鳥籠の花嫁~夫の留守を待つ私は、愛される日を信じていました

吉乃

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レオナルドの噂

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秋の風がゆるやかに吹き、屋敷の庭に咲く花々も色を落とし始めた頃、カタリーナはふと、鏡に映る自分の姿を見つめていた。
以前より少し落ち着いた目元。迷いの影が薄れ、静かな決意がその奥に宿っているように思えた。

彼が旅立ってから、当初は数か月で戻るはずだった任務は長引き、すでに三年以上が過ぎていた
お互いに手紙のやり取りは続いていたが、任務が延びた理由のひとつに、縁談の話が関係しているという噂も、王都から届いていた。
しかも、その相手に実際に会っているという話すら囁かれ、真偽のほどは定かでないながらも、胸に冷たい影を落としていた。寂しさとともに、彼女の中にはひとつの思いが育ち始めていた。

この暮らしを、誰かのためだけではなく、自分の意思で守っている

かつては、夫の好みに合わせ、義母の言葉に耳を傾け、貴族としての振る舞いを学んできた。
けれど今は違う。帳簿を整理し、使用人たちと方針を確認し、子どもたちを導いていく。
小さな一歩が、確かな自信となって積み重なっていた。

「奥様、文使いが参っております」

侍女の声に応じて書斎に入ると、また一通、レオナルドからの手紙が届いていた。
彼の文字は、回を重ねるごとに柔らかさを増していた。

文面には子どもたちへの想いや、カタリーナへの感謝、そして何気ない日常のことが綴られていた。
けれど、その手紙を読みながらも、カタリーナの胸の奥には拭いきれないざわめきが残っていた。

任務の延長とともに囁かれた縁談の噂。
その相手と実際に会っているとも伝え聞いた。
もしそれが事実であれば、なぜこの温かな手紙が自分に届くのかと、理解しがたい思いが胸に広がる。
まるで、愛情と責務が切り分けられて扱われているような、その違和感と寂しさが、静かに心に沁み込んでいった。

手紙を胸に抱きながら、カタリーナはそっと目を閉じた。
そこに込められた優しさは、確かに嘘ではない。

けれど
同じ手で、別の未来を選び取ろうとしているのなら、その優しさは誰のためのものなのだろう。

愛している、と言わなくてもいい。
ただ、真実だけを、誤魔化さずに伝えてほしかった。
それすらも与えられない関係が、夫婦と呼べるのか、胸の奥で問いかける声が消えなかった。

縁談の噂が現実味を帯びる中で、彼がどこまで本心でこの言葉を綴っているのか、それを信じきれない自分がいた。
変化は嬉しかった。けれど、それが自分たち家族のためなのか、周囲への体裁のためなのか、判断がつかなくなっていた。

もし、もっと早く、心を交わせていたなら、もっと変わっていたのだろうか。
その思いが、何よりも切なく胸に残った。

きっと、すれ違い続けた年月が長すぎたのではないか。

子どもたちの成長とともに、カタリーナ自身もまた変化していた。
かつては、妻としてそばに在りたいと願った。
けれど今は、一人の母として、女性として、自分の人生を見つめ始めていた。

そして、そっと胸に問いかける。
(私は……この先も妻であり続けたいのだろうか?)

その答えはまだはっきりとは見えなかった。
けれど、それを考え始めた時点で、すでにひとつの選択肢が心に芽生えていた。

そんなある日、義母から一通の封書が届いた。
丁寧な筆致で綴られていたのは、王宮の一部貴族の間でささやかれている、縁談の打診についての報せだった。
レオナルドに、王家と縁の深い家の娘を娶らせてはどうかという声が、再び水面下で動き出しているという。

もちろん正式な話ではなく、あくまで噂の域を出ない。
けれど、その内容は、すでに何度も耳にした王都の風聞と酷似していた。
噂の中の娘と実際に会っていたという話もあり、それが任務の延長に関係しているのではないかと、密かに囁かれている。

私は……何故、ここにいるの?私はいったい何のためにここにいるのだろう。。。

家族を思う手紙と、政略のための沈黙。
両立するはずのないものが、まるで同時に存在しているような矛盾。

レオナルドが否定してくれるだろうと、どこかで信じている。
けれど、確証はなかった。
むしろ、こうして噂が届くという事実が、彼女の立場がどれほど脆く、曖昧なものとして見られているのかを突きつけてくるようだった。
それは、静かに胸を刺すような痛みだった。

それでも、怒りではなかった。
ただ、静かに、人生の選択肢を見つめ直すきっかけになっただけだった。

(私は、自分の道を、自分の足で歩けるようになりたい)
でも……あの子たちは?
私は、自分だけでなく、母としての選択も背負っている。
この決意の先にある未来が、あの子たちにとっても幸せなものであるように。
そう願わずにはいられなかった。

レオナルドが戻る頃、きっと二人の会話は、あの頃のように噛み合わないままではないだろう。
けれど、だからこそ、最後の問いかけは優しく、けれど静かに、彼に向けて差し出したいと思った。

「私たちは、本当に夫婦として、この先も共に歩む未来を選べるのかしら?」

風が揺らしたカーテンの隙間から、春の光が差し込んでいた。
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