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再会
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「先日は……私の無茶なお願いを聞いて頂き、ありがとうございました」
喜助先生は深く頭を下げて、高級洋菓子を手土産に持ってきてくれた。
あのデートの日から2ヶ月近く経っていた。
凄く広い場所を仕事場にしているんですね、と龍の工房を褒めてから、本題に入りますが、と彼は居住まいを正した。
今回は仕事の話があるということで、喜助先生直々に俺にアポイントを取ってきた。
デートの日のことには触れられたくないのかもしれない。先生の本をすべて読破したという事も言わなかった。
彼は俺が出版社に送った絵を大事そうにテーブルの上に置いた。
「これは私宛に届いた作品なのですが、お描きになったのは川島さんですよね?」
「悪かった。送り先の住所がわからなかったし、編集部に尋ねても、先生宛のファンレターなどは、出版社宛に送ってくれということだったから。その……俺からのファンレターだと思って欲しい」
喜助先生が「有難うございます」と丁寧に頭を下げた。
「出版社は一応、僕宛に送られてきたものに対して、一度中身を開けて確認します。なので川島さんが送ってくださったこの絵も、出版社の者が開けて確認したのです。その時、この作品を見て、大変感銘を受けたスタッフが沢山いたようです。素晴らしい作品であるということが、編集者の中で広まりました」
龍は少し照れくさい気分で、話の先を促す。
「心に深く刻まれるような、そんな強い感動を抱くこの絵は、真夏に降る2分間の雪の情景でした。僕も一目でそれが分かりましたし、編集部の皆も勿論気付きました」
あの小説をイメージして描いたものだから当然だ。
けど喜助以外の人が、気がついたのは、彼の小説「真夏に降る2分間の雪」がその人達にとって、印象深いものだったからにすぎない。
あの小説が好きだから、思い入れがあるから、あの絵を見て、彼らも気がついたんだと感じた。
「是非『真夏に降る2分間の雪』の重版の表紙画として、使わせてさせていただけないでしょうか。本日は、そのお願いをするために、こちらに伺いました」
何だか仰々しいなと思った。本の作者に、そこまでへりくだって言われると気恥ずかしい。
「いや、でももう出版されているから、今更新しく表紙になんてできないだろう?」
龍は喜助が年上であることを忘れてタメ口で話し出した。
「詳しい内容は後に出版社の担当の者が参りまして、改めて先生にお願いすると思います」
龍は背筋を伸ばすと。
「どっちにしろ、その絵は久田喜助先生に、もらっていただきたいと思って、勝手に贈ったものです。もう差し上げた物ですので、どのように使っていただいても、こちらは構わない」
小説を読んで感動したから描いたもので、決して承認欲求を満たすために描いたものではない。
「やはりそういうわけにはいきませんし、著作権も発生します。契約書を交わす必要もあります。仕事として引き受けていただけないかと、私がここにこちらにお伺いした次第です」
「なんかこの会話、すごく畏まっていて、かえって緊張する。普通に話してくれていいよ。友人として」
龍が苦笑いしながらそう言うと、喜助もふふっと笑って、少し場が穏やかになったように感じた。
男性にしては物腰が柔らかで、人当たりが良い。
ストレートに言うと、まるで昔からずっとそこに居たような馴染み方、悪い言い方だけど『存在感の薄さ』が、彼の魅力だ。
それはきっと、喜助の持つ空気感が自然で優しいからなのだろう。
それから仕事の話になったが、契約など細かい事は担当者としか話せないだろうからと、友人として他の話題に入った。
この倉庫を住居にしている事や、海が近くにあって、近所の漁師がうまい魚を安く売ってくれることを話した。
自分は本来無口なはずなのに、喜助に促されるといろいろと話してしまう。
それに何より、仕事の話で来ているのだとしても、喜助が自分に会いに来てくれたことが、やけに嬉しかった。
喜助先生は深く頭を下げて、高級洋菓子を手土産に持ってきてくれた。
あのデートの日から2ヶ月近く経っていた。
凄く広い場所を仕事場にしているんですね、と龍の工房を褒めてから、本題に入りますが、と彼は居住まいを正した。
今回は仕事の話があるということで、喜助先生直々に俺にアポイントを取ってきた。
デートの日のことには触れられたくないのかもしれない。先生の本をすべて読破したという事も言わなかった。
彼は俺が出版社に送った絵を大事そうにテーブルの上に置いた。
「これは私宛に届いた作品なのですが、お描きになったのは川島さんですよね?」
「悪かった。送り先の住所がわからなかったし、編集部に尋ねても、先生宛のファンレターなどは、出版社宛に送ってくれということだったから。その……俺からのファンレターだと思って欲しい」
喜助先生が「有難うございます」と丁寧に頭を下げた。
「出版社は一応、僕宛に送られてきたものに対して、一度中身を開けて確認します。なので川島さんが送ってくださったこの絵も、出版社の者が開けて確認したのです。その時、この作品を見て、大変感銘を受けたスタッフが沢山いたようです。素晴らしい作品であるということが、編集者の中で広まりました」
龍は少し照れくさい気分で、話の先を促す。
「心に深く刻まれるような、そんな強い感動を抱くこの絵は、真夏に降る2分間の雪の情景でした。僕も一目でそれが分かりましたし、編集部の皆も勿論気付きました」
あの小説をイメージして描いたものだから当然だ。
けど喜助以外の人が、気がついたのは、彼の小説「真夏に降る2分間の雪」がその人達にとって、印象深いものだったからにすぎない。
あの小説が好きだから、思い入れがあるから、あの絵を見て、彼らも気がついたんだと感じた。
「是非『真夏に降る2分間の雪』の重版の表紙画として、使わせてさせていただけないでしょうか。本日は、そのお願いをするために、こちらに伺いました」
何だか仰々しいなと思った。本の作者に、そこまでへりくだって言われると気恥ずかしい。
「いや、でももう出版されているから、今更新しく表紙になんてできないだろう?」
龍は喜助が年上であることを忘れてタメ口で話し出した。
「詳しい内容は後に出版社の担当の者が参りまして、改めて先生にお願いすると思います」
龍は背筋を伸ばすと。
「どっちにしろ、その絵は久田喜助先生に、もらっていただきたいと思って、勝手に贈ったものです。もう差し上げた物ですので、どのように使っていただいても、こちらは構わない」
小説を読んで感動したから描いたもので、決して承認欲求を満たすために描いたものではない。
「やはりそういうわけにはいきませんし、著作権も発生します。契約書を交わす必要もあります。仕事として引き受けていただけないかと、私がここにこちらにお伺いした次第です」
「なんかこの会話、すごく畏まっていて、かえって緊張する。普通に話してくれていいよ。友人として」
龍が苦笑いしながらそう言うと、喜助もふふっと笑って、少し場が穏やかになったように感じた。
男性にしては物腰が柔らかで、人当たりが良い。
ストレートに言うと、まるで昔からずっとそこに居たような馴染み方、悪い言い方だけど『存在感の薄さ』が、彼の魅力だ。
それはきっと、喜助の持つ空気感が自然で優しいからなのだろう。
それから仕事の話になったが、契約など細かい事は担当者としか話せないだろうからと、友人として他の話題に入った。
この倉庫を住居にしている事や、海が近くにあって、近所の漁師がうまい魚を安く売ってくれることを話した。
自分は本来無口なはずなのに、喜助に促されるといろいろと話してしまう。
それに何より、仕事の話で来ているのだとしても、喜助が自分に会いに来てくれたことが、やけに嬉しかった。
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