宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

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第一章・不吉なペンネーム

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「……誰が豆粒だって?」

 体を起こした少年が舌打ちする。
 ダイダラボッチの巨大な影に、怒りと苛立いらだちの混じった視線が向いた。

「……どいつもこいつも……図体ずうたいで判断しやがって……」

 少年が散乱した原稿用紙の一枚を手に取り、赤竹あかたけ筆巻ふでまきを開ける。
 未使用の太筆ふとふで穂先ほさきに触れ、じくまで見回し、口角こうかくを上げた。

羊毛ようもうと猫の柔毛筆じゅうもうひつか。山羊やまひつじなら良かったが仕方ない。四得よんとくが揃っているだけ、良しとしよう」

「ちょっと! それ、私の原稿用紙! しかも一番高い筆!」

「紙は使い物にならないな。墨もすずり文鎮ぶんちん下敷したじきもないときた。さて、どうするか……」

「ちょっと聞いて……っわわわっ!」

 ズシン、ズシンと歩み寄ってくる足音にも動じず、地面に正座し直した少年がたすきを取りだし、襷掛たすきがけで着物の袖を上げる。
 転がっていた木箱を机のように置き、破けた天幕を広げる。
 水風船が浮かんでいる水に筆をつけ、穂先ほさきから根元ねもとまで、指で丁寧にほぐす。
 筆の水気みずけぬぐい、石を乗せた原稿用紙の右側に置く。

 少年が深々と一礼した瞬間、千代の周囲を引き締まった静寂が包んだ。

(……おばあちゃんが書いていた時とそっくり……)

 へその下にある丹田たんでんに力を入れ、まっすぐ伸びた背筋。
 握りこぶしが一つ入るぐらい、つかず離れずの距離を保つわき
 腕を机から離して筆を持つ、懸腕法けんわんほう
 筆のじくの中央より上を持ち、親指と人差し指と中指の三本で押さえる双鉤法そうこうほう

『人間! 早く胡白こはく様の後ろに!』

「え? 次から次へとなんなの?!」

 煙の狐にかされ、千代は慌てて少年の後ろへ走る。
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