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第一話
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「私は、私の婚約者であるアドリアナ・ヴァンディール侯爵令嬢の本性を、ご来場の皆様に知って頂きたく思う!」
ヴァンディール侯爵家の二女リリアーナのデビュタントが行われている夜会で、場違いな大声が響き渡った。
侯爵家は建国以来の由緒正しい大貴族であり、招待され歓談に勤しんでいた数多くの貴族たちが何事かと一斉に静まり返る。
アドリアナ・ヴァンディール侯爵令嬢の婚約者であるレオニード・ガイデアン侯爵子息が、姉のアドリアナが妹のリリアーナを貶め、手酷く扱い、泣かせてきたさまを、滔々と語り始めた。
「……この間の茶会での君の言葉が決定打だった!悲しみ泣いている妹に向かって追い打ちするかのように『また泣くか』と憎々し気に言い募っていただろう!そんな血も涙もない女と婚約続行など不可能だ!」
(ああ、やはりまたこうなってしまうのね)
自らの婚約者であるレオニード・ガイデアン侯爵子息に指を突き付けられて、アドリアナ・ヴァンディールはため息をついた。こんな時くらい表情が崩れても、誰も咎めないだろう。
何せ、アドリアナの婚約破棄は三度目だった。
過去の二回も、このような大掛かりな場ではなかったとはいえ、婚約者がリリアーナに心変わりしたことが原因だったのである。
レオニードとリリアーナが顔を合わせてからというもの、二人の距離感はずっとおかしかった。
ヴァンディール侯爵家の長女で跡取りでもあるアドリアナと、ガイデアン侯爵家のレオニードとの婚約が結ばれたのは半年前のこと。ガイデアン侯爵家の三男であるレオニードがヴァンディール侯爵家に婿入りし、いずれ女侯爵となるアドリアナを支える──そのための婚約だった。
親交を深めるため、ヴァンディール侯爵夫妻は月に一度、レオニードを招いて茶会をするように勧めた。
その交流を図る東屋での茶会のたびにリリアーナは同席していて、今ではレオニードの隣は彼女の指定席だ。
「お姉さま……わたし……わたしは大好きなお姉さまと一緒にお茶したいだけなのに……っ。それにお姉さまのお顔をずっと見ていたいから、ここに座るの……分かって下さるわよね」
「ああ……また貴女は……」
シクシク泣き出したリリアーナをどうすることも出来ず、アドリアナは"淑女にあるまじき"と言われるため息をついてしまった。
ため息は"淑女にはふさわしくない"行為の一つでもある。
"淑やかにあごを引き決して俯かず前を向き"
"表情を決して崩すことなく"
"凛として背筋を伸ばす"
社交術として、幼いころから学ぶことだ。
ため息など、己の感情を表に出すようなことはあってはならない。
他人の目がある場所で泣き出すなど、しかもまるで子供のようにしゃくり上げる泣き方でひっくひっく言っている。
「……まぁ、まるで子供みたいな泣き方よ」
(こんな子供のような仕草では、殿方の同情を誘えないのではないかしら)
「その言いぐさは何だ!お前は血も涙もないな。泣いている妹を心配すらしないのか!!」
レオニードが激昂してアドリアナを責めるのもいつものことだった。
(見事に引っ掛かっている方がここにいたわ)
貴族なら皆、感情を表に出さないよう教わるはずなのに……アドリアナは冷めてしまった紅茶を口に含みながら、表情を取り繕った。
メイドは全て時間まで下がらせているので、この東屋には三人しかいない。
ヴァンディール侯爵家の二女リリアーナのデビュタントが行われている夜会で、場違いな大声が響き渡った。
侯爵家は建国以来の由緒正しい大貴族であり、招待され歓談に勤しんでいた数多くの貴族たちが何事かと一斉に静まり返る。
アドリアナ・ヴァンディール侯爵令嬢の婚約者であるレオニード・ガイデアン侯爵子息が、姉のアドリアナが妹のリリアーナを貶め、手酷く扱い、泣かせてきたさまを、滔々と語り始めた。
「……この間の茶会での君の言葉が決定打だった!悲しみ泣いている妹に向かって追い打ちするかのように『また泣くか』と憎々し気に言い募っていただろう!そんな血も涙もない女と婚約続行など不可能だ!」
(ああ、やはりまたこうなってしまうのね)
自らの婚約者であるレオニード・ガイデアン侯爵子息に指を突き付けられて、アドリアナ・ヴァンディールはため息をついた。こんな時くらい表情が崩れても、誰も咎めないだろう。
何せ、アドリアナの婚約破棄は三度目だった。
過去の二回も、このような大掛かりな場ではなかったとはいえ、婚約者がリリアーナに心変わりしたことが原因だったのである。
レオニードとリリアーナが顔を合わせてからというもの、二人の距離感はずっとおかしかった。
ヴァンディール侯爵家の長女で跡取りでもあるアドリアナと、ガイデアン侯爵家のレオニードとの婚約が結ばれたのは半年前のこと。ガイデアン侯爵家の三男であるレオニードがヴァンディール侯爵家に婿入りし、いずれ女侯爵となるアドリアナを支える──そのための婚約だった。
親交を深めるため、ヴァンディール侯爵夫妻は月に一度、レオニードを招いて茶会をするように勧めた。
その交流を図る東屋での茶会のたびにリリアーナは同席していて、今ではレオニードの隣は彼女の指定席だ。
「お姉さま……わたし……わたしは大好きなお姉さまと一緒にお茶したいだけなのに……っ。それにお姉さまのお顔をずっと見ていたいから、ここに座るの……分かって下さるわよね」
「ああ……また貴女は……」
シクシク泣き出したリリアーナをどうすることも出来ず、アドリアナは"淑女にあるまじき"と言われるため息をついてしまった。
ため息は"淑女にはふさわしくない"行為の一つでもある。
"淑やかにあごを引き決して俯かず前を向き"
"表情を決して崩すことなく"
"凛として背筋を伸ばす"
社交術として、幼いころから学ぶことだ。
ため息など、己の感情を表に出すようなことはあってはならない。
他人の目がある場所で泣き出すなど、しかもまるで子供のようにしゃくり上げる泣き方でひっくひっく言っている。
「……まぁ、まるで子供みたいな泣き方よ」
(こんな子供のような仕草では、殿方の同情を誘えないのではないかしら)
「その言いぐさは何だ!お前は血も涙もないな。泣いている妹を心配すらしないのか!!」
レオニードが激昂してアドリアナを責めるのもいつものことだった。
(見事に引っ掛かっている方がここにいたわ)
貴族なら皆、感情を表に出さないよう教わるはずなのに……アドリアナは冷めてしまった紅茶を口に含みながら、表情を取り繕った。
メイドは全て時間まで下がらせているので、この東屋には三人しかいない。
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