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子どもたちの選択
リベルタ家で家族に支えられ、わずかな安堵を得た、ほんの二日後のことだった。
セレスタ侯爵家からの使者が訪れ、
「本日、奥方様がお越しになります」とだけ伝えた。
そして、義母は一人で現れた。
黒いケープを纏い、氷のような表情で、
リベルタ家の応接間に足を踏み入れた。
カタリーナは、深く一礼し、応対した。
義母は一言も無駄にせず、淡々と告げた。
「ソフィア嬢が、懐妊しました。」
その場の空気が、瞬間にして凍りついた。
カタリーナは、声を出すこともできず、ただ黙って義母の言葉を待った。
「セレスタ家としては、ソフィア嬢を正式に第一婦人として迎える所存です。」
まるで、季節の報せを語るかのような口調だった。
「すでに王家にも話は通っております。
この件において、あなたの立場は、もはや揺るぎません。」
何を、言っているの?
カタリーナの指先が震えた。
義母は、カタリーナの表情には一瞥もくれず、続けた。
「賢明な判断を、期待しております。」
賢明な判断。
私が、家族も、子どもたちも、愛してきたすべてを手放すこと。
とうとうきた。その時が。
しかし、いざ目の前に突き付けられると穏やかではいられず、思わず唇を強く噛み締めた。
それだけを言い残し、義母は踵を返して立ち去った。
扉が閉まる音だけが、重く部屋に響いた。
(ああ……これが、私に突きつけられた現実だ。)
胸に押し込めていた悲しみと怒りが、どくどくと音を立てて滲み出してくる。
けれど、泣き崩れるわけにはいかなかった。
リベルタ家の、あの温かな手を、信じているから。
子どもたちを守ると、あの日心に誓ったから。
カタリーナは、静かに拳を握った。
私の家族を、子どもたちを、未来を守るために。
どんなに痛みに打たれても、必ず前を向いて歩いてみせる。
私には、信じることのできる家族がいる。
あの温かな言葉たちが、どれほど私に力を与えてくれたか。
もう、ひとりではない。
私はこの手で、大切なものを守り抜る。
そして、カタリーナは再び目を開いた。
暖炉の炎は、変わらず優しく燃えている。
ティモシオとリヴェル
彼らの未来のために、これから動き出さなければならない。
ゆっくりと息を吸い込み、カタリーナは立ち上がった。
(もう、迷わない。)
全ては、愛する者たちのために。
けれど、胸の奥に、どうしても消せない不安があった。
(……ティモシオたちは、どうなるの)
セレスタ家の正式な後継者として、ソフィアの子どもが迎えられるのなら。
ティモシオも、リヴェルも、弾かれてしまうのだろうか。
血のつながった、あの子たちを。
私たちが必死に守ってきた日々を。
まるでなかったかのように、葬り去られてしまうのか。
想像するだけで、胸が裂けそうだった。
ティモシオの無邪気な笑顔。
リヴェルが甘えてきたあの小さな手。
(何のために、ここまで耐えてきたの?
何のために、私はあの家を守り続けたの?)
涙が滲んだが、カタリーナはぎゅっと唇を噛み締めた。
手放したくない。
でも、あの子たちの気持ちも、きちんと汲んであげなければ。
先ずは子どもたちの気持ちを優先したい。私は、その気持ちを大事にしてあげたい。
もし、あの子たちが私から離れる道を選ぶなら。
私は遠くからでも見守ろう。
どんなに遠く離れても、母として、あの子たちの幸せを心から祈っている。
その誓いを胸に、カタリーナは静かに拳を握りしめた。
*****
カタリーナは暖炉の前で深く息を整えると、静かに立ち上がった。
子どもたちと向き合うときが来た。
リベルタ家の静かな一室。陽だまりの中、ティモシオとリヴェルが並んで座っていた。
ティモシオは八歳になろうとしていた。
リヴェルも、五歳を迎えたばかりだった。
幼いながらも、それぞれに母を求め、母の言葉を受け止めようとしていた。
カタリーナは二人の顔を一人ずつ見つめ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あなたたちに、聞きたいの。」
ティモシオが真っ直ぐな瞳で母を見上げる。
リヴェルも不安そうに、小さな手を膝の上でぎゅっと握りしめた。
「これから、あなたたちには大きな選択が待っているわ。……だから、母としてではなく、あなたたち自身の気持ちを聞きたい。」
ティモシオは少し眉をひそめたが、黙って頷いた。
リヴェルも、少し震えながら、それでも母の言葉に耳を傾けている。
カタリーナは続けた。
「もし、セレスタ家に残る道を選びたいのなら、それもいいの。……でも、もし、私と一緒に、新しい道を歩みたいと思うなら、遠慮せずに教えて。」
ティモシオはしばらく考え込んだ。
リヴェルは母の顔を見て、ティモシオの顔を見て、そっとつぶやいた。
「僕……お母様と一緒がいい。」
その声に、カタリーナは胸が詰まった。
そっとリヴェルの頭に手を置き、柔らかく微笑む。
ティモシオは、しっかりとカタリーナを見据えた。
「……俺も、母上と共に生きたい。」
その言葉に、カタリーナの瞳が静かに潤んだ。
胸の奥に、じんわりと温かなものが広がっていくのを感じた。
彼らの意思を、尊重すると決めたのだから。
「ありがとう。」
カタリーナは、そっと二人を抱き寄せた。
彼女の胸の奥で、確かな希望が静かに灯る。
(あの子たちが選んでくれた未来。私は、全力で守り抜こう。)
暖炉の炎が、優しく部屋を照らしていた。
セレスタ侯爵家からの使者が訪れ、
「本日、奥方様がお越しになります」とだけ伝えた。
そして、義母は一人で現れた。
黒いケープを纏い、氷のような表情で、
リベルタ家の応接間に足を踏み入れた。
カタリーナは、深く一礼し、応対した。
義母は一言も無駄にせず、淡々と告げた。
「ソフィア嬢が、懐妊しました。」
その場の空気が、瞬間にして凍りついた。
カタリーナは、声を出すこともできず、ただ黙って義母の言葉を待った。
「セレスタ家としては、ソフィア嬢を正式に第一婦人として迎える所存です。」
まるで、季節の報せを語るかのような口調だった。
「すでに王家にも話は通っております。
この件において、あなたの立場は、もはや揺るぎません。」
何を、言っているの?
