『ファランドール公爵家の事件録』~公爵の最愛は彼の溺愛に気付かない~File00.二人の出会い

鈴白理人

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 給仕係はどうしたものかと困惑の表情を浮かべ、右に左に視線をさまよわせてため息をつきながら途方に暮れている。

(まだ草を持たされているのか)
 銀製のトレイはグラスや空いた皿を載せるものであって、草を載せるものではない。だが、貴族令嬢にされてしまったことを断れるはずもない。
 あとで回収するから待てと言われてしまえば処分することも出来ず、さぞや難儀していることだろう。

 命じられてしまったら、どうしようもない。
 板挟みになってしまった給仕係を、憐憫の目で眺めた。

「あれは……」
 セオの声が小さく聞こえた。

「ご令嬢を捜しているのか?」
 護衛騎士たちも声に出ている。

 どうやら皆同じことを考えたようだ。

 給仕係を気の毒に思ったのだが、公爵はふと違和感を覚えた──



(なぜ王族と上級貴族専用控え室のある場所にいるのか)

(シャルム草は遠目でしかも暗くはあったが……)





「その給仕係を捕らえて下さいませっ!」




 女性の声が廊下に響き渡った。


 途端、給仕係がトレイを投げ捨てて走り出した。


「ああっ! シャルム草が!」

 緊迫感の欠片もない声が聞こえてきて、
(気になるのはそこか?)
 そう思ったが、アレクサンドルは反射的に駆け出した。

 給仕係を抑え込み確保しようとするが、余りにも暴れるのでうつ伏せに倒し、腕を捩じ上げる。

「う……ぐっ……」
 首を掴まれ腕を捩じ上げられた給仕係は、床に突っ伏して声も上げられなくなった。


「捕らえて下さってありがとう存じますー」

 この状況で余りにものんびりしている、この声は……

(あの時のご令嬢)
 公爵の鼓動が跳ね上がった。

 いきなり令嬢が近づいてきて、給仕係の男のそばにしゃがみ込む。

「あー、ほら見て見て? やっぱり爪の先が紫色に変色してるでしょう? カンサオキゾ系を調合する者特有の特徴なのよ」
 言われなければ気づかないが、よくよく見ると、確かにうっすらと爪の先が紫色に変色している。

 あとから追いついてきた侍女に説明しているようだが、こんな不審人物を取り押さえているすぐそばでしゃがまないで欲しい。近すぎて清涼感のある香草のようないい匂いがする──


(この令嬢に危機感はないのか?)
 周囲の者は皆思った。
 あまつさえ、公爵に捩じられ動かせなくなっている男の手をツンツンとつついているではないか。



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