鳥籠の花嫁~夫の留守を待つ私は、愛される日を信じていました

吉乃

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それぞれの後悔

レオナルドの後悔

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暖炉の火が、静かに揺れている。
レオナルドは、冷えた指先を組み合わせ、じっと手元を見つめていた。

あれから、どれだけの時が流れただろうか。

結婚したあの日。
緊張しながら差し出した手を、カタリーナはあどけない微笑みで受け取ってくれた。
政略ではないと、皆は言った。だが、心のどこかで、レオナルドは「これは義務だ」と思い込んでいた。

それでも、最初の頃は努力した。不器用なりに、妻に寄り添おうとした。
ティモシオが生まれたときは、心から嬉しかった。リヴェルが生まれたときも、誇らしく思った。

しかし
仕事は忙しくなり、義母の期待も、屋敷を守る責任も、重く肩にのしかかった。

カタリーナは、笑っていた。寂しさを隠すように、家事に、子育てに、必死で向き合っていた。

それに、気づかなかった。
いや、気づいていたのに、見ようとしなかったのだ。
自分は忙しいのだから仕方がない。彼女も母親なのだから、強くなれ。
そんな言い訳を心の中で繰り返し、背を向けた。

そして、遠方任務を言い訳に、家を離れた。
気づけば、カタリーナと心を通わせることを諦めていた。

ソフィアとの出会いも、最初はただの慰めだった。
だが、あの柔らかな笑顔に、どこかで甘えた自分がいた。
あの日々は、逃避だった。

家族を背負う覚悟を持たず、
妻に向き合う勇気もなく、
ただ甘い安らぎにすがっていただけだった。

気づけば、カタリーナとの距離は、取り返しのつかないほどに広がっていた。

彼女は、何も言わなかった。
責めることも、泣きつくこともなかった。
それが、何より痛かった。

あの時、ソフィアが懐妊を告げた瞬間のことを、レオナルドは忘れられなかった。
静かな書斎。薄暗い夕暮れの光の中、ソフィアはわずかに震える声で告げた。

「レオナルド様……私、あなたの子を、授かったの。」

その瞬間、何かが頭の奥で鈍く弾けた。
驚き、戸惑い、恐れ……感情が渦を巻き、言葉が出なかった。

ソフィアの表情は、安堵と不安が入り混じった、幼い少女のようなものだった。
レオナルドは、かすれた声で「……本当に……俺の子なのか?」と問うた。
ソフィアは小さく頷き、潤んだ瞳で彼を見上げた。

そんなはずじゃなかった。
心の中で何度も叫んだ。
避けるべきだった、距離を取るべきだった、それなのに……。

「……避けるべきだったのに……」
思わず口走った言葉に、ソフィアは怯えたように顔を曇らせたが、それでも彼を責めることなく微笑もうとした。

レオナルドは、頭を抱えそうになりながら、その場に立ち尽くした。
カタリーナと、子どもたち。
その姿が、胸の奥で痛いほど浮かび上がった。

こんなことをして、何を壊してしまったのか。
守るべきものが、どこにあったのか。

「……こんなはずじゃなかった……」
かすれた声で、誰にともなく呟いた。

自分が何を失おうとしているのかに気づくには、あまりにも遅すぎた。
それでも、背負うべき責任。
これ以上、見ないふりをして逃げることはできなかった。

けれど、心の奥底では、わかっていた。
本当に守るべき存在は、別にあったのだと。

ソフィアではなかった。
癒しでも、慰めでもない。
自分が背負うべきものは、もっと重く、もっと尊いものだったのだと。


そして、その報いは、確かに訪れた。
ティモシオの相続をめぐる裁判では、爵位こそかろうじて守られたものの、残されたのは名ばかりの屋敷とその爵位のみ。
財産は分割され、旧家としての威厳も失われた。
侍女も、執事も去っていき、屋敷は次第に静まり返っていった。