カタリーナの指先が震えた。
義母は、カタリーナの表情には一瞥もくれず、続けた。
「賢明な判断を、期待しております。」
賢明な判断。
私が、家族も、子どもたちも、愛してきたすべてを手放すこと。
とうとうきた。その時が。
しかし、いざ目の前に突き付けられると穏やかではいられず、思わず唇を強く噛み締めた。
それだけを言い残し、義母は踵を返して立ち去った。
扉が閉まる音だけが、重く部屋に響いた。
(ああ……これが、私に突きつけられた現実だ。)
胸に押し込めていた悲しみと怒りが、どくどくと音を立てて滲み出してくる。
けれど、泣き崩れるわけにはいかなかった。
リベルタ家の、あの温かな手を、信じているから。
子どもたちを守ると、あの日心に誓ったから。
カタリーナは、静かに拳を握った。
私の家族を、子どもたちを、未来を守るために。
どんなに痛みに打たれても、必ず前を向いて歩いてみせる。
私には、信じることのできる家族がいる。
あの温かな言葉たちが、どれほど私に力を与えてくれたか。
もう、ひとりではない。
私はこの手で、大切なものを守り抜る。
そして、カタリーナは再び目を開いた。
暖炉の炎は、変わらず優しく燃えている。
ティモシオとリヴェル
彼らの未来のために、これから動き出さなければならない。
ゆっくりと息を吸い込み、カタリーナは立ち上がった。
(もう、迷わない。)
全ては、愛する者たちのために。
けれど、胸の奥に、どうしても消せない不安があった。
(……ティモシオたちは、どうなるの)
セレスタ家の正式な後継者として、ソフィアの子どもが迎えられるのなら。
ティモシオも、リヴェルも、弾かれてしまうのだろうか。
血のつながった、あの子たちを。
私たちが必死に守ってきた日々を。
まるでなかったかのように、葬り去られてしまうのか。
想像するだけで、胸が裂けそうだった。
ティモシオの無邪気な笑顔。
リヴェルが甘えてきたあの小さな手。
(何のために、ここまで耐えてきたの?
何のために、私はあの家を守り続けたの?)
涙が滲んだが、カタリーナはぎゅっと唇を噛み締めた。
手放したくない。
でも、あの子たちの気持ちも、きちんと汲んであげなければ。
先ずは子どもたちの気持ちを優先したい。私は、その気持ちを大事にしてあげたい。
もし、あの子たちが私から離れる道を選ぶなら。
私は遠くからでも見守ろう。
どんなに遠く離れても、母として、あの子たちの幸せを心から祈っている。
その誓いを胸に、カタリーナは静かに拳を握りしめた。
*****
カタリーナは暖炉の前で深く息を整えると、静かに立ち上がった。
子どもたちと向き合うときが来た。
リベルタ家の静かな一室。陽だまりの中、ティモシオとリヴェルが並んで座っていた。
ティモシオは八歳になろうとしていた。
リヴェルも、五歳を迎えたばかりだった。
幼いながらも、それぞれに母を求め、母の言葉を受け止めようとしていた。
カタリーナは二人の顔を一人ずつ見つめ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あなたたちに、聞きたいの。」
ティモシオが真っ直ぐな瞳で母を見上げる。
リヴェルも不安そうに、小さな手を膝の上でぎゅっと握りしめた。
「これから、あなたたちには大きな選択が待っているわ。……だから、母としてではなく、あなたたち自身の気持ちを聞きたい。」
ティモシオは少し眉をひそめたが、黙って頷いた。
リヴェルも、少し震えながら、それでも母の言葉に耳を傾けている。
カタリーナは続けた。
「もし、セレスタ家に残る道を選びたいのなら、それもいいの。……でも、もし、私と一緒に、新しい道を歩みたいと思うなら、遠慮せずに教えて。」
ティモシオはしばらく考え込んだ。
リヴェルは母の顔を見て、ティモシオの顔を見て、そっとつぶやいた。
「僕……お母様と一緒がいい。」
その声に、カタリーナは胸が詰まった。
そっとリヴェルの頭に手を置き、柔らかく微笑む。
ティモシオは、しっかりとカタリーナを見据えた。
「……俺も、母上と共に生きたい。」
その言葉に、カタリーナの瞳が静かに潤んだ。
胸の奥に、じんわりと温かなものが広がっていくのを感じた。
彼らの意思を、尊重すると決めたのだから。
「ありがとう。」
カタリーナは、そっと二人を抱き寄せた。
彼女の胸の奥で、確かな希望が静かに灯る。
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暖炉の炎が、優しく部屋を照らしていた。
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