公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人

文字の大きさ
45 / 46
番外編➀【星誕祭の、その夜のこと】

07.幸せのブーケトス

しおりを挟む


「だってわたくし、やはりアナスタシア姫にはフィラムモーン様がお似合いだと思うのです!おふたりの恋が成就するためならば、わたくしいつでもいくらでも身を引きましてよ!」

 ヤケになったテンションのまま、ソニアは後戻りの利かないところまで言及してしまう。
 こうなればもうヤケですわ。いえもうとっくにヤケですけれどね!

「あ、あのですね、ソニア様……」
「皆まで仰らなくても大丈夫ですわよ、お族姉ねえさま」

 それは、テンパった末のおかしなテンションが言わせた一言。

「……えっ?」
(……えっ?)

 向かい合うアナスタシアとソニア、戸惑う王女と自信満々ドヤ顔の侯女が、実は内心で全く同じ一言をタイミングまでバッチリとハモらせていたなどと、一体誰が気付くだろうか。

(……あっ!そこまで話すつもりはありませんでしたのに!?⸺ええい!もうこうなれば、なるようになるだけですわ!)
「父からある程度は聞き及んでおりますの。⸺お初にお目にかかります、

 内心がどんなに満身創痍ズタボロであろうとも、身に染みついた淑女礼カーテシーがスッと出てくるのはカストリア侯爵家の高い教育の賜物。今ソニアを支え、そしてかつてはオフィーリアの矜持であったもの。

「ま、待ってソニア様」
「なんですの?」
「アカーテス……いえカストリア侯がそう仰いましたの?」
「……ハッキリとは申しておりませんが、わたくしの又従姉妹はとこだと」

 これは事実だ。父アカーテスからは、アナスタシアがオフィーリアの生まれ変わりであるという明確な言葉はもらえなかった。だがそれでも彼は『お前の又従姉妹はとこに当たる方だよ』と明言したのだ。

「あー、その、心を落ち着けて聞いてほしい。カストリア侯爵だけではないんだ」
「……へっ?」

 ソニアの暴露に便乗するようにおずおずと話を始めたカリトン王の言葉に、アナスタシアの目が点になった。

「クリストポリ侯爵の兄君ヨルゴス殿も、御身を『オフィーリア様の生まれ変わりだ』と親書で知らせてくれていてね」
「……は?」
「メーストラーもそう言っていただろう?」
「え……ええ、まあ、それは……」
「イスキュスだって、御身には“悲劇の公女”の面影があると」
「えええ!?」

 そしてアナスタシアの動揺と狼狽は、このあと頂点に達した。

「あとお父上、ニケフォロス王太子からも『可能性が高いから』と言われていて」
「ううう嘘でしょ!?なぜお父様が知っていますの!?」
「だって君、5歳の頃に自分でオフィーリアと名乗ったそうじゃないか」
「おおお憶えてませんわ!?」

 5歳当時の記憶など、成長すれば普通に忘れるものである。いかに才知あふれていようと転生者であろうと、アナスタシアもやはりひとりの人の子であり、そこは大多数の一般の例に漏れなかった。

「えっと、いいかな。⸺その、僕も知っているんだ。父にそうだと聞かされていて」
「ああ、そういえば宰相ともそういう話をした事があるな」
「うええ!?」

 さらにフィラムモーンからも告白があり、アナスタシアはもはや表情さえ取り繕うことができない。淑女の仮面などすっかり粉々で、もう跡形すら残っていない。

「(まあ、当然驚きますわよね。明かしていないはずのことがのですから)⸺それを踏まえて、ですわお族姉さま」

 アナスタシアとは逆にやや冷静さを取り戻したソニアは、元の目的に向けて軌道修正をはかる。
 自分でもなかなか強引だなとは思ったが、今の狼狽するアナスタシアになら、きっとこれで押し通せるはず。

「かつてのオフィーリアお族姉さまは、ご自身でご自分のこともその幸せも、何ひとつ決められないままに死を選ぶしかなかったと聞き及んでおります。⸺だからこそ!前世の恋を追うもよし、新しき生として今世の幸せを追うもよし、ですわ!前世にとらわれ過ぎて思考を凝り固める必要などないと思うのです」

 ソニアは思うのだ。前世と今世は違うはずだと。せっかく生まれ変わったのだから前世のオフィーリアとしてではなく、今世のアナスタシアとしての幸せを目指してもいいのではないかと。
 もちろん、前世の想い人であるカリトン王が健在な時代に生まれ変わったのだから、彼女が前世の想いを遂げようとするのは自然なことだろう。だが、その想いを敢えて断ち切り新たな人生を選んだとしても、それは彼女の当然の権利として認められるべきである。そうでなくてはならないし、そうしても構わないのだと、ソニアはアナスタシアに気付いて欲しかったのだ。

「……そうだな。ソニア侯女の申す通りだ。もちろん私は、私を選んでくれればとても嬉しい。だけど貴女が義務感や私への同情でこの手を取ることは望まない。望みたくない。大事なのは何よりも、貴女が幸せになることだ」
「僕だって陛下と同じ気持ちだ。陛下と添い遂げることが前世からの貴女の望みだと思えばこそソニア侯女を一度は選んだ。けれど彼女に気付かさせてもらったんだ。真に大切なのは何よりも貴女の望みであり、自由であり、貴女の幸せなのだと。
僕が勝手に身を引いて、貴女の選択肢を奪うべきじゃない。貴女が自由に選ぶべきで、もしも選んでもらえたならば全霊をもって貴女を幸せにすると誓おう。⸺もちろん、貴女は僕や陛下以外の殿方を選んだっていいんだ。それで貴女が真に幸せになれるのならば、僕は全力でそれを支え守ると誓う」

 そしてそれはカリトン王も、フィラムモーンも同じ想いであるようだ。

(あっ!?フィラムモーン様ってば余計なことを仰いましたわね!?)