それは、母マルゲリータの意見だけを聞き、妻であったカタリーナの存在を蔑ろにしてきた代償だった。
その日から、レオナルドは貴族の中でも疎まれる存在となり、かつての友人たちも次第に離れていった。
今や屋敷の灯りも、ほとんどが閉ざされたまま。
貴族としての名だけを背負いながら、ほとんど平民同然の生活を送る日々が続いていた。

そして、その知らせを耳にしたのは、思いがけず静かな日だった。
リベルタ家の元に、元侯爵夫人とその子どもたちが再び“家族”として新しい生活を始めたと、誰かが話していた。

レオナルドはその場で何も言わなかった。
ただ、ひとつの報せのように、それを心の奥へ沈めた。

夜、自室に戻り、誰もいない部屋の片隅で
彼はゆっくりと、窓辺に腰を下ろした。

(……あいつが、誰かと幸せになったのか)

その事実は、想像よりも重かった。

自分は、何を手放したのだろう。
いや、自ら壊したのだ。
見下し、理解せず、愛されることを当然と思っていた日々。
声をかけられても、応えることを怠った沈黙。
求められた優しさに、目を背け続けたあの頃。

(カタリーナ……)

彼女が笑っている姿が、なぜかはっきりと浮かんだ。
その隣に立つのは、もう自分ではない。

ティモシオの小さな手を振り払った日。
リヴィオの泣き声を無視した夜。
カタリーナが食卓で黙っていた朝
すべてが、今になって鋭く心を刺す。

「……遅すぎたな」

誰に届くでもない声が、部屋の中に落ちる。

過去に戻れるなら。
言葉を選び直せるなら。
優しく、ただ手を取ってやれたなら

けれど、そんな“もしも”は、現実には存在しない。

彼女はもう、別の男と「家族」を築いている。
子どもたちの笑顔も、もう自分のものではない。

ただ、夜だけが、静かに続いていく。

暖炉の火が、ぱちりと弾けた。
その小さな音に、レオナルドは静かに目を閉じた。

そして、絞り出すように、かすれた声で呟いた。

「……カタリーナ……ティモシオ……リヴィオ……どうか……幸せになってくれ……」

それは祈りのようであり、
赦しを乞うようでもあり、
もう届かない者たちへ送る、最後の願いだった。


****


◇ マルゲリータの晩景 ―― 孤高の代償 ◇

侯爵未亡人マルゲリータは、今もあの広すぎる私邸の奥、かつて女主人として君臨していた居間に独りで座っていた。

壁には、若かりし頃のレオナルドとカタリーナの婚礼画が掛けられたまま。
誰も外そうとはせず、彼女自身も、それを見つめることすらできなかった。

あれほど人を従えていた屋敷は、今や物音ひとつない。
床の軋みと、時計の針の音だけが虚しく響く。
使用人の影もなく、華やかだった日々の面影はすでに過去のものだった。

かつて、誇りを守るために、何もかも切り捨ててきた。
カタリーナを「平民の娘」と見下し、
ソフィアには「男子を産めぬ女に居場所などない」と言い放ち、
孫たちの無垢な笑顔さえ、家の格式という名の下に追い出した。

“正しき家名のため”に尽くしてきたつもりだった。
だが、結果として何も、守れなかった。

資金繰りに困窮し、屋敷の中の調度品も宝石も、絹のドレスも、すべて売り払った。
自慢だったサロンのシャンデリアも、応接室のペルシャ絨毯も、今は影もない。
残されたのは、冷えた床と、空の部屋だけ。

必死に守ってきたセレスタ家は、結局、レオナルドの代で終わる。
跡継ぎはいない。
代々続いた家系も、彼女の傲慢と偏見の果てに、ひっそりと幕を下ろすのだった。

親戚筋からは、面と向かって罵られた。
「すべてはあんたのせいだ」そう責められたとき、言い返す気力すらなかった。

気高くあろうとした心も、もう残っていない。
心も身体も、もうボロボロだった。

(……これが、報いというものか)

