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二章【“天使”なふたりの大騒動】
06.少しずつすれ違うふたり(2)
しおりを挟む「あああああ……どうしよう」
一方こちらは、そのアーニーだ。
酒場の夜の部の開店直後で次々やって来る客の対応に追われつつ、独り悶々と思い悩んでは手が止まる。
何を悩んでいるのかと言えば、それはもちろん、パッツィと例の新入り騎士との関係だ。あの時はかなり親密なように見えたが、一体どういう関係なのだろうか。
聞きたい、でも聞けない。だってアーニーが一方的にパッツィへの想いを温めていただけで、彼女とは別に恋仲でも何でもないのだ。勢いに任せて告白してしまった時も意外そうな反応だったし、きっと彼女からすれば急な話でさぞ驚いたことだろう。その告白もなかなか返事をもらえないところを見ると、もしかすると有耶無耶にされて無かったことにされかねないまであり得る。
それに何より、彼女はおそらく現役の貴族令嬢だ。最近こそ騎士の振る舞いがサマになってきてはいるものの、出会った当初の彼女はいかにも貴族令嬢然とした立ち居振る舞いだったのをよく憶えている。
実家を追い出されて平民に落ちた自分とは、住む世界から違っているはずだ。
「ニャーにを迷ってるのかニャ、アーにゃんは」
「……ミリ」
後ろから腰を叩かれ振り向くと、小柄なミリが見上げていた。
「お姉さんにはお見通しニャ。アーにゃん、恋の悩みならこのミリお姉さんを頼るニャ!」
「……お姉さんて、ミリはまだ15歳じゃないか」
猫人族のミリは15歳で、20歳のアーニーよりも歳下だ。そんな彼女にお姉さんと言われても。
「ミリは成人してもう3年経ってるニャ!ニャからお姉さんニャ!」
「……そんなの、僕だって成人して5年経ってるんだけど」
「人間の5年と猫人族の3年ニャったら、猫人族のほうがお姉さんニャ!」
「……そうかなあ」
平均寿命が40年ほどしかなく成人年齢が12歳前後と早い猫人族と、平均寿命が60年ほどで15~16歳で成人と見做される人間とでは、正確な年齢比較が難しい。おそらくだが、同い年くらいになるのではなかろうか。
「こう見えてミリは番作ったこともあるニャ!でもアーにゃんはそういうのもまだニャよね?」
「……え、そうなの?」
「フフン。ニャからミリのほうがお姉さんニャ!」
確かに、アーニーはまだ特定の女性とお付き合いしたことはない。実家を追い出されたとはいえ、不用意に外で恋人や子供を作ったりしたら問題になると分かりきっているため、これまで意識して自重してきた。
彼がパッツィに告白する気になったのも、実はそれが絡んでいたりする。彼女が本当に貴族の出身なら、あるいは正式な縁談としてまとめられるかも知れないのだ。
だがあのサンデフという騎士も、いかにも貴族然とした雰囲気だった。態度も紳士的だったし教養も感じられて、自分と比べてどちらがよりパッツィに相応しいかと考えると、どうしても気持ち的に一歩引いてしまう。
「……人間にはね、色々としがらみが多いんだ。好きだから付き合えるってわけでもないんだよ」
「そうニャの?ミリはそういうの、よく分かんないニャ~」
「でしょう?だから気持ちだけ受け取っておくよ」
「考えても答えが出ないのニャら、悩むのは後回しにしてキリキリ働くニャ!」
「……ああ、そうだね。ごめん、仕事に戻るよ」
そうして今日もまた、忙しさにかまけつつ考えないようにして、サンデフとの関係をパッツィに聞けずに終わってしまうのだろう。そう考えてもいるアーニーである。
だがこの時の彼はまだ、パッツィと第四小隊が今まさに酒場へ向かっている事を知らないままであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ。⸺おや、珍しいですね」
そんなある日。夜の部開店直後のごった返す酒場でアーニーが出迎えたのは、診療所の看護助手たちのグループであった。
「やあ、アーニー。今日はお世話になるよ」
「いらっしゃいモズリブさん。それに皆さんも」
診療所もまた酒場と同じく昼夜営業だが、夜間は主に急患の対応と薬の処方だけなので宿直を置いているだけだ。そのぶん、陽暮れ後の遅い時間まで診察を受け付けていて、いつもならこの時間はまだ彼女たちは診療所で忙しく働いているはずなのだが。
「今日は患者が少なくてねえ。早めに店じまいってわけさ」
「ああ、そうだったんですね」
「それで、せっかくだしたまには皆で一緒に食事でも、と思ってね」
要するに、たまには職場の懇親会でも開こうかという話になったのだと、看護助手たちのリーダーでもあるモズリブは言った。
パッツィが分隊長に就任して以降、分隊内で小隊ごとの懇親会を推奨しているのは有名な話だ。その話が広まるにつれ、ゴロライの町では分隊に倣って職種ごと、あるいは職場ごとにそうした飲み会を開くことが増えてきている。今回の彼女たちもその一環だろう。
「それに、この子の歓迎会もそろそろ開いてやらないとねえ」
「わぁい、嬉しいです姐さん」
そう。グループの中にはあのクレイルウィもいたのだ。というか今の話だと、彼女が主賓ということになる。
「ええと、団体様なので少しお待ち頂いても構いませんか?テーブルをひとつ空けますので」
「済まないねえ、よろしく頼むよ」
せっかくの職場懇親会なら、バラバラのテーブルに案内するわけにもいかない。なのでアーニーは彼女たちを待たせ、テーブルが一卓空くのを待ってから席へと案内した。
まあ予約ではなかったせいで、その間にやって来た他の客に「あそこが空いているじゃないか」と詰められもしたが。だが診療所メンバーのための席だと言えばそれ以上文句も出なかった。なんと言っても町唯一の診療所なので、誰しも彼女たちの恨みを買いたくなかったのだろう。
そんなわけで始まった診療所メンバーの懇親会だったが、当然というかクレイルウィの存在感ばかりが際立つ結果になった。そりゃもう輝くような金髪と弾ける笑顔が魅力的な彼女である。どれほどの猛威だったかと言えば、しばらくして入ってきたゴージャスが「おれよりキラキラしたやつがいる……」と打ちひしがれて退散したほどだった。
こんな辺鄙な田舎の、繁盛しているとはいえ粗末な作りの小さな酒場には、彼女の美貌は全くもって似つかわしくなかった。周囲の客たちが「頼むから王都とかの有名一流店でメシ食っててくれ……」と心中願ったくらいには。
そこへ、何も知らないパッツィが第四小隊を引き連れてやって来た。そう、かねてより計画していた第四小隊懇親会兼サンデフ歓迎会が、まさに今夜だったのである。
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