけないようにね』
『あ、貴方こそ、いい加減に浮気しないと約束して下さいまし!』
『うん、まあ、努力するよ』
『嘘おっしゃいな!半神ニュンペーの尻を追いかけてらしたでしょう!?わたくし知っていますのよ!』
『えっどこでバレ……いや何でもないよ!?気のせいだって!』

 永遠に浮気グセの治らない困った主神と、夫の浮気に嫉妬心が収まることもない主母神。人の世になろうとも、神々の在り様は今日も変わらない。

『(言えん……)』

 そんな中で怪物は、内心冷や汗が止まらない。

『(人と問答をやってみたくてなどとは、口が裂けても言えん……!)』

 天界は、今日も平和であった。





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