マルゲリータは、誰にも聞かれない問いを胸の中で繰り返した。
もし、もっと“優しさ”というものを知っていたなら。

もし、あの娘にもう一歩、歩み寄っていれば。
もし、ソフィアに温かい言葉をかけていれば。

今、残されたものは「もしも」ばかりだった。

息子レオナルドは今も隣室に住んでいる。
だが、彼女と目を合わせることはない。
言葉も交わさない。
彼の心が、とうに母親を捨てていることに、とうの昔に気づいていた。

(私は……一人きりで、この世を去るのか)

その思いが、日に日に胸を締めつけていく。

誰とも話さず、何も語られず、静かに過ぎていく日々。
ただ、窓の外を眺めて、誰かの影を探している。
見つかるはずのない過去を、もういない者たちを

そして、ふと浮かぶのは、すでにこの世を去った夫の面影。
かつて、家を支え、家族を守ってくれていた人。
その胸にすがることもできぬまま、自分はすべてを壊してしまった。

「……あなた……私のせいで、ごめんなさい……」

そう小さく呟いて、マルゲリータは静かに涙を流した。
誰も気づかぬ場所で、誰も見ていない時間に。
その涙は、長く冷えた頬を伝い、ゆっくりと床に落ちていった。

彼女は、迎えに来る人をただ、待ち続けていた。
もはや誇りでも、名誉でもない
せめて最後に、誰かのぬくもりに触れられる日が来ることを、
願いながら。
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感想 86

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みんなの感想(86件)

たま
2025.05.15 たま

連載お疲れ様です。とても好きな作品なので一区切りついた所でまた読み返してしまいました。
それで 2ページまでのないようがどうも違和感を感じてしまって... 初めの2ページを何回も読み返したのですがここでは 不仲になり始めたのが2人目が生まれた頃とありますが 本編では仕事で王都に行ってからで その時までは話し合いをしたりして歩み寄ってるように書かれてたかと..
あと その後に子供が父親の不在を聞いたり 侍女が旦那様の不在を聞いたりする時の時間軸は
もう 別居してる時のように思えるのですが
過去なのでしょうか?
後3ページに恋を知らずに婚約したというくだりがありますが そうするとダリオとの事の説明がつかなくなるかな?と 気に障ったら申し訳ありません!どうしても その辺がもやもやしてしまって

2025.05.15 吉乃

コメントありがとうございます✨
そして、物語を改めて読み返していただき、本当に嬉しく、そして感謝の気持ちでいっぱいです。
ご指摘いただいた通り、冒頭部分と本編との時間軸や内容にズレが生じてしまっていて、読み手として違和感を覚えさせてしまったこと、申し訳ありません。
途中で内容を整理しきれず、整合性に欠けてしまった部分があったと反省しています。

今回の反省を活かして、次回作ではもっと丁寧に積み重ねていけるよう、ゆっくりと構成を見直しながら執筆を進めています。
こうして気づきを届けてくださる読者さんの存在が、とても大きな励みです。本当にありがとうございました☺️

解除
マリオ
2025.05.10 マリオ

関係お疲れ様でした。毎日楽しみにしてたので、次回作も楽しみに待ってます!

解除
Kouei
2025.05.10 Kouei

丁寧な描写に、心を揺さぶられながら読んでいました。
レオナルドは最後まで変われませんでしたね。母親に雁字搦めになり、ある意味可哀そうな人でした。
カタリーナはようやく自身が望んだ「家族」を手に入れられて良かったです。
完結お疲れ様でした。そして、素敵なお話に出会えた事を感謝します。
また次回の作品を楽しみに待っていますね💕

2025.05.10 吉乃

温かいコメント、本当にありがとうございます✨
心を揺さぶられながら読んでいただけたこと、そして完結まで見届けてくださったことが、とても嬉しく、書き続けてきて良かったと心から思いました。

レオナルドの生き方に感じていただいたこと、カタリーナがようやく手にした「家族」を共に喜んでいただけたこと。すべてが励みになります。
また次回作も、心を込めて綴っていきたいと思いますので、楽しみにしていただけたら嬉しいです💕
本当にありがとうございました!

解除

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