クズ人間の婚約者に嫁がされた相手は、ただのダメ人間でした

杜野秋人

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05.こんなはずでは!?

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 デイモンは新たにチェスターフィールド子爵家の次女、タバサ・ハーパーと婚約した。チェスターフィールド子爵家はリッチモンド侯爵領の南隣に領地を持ち、主要産業はリッチモンド領と同じくペイニーン山脈の鉱山開発である。リッチモンド侯爵家とチェスターフィールド子爵家は鉱山開発の相互協力で提携したわけだ。

「よろしくお願い致しますわデイモンさま。ふふ、とうとうの追い出しに成功したのですね!」
「そうだとも。これで晴れて君を迎え入れることができる」

 何を隠そう、タバサはデイモンの浮気相手のひとりだったのだ。ふたりはタバサがヨーク市立大学に在学中から関係を持っていて、すでに何度も肌を重ねた仲だった。そして彼女は今年卒業したばかりの16歳である。
 タバサは伯爵令嬢のアデラインさえ追い落とせば自分が次の侯爵夫人になれると考えて、それで日頃から様々に画策していた。それが思いがけずハンブルトン伯爵の死去によってまんまとデイモンの婚約者の座を手にしたのだから笑いが止まらない。

「しかし君も悪い女だな」
「あら、デイモンさまだって人のこと仰れないでしょう?」

 そしてそんなタバサの腹黒な面をこそデイモンは愛していた。なんたってのだ。ならば公私ともに、あるいは心身ともに彼女は自分を理解してくれるだろう。表情も豊かだし、身体はもっと色々豊かだし、頭でっかちでお堅いばかりのアデラインなんぞよりよっぽどいい。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ちょっとデイモンさま!」

 だがそんなタバサにもがあった。

「なんですのこのルビーは!?」

 執務室に怒鳴り込んできた婚約者タバサに、デイモンは面倒くさそうに目を向けた。

「何って、見たら分かるだろう。“ヴィクトリアンレッド”だ」

 鉱山経営の子爵の娘のくせにそんなことも分からないのかと言いたげなデイモンに、タバサは目を吊り上げる。

「貴方の目は節穴ですの!?ヴィクトリアンレッドとはもっと深みのある“紅”い色で、石の内面から赤の魔力マナの輝きがにじみ出るもののことを言うのです!こんながヴィクトリアンレッドなはずがないでしょう!」
「何を言っている?これを我が領ではヴィクトリアンレッドとして売っていて、社交界でも好評なんだぞ」
「…………ああ。最近贋物ニセモノが出回ってて価値が落ちているとウチの鑑定士たちが零してましたが……レイバーン家のせいでしたのね……」

 タバサは宝石を扱う子爵の娘らしく目利きが鋭かった。

「冗談ではありませんわ!この指輪のダイヤモンドはせいぜいVS1ではありませんか!」
「それの何が問題だ?」
「侯爵家では婚約者に夜会で身に付けさせるジュエリーにを用意して平気なのですの!?FLフローレスとまでは言いませんが、最低でもVVSクラスを用意するのが常識でしょう!?」
「そんなもの、いくらかかると思っているんだ!?」

 しかも“本物”が分かるだけに、生半可なものでは妥協してくれなかった。

「クッ……!なんて金のかかる女だ……!」
「あら。我が家はこの婚約を破棄して頂いても構わないのですよ?」

 そしてタバサとの婚約は破棄できない。リッチモンド侯爵領で新たに見つかった鉱脈とは魔鉱石の鉱脈であり、宝石類とは採掘方法が異なるのでリッチモンド侯爵家にはノウハウがなく、それを持つチェスターフィールド子爵ハーパー家の力を借りるしかないのだ。
 ちなみに魔鉱石とは、魔力マナを内包した特別な鉱石のことである。“無色”のものは安価だが魔道具に広く使われるので需要が高く、そして黒、青、赤、黄、白の五色の魔力に純化した“色付き”の魔鉱石は非常に希少で、その価値は宝石類の数十倍にもなるのだ。

「“色付き”が採掘できなくても良いのなら、いつでも婚約破棄なさいませ?」
「クッソ……足元見やがって……!」


「おい、大丈夫なのかデイモン!?」
「父上……!」

 下手すると魔鉱石採掘の利潤をも食い潰しかねないタバサの要求と散財に、リッチモンド侯爵も青い顔だ。

「タバサ嬢との婚約は、元々結ばれていたペンデル伯爵家との婚約を破棄させてまで結んだのだぞ!それを今さら破談になどしたら、社交界で何を言われるか……!」
「分かってますよ!」

 分かっていてもどうにもならない。もはや後戻りなどできるはずがないのだ。
 というかお互い婚約者のある身で浮気の恋に溺れて、すでに彼女の純潔まで頂いてしまっているのだから、今さら彼女をペンデル伯爵家に返せるはずがない。というかデイモン以外のどこの誰にも彼女はもう嫁げない。

「しかもハンブルトン領から取引停止の通告が来たぞ!お前が強引に婚約破棄などするからだ!」
「なんですって……!?」

 リッチモンド領の食料調達先は、婚約者一族であったハンブルトン伯爵領の比重がもっとも多かった。それが婚約破棄によって全ての取引を停止され、しかも農業技術指導に派遣されていた人員も全て引き上げられたという。

「今から他領に食料供給の契約を持ちかけても、足元を見られるに決まっておる……!」
「クッ……どうすればいいんだ……!」

 リッチモンド侯爵家の今季の赤字は、というかこの先もずっと、ほぼほぼ確定事項である。





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