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第三章

PROBE

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久しぶりの東京。

前日まで堂本さんも一緒にくることになっていたが、急な仕事が入ってしまったらしく、お盆休み返上で働かなくなてはいけなくなった。

たまには彼のいない休日を、一人でゆっくり過ごすのもいいかもしれない。寂しい気持ちを心の奥にしまい込み、朔也はひとりで『PROBE』へやってきた。

『PROBE』もお盆休みを取っていたが、朔也も東京へ来る事になっていたので、マスターが店を貸し切りで開けてくれた。

仲間内で集まって、楽しむ目的だったので内輪だけの集まりだった。NYで仕事をしているいつもはいない設立メンバーも日本に帰ってきていた。総勢10名ほどが『PROBE』に集まり、懐かしい人たちの顔を見るととても気持ちが安らいだ。

みなさんお元気そうで、いつの間にか新しいパートナーを連れて参加している人もいて、とても楽しい一夜になった。


「結局、堂本さんは朔也の居場所を突き止めたわけだね」

マスターがワインを飲みながら笑った。

「執念だな。どこまでも食い下がるし、諦めが悪い。悠人ゆうと(マスター)も手を焼いていた」

川島さんはマスターの苦労を朔也に報告していた。

彼らの話を聞き、堂本さんがどれほど一生懸命、自分の事を捜してくれていたのかがよく伝わった。

そして『PROBE』のマスター達に、迷惑をかけてしまったことを深く詫びた。

「うちの売上に貢献してくれていたから、別になんでもない。気にしないで」

マスターがいつも通りの優しさでそう言ってくれたので、少し気は楽になった。

久しぶりに会った壁画アーティストの川島さんが、いつのまにか恋人を作っていたことに驚いた。
彼はまさしくストレートの人で、朔也が男性に興味を持ったことを話すと、あまり良い答えを返してくれなかった記憶がよみがえる。

どちらかと言うと、同性愛には反対のタイプだと思っていた。
その彼が同性の恋人を連れてきたことに朔也は戸惑いを覚えた。いったいどういう心境の変化があったんだろう。

二人で話をするタイミングが掴めたので、朔也は川島さんの恋人、小説家だという久田さんに話かけた。

「僕が最初に川島さんを好きになりました。それは憧れに近いものだった。まさか恋人になってもらえるとは思っていませんでした」

久田さんは恥ずかしそうに、川島さんとの馴れ初めを話してくれた。

「男性同士の恋愛というものに対して、僕は悩んでいます。将来のことを考えると、このままずっと続けていっていいのか考えてしまって」

朔也は会ったばかりの久田さんに、自分の悩みを打ち明けていた。

「そうですね。その時とてもその人を愛していても、先々ダメになるかもしれないし、関係が終わるかもしれない。ですが、その時愛し合った時間や情熱は決して無駄にならないと僕は思っています。将来、やらなかったことを悔いるよりやって後悔した方が人は幸せなのではないでしょうか。もちろん考え方は人それぞれです。何が正しいかは本人でないと分かりません」

後になって分かるのかもしれない。ただ、やらずに後悔はしたくない。なるほどもっともな意見だ。
久田さんは、穏やかな語り口調だが、作家さんならではの説得力がある。

「何を真面目に恋愛論語ってるの」

川島さんが二人の話に乱入してきた。

「いや、その……正直言うと川島さんが男性の恋人を連れてくると思っていなかったので驚きました」

朔也は率直に感想を述べた。
川島さんは初対面の自分の恋人に、朔也が何を話しているのか気になったんだろう。

「あーそうだな、まあそうだろうな。俺も正直驚いてるけど、たまたま好きになった相手が喜助(久田さん)だった。それだけ、いたってシンプル」

彼は朔也と久田さんの席の間に割り込むように座る。

「先々、駄目になってなるって誰が言った?考えてもいないし、俺は一生喜助と生きる覚悟はできてる」

川島さんが久田さんの耳もとでそう告げる。
みるみる顔が赤くなる久田さん。
見ているのが申し訳なくなったので、朔也はごちそうさまでしたと言って席を立った。

なんかやけに格好いいですね。心の中で川島さんにエールを送った。

ここに堂本さんがいてくれたら良かったのに……少しさみしい気持ちになった。

「のろけ話を聞かされてるようで、こっちが恥ずかしくなる」

マスターが笑いながら朔也に話しかけた。

「相手がいることだから、お互いちゃんと話合わなくちゃいけないね。朔也は一人で全部決めてしまう癖がある。それは相手にとってとても悲しい事だよ」

自分の悪いところも良いところも、全てをマスターは理解してくれている。

東京へ来てよかった。『PROBE』で、みんなと話をしているうちに、自分の悩みなんか、とてもちっぽけなものに思えてきた。

気持ちは決まっている。

僕は堂本さんが好きだ。彼を愛している。
先の事は分からないが、彼の恋人になれて、今はとても幸せだ。
胸を張ってはっきりとそう言おうと思った。

「ところで、朔也さん。大阪の住所教えてもらっていいですか?」

横から権田くんが話しかけてきた。
彼は『PROBE』のお客さんだったんだけど、今は川島さんと一緒に仕事をして、書家になっていた。



「え、なんでですか?暑中見舞いとかくれるの?」

「川端さんって覚えてますか?アダルトグッズの営業マン。あの人、朔也さんがいなくなってから、何故か商品サンプルを僕にくれるようになって……今部屋の中が大人のおもちゃで溢れかえって困ってるんです」

「いや、え、川端さん……ははは。まだお店に通ってきてくれてたんですね。ターゲットが権田くんに変わったんだ」

「いやいや、朔也さんに会ったら渡せって言われてるんです。俺が一番若いから何でも頼みやすいみたいです」

とにかく捨てるわけにもいかないから、送りますということだった。
こっそり処分してくれたらいいのに。
権田君は真面目な性格だからできなかったんだろう。

着払いで送ってくださいと、権田くんに住所をラインした。


帰りに僕も出世したのでと言って、川端さんと権田くんの名前で一本ずつボトルを入れてくれるようマスターに頼んだ。



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