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2 『三枚の銀貨』
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メリルの一日は領主館で『三枚の銀貨』にお参りをすることから始まる。
それがどういうものかというと、三枚の銀貨が額に入れられて正面玄関ホールに飾られているだけのシンプルなものだ。
メリルから見ると、それは何の変哲もないただのちょっと薄汚れた銀貨だったりするのだけれど、どんな由来があるのか、以前丁度家に帰ってきていた兄のアーサーに質問したら、人好きのする天性の笑顔でこう答えてくれた。
「最初は五枚あったんだけどね、そのうち二枚はどうしても使わなきゃいけない時に使って、最後にこの三枚が残ったんだ。今のアクアオッジがあるのはこの家のみんなと五枚の銀貨のおかげだったから、こうして残った三枚を"行動を起こさないと始まらない"っていう教訓にして飾ってるってわけさ」
いい話だなー。そういう銀貨ならご利益がきっとあるに違いない。
物心ついたときからメリルは食べる物には困らなかった。アーサーが自分と同じ年の頃はお肉がほとんど食べられないくらい貧乏だったと聞いている。アーサーとは十歳年が離れているので、兄というよりは父にも近くて、よく面倒を見てもらっていた。優しくて穏やかな兄が昔っから好きだった。動物と意思疎通が出来るのでいろんな動物がやってきてよく話し合っている。一緒にいるとそういう動物たちとも遊べるので、メリルは今や立派なブラコンに育っていた。
兄は学園卒業後、近隣諸国の問題事の仲介を頼まれて、出国しては入国して家に戻ってくる──その繰り返しだった。
隣国のドラゴンの相談に乗ったり、ちょっと遠い国の守護獣からの伝達仲介を任されたりもしている。
出国の頻度は、辺境伯家の嫡男にしてはあり得ないほど多い。けれど、国王陛下や外交官の方々に頭を下げられてしまっては、断れない。そんなふうに頼られるうちに、家を離れるのがいつの間にか「当たり前」になっていた。
もうそろそろ結婚してもおかしくない年齢だけれど、本人にその気はなさそうだった。
とんでもなくモテるのに、婚約者はおろか、浮いた話のひとつも聞いたことがない。
母さまは「あらあら、きっとあの子のスキルのせいよねえ。【交流スキル】? って、よく分からないけれど」なんて呑気に笑っているけれど、正直ちょっと心配だ。
兄さまを巡って、いつか争いが起こるんじゃないかって。
だって、辺境伯といえば侯爵家とほぼ同格。自ら軍隊を持ち、しかもここ十年で飛躍的に領地は豊かになってる。
そのうえ、国王陛下や外交官に頭を下げられて国外の問題まで任されるような嫡男──なんて、前途有望株にもほどがある。
だからこそ、アーサー兄さまを本当に愛してくれて、辺境暮らしを嫌がらない女性が現れたらいいな、って思う。
いやいや待て待て、兄さまのことよりまず自分のことだ。
メリルは今日も、軽くお辞儀をしてから、背筋を伸ばして両手を組む。銀貨の前では、自然とそうしたくなるのだった。
「わたしの魔法がしょぼしょぼじゃなくなりますように」
額が汚れていたので、ハンカチをポケットから取り出して、水魔法を発動させる。
立てた人差し指から、ちょろっと水が出る様子に、メリルは盛大にため息をついた。
しょぼしょぼ魔法がもっと良くなるように毎日お参りしてあやかりたいんだ。
それがどういうものかというと、三枚の銀貨が額に入れられて正面玄関ホールに飾られているだけのシンプルなものだ。
メリルから見ると、それは何の変哲もないただのちょっと薄汚れた銀貨だったりするのだけれど、どんな由来があるのか、以前丁度家に帰ってきていた兄のアーサーに質問したら、人好きのする天性の笑顔でこう答えてくれた。
「最初は五枚あったんだけどね、そのうち二枚はどうしても使わなきゃいけない時に使って、最後にこの三枚が残ったんだ。今のアクアオッジがあるのはこの家のみんなと五枚の銀貨のおかげだったから、こうして残った三枚を"行動を起こさないと始まらない"っていう教訓にして飾ってるってわけさ」
いい話だなー。そういう銀貨ならご利益がきっとあるに違いない。
物心ついたときからメリルは食べる物には困らなかった。アーサーが自分と同じ年の頃はお肉がほとんど食べられないくらい貧乏だったと聞いている。アーサーとは十歳年が離れているので、兄というよりは父にも近くて、よく面倒を見てもらっていた。優しくて穏やかな兄が昔っから好きだった。動物と意思疎通が出来るのでいろんな動物がやってきてよく話し合っている。一緒にいるとそういう動物たちとも遊べるので、メリルは今や立派なブラコンに育っていた。
兄は学園卒業後、近隣諸国の問題事の仲介を頼まれて、出国しては入国して家に戻ってくる──その繰り返しだった。
隣国のドラゴンの相談に乗ったり、ちょっと遠い国の守護獣からの伝達仲介を任されたりもしている。
出国の頻度は、辺境伯家の嫡男にしてはあり得ないほど多い。けれど、国王陛下や外交官の方々に頭を下げられてしまっては、断れない。そんなふうに頼られるうちに、家を離れるのがいつの間にか「当たり前」になっていた。
もうそろそろ結婚してもおかしくない年齢だけれど、本人にその気はなさそうだった。
とんでもなくモテるのに、婚約者はおろか、浮いた話のひとつも聞いたことがない。
母さまは「あらあら、きっとあの子のスキルのせいよねえ。【交流スキル】? って、よく分からないけれど」なんて呑気に笑っているけれど、正直ちょっと心配だ。
兄さまを巡って、いつか争いが起こるんじゃないかって。
だって、辺境伯といえば侯爵家とほぼ同格。自ら軍隊を持ち、しかもここ十年で飛躍的に領地は豊かになってる。
そのうえ、国王陛下や外交官に頭を下げられて国外の問題まで任されるような嫡男──なんて、前途有望株にもほどがある。
だからこそ、アーサー兄さまを本当に愛してくれて、辺境暮らしを嫌がらない女性が現れたらいいな、って思う。
いやいや待て待て、兄さまのことよりまず自分のことだ。
メリルは今日も、軽くお辞儀をしてから、背筋を伸ばして両手を組む。銀貨の前では、自然とそうしたくなるのだった。
「わたしの魔法がしょぼしょぼじゃなくなりますように」
額が汚れていたので、ハンカチをポケットから取り出して、水魔法を発動させる。
立てた人差し指から、ちょろっと水が出る様子に、メリルは盛大にため息をついた。
しょぼしょぼ魔法がもっと良くなるように毎日お参りしてあやかりたいんだ。
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