鳥籠の花嫁~夫の留守を待つ私は、愛される日を信じていました

吉乃

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新婚生活は。。

数日間の新婚旅行から戻ると、屋敷の中には以前と変わらぬ静けさがあった。
 けれど、心の奥に流れる風だけは、ほんの少し変わっていた。

 カタリーナは旅先で感じた穏やかな距離感を思い出していた。
 レオナルドのやさしいまなざし、不器用ながら気遣ってくれた言葉。
 肩を並べて歩いた道、何気ない会話のひとつひとつ
 そのすべてが、ほんのわずかずつ、ふたりを「夫婦」として結びつけてくれた気がしていた。

 ──少しずつでいい。これからも、ちゃんと心を通わせていけたら。

 そう思っていた。けれど。。
 

 日常が戻ると、レオナルドはまた以前のように仕事に追われ、
 朝は早く、夜は遅い日々が再び始まった。

「おかえりなさい」
「お疲れさまです。少しでも食事を」

 カタリーナが声をかけると、彼は必ず微笑んで「ありがとう」と返してくれる。
 けれど、それ以上の会話は続かなかった。

 数日前まで旅先で並んで歩いていたふたりとは、どこか違って見えた。


 ──仕事だから、仕方がない。そう思わなければならない。

 彼の背中が見えるたびに、自分の胸の奥で何かが静かに沈んでいくのを感じた。

寂しかった。
声をかけても、返ってくるのは穏やかな笑顔と短い言葉だけ。
それ以上の会話は続かず、気づけば自分の声だけが部屋に残っていた。

話しかける相手がいない。
今日の出来事を伝えたい相手がいない。
思ったこと、感じたことを誰にも話せないまま、日々は静かに流れていく。

義母はいつも優雅に振る舞っていたが、言葉を交わすことはほとんどなく、
侍女たちとの会話もどこか距離がある。

屋敷は広く、美しく、静かで──けれど、その静けさはまるで、
自分ひとりだけを閉じ込めていくように思えた。

それでも、カタリーナは立ち止まらなかった。
レオナルドが忙しいのは、責任ある立場にいるからこそ。
ならば自分にできることを見つけようと、日々、屋敷の管理や礼儀作法の再確認、刺繍や書の稽古に努めた。
食卓を彩る花を選び、季節の香りを取り入れたお茶を淹れる
小さなことでも、自分にできることを重ねることで、心の空白を埋めようとしていた。

レオナルドとの関係も、まったくのすれ違いではなかった。
仕事に追われる日々の中でも、彼は毎晩、夫婦の寝室に戻ってきた。

会話は少なく、やさしさも控えめで、どこか遠慮がちな距離感はあったけれど。。
それでも、夫婦としてひとつの寝台を分かち合う時間は、週に数度あった。

無言のまま夜が更けることもあれば、そっと触れる手にぬくもりを感じることもあった。
愛と呼ぶにはまだ曖昧で、けれど確かに、ふたりでいるという実感だけは、そこにあった。


そうして、結婚式から数ヶ月が過ぎた頃。
カタリーナは、自分の身体の変化に気づいた。

香りに敏感になり、食欲が落ち、胸が張るようになった
やがて医師の診立てもあり、それは新しい命の兆しであると知れた。

手のひらをそっとお腹にあてたとき、カタリーナの胸に芽生えたのは、驚きと……それ以上の、
深く、静かなよろこびだった。

その日、レオナルドは夕刻に珍しく早く屋敷へ戻ってきた。
 薄暮に染まる廊下を見つめながら、カタリーナは胸の高鳴りを抑えきれずにいた。

 ──今日こそ、伝えよう。

 寝室で身支度を整えている彼に、そっと近づいた。

「レオナルド様……少し、よろしいですか?」

 彼は驚いたように振り返り、そして微笑んだ。

「どうかしましたか?」

 カタリーナは深く息を吸い、震える声で告げた。

「……子どもを、授かったようなのです」

 一瞬、時間が止まったように思えた。
 けれど次の瞬間、レオナルドの瞳が驚きと喜びに揺れた。

「本当ですか……?」

「はい。医師も、間違いないと……」

 彼は言葉を失ったまま、ゆっくりと近づき、そしてカタリーナの手を取った。
 その手のひらから伝わる体温が、まるでほんの少しだけ、優しさを帯びていた。

「……ありがとう。……本当に、ありがとう」

 低く、震えるような声だった。
 その瞳はまっすぐで、どこか少年のように澄んでいて。

 ──この人は、心から喜んでくれている。
 カタリーナは、そう思った。

 きっと、これは“ふたりの子ども”が生まれるという、ただそれだけの純粋な喜びなのだと。
 そう信じたかった。
 その一瞬だけは、何の不安もなく、未来に向かって笑っていられた。
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