婚約者は妹を選ぶようです(改稿版)

鈴白理人

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第二話

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 リリアーナはとても美しいとアドリアナは思う。

 自分は白金の髪といえば聞こえはいいが、陰で『幽霊のような白髪』とレオニードに言われているのを知っていた。黄金の瞳は色味が薄く気味が悪いとも。
 対して、リリアーナは黄金のような金の髪と、思わず庇護してしまいたくなるような菫色の瞳を持っている。
 ヴァンディール侯爵は、政略結婚であった先妻が儚くなったあと、初恋だった女性を後妻に迎えた。

 アドリアナとリリアーナは外見が全く似ていないものの、先妻と後妻であるそれぞれの母親の容姿を受け継ぎ、半分ではあるが血が繋がった姉妹でもあるのだ。

「……ああ、レオ。ううっ。わたしほんとにお姉さまが大好きなだけなのに……」
「泣くな。リリィは何も悪くなんかないんだからな。な?」

 
 宥めるように肩を抱く距離感を何とも思わないのだろうか、妹はデビュタント前の未成年なのに。そう考えながらアドリアナはふしだらにも見える婚約者とこれ以上一緒にいたくなくて立ち上がった。
「もうお開きにいたしましょう」
 
「そうだな。君がいるとリリィは不安定になる」


 アドリアナが先に歩き始めても、二人は近すぎる距離感で横並びに歩いていた。
 庭園の見事な薔薇を眺める振りをして立ち止まるとアドリアナと距離を取り、リリアーナの黄金色の髪をそっと撫でながら、レオニードはひそひそと話し出した。
 ──計画通りにやれば、皆幸せになれる。そう確信しながら。
 当然アドリアナはレオニードにとって"皆"の中には入っていない。
 ヴァンディール侯爵夫妻は、リリアーナを目に入れても痛くないほど溺愛しているともっぱらの噂で、デビュタントも娘可愛さにとても大がかりな、予算をたっぷりつぎ込んだ夜会が催される。

「じきリリィのデビュタントが行われるだろう?僕をリリィのパートナーにしてくれないか?」

 リリアーナの目がびっくりしたように見開かれた。

 予想外の反応に少しだけレオニードはひるんだが、出会ってから今日まで、リリアーナが自分に気があることを疑いもしなかった。未来の義兄と義妹の距離感ではなく、いつも茶会では隣に座って来る。
 何もないのならお互いリリィ、レオ、と愛称で呼ぶことなんてないだろう?しかもレオ、と甘え声で呼び始めたのはリリィからだったのだ。

「……えっ。もうお父さまにお願いしているのだから、変更なんて無理よ。お父さまったら、一生に一度の晴れ舞台だからって、子供のようにはしゃいじゃって。お母さまとは仲の良い叔父さまが同行なさるの」

「あ。……ああ。ヴァンディール侯爵とか。それじゃ変更も出来ないよな」

(計画が崩れるが仕方ない。二人で堂々と入場すれば、そのあとの婚約破棄も簡単だったんだがな)
 そう思いながらレオニードは続けた。

「……あのな、リリィ。僕は当日、アドリアナに婚約破棄を突き付けようと思っている。あんな冷血女と婚約を続ける気なんてない。僕とリリィで婚約を結び直したら、侯爵は溺愛している君を次代の侯爵にするだろう。姉から妹に変更するだけだから簡単だ」

 レオニードは、リリアーナの目が煌めいたのを見逃さなかった。
 (やっぱり、妹のほうは相当な野心家じゃないか)
 
 そのとき、アドリアナが先に進んでいたほうから何やら声がする。
「……あっ。お母さまだわ。お姉さまも……なんだかおかしいわ。どうしたのかしら」

 近づくにつれ、はっきりと聞こえてくる。まだ二人はこちらには気が付いていないようだった。

「アドリアナ……貴女はまた。ガイデアン侯爵令息は貴女の婚約者なのだから、自分できちんと応対しなさいな。みっともない」
 
「お義母さま……どうすればよいと仰るのです。それならばリリアーナを茶会の時間だけでも閉じ込めておいて下さればよろしいのよ」

 それを聞いたリリアーナは叫んだ。
「ひどい、ひどいわ!」
 わあっ、と泣きながら館のほうに駆けていってしまう。

「アドリアナ!なんて酷いことを!リリアーナに謝りなさい!」 
「いつでもわたくしのほうが悪いと、そう仰るのですね」


 こんな修羅場はごめんだぞ──
 そう思い、レオニードはリリアーナを追いかけたが、執事に居場所を聞いても自室にこもってしまったと言われるばかりで、会うことは叶わなかった。
 

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