 だが、フィラムモーンはつい余計な一言を加えてしまった。
 おそらく、フィラムモーン自身もまだどこかテンパっていたのだろう。よりによってカリトン王でもフィラムモーンでもない、まで提示してしまうとは。
 ソニアは一瞬だけ内心慌てたが、直後のアナスタシアの表情を見てそっと安堵の息をつく。だって彼の言葉に思わず周囲を見回したアナスタシアが、一瞬でスンとしてしまったのだから。
 招待客の貴族たち、とりわけ子息や若き当主たちがフィラムモーンの言葉を受けてざわりと色めき立ったものの、表情が抜け落ちたあとのアナスタシアはそれらを一顧だにしなかった。


 結局、アナスタシアはカリトン王の手を取った。それはつまり前世からの恋に忠実に、自分の心に正直に生きるという彼女の決意表明でもあった。

「⸺ご決断を、尊重致しますわ」

 彼女がフィラムモーンを選ばなかったことに心から安堵しながら、ソニアも進み出てフィラムモーンの手を取る。

「後からやっぱり交換しろと仰られても、もうお受けできませんからね!」

 こうして、二組のカップルが成立したのである。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 「……思い返せば、あっという間の3年間でしたわ」

 そうして話は現在に戻る。
 あの稔季ねんきの大夜会で当時13歳のアナスタシアと35歳のカリトン、それに15歳のフィラムモーンと14歳のソニアの二組がそれぞれ婚約を果たしてから早3年。アナスタシアはミエザ学習院を3年間首席のままで卒院し、それからもうすぐ1年が経とうかという寒季かんき星誕祭せいたんさいの今夜、晴れてカリトン王と婚姻を果たし妃となった。
 来年には、正式に王妃として冊立さくりつされる予定になっている。

「長かったような、短かったような……」

 目を細めつつ過去に想いを馳せる18歳のフィラムモーンはあの頃と比べても段違いに成長し、内面にも外見にもさらに磨きがかかっている。それはもうソニアですら直視できなくなるほどに。
 そしてそのソニアもまた一段と美しく成長し17歳になっていて、巷では王国一の美男美女カップルだと持て囃されている。カリトン王とてイケメンには違いないのだが、さすがに若さの一点でフィラムモーンには及ばない。
 まあハッキリそう言ってしまうと不敬に当たるので、誰も明言はしないが。

「だがこれで、陛下とアナスタシア様は晴れてご夫婦だ。次は、ようやく私たちの番だよ」
「ええ。そうですわね」

 フィラムモーンとソニアが寄り添って立つ神殿二階の控室の窓の下では、お披露目のために神殿の外に出てきたカリトンとアナスタシアの夫妻が、詰めかけた民衆から万雷の拍手で祝福されている。もっとも民衆は神殿敷地内に入ることを許されておらず、敷地内にいるのは招待客の貴族たちだけだ。
 そのアナスタシアが、キョロキョロと見回している。何かを探しているような動きである。

「…………あっ!」

 そこで唐突にソニアは気付いた。

「どうした、ソニア?」
「わたくしたち、あの場にではありませんか!」
「えっ。…………あ!」

 そう。アナスタシアが探していたのはである。ガリオン王国発祥で、このイリシャ連邦にも伝わり広まりつつある最新の婚姻式の作法であるリクシモ・ティス・アンソデスミス、つまりガリオンで言うところのブーケトスル・ロンセ・デュ・ブケの相手を彼女は探していたのだ。
 そして彼女たちの次に婚姻するのは、そう。フィラムモーンとソニアのカップルなのだ。

「まずい!急いで行かなければ!」
「……いえ。もう手遅れですわ」

 慌てるふたりの眼下でアナスタシアは相手を見つけたようで、その手から純白の薔薇を束ねたブーケアンソデスミスを夜空に放った。それはふわりと弧を描いて、ひとりの令嬢の元へ落ちてゆく。
 受け取ったのはオルトシアーだ。彼女はまさか自分が受け取ることになるとは想像もしていなかったようで、真っ赤に染まった顔でオロオロと周囲を見回して、隣に立っているクセノフォンに何事か囁かれている。

「オルトシアー嬢が代役を務めて下さいましたわ」
「……そうか、彼女たちも婚姻を控えていたんだったね」

 自分が受け取れなかったのは痛いが、代わりに受けたのが彼女ならまあ納得もできるというもの。あとで祝福しておかなければとソニアが考えた、その時。

ブーケアンソデスミスの代わりを用意しなくてはならないね」
「……えっ?」

 肩に手を置かれ、振り向かされた。
 すぐ目の前には、フィラムモーンのキラキラしい美顔があった。

 あっ待ってそんな、眩し。
 と思う間もなく、顎に手を添えられ上を向かされて。

 ふたりの影が重なった。

「少し早いけれど、僕からのだ。受け取ってくれれば、嬉しい」

 柔らかく微笑む彼の顔を、ソニアは見られなかった。
 だって真っ赤になってしまった顔を、両手で覆って隠すのが精一杯だったから。





しおりを挟む
感想 147

あなたにおすすめの小説

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。