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04.第四の問い──勇者候補
しおりを挟む「よし、最後は俺だな」
そしていよいよ最後のひとり、満を持して勇者候補の青年剣士が怪物の前に立つ。
サラサラの亜麻色の頭髪に鮮やかな碧眼の、勇者候補らしくよく鍛えられた体格に、腰には精緻な装飾を施された鞘に収まる長剣を佩いている。キラリと白い歯を光らせて笑う青年の姿は、いかにも人類が希望を託すに相応しいカリスマの片鱗がうかがえる。
だがもう怪物にとってはその爽やかスマイルも、絶対に何か仕掛けてくるであろう胡散臭い笑みにしか思えない。軽く、というか明確に人間不信に陥ってしまっている怪物であった。
『どうせ貴様も、我をいじめるのであろう……』
「まあそういじけんなって。俺はあいつらとは違うからな、正々堂々ちゃんとした問題を出してやるとも」
『フン。信用なるものか』
とはいえ、彼が出題を終えぬことには一巡しないので怪物になすすべは無かった。絶対的な窮地に陥ってしまった怪物にはもう彼の問いに正答するより他になく、そして彼に敗れてしまえば二巡目はないのだ。
『まあいい。さっさと出題しろ』
「よし、じゃあ問題だ」
そうして勇者は自分の用意した問題を口にした。
「そを作りし者は沈黙し、そを持つ者は秘して語らず。決して人には求められず、意図せず手に入れたとて多くは密かに棄てられるだけ。そは何か?」
『ふむ……』
怪物はようやく落ち着きを取り戻した。勇者候補の出した問いかけが思いのほか真っ当であったからだ。
ではその答えは何だろうか。
それを作った者は沈黙、つまり作ったことを黙って隠しているということだ。また、それを持つ者は秘す、つまり持っていることを隠している。人が作ったものであるにもかかわらず人には求められないもので、それを求める以外の偶然などで手に入ったところで秘密裏に処分されるもの。
『(…………なんだそれは?)』
一見して矛盾に満ち溢れている。
作った者も持っている者もそれを隠さねばならないもの。わざわざ作るからには必要があったのだろうに、人には求められないものだという。そして何かの手違いで手に入ってしまえば、それを隠して処分せねばならない。
いや、だとすればそれをわざわざ作る意味はどこにあるというのだ?
道具が何かか?だがそれなら求める者はいるだろう。作る理由があり、だが求められず、所持を秘匿しなければならない。となると⸺
『それは、持っていれば罪に問われるものであるな?』
「おお、そういう事も起こり得るな」
勇者候補が笑顔で首肯する。
ならば、答えはあれで間違いなかろう。
『その答えは⸺』
「……答えは?」
『“毒”であろう!』
毒ならば作った者も持つ者もその事実を隠そうとするだろう。人が欲しがるはずもないし、手元にあれば危険極まりないため秘密裏に処分するのも頷ける。そしてそのような危険物を所持しているなど、知られれば罪に問われることだろう。
どうだ、これで間違いない!怪物は自信満々に勇者候補の青年に顔を向けた。
「あーやっぱりそっちだと考えたな」
『…………なんだと?』
そっちとは何を言っている?
まさか……引っ掛け問題だとでも言うつもりか?
『では正解は、なんだと言うのだ』
怪物の問いに、勇者候補はニヤリと笑った。
そうして胸を張り、堂々と告げた。
「正解はな、“偽札”だ!」
偽札とはそもそも犯罪を企図して作られるものであり、それを作る者も持つ者もその事実を公言するはずがない。犯罪に関わるものであるから善良な一般の人々に求められるはずもないし、偶然や手違いで手に入れてしまえばそれだけでも罪に問われるから人知れず処分するのも当然だ。
お上に訴え出たところでまず自分に容疑の目が向くから、手元にあることすら普通は隠そうとするものであり、実際、偽札に関して訴え出るのはそれで商品を騙し取られた商人たちが大半である。
『に、偽札だと!?バカな!』
そして怪物には、やはり偽札などというものは念頭から抜け落ちていた。人がそういうものを作ること自体はもちろん知ってはいたものの、そもそも怪物は貨幣を用いて買い物などしないので、思考の外に除外されていたわけだ。
『だ、だが毒でも間違いではなかろう!』
謎掛けにおいて、答えがふたつ以上ある事例は往々にして起こりうることだ。そしてその場合、どちらでも正解とされるのが当然である。
「残念だったな」
しかし勇者候補は無情にも首を振る。
「毒は持っているだけでは罪には問われない。使って初めて罪に問われるんだよ」
『な、なにーーーーー!?』
「だって考えてもみろ。王侯貴族を中心に、いざという時の自決用などで毒を持っていることは割と一般的なことだぞ?軍隊が兵器として毒を保管していることも多いし、狩りや漁で毒を使う地域や種族だってある。そしてそういった人々が毒を所持していたところで罪には問われない。問われるはずがないだろう?」
「そういやボクも持ってるよ。戦闘時に鏃に塗るやつねー」
『ぬ、ううう……!』
「毒は使って初めて罪に問われる。それも人を害する意図など、犯罪行為に用いてのみ罪に問われるんだ」
『だっだが、貴様は持っていれば罪に問われると言ったではないか!』
「そういう事も起こり得ると言っただけだぜ?」
毒を犯罪のために準備したなら、もちろん所持だけでも罪に問われる。そうではないならば所持が認められることもある。それだけの話だ。
だが偽札はそもそも作成も所持も詐欺という犯罪が前提としてあるものだ。ゆえに、所持しているだけでも容疑をかけられるし罪になるのである。
今度こそ、怪物は自らの誤答を認めざるを得なかった。最初に思い浮かんだ候補に飛びついて、他の可能性を吟味しなかった。それが怪物の敗因であった。
『ぐ、ぬ、ぬううううがあああああ!』
進退窮まった怪物は後肢で立ち上がって咆哮を上げた。それを受けて勇者候補が素早く長剣を抜き放ち、後方で油断なく構えていた仲間たちも即座に臨戦態勢に入る。
問答で敗れた怪物が実力行使に及ぶ可能性は、最初から彼らの念頭にあった。だから誰ひとり油断してはいなかった。それでも彼らが最初から実力行使に及ばなかったのは、謎掛けで怪物を打ち負かさなければそもそも怪物を倒すことが不可能だったからである。
勇者候補とその仲間たちは、あらかじめ古来からある現地の神殿に立ち寄り神託を得ていた。それによって怪物が主母神の加護を受けており、怪物との問答に勝利して初めて怪物の討伐が可能になることを知っていたのだ。
そもそも怪物がこの地に居座っていたのは、主母神の夫である雷神がこの峠を通って浮気相手の元へ通っていたからである。そこで主母神は怪物を派遣し、この峠を物理的に封鎖していたのだ。
その怪物を排除するためには、主母神の加護の効果に従った手順を踏まえる必要があった。つまり、問答で怪物を打ち負かすこと。まずそれを成さなければ、怪物から主母神の加護が失われなかったのである。
冒険者たちは素早く展開した。最前衛に勇者候補の剣士、中衛に狩人のエルフが弓を構え、そのすぐ後ろで法術師の娘が防御魔術の展開を始める。魔術師は最後尾で戦況を俯瞰しつつ、攻撃魔術の準備に入った。
さすがに勇者候補にまで上り詰めた最上位冒険者のパーティである。呼吸も連携も完璧であった。
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