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04.本当に婚約してしまえ

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「とりあえず、事情は分かりました。お互いに否も応もありませんし、ひとまずは婚約しましょう」
「ご迷惑をおかけして……本当に申し訳ありません……」
「いえいえ、構いませんよ。心中お察し致します」

 半ギレの押しかけ嫁、つまりアデラインから仔細を聞いたブライアンは天を仰いで嘆息した。
 やりやがったな侯爵家め。ハンブルトン伯爵が事故死したのをこれ幸いとハンブルトン側に瑕疵を押し付けて、奴らはまんまと婚約破棄してアデラインとハンブルトン領を見捨てたのだ。

 とりあえずハンブルトン領は中央に代官を要請して任せるのがいいだろう。そしてアデラインの弟が成人したのち爵位と領地を継承できるよう、自分が後見となればいい。そうすればハンブルトン領はひとまず安泰だろう。
 だがそのためには、アデラインとブライアンが婚約する必要がある。長女ですでに成人済みの彼女の婚約者とその家でなければ、ハンブルトン領内の政治的決定に関われないからだ。

「とりあえず実態はともかくとして、形の上だけでも婚約が必要になります」
「そう、ですわね」
「ですからそのために、まずは婚約のメリットとデメリットを洗い出しましょう」
「はい、お願い致します」

 アデラインも神妙に頷く。最初はやはり噂を鵜呑みにしていて耐えなければと思っていた彼女だが、ライデール伯爵邸に置き去りにされてからブライアンや邸の使用人たちに慰められ労られ、すっかり印象が改善していた。
 ブライアンはとても優しかった。それに年齢差があるせいで父親のように頼もしい。愚痴を聞いてくれて一緒にリッチモンド侯爵家に腹を立ててくれたおかげで、もうすっかり嫌悪感はなくなっている。
 おまけにブライアンは、婚約はあくまでも形式上のこととして、弟トバイアスが成人してハンブルトン伯爵を継げるようになれば婚約を解消しようとまで提案してくれたのだ。トバイアスは今まだ10歳だが、13歳になってノースヨークシア南部にあるヨーク市立大学へ合格できればその時点でとして、継爵能力ありと認められる。だからそれを待って3年後に婚約を解消しましょう。そう提案されて、アデラインはもう彼に頭が上がらない。

 噂はやはり噂でしかなく、あてになどならないものだ。一体誰がこの穏やかで誠実な紳士を“狷狭けんきょう伯爵”などと悪しざまに罵り始めたのだろうか。見つけ出したなら文句のひとつも言ってやりたいところだ。

「まずライデールわが領の主要産業は黒麦生産と羊毛生産、それに物流と通商です。そしてハンブルトン領は黒麦生産がメインで、他に羊毛加工もやっていますね」
「その通りです」
「ではこちらで生産した羊毛をそちらに割安で卸しましょう。そしてそちらで加工した品を、こちらの商人に委ねて北や南で売ることにしましょう」
「えっ、そんな、よろしいんですか」
「もちろん。形の上だけとはいえ婚約者となるわけですし、互いの家に便宜を図るのは当然のこと。それもハンブルトン伯爵を亡くされて困窮しているのですから、今までの取引先も表立って抗議はしづらいでしょう」

 アデラインにとっては、願ってもない申し出だった。だっておそらくそれまでの仕入先は、ハンブルトン伯爵を亡くしてリッチモンド侯爵から婚約を破棄されたラートン家の足元を見てくるに決まっていたから。
 だが互いの家に便宜を図るというのであれば、ラートン家からも見返りを提示せねばならない。

「では……、今年は黒麦が不作になりそうですし、来年以降に向けて農業技術の改革が必要になるかと。ですのでハンブルトン領こちらからは技術協力をお約束致しますわ」

 今年の不作は、今からではもう取れる対策も多くないため、備蓄を放出するなどして乗り切るしかないだろう。大事なのは翌年以降に尾を引かせないことで、そのためには農業改革が必要になる。そして、ハンブルトン領にはそれを成せる技術と人員がある。

「それはありがたい。あとは……何かデメリットがありますか?」

 そう言われてアデラインは考え込んだ。

「ええと……特には……?」
「まあ強いて言えば、貴女のようなお若いご令嬢が30以上も歳上の、悪い噂しかない私などと3年も婚約しなくてはならない、というのが大きなデメリットですか」

 貴族令嬢の3年はとても大きく重いものだ。特にアデラインはもう17歳になっているから、それを20歳まで拘束してしまえばその後の嫁ぎ先にも苦労することになる。
 だがそう言われた当のアデラインは、穏やかに微笑んで彼に告げた。

「あら、ブライアン様はとてもお優しくて、お噂とは大違いですもの。わたくしはもう気になりませんわ」
「はは……そう言っていただけるとこちらとしても安心しますな」

 婚約に関しては両者の合意も取れて問題はなさそうである。両家の提携という意味でも上手く噛み合うように思われるし、それ以外のデメリットを探し出さねばならない。
 そこまで考えて、アデラインもブライアンも無言のまましばし考え込み、そして同時に首を傾げた。

「デメリットを洗い出さねばならないのですが」
「ええ……わたくしも考えていたのですが、特に思いつかなくて」

「あの、これもしかして」
「まあそうかなとは思いましたが」
「「私たちの婚約、メリットしかないのでは?」」





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