鳥籠の花嫁~夫の留守を待つ私は、愛される日を信じていました

吉乃

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つかの間の幸せ

命名の儀は、静かであたたかな空気の中で執り行われた。
小さな命が誕生した屋敷には、少人数ながら親しい親戚や使用人たちが集い、リヴィオに新しい名が与えられるその瞬間を見守っていた。

乳白色の薄布に包まれたリヴィオは、母の腕の中で小さく呼吸を繰り返していた。
ティモシオがぴたりと母の隣に寄り添い、誇らしげな顔で弟の顔を覗き込んでいる。

レオナルドが一歩前に出て、静かに口を開いた。
「この子の名は──リヴィオ・セレスタ。命と、平和、そして希望の意志を込めて、そう名づける」

その言葉が告げられたとき、場に集まっていた者たちの表情には、自然と笑みが浮かんでいた。
命を迎えることの重みと、これからの日々への祈りが、そこに満ちていた。

「リヴィオ……」
カタリーナがそっと名を呼ぶと、赤子が小さく手を動かした。
それを見てティモシオが声をあげた。
「動いた! ママ、聞こえてたのかな?」

その無邪気な声に、あたたかな笑いが広がった。

その日の午後、来客として義母も屋敷を訪れた。
扉の向こうから、控えめなノックが聞こえる。

レオナルドが出迎え、母を静かに客間へ案内した。
義母は上品な香をまといながら、ゆっくりと歩みを進め、赤子を抱くカタリーナの前に立つ。

「……よくがんばられましたね、カタリーナ様」

その声には、いつになく柔らかな響きがあった。
義母は目を細めながらリヴィオの顔を覗き込み、ひとつ頷いた。

「セレスタの名を継ぐにふさわしい、美しい御子です」

その言葉に、カタリーナは深く頭を下げた。
義母のまなざしは、これまでよりも少しだけ近くなっているように感じられた。

家族というかたちの輪郭が、ほんのわずかに、でも確かに広がっていく
そんな予感とともに、新たな日々が静かに始まろうとしていた。

****

命名の儀が終わった翌日から、屋敷にはゆるやかな変化が訪れていた。

朝の光が差し込む寝室では、カタリーナがリヴィオをあやしながら、静かに歌を口ずさんでいた。
その横では、ティモシオがぬいぐるみを並べ、「赤ちゃんに見せてあげるんだ」と誇らしげに話していた。

「おかあさま、リヴィオって、ちゃんとぼくの声聞こえてると思う?」

「もちろん。あなたの声、きっと安心してるわ」

リヴィオは小さく手を動かし、まるで応えるように微笑んでいるかのようだった。
カタリーナは、そのやわらかな表情に胸がじんと温かくなるのを感じた。

レオナルドはというと、以前よりも明らかに屋敷にいる時間が増えていた。
夕刻になると自然と子どもたちの部屋へと足が向き、ティモシオやリヴィオの様子を静かに見守っていた。

ある日、レオナルドがカタリーナの隣に腰を下ろし、リヴィオを抱くその腕にそっと手を添えた。

「……こうして家族を見ていると、自分がどれだけのものを守らなければならないか、ようやく実感が湧く」

その呟きは、カタリーナにも向けられていた。

カタリーナは静かに頷き、彼の手に自分の手を重ねた。

「……私も。今なら、あなたと一緒に、家族を守っていける気がする」

ほんの数秒の沈黙が、かえって心地よかった。
揺れるカーテンの向こうでは、春の風が庭の草花を優しく揺らしている。

静けさの中に宿る、家族の絆。
それは確かに、少しずつ、けれどしっかりと築かれはじめていた。

***

暖かな陽射しが中庭の花々を照らし、屋敷には平穏な時間が流れていた。

乳母に抱かれたリヴィオは、よく眠り、よく笑い、すくすくと育っていた。
ティモシオも日に日に「お兄ちゃん」としての自覚を深め、リヴィオのそばに絵本を並べては、小さな声で読み聞かせの真似事をしていた。

カタリーナはそんな様子を微笑ましく見つめながらも、ふと、胸の奥に小さな引っかかりを感じていた。

(こんなに穏やかで、あたたかくて……それでも、なぜだろう。胸の奥が、時折ざわつく)

それは、決して不安と呼ぶほど強いものではなかった。
けれど、心の片隅に「このままではいられないのかもしれない」という気配が、そっと根を張り始めていた。

その日の夕刻、久しぶりに義母からの手紙が届いた。
封蝋を割り、文面に目を走らせたカタリーナの表情がわずかに曇る。

「レオナルド……義母さまが、王都の親戚の集まりに顔を出すようにと。私たち家族で、と」

「……そうか。正式な場だな」

レオナルドの声にも、どこか張り詰めた響きが混ざっていた。
表向きは慶びの集い。けれど、そこに漂う空気は、それだけではない。

(試されるのかもしれない。この“家族”というかたちが)

そんな予感が、カタリーナの中で静かに揺れていた。


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