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03.悲劇の公女と、その婚約者(1)
しおりを挟むだが、そんな公女に悲劇が訪れようとは、一体誰が想像し得ただろうか。
入学からしばらく経った暑季のある日、公女は学園で新たに得た友人の令嬢たちと連れ立って、学園の放課後に街へ遊びに出たことがある。それまでにも彼女は何度かこうした誘いを受けており、父の公爵もたまの息抜きならばと黙認していたこともあって、その日も公女は友人たちと街歩きを楽しんでいた。無論、全員が貴族子女であり護衛や侍女を連れていた。
だがふと友人たちが気付けば、公女の姿だけが消えていた。護衛ともども慌てて探すも、付近のどこにも彼女の姿は見当たらなかった。
公女が拐われた。
その事実に愕然とした友人たちの通報によって直ちに王都守護の騎士団が動員され、王都全域で秘密裏に、そして大々的に捜索が行われた。
公女はほどなくして見つかった。スラム街にほど近い廃屋の中で。
着ていた制服は無残にも引き裂かれ、彼女は半裸で気を失っていた。胸も腰も暴かれていた上にその大腿には、血痕と白濁した体液が付着していた。
彼女が襲われ純潔を散らされたのが、誰の目にも明らかだった。
直ちに保護され、公女は公爵家の王都公邸に運び込まれた。しばらくして意識を回復した彼女は我が身に何が起こったのか決して語ろうとはせず、家族も使用人たちもそれを暴くような真似ができずに、しばらく学園を休ませて静養することになった。
だがその夜、公女が喉にナイフを突き立てて自害を図ったことでまたしても騒然となった。隣室の使用人控室で待機していた専属侍女がいち早く異変に気付いたことで直ちに術師が集められて[治癒]の魔術が施され、彼女は一命を取り留めたが、喉には隠しきれない大きな刃傷が残ってしまった。
公女が13歳で公募した婚約者は、彼女が15歳になっても決まらなかった。彼女が街で拐われ純潔を散らされたという噂はいくら隠そうとしても人口に膾炙し、釣書を送付していた子弟や王族たちからは辞退の連絡が相次いだのだ。
その後しばらくして復学した彼女には、誰も近寄ろうとはしなかった。あの日街へ連れ出した友人たちも、こぞって釣書を送付した婚約者のいない子弟たちも。教師たちでさえ、必要最小限を除いて彼女に関わろうとはしなかった。
そうして彼女は、独りになった。
それでも婚約を申し込んでくる者は少なくなかったが、大半は傷物となった彼女を憐れみ公爵家の足元を見るようなものばかりで、しかも真っ当な婚約ができそうにない曰く付きの人物からの申し込みばかりであった。
傷付いた娘をそれでも愛してやまない公爵が、そんな縁談を受け入れるはずがない。だがもはやまともな縁談は望めそうにもない。
そんな彼女の婚約がようやく決まったのは公女が15歳、つまり成人して、学園の3年生に上がってからの暑季の盛りのことだった。あの日襲われてから、丸2年以上が経過していた。
またしても国内外の社交界に激震が走った。
選ばれたのは、国内の貧乏子爵家の次男だったのだ。たいした特産品もない小さな領地しか持たず、さして強みもない弱小家門の子で、かろうじて学園に入れただけの成績も顔立ちも凡庸な、どこからどう見ても公女の配に相応しいとも思えぬ、しかも公女よりひとつ歳下の2年生だったのである。
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