鳥籠の花嫁~夫の留守を待つ私は、愛される日を信じていました

吉乃

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試練を乗り越える

冬の陽が、屋敷の壁に長い影を落としていた。

カタリーナは、暖炉の前でティモシオとリヴェルに絵本を読んでやっていた。
穏やかなひととき。
だが、胸の奥では、言いようのない不安がじくじくと疼いていた。

もし、この穏やかな日々が、音を立てて崩れてしまったら。

子どもたちの笑顔を守れるだろうか。自分自身を守り抜けるだろうか。
レオナルドの沈黙、義母の圧力、そしてソフィアの影。
すべてが、見えない茨のように心を締めつけていた。

まだ何も決まっていないのに、未来がひどく遠く、冷たく思えた。

そこへ、扉を叩く控えめな音。

侍女の一人がそっと耳打ちに来た。

「……奥様。お耳に入れておくべきか迷いましたが……ナドリア子爵家のソフィア様が……ご懐妊との噂が、王宮筋から広がり始めております。」

絵本を読む手が、ふと止まった。

王宮筋から?

カタリーナは内心で呟いた。
義母の思い通りに事が運び始めているのか。
そんな予感が、胸の奥で冷たく広がった。

カタリーナはすぐには何も言わなかった。
ただ、ページの端を静かにめくり、何事もなかったかのように読み進めた。

ああ、そうか。

心の中で、静かに呟いた。

これで、すべてが決まったのだと、理解していた。

カタリーナはそっと侍女に目を向け、小さな声で言った。
「教えてくれてありがとう。」

侍女は頭を下げ、静かにその場を辞した。

リヴェルが小さな手を伸ばして、カタリーナの袖を引いた。
「おかあさま、つづき、よんで?」

カタリーナは微笑みを浮かべ、ページを戻して読み聞かせを続けた。
声はかすかに震えていたが、子どもたちは気づかなかった。

大丈夫よ。
私は、泣かない。
私は、もう、あの日の私じゃない。

絵本の文字を追いながら、カタリーナは静かに心の中で誓った。

この子達を守るために。自分自身を守るために。
そして、もう一度、未来を切り拓くために。

誰のためでもない、自分自身の意志で未来を選び取ろう。

冬の陽は、いつしか傾き、屋敷の影を長く伸ばしていた。

カタリーナは絵本を読み終えると、子どもたちを優しく寝かしつけた。
ティモシオもリヴェルも、母の手のぬくもりに安心して、小さな寝息を立てる。

その顔を見つめながら、カタリーナは心の中でそっと呟いた。

この子達が、私のすべて。

どんなに傷ついても、絶対に守る。
この子達は傷ついてほしくない。。。

夜の静けさの中、カタリーナは自室へ戻り、机に向かった。
引き出しから、先日リベルタ家へ送った手紙の控えを取り出す。

実家は、私のために動いてくれる。
あの時と違う。今度は、私が自分で選ぶ。

カタリーナは決意を込め、もう一通の手紙を書き始めた。

でも、今すぐ送るわけではない。
まずは、レオナルドと話さなければ。

すべてを決めつける前に、あの人に最後の言葉を聞かなければならない。


***


ソフィアの事も、義母の圧力も、すべてを飲み込んだあの日々から、季節がひとつ巡った。

カタリーナは、なおも揺れる日常の中で、静かに運命と向き合おうとしていた。

今、カタリーナは、静かな中庭に立っている。

冷たい風が赤く色づいた蔦を揺らし、乾いた葉が足元に舞う。

(レオナルドは……私たちを捨てるつもりなの? それとも)

震えるような問いが胸の奥に広がる。けれど、その答えを直接聞く勇気は、まだ持てなかった。

カタリーナは、傍らに寄り添うティモシオとリヴェルを見下ろした。
二人の無垢な瞳は、ただ純粋に母を信じ、見つめていた。

この子たちだけは、何があっても守らなければならない。

カタリーナは膝をつき、二人をしっかりと抱きしめた。

「大丈夫よ。お母様は、絶対に守るから。」

小さな手が、彼女の背に回された。
温かく、頼りないその力が、カタリーナの心を再び奮い立たせた。

(私は、負けない。たとえ、この先どんな嵐が来ようとも)

その夜、カタリーナは机に向かい、手紙を書き始めた。

リベルタ家の父へ。

事情をすべて明かすわけにはいかない。
だが、もしもの時、子どもたちを守るために、自分には実家の力が必要になるかもしれない。
そのための、さりげない、けれど確かな連絡だった。

ペンを握る指が震えた。
けれど、顔を上げたカタリーナの瞳には、静かな決意が宿っていた。

(もう、あの頃の私ではない)

誰かにすがるだけの娘でも、
何も知らずにただ笑っていた若い花嫁でもない。

今度こそ、自らの意志で、未来を選ぶ。
自分と、子どもたちのために。

月明かりに照らされた便箋に、最後の一筆を書き添え、
カタリーナはそっと封を閉じた。



*****


カタリーナは、手紙をリベルタ家へと送り出した数日後、
邸宅の執事から、父リベルタ家当主からの返事が届いたことを知らされた。

白い封筒に刻まれた家紋。
震える指でそれを開き、静かに目を通す。

心配するな。
必要な時には、いつでも力を貸す。

それだけだった。
けれど、その短い文面に込められた父の静かな覚悟が、痛いほど胸に伝わってくる。

(お父様……)

目頭が熱くなるのを堪えながら、カタリーナは手紙を胸に抱きしめた。

私は、ひとりじゃない。
たとえ、この先どんな嵐が来ても、守るものがある。

それから数日後。

王都では、噂が流れ始めていた。

セレスタ侯爵家が、正式に新たな婚約者を迎え入れる。
お相手は、ナドリア子爵家の令嬢。
すでに懐妊の兆しがあるらしい。

カタリーナの耳にも、侍女たちの囁き声が漏れ聞こえてきた。

「本当かしら……あの令嬢、ずいぶん前から……」

「でも、侯爵家の本妻は……まだ……」

わかっている。
頭では理解している。

それでも、心は静かに悲鳴を上げていた。

(……ソフィア……)

レオナルドは、何を考えているのだろう。
何を選ぼうとしているのか。
何を守ろうとしているのか。

すべてが、わからなかった。

(けれど、私は)

カタリーナはゆっくりと目を閉じた。

守るべきものは、はっきりしている。
迷いはない。

たとえ、この身にどんな痛みが降りかかろうとも子供達を守っていく。

窓の外では、冬の初雪が、静かに王都の街並みに降り始めていた。